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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第3章 グロウイングアップ
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第51話

 照明の落とされた暗がりの部屋。太郎は扉の隙間から差し込む廊下の明かりに、来訪者が訪れた事を知る。


「アランか……どうやって入ったんスかね」


 ベッドの上で縮こまっていた太朗は、侵入者に顔を向ける事も無く、そう呟く。


「軍のデータバンクに侵入できるんだぞ? それに比べりゃおもちゃみたいなもんさ。お前がいくら優秀だからといっても、扉そのもののセキュリティ機構に限界がある」


 アランは歩きがてらにスチール製の椅子を掴むと、それを太朗のいるベッドの横へと固定する。椅子の足についた磁力が働き、静かな部屋に金属同士のぶつかる音が響く。


「飲め」


 短く発せられた言葉。太朗はそれに「いらない」と答えるが、アランが強引に器を握らせる。


「俺は飲むか、と聞いたんじゃない。飲めと言ったんだ。年長者の言う事は聞いとけ。間違いなく、いくらか役には立つ」


 太朗はアランにされるがままに起き上がると、手にしたコップに注がれる液体をじっと眺める。足元から立ち上るほのかな黄色い薄明りに、高濃度のアルコールと思われる液体がてらてらと揺れる。


「お前らは何も悪くない。と、言われたいわけじゃあ無いんだよな」


 暗がりの中に、アランの声が響く。太朗はそれにひとつ頷くと、手にした飲み物をぐいとあおる。


「かはっ、はっ……あぁ、どんだけ強いんだ、これ」


 アルコールの強い刺激に、喉を焼かれる様にしてむせる太郎。アランがそれを見て、優しい笑顔を作る。


「ファイアーボール925って酒だ。名前の通り、アルコール度数が92.5%もある。普通は割って飲むのさ」


 アランはそう言うと、自分の持つ器へピッチャーから何かを移し始める。太朗は無言で器を差し出すと、アランにそれを注がれるがままに任せた。

 太朗はフルーツジュースによりいくらかマシになった――それでも度数が強い事には変わりない――酒をぐいぐいとあおると、しばしアランとふたりで無言の時を過ごす。太朗は酔いがまわってきたなと実感できる程度に目が回ってきた頃、「アランはさ」と口を開く。


「元軍人、なんだよな……その、人を……殺した事ってあるの?」


 太朗は"殺す"という単語を口にするのが、何か非常に恐ろしい事のように感じながら発する。そんな太朗とは対象に、「あるぞ」と事も無く答えるアラン。


「不幸自慢をするつもりは無いが、俺の時は酷かったな。言って無かったと思うが、俺は元々陸戦にいたんだ。陸戦隊。わかるか? いわゆる歩兵だ。アームドスーツを着て、銃を担いで、敵さんに突っ込むあれさ」


 アランはグラスをそっとテーブルへ置くと、思い出すように上を見上げる。


「帝国争乱期のように派手な戦いがあったわけじゃないが、出番はしょっちゅうあったな。脱税をした政治家だったり、麻薬だのなんだのといった売人組織だったり。相手は要するに、クソみたいな連中さ」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、腕を組むアラン。彼はそのまま視線を下げると「だが」と続ける。


「そうじゃない事もあった。ただ邪魔だというだけで、道端に立ってた女を撃ち抜いた事もあるな。知ってるとは思うが、帝国は戸籍を持たない人間に対して一切の容赦をしない。そして俺達は、やれと言われた事はやるしかなかった」


 アランは真っ直ぐに地面を見据えたまま、しばし口をつぐむ。太朗は何か言葉を返すべきだろうかと悩んだが、考えがまとまらず、じっとアランの続きを待った。


「別に後悔してるわけじゃないが、もっと他にやりようは無かったのかと思う事はしょっちゅうだな。今でもそう思う事がある。たぶんこれからもそう思うんだろうが、そればっかりはどうしようもないな」


 アランの語る過去の話に「ううん」と首を捻る太朗。


「良くわかんねぇな……いくら戸籍を持たないからって、そんなに好き勝手やったんじゃ反感が凄いんじゃないの? それこそ住民が蜂起でもしたら、軍にも大きな被害が出るじゃん」


 太朗の声に「まあな」とアラン。


「だがそれでも、そうした方が全体の被害が少ないとトップは判断したんだろう。最大多数を助ける為に小数を犠牲にするってのは、上に立つ者が責任をもってやらなくちゃならん大原則だ。そいつを下に押し付けるようになったら、その組織は終わりだろうな。本当はもっと細かい気配りを行えるのがベストなんだろうが、そうするには銀河帝国自体が大きくなりすぎたんだ」


 アランはそう言うと、自らも酒の入った器をぐっとあおる。太朗はアランの語るそれについて必死に考えを巡らせたが、満足の行く結論は出せそうに無かった。アランの言っている事は正しいのかもしれないが、はいそうですねと納得出来るような話でも無い。

 しかし太朗は、そういった事柄についての自分なりの答えを、出来るだけ早い内に見つけ出さねばならない事を十分に理解していた。アランの言う"上に立つ者"とは太朗の事であり、組織とは"ライジングサン"の事に他ならないからだ。


