第49話
「いったいどこのどいつだ。ベンズの所か? ハンスのクソッタレか?」
この星系界隈では大規模な勢力を誇るアウトローコープ、"ホワイトディンゴ"の社長であるディング・ザ・ディンゴは レーダースクリーンに現れた3つの光点に驚きの声を上げた。彼の中には腹が煮え繰り返らんばかりに渦巻く怒りが存在したが、それよりも驚きの方が大きかった。
「おいディンゴ、話が違うじゃねぇか。どうなってんだ!?」
ディンゴの隣にはレーダースクリーンを覗き込むようにして、苛立たしげに机をコツコツと叩くひとりの男。ディンゴはその鋭い視線をちらりと男へ向けると「知ったことか」と吐き捨てる。
「この件についてはだ、お前さんよ。俺は、一切を、誰にも、知らせてねえ。あるとすればだ、クソッタレの低脳。お前に関連する誰かから情報が漏れた可能性しか、残ってねえんだぜ」
ディンゴは凄みを利かせた声でそう言うと、先ほどから机を叩き続けている男の腕へと強烈な一撃をお見舞いする。ディンゴの丸太のような腕から繰り出された拳による一撃は、男の手の甲の骨をいとも簡単に砕き割った。
「そうわめくんじゃねーよ、クソッタレ。お前さん、便所に捨てられたプラスチック製のチップ一枚程しかねえような価値だとしてもだ。アウトローとしてのプライドってもんがあるだろうが」
手を押さえながら床を転がる男へ向けて、一歩、二歩と歩みを進めるディンゴ。彼は「元はと言えばだ」と続ける。
「こんな辛気臭ぇ廃ステーションを取引場所に選んだのも、あのしみったれた観測ステーションにブツを隠したのも、全部お前さんの発案なんだぜ。どう責任を取るつもりだ、お前さんはよ」
ディンゴは何か言いたそうに口を開いた男へ向けて、もう一度きつい一撃を放つ。歯を砕かれた男は床を何度も転がり、やがてぐったりとその場で動かなくなった。
「おい、聞いてるんだろ、クソッタレの飼い主よ」
どこへともなく発せられた一言に、通信機の向こうから返答がくる。
「"落ち着いてくれ、ディング・ザ・ディンゴ。俺らは何もしちゃいないし、何も知らされてない。あるとすれば、いまお前に始末された男の単独行動だ"」
「あぁ? 言い訳とは男らしくねぇじゃねぇか、クソッタレよ。俺はな、コケにされるのが絶対に許せねえんだよ。アウトローつったって自分の中にルールはあるだろうが。お前さん達はよ、そいつを踏みにじりやがったんだ」
ディンゴは自分の体に合わせて作った大型のシートへと収まると、彼の率いる18の艦隊へと一斉に命令を送信する。命令内容は簡潔で、"裏切り者に思い知らせろ"というものだった。
「"待て、ディンゴ!! 早まるな!! 俺達は――"」
ディンゴは通信機から聞こえて来る命乞いに顔をしかめると、つまらないとばかりにボリュームをゼロへと落とす。彼の中で既に行動は決定されており、それを覆す事が出来るのは彼自身以外に存在しなかった。
「撃て、一隻たりとも逃すな」
静かに発せられた命令に続き、彼の操る駆逐艦からビームの一斉射撃が開始される。ビームは彼の船のすぐそばを並走していた同型艦へと突き刺さり、いくつもの火球を発生させる。
やがて彼の率いる18の船全てからビームが放たれ、至近距離にいる4つの船へとそれらは到達する。4つの船は自動シールド発生装置により、丁度1分程その猛攻の中を進み続けたが、やがてシールドバッテリーが尽きると共に次々と撃沈されていった。
「全艦、全速前進。こそ泥ヤロウを逃がすな!!」
ディンゴはそう叫ぶと同時に、撃沈により停止されていた攻撃を再開するよう命令を出す。彼はいつか自分に復讐しにくるかもしれない生き残りを作るつもりは無く、ここを裏切り者全員の墓にするつもりだった。彼は今までそうしてきたし、これからもそうするつもりだった。
彼は廃観測ステーションへ向かうと共に、その後2時間に渡って船の残骸へと砲撃をし続けた。既に目標はバラバラの残骸と化しており、最後の方は砲撃の目標を探すのに苦労する程だった。
「ボス、向こうがワープ態勢に入りましたぜ」
レーダースクリーンをじっと見つめていたディンゴは、部下からの報告に大きな舌打ちをひとつすると、何も言わずにBISHOPを用いて船へと命令を下す。ワープジャミングによる妨害は距離的に無理だろうと判断していた彼は、ドライブ粒子の追跡へとその全神経を集中させた。
「逃がさねえぞ……どこまでも追いかけて、お前を引き裂いてやる」
やがて5分もしないうちに彼が絶対の自信を持っているトラッキング(追跡)装置は、目標とする三隻のワープ先を割り出す事に成功する。ディンゴはにやりと笑みを作ると、割り出した座標へ向けて全艦隊のワープを命令する。しかし――
