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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第3章 グロウイングアップ
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第52話


 ポイント01と呼ばれた地点でのデータチップ回収に成功した太朗は、残る二つの回収ポイントへ向けてのんびりとした航海を続けていた。

 先の戦いの後しばらくは管制室に居心地の悪い空気が漂っていたが、それも一週間を過ぎた頃にはすっかり元通りとなっていた。彼らは若く、互いに支え合う仲間がいた。


「次のジャンプでホワイトディンゴの勢力圏を離脱しますよ、ミスター・テイロー。これで犬野郎ともお別れできますね」


 太朗の方へと顔を向け、にこりと笑う小梅。太朗はそれに「ようやくか」と呟くと、溜息をつく。


「あいつのせいでどこ行っても厄介者扱いだったからなぁ。やっと補給にありつける」


 ホワイトディンゴのトップであるディンゴは約束通り、戦いの後に再び襲い掛って来るような真似はしてこなかった。しかし彼は去って行く太朗達を無言で見送ったが、代わりに謝罪の言葉が出る事も無かった。太朗はそれに対して頭に来たものだが、当時は疲れ切っていて文句を言う気力すら無かった。

 戦場を離れた後の太朗達は、様々な物資の補給や修理を受けるべく最寄のステーションへ立ち寄ったが、いくら交渉してもドッキングの許可が下りる事は無かった。仕方無しにと通過点にあるいくつかのステーションに立ち寄ろうとしたが、そのどれもが太朗達のドッキングを認める事は無かった。それにより太朗達は、そのあたりのエリアがどこもディンゴの強力な支配下にある事に、遅ればせながら気付かされる事となった。


「ふん、逆恨みもいいところよ!! 幸い死者こそ出なかったけれど、船も人も怪我だらけだわ。いつか帝国領に来るような事があれば、これでもかって位むしり取ってやるんだから!!」


 マールは怒り心頭とばかりにそう言い放つと、軟体素材で出来たモニターのふちをぺちぺちと叩き始める。太朗はそんなマールを「まぁまぁ」となだめると、最後のオーバードライブを起動させる。先の戦いで船は大きく傷ついており、出来るだけ早くドック入りさせたい。


「実弾と修繕と交換と、経費を考えると今から頭が痛いわ……交易の売り上げで間に合うかしら」


 うんうんと唸るマールに、太朗は他人事のように同情の視線を送った。彼はそれがあまりに大金である場合を除き、お金に関しては無頓着なままだった。


  ――"オーバードライブ 終了"――


 いつもの不思議な酩酊感と共に、長いジャンプを終了させる太郎。彼は決まりきったチェックを流れ作業的に進めると、危うく重要なシグナルを見逃しそうになる所だった。


「んっ、向こうになんかいるな……また無意味にドンパチやるのは御免だぞ?」


 レーダースクリーン上に映った、3つの光点。太朗はそれに不愉快そうな視線を向けると、どうするべきかと首を傾げる。そんな太朗を見て、マールが口を開く。


「この距離ならスキャンスクランブラで身を隠せると思うけど、見つかったら逆に相手を警戒させないかしら」


「えぇ、ミス・マール。ただしそれは帝国領に限った話でしょう。アウタースペースにおいて、ステルス化を行う事は特に珍しい事でも無いようです」


「ほぅ、物知りやね小梅ちゃんは。ちなみにどこ情報? ベラさん?」


「否定です、ミスター・テイロー。"実地情報"です」


 小梅の声に、首を傾げるふたり。小梅はそんなふたりをよそに操作盤へタッチすると、大型ディスプレイ上に描かれたレーダースクリーンを指差す。


「…………まじすか?」


 呆れたように、ぼそりと太朗。小梅により更新されたレーダースクリーンには、等間隔に配置された無数の船影を示す、何十もの光点。太朗は今一度広域スキャンを実行し、その結果とを見比べる。


「スキャンは何も捕えてねぇぞ……デブリあたりの誤認じゃなくて?」


「否定です、ミスター・テイロー。高い確率で船舶かと思われます」


「うーん、テイローの口癖じゃないけど、その心は?」


「これです、ミス・マール」


 黒い手のひら大のチップを、目の高さでひらひらとさせる小梅。それに対し「観測データ?」と首を傾げるふたり。


「えぇ、ドクトル・アルジモフの観測データです。これには周辺のあらゆる天体の詳細なデータが詰まっており、デブリを除けば例外は存在しません。当然時間軸による記録もありますので、公転周期等や何かも含まれております。現在時刻における天体の正確な位置を計算する事は、容易ですね」


 大型スクリーンに映し出される、プラネタリウムのような無数の星々。小梅はそれをあおぐと「これが現在のスキャン結果です」と別の画像を半透明に重ねて見せる。


「わぁお、なんか見慣れない星がいくつもあるな」


 太朗がうんざりした様子で呟く。彼は軍学校での知識を思い描くと、天体偽装と呼ばれる偽装工作を思い出す。


「全部で22、そこにあるはずの無い天体がスキャンによって観測されています。そのうちいくつかはステーションである可能性がありますが、全部という事は無いでしょう」


「なるほどねぇ……ねぇ、テイロー。あたし、今凄い嫌な予感がするんだけど」


 小梅の解説に頷きつつ、眉を顰めるマール。太朗は「俺もだぜぇ」と続ける。


「動かないでその場でじっとしてるって事は、多分待ち伏せだよな。あの三隻はおとりかなぁ……しかし心当たりがディンゴくらいしか無ぇっすよ。結局憂さ晴らしする事にしたんかな?」


