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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第3章 グロウイングアップ
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第50話

 ディンゴはこれまで何十年もの間、それこそ数え切れない程の戦いを経験してきた。アウトローコープであるホワイトディンゴのトップとして、常に前線に身を置き、あらゆる状況において、大抵は正しい判断を下してきたと自負している。

 しかし彼は今、間違いなく混乱していた。


「何をされた? 何をどうすりゃああなる?」


 今もなお爆発と共にゆっくりと分散していく仲間の船を見ながら、呟くようにディンゴ。彼は続いて「敵からのビームを見た奴はいるか!!」と怒鳴るが、返って来る声は無かった。


「考えろ、考えろ……可能性として何がある。どうすれば"ああ"なるんだ?」


 一部はいつか誰かに焼却される。そして一部は永遠に宇宙をさまよい続けるだろうデブリを撒き散らしている僚艦。ディンゴは砲撃を継続しながらも、目を皿のようにしてその残骸を見つめ続ける。


「……おかしいぞ。なぜ残骸が後ろへ流れてるんだ?」


 ディンゴは、ビームによる爆発が四方へほとんど均等に流れる事を経験的に知っていた。ビームは相手の船体を超高温で蒸発させ、その熱量から来る膨張によって爆発するからだ。今彼が見ている船体の残骸のように、後ろへ押し出されるようにして爆発する事はあまり無い。


「大口径砲か? いや、それにしちゃあ……野郎!! まさか!!」


 ディンゴは船体情報の各種異常値をさらっていたが、その中のひとつに目をとめる。そこにあったのは、動体センサの捕えた"高速で飛来するデブリ反応"。


「弾頭兵器だと!? ふざけるな!! そんなクソッタレなアンティーク――」


 叫び声を上げるディンゴの横で、再び別の僚艦が大きく火を吹き上げる。葉巻型をした彼の僚艦は、船体の4分の1程を削り取られるように破壊されていた。機動を制御する事は出来るようなので撃沈は免れたようだが、あれでは恐らく戦闘行動は出来ないだろうとディンゴは確信する。


「ぐっ!! 全機散開しろ!! 砲塔の死角に回り込め!!」


 ディンゴは単調な動きはまずいと、すぐさま船を大きく迂回させる。やがていくらもしない内にセンサーが動体反応を捕え、彼はその動きをじっと観察する。

 先ほどまで彼がいた場所へ向けて放たれた弾頭はゆっくりとカーブを描きながら飛来し、それは明らかにディンゴの船からそれた場所へと向かっていく。それにディンゴの船の自動デブリ焼却ビームが即座に反応し、その弾頭と思われる飛来物をレーザーで焼き尽くす。それはあまりに当たり前で、誰もが知っている当然の結果だった。


「そうだ。そうなるのが当たりめぇだ。だが、そうじゃねぇ」


 センサーの追う、別の弾頭。それは突出したフリゲートの一隻へと向かい、そして先ほどとは違った結果を生み出す。ビームの光も、シールドの瞬きも無いまま、無造作に放たれたレーザーをかいくぐる様にして、静かにその船体を貫く。


「……冗談じゃねぇぞ。こいつ!!」


 正体不明の新兵器による攻撃に、ディンゴの予想は確信をもった答えへとたどり着く。


「帝国軍か!! 帝国のクソッタレな犬どもめ!!」


 彼は戦闘中である事も忘れて怒りに身を震わせると、二度三度と机を蹴り上げる。半分は帝国への怒りで、もう半分は自分に対するものだった。


「ただじゃ落ちねぇぞ!! 中央にひっかきまわされてたまるか!!」


 距離の縮まった両艦隊は、やがてビームによる壮絶な打ち合いへと発展する。既に5隻目が撃沈されたディンゴの艦隊だったが、まだまだ数では勝っていた。

 ディンゴは傷ついた艦があれば後ろへ回し、隙さえあればエンジンの見える後ろから襲い掛かった。何隻かが積んでいた味方のビームジャミングはそれなりに効果を示したが、例の弾頭兵器に対しては無力だった。いくつかの艦が独自の判断でシールドをフィジカルに切り替えたようだったが、それは逆効果にしかならなかった。全体で見ると、弾頭兵器よりもビーム兵器の方が総合火力が大きいからだ。

 失っていく戦力と、相手の船へと与えるダメージ。それはどちらが勝っているとも言い難く、戦場は混乱を極めていた。ディンゴは戦場に生きるようになってから初めて、勝っているのか、それとも負けているのかの判断がつかずにいた。