「俺には、そこまで割り切った考えはまだ難しいな……」


 太朗はそうぼやきながら、空になった器へと酒を注いで行く。そんな太朗に「別に割り切る必要はないさ」とアラン。


「うんざりする程悩みぬいて、頭がおかしくなるくらい泣いて、俺はもっと良い結末を用意できるんだぞと叫び続けりゃいい。大なり小なり、みんなそうやってしみったれた世の中を生きてるんだからな。それが嫌なら、社長なんぞ辞めちまえ」


 アランはそう言い放つと、太朗へ向けて鋭い視線を向けて来る。太朗はそれを真っ直ぐに見据えると、「難しいな」と短く返す。


「あぁ、クソが付く程にな。結局の所、お前自身が悩みながら答えを見つけるしか無いだろうさ。まぁ、せいぜい悩むんだな。悩む事が出来るのは若者の特権らしいぞ?」


 アランはそう言うと席を立ち、ドアへ向かって歩き出す。太朗は横を通り過ぎるアランに顔を向けると、「なぁアラン」と声をかける。


「俺は、小難しい事はわかんねぇけどさ。積極的に人を殺すような真似だけは、しないし、させないって約束出来る。けど聖人君子を気取るつもりも全くないし、時にはそういった事も必要だって事もわかる」


 太朗は一度言葉を区切ると、乾いた喉へと酒を流し込む。


「アランの言う通り、多分うじうじと悩むんだと思う。子供みたいに癇癪を起すかもしんない。だからさ、そういう時は――」

「おう、また慰めに来てやるさ。若者を激励するのは、おっさんの義務だろうからな」


 太朗の声に、被せるようにしてアラン。太朗はにやりと笑いながら「童貞が偉そうに」と呟くと、アランが「お前こそな」とそれに返し、その後はふたりで笑い合った。




 太朗の部屋から、煌々と明かりの灯る廊下へと出たアラン。彼は背後で自動ドアが締め切ったのを音で確認すると、大きく伸びをする。


「んん、もっとへこたれてるものかと思ったが、意外と芯があるな……そっちはどうだった?」


 アランは視線をどこへ向けるでも無くそう発すると、壁にゆっくりと寄りかかる。すると廊下の影からベラが現れ、手をひらひらと揺らしながら「こっちは簡単なもんさ」と答える。


「散々泣きはらした後、ひと呼吸おいたらもう元気になってたよ。坊やよりも、ずっと強い娘だね」


 ベラの声に「だろうな」とアラン。彼は「一本もらえるか?」と手を差し出すと、ベラから葉巻を受け取る。


「女は現実思考だって言うからな」


 アランは葉巻の先についた小さな発火性カプセルを指先で潰すと、葉巻を口に咥え、青白い煙をゆっくりと吐き出す。


「童貞の癖に、知ったような口をきくんじゃないよ」


 にやにやとしたベラの悪態に、「テイローにも同じ事を言われたよ」と笑みを返すアラン。アランは再び葉巻の煙を口腔に吸い込むと、間接光に照らされた天井をあおぐ。


「まぁ、宇宙船乗りなら誰もがいつかは通る道だ。自衛の為だろうが、そうじゃなかろうがな。テイローや嬢ちゃんの場合、ちょいとそれが早すぎただけだろう」


 しみじみと、アラン。それにベラがふんと鼻で笑う。


「私は12で人を殺したよ。あの歳なら十分だろう」


 突き放すようなベラの声に「おいおい」とアラン。


「お前さんとは環境が違いすぎるだろう。そら筋金入りのマフィアからすりゃあ甘っちょろい話かもしれんがよ。俺は地球の事は良くわからんが、間違いなくテイローは平和な上流階級の出身だ。お前さんだって気付いてるんだろう?」


 アランの声に「だろうね」とベラ。彼女は無言でアランに携帯灰皿を投げつけると、自らも葉巻を咥える。


「何千年前かもわからない過去から来たアイスマンにしちゃあ、坊やはあまりに順応するのが早過ぎるからね。ちゃんとした教育を受けて育ったんだろうさ。素直で、人並みの正義感や責任感もある。平和な土壌で育ったんだろうねぇ」


 ベラはうっとおしそうに長い髪を払うと、手馴れた様子で葉巻に火をつける。


「だけど、度胸はあるね。向こうとのやりとりをHADの中で聞いてたけど、あれはいい啖呵だったよ。なかなか言えるもんじゃない。将来、いい男になるだろうね」


 ベラはいくらかうっとりとした表情でそう言うと、獲物を狙うような目つきでにやりと笑う。アランはそれを横目に眺め、とんでもない女に気に入られたもんだなと太朗に同情の気持ちを覚える。アランは葉巻の吸殻をそっと落とすと「将来の事は知らんが」と続ける。


「明日からはまた、退屈な移動の日々だろう。明日が早いというわけじゃないなら、付き合えよ。年寄りの思い出話大会だ」


 アランは酒蔵でもある談話室の方へ体を向けると、のっそりと歩き出す。


「あたしはまだそんな歳じゃないし、暇でも無いよ。あんたがなんで童貞なのか、ちょいとわかった気がするねぇ……まあ、一杯くらいなら構わないよ」


 ベラは葉巻を咥えたままそう発すると、ちらりと太朗の個室へと目を向ける。彼女は「おやすみ坊や」と小さく呟くと、アランの後をゆったりと歩き出した。




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― 新着の感想 ―
大人がしっかりと大人らしい事をしてる話ってのは良いですねぇ
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