 太朗はディンゴという男があの後どうなったかなど知らないし、知りたくも無かった。唯一知っているのは彼がその勢力下のステーションに対し、ライジングサンへの協力をしないよう周知させただろう事だけだ。

 そう考えると、今回の待ち伏せによる襲撃の為にこちらの戦力を削いだままにしておきたかったと見えなくも無いが、アランやベラによるとその可能性は低いだろうとの事だった。ディンゴがその気になれば100を超える艦隊を動員する事が可能だろうというのが、彼らベテランの共通した結論だったからだ。ステーションの規模や、それらに停泊している船舶の量。予想される経済規模や何かから、本当に大まかではあるが、戦力は割り出せる。


「反転して直進すれば、5分以内にジャンプ可能なエリアへ到達可能ですよ、ミスター・テイロー」


「よし、逃げよう」


「賛成だけど、ものすごい速さで決断したわね」


 マールの言葉に太朗は腰をくねらせると、「だってぇ~」とシートの上でうねうねとうごめく。


「テイローちゃん、犬より猫派だしぃ~。次にあのわんちゃんと出会ったら冷静じゃいられなさそうだしぃ~」


「……あんたって、時々本当に気持ち悪いわよね」


「いやいや、俺的には目一杯カワイコぶってみたんだけど」


 太朗は何を失礼なといった視線をマールへ向けると、BISHOPで船体に反転命令を送る。すぐに訪れたわずかに感じる遠心力に身を任せると、彼は相手側に動きが無いかどうかを注意深く見守りはじめた。


「全速前進。粒子の濃度が十分になったらすぐにジャンプで」


 呟くように発する命令。マールと小梅の了解の声が返り、太朗はモニタを睨みながらスキャナへと神経を集中する。


  ――"識別信号受信 CL-8292"――

  ――"通信回線要請 CL-8292"――


 ふとBISHOP上に浮き上がる表示。太朗は「おや?」と眉を上げると、小梅の方へと視線を向ける。


「わんちゃんも噛み付く前に、ひと言断りを入れるのを憶えたのかね?」


「さぁ、どうでしょうね。いずれにせよ噛み付いて来るのであれば、躾が必要というものでしょう。ミスター・テイロー、ここは私にお任せいただけないでしょうか」


 太朗は意外な小梅の発言に驚くが、小梅は小梅でフラストレーションが溜まっているのかもしれないと、許可を出す事にする。先の戦いでは今までに無いレベルでの被弾数を経験しており、シールド制御を担当する小梅の忙しさは見ているのが気の毒になる程だった。


「いぬっころにガツンといったれ」


 太朗の声に、親指を立ててにやりと笑う小梅。彼女は「ミス・ベラに作法は学びました」とモニタへ向かって強い下目使いを向ける。太朗はさらに煽りの言葉を入れようとするが、小梅の手のひらにそれを制される。回線が繋がったのだ。


「聞こえておいででしょうか、この排泄物の次くらいに手の施しようの無い価値の腐れ四足歩行ヤロウ。何か用があるんだったら口からクソを垂れる前と後にワンって付けやがりませ。ステーションに取り巻くデブリ程も無い手前様のキャラクターにも少しは彩りが付きやがりますでしょうよ」


 管制室に訪れる沈黙。勝ち誇った顔の小梅と、どこから突っ込んだものかと悩む太朗。


「"……えぇと、わ、わん。そちらライジングサンのプラムⅡでよろしいでしょうか、わん?"」


 通信機より聞こえる、見知らぬ若い男の声。小梅は太朗の方へと顔を向けると、はてなと首を傾げる。やがて大型ディスプレイに表示される、歳若い美形男子の姿。薄い深緑の髪がにぶい光を反射し、人懐こそうな顔がとまどいの表情を浮かべている。


「おっと、ミスター・テイロー。これは誰でしょうかね?」


「オーケー、小梅さん。知らないし、謝っとこう。とりあえず謝っとこう」


「そんな弱気でどうするのですか、ミスター・テイロー。先方も乗ってきているわけですし、このまま行くというのも――」


 太朗は無言で小梅の通信をジャックすると、自らのそれへと繋げる事にする。今までの経験上、放って置くとろくな事にならない。


「えーと、いきなりなんかすいません。ちょっと色々ゴタゴタがあって、ほら、ね。アレな感じのがそんな流れでいわゆるそういう事です」


 ディスプレイへ向けて、ぺこぺこと頭を下げる太朗。


「"は、はぁ……良くはわかりませんが、こちらに敵対の意思はありません、わん"」


「いやっ、それもうやらなくていいですからねっ!!?」


 太朗は滑り落ちそうになるシートへなんとかしがみつくと、「それで、どちら様でしょうかね?」となんとか発する。


「"これは失礼を。こちらEAPアライアンス(同盟)派遣艦隊。僕はリトルトーキョーの代表、リン・バルクホルンです。そちらはライジングサンのテイローさんでよろしいでしょうか?"」


 通信機より聞こえる、よく通る声。太朗は2、3度目を瞬くと、何かの聞き間違えだろうかと聞き返す。


「リトル……トーキョー?」


 呟くような、太朗の小さな声。耳元の機械から返されたのは「はい」という短い返事だった。




ちゃんとついてます。何がとは言いませんが。

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