「いくらなんでも被害がデカすぎる。退却するか? それとも――」


 ちらりとディスプレイへと目をやるディンゴ。そこには、引き続き送られ続けて来ている通信要請の文字。


「……ちくしょう!!」


 彼は荒々しくディスプレイを叩くと、通信回線を開いた。




「先に言っておくけど、手を出して来たのはあんたらだからな」


 太朗はようやく繋がった通信相手に対し、ぶっきらぼうに言い放つ。彼はどんな理由があってこのような状態になったのかわからなかったし、知った所でゴミ溜めみたいな気分がマシになるとは思えなかった。


「"どの口がほざきやがる。帝国の犬がこそ泥の真似をしていいと思ってんのか?"」


 通信機よりやってくる、怒気を含んだ声。太朗はそれに言い返そうとするが、今は他に言う事があると取り止める。


「とりあえず停戦しよう。こっちには戦う意思が無いし、意味もない」


 これは、太朗の全くを持って正直な所だった。彼は襲われただけに過ぎず、その原因に心当たりが無い。


「"そっちには無くてもこっちにはあるぜ。まずは盗んだ物を返すんだな"」


 太朗はその声にピクリと眉を痙攣させると、怒りのままに叫ぶ。


「それも含めて話し合おうって言ってんだよこの野郎!! さっさと砲撃を止めさせねぇと、そのケツに魚雷をぶち込むぞ!!」


 管制室に訪れる、しんとした静けさ。視界の隅で小梅が拍手をしていたような気がしたが、太郎はそれを無視する事にした。


「"……いいだろう。今から10秒後に停止だ"」


 敵船から送られて来る、カウントダウン関数。太朗はそれを僚艦へと送り届けると、カウントゼロと同時に砲撃を停止する。そして戦場に訪れる、奇妙な静寂。


「"さあ、これでいいだろう。さっさとブツを寄越すんだな。そうすりゃこれ以上お前らに構うつもりはねぇ"」


「ふん、信用できないし、するつもりも無ぇよ。つーか、なんでこんなもんの為にそこまでやるんだよ。意味がわからねえぞ」


「"冗談言うんじゃねえよ。そいつがいくらになるか判って言ってんのか?"」


 敵船からの発言に、思わずまじまじとチップを眺める太朗。


「こんなもんが金になんのか? コピーでもなんでも持ってきゃいいじゃねえか。送るぞ」


 太朗は好きなだけ持っていけとばかりに、全データを通信回線越しに送り届ける。チップの中に入っているのは宇宙の遍歴を調べる為の観測データであり、別に珍しい物でもなんでも無い。太朗の他に地球を探しているライバルなど居ようはずも無く、今の段階で独占する意味は全く無かった。


「"おい、なんだこれは"」


 通信機より聞こえる、ドスの効いた声。太朗はそれに「なんだもなにも、回収したもんだよ」と言い放つ。


「"……俺はこういった場での冗談は好きじゃねえ。なぁおい。お前らがここで何をしてたかは、絶対に言わねえ。ディンゴの名に賭けようじゃねぇか。素直に物を渡してくれれば、それでいいんだ"」


 相手側との妙な食い違いに、首を傾げる太朗。彼はまさかという思いで「おいおい」と頭を無造作に掻くと、震える手を押さえつけながら発する。


「ディンゴだかなんだか知らねぇけどさ。あんたがさっきから言ってる"ブツ"ってのは、コンテナに入ったチップだったり装置だったりするわけ?」


 しばし訪れる、完全な沈黙。


「……カプセルだ。まさかとは思うが――」

「積んでねぇよ間抜け野郎!! さっさと戻って回収でもなんでもしやがれ!!」


 太朗は怒りのままに言い放つと、イヤホン型通信機を地面に叩きつける。彼は言い表せぬ憤りに身をよじると、それを靴で踏み砕いた。


「ちくしょう!! ここはクソみたいな場所だ!! ただの勘違いで人を殺さなきゃなんなかったのかよ!!」


 太朗は知らぬ間に流れていた涙を手の甲で拭うと、シートへ顔を押し付けるようにして叫ぶ。本当は今すぐにでも独りになりたかったが、ここを離れるわけにはいかなかった。彼は今、多数の命を預かる立場にあった。


「敵船より通信電文です、ミスター・テイロー。確認する為の船を向かわせたので、しばし待つようにとの事です」


 冷静な小梅の声。太朗はそれに、振り向かずに手を振る事で応えた。

 彼は疲れきっていたし、それ以上の動作が必要だとも思わなかった。




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