「ボス、ドライブの空間予約が拒否されました。向こうは電子戦機かもしれません」
部下から発せられた報告。ディンゴはそれに「馬鹿野郎!!」と怒鳴ると、ディスプレイの乗ったテーブルを強く蹴り付ける。
「電子戦機がいるんなら、なんで俺達は向こうを見つけられたってんだ。ちったぁ考えろクソヤロウ。相手は大型艦だ」
ディンゴが最初に対象の三隻を発見した時、その距離はまだかなりのものがあった。電子戦機であればどんなに貧弱なそれであっても、その存在を秘匿するには十分な距離でもある。相手が電子戦機である事は、ディンゴの経験からしてあり得なかった。
「おとりって可能性も無くはねぇが、待ち受けるんなら廃ステーションを利用したはずだ。相手がよっぽどの馬鹿じゃねぇ限りな。十中八九向こうは逃げてるはずだ」
ディンゴは獲物を追う楽しみに顔を歪めると、すぐさまワープ先の再計算をする。標的が逃げ込んだ先はドライブ粒子の薄いエリアであり、連続して飛ぶことは出来ない。このあたりは彼の庭であり、知らない場所などひとつも無かった。
「標的から識別信号。一般信号です」
獲物から距離を取った場所へのワープ後、いくらもしないうちに部下からの報告が入る。ディンゴはそれに不可解そうに眉を上げると「何のつもりだ?」と呟く。
「偶然を装ってるつもりか? なんだ? 何の意味がありやがる?」
獲物がディンゴの取引品を横取りしていたのは明らかであり、現に向こうは逃げの一手をうっている。偶然を装うにしてはあまりにも不自然だし、何より遅すぎた。
「まぁいい、二手にわかれるぞ。野郎のケツに喰らい付け」
ディンゴは部隊をふたつに分けると、それぞれが標的を挟み込むように進路を変更する。標的はディンゴの予想通り大型艦らしく、その移動速度は決して速いとは言えない。ジャンプ可能となるだろう地点へ到着する前に、十分接敵する事が可能そうだった。
「全艦戦闘準備!! 裏切り者に制裁を!!」
叫ぶディンゴ。それに「裏切り者に制裁を!!」という各艦からの返答が返る。
「向こうは大型艦だ。先に撃ってくるぞ。防御機動の準備をしとけ!!」
ディンゴの声に応えるように、各艦がゆっくりと軌道を変更し始める。フリゲート艦が駆逐艦の裏へと隠れ、駆逐艦は標的に正面を向けたまま、斜めへ横滑りするように動き始める。
「……妙だな」
ディンゴの艦隊が防御陣形を敷いた後、5分も経過した頃だろうか。もうじきこちらの射程へと入るというのに、標的からは何の攻撃も発されていなかった。大口径の短距離ビーム砲という存在が無いわけでは無かったが、標的がそういった砲艦には見えなかった。既にスキャンによって得られた船影は、一般的な巡洋艦のそれだった。
「……どうする。このまま接敵するか?」
彼は自分自身に言い聞かせるようにそう呟くと、徐々に湧き出してきた嫌な予感に身を震わせる。何かがおかしいと、彼の直感が告げていた。そしてその直感は、彼が今の今まで生き抜いてこれた理由でもある。
「ボス、どうします。通信を取りますか?」
部下の声に、視線をディスプレイへと向けるディンゴ。そこには先ほどから繰り返し送られ続けている、標的からの通信要請を示す表示。
「繋いでみるか? いや、繋いだ所で何を話そうってんだ」
ディンゴは独り言のように呟くと、通信要請は無視する事に決める。標的から話されるだろう内容を幾通りも考えたが、それのどれもが意味のある会話になるとは思えなかった。命乞いには、はなから応じるつもりが無い。
「全艦砲撃用意!! 目標、巡洋艦!!」
18の艦隊全てのタレットベイが開かれ、砲塔が標的へ向けられる。彼は最初に駆逐艦を落とす事も考えたが、その考えは相手の機動を見て即座に破棄した。相手はこちらと似たような防御陣形を敷いており、短時間で落としそこねた場合、巡洋艦の裏で休まれる可能性があった。ビームシールドは、時間によってある程度が回復する。
「放てえええ!!」
ディンゴの怒声と共に、合計100近い数の青いビームが放たれる。ビームはまっすぐに巡洋艦へと向かい――
「ビームジャミングだ!! 補正急げ!!」
――その半数以上が歪んだ曲線を描き、それて行く。巡洋艦へ向かった残りの半数は分厚いシールドに妨げられ、小規模な爆発を起こすにとどまる。通常であれば数発はシールドを貫いているはずのそれに、ディンゴは相手が熟練の戦闘艦乗りである事を確信する。
「相手はプロだぞ!! お前ら、死ぬ気で喰らいつけ!!」
ディンゴが仲間へ発破をかけようと、そう叫んだ時。彼の艦隊の先頭を走る駆逐艦の一隻が、何の前触れもなく、その船体を四方に爆散させた。




