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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第3章 グロウイングアップ
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第48話


 虚空に浮かぶ、廃棄された観測用ステーション。直径僅か100メートル程の小さなステーションは、その役割を終えた今でも宇宙の観測を続けている。厳密に言うと一度機能を停止した後に、再びアルジモフ博士が蘇らせたのだ。


「"こちらロックボーイ。データチップを回収したわ。そっちに戻るわね"」


 プラムの引き連れた二隻の駆逐艦。その片方に搭載されていた作業船ロックボーイの中から、マールが事も無げに発する。


「了解。出来るだけ急いでくれると嬉しいやね」


 レーダースクリーンを凝視したまま、太朗。彼の見つめるスクリーン上には、刻一刻と彼らへ近づいて来ている18の光点が表示されている。

 マールがチップの回収作業を始めてから、既に2時間が経過していた。当初はすぐにでも回収作業は終了するものと思われていたが、実際はそうはならなかった。観測機器がかなり古い型であった事と、老朽化によるパネルの硬化等が回収作業を大きく妨げていた。データボックスは開かず、チップは抜けず、重要部品の取り外された抜きっぱなしの高電圧配線が、ぶらぶらとそこら中をさまよっていた。それでも無事にチップの回収が終了したのは、マールの熟練した機械操作技術の賜物だろう。


「"そっちはどうなってるの? まだ向かってきてる?"」


「えぇ、対象は継続してこちらへ進路をとっていますよ、ミス・マール。高エネルギー反応も連続しています。4隻程が途中で脱落したようで、移動を停止しています」


 マールは小梅の答えにうなり声を上げると、開け放たれたプラムのドックへと急ぐ。彼女は宇宙服のまま飛び込むようにプラムへと乗船すると、自動操縦化したロックボーイをDD-01へと送り返す。


「ミスター・テイロー。船団からの識別信号です。驚いた事に、警告信号も含まれています」


 小梅の声に、はっと顔を上げる太朗。


「いやいや、警告? 俺ら何もしてねえぞ?」


「えぇ、それは存じてますよ、ミスター・テイロー。観測データに一般的な価値があるとは思えませんし、なんでしょうね。観測マニアか何かでしょうか?」


「マニアック過ぎるし、絶対ねぇってわかってて言ってるだろ……うーん、どうすっかな。一応、戦闘配備についとこうか」


 太朗は念の為にと、二隻の駆逐艦に対して警戒態勢をとるように指示を出す。駆逐艦は太朗の指示に素早く反応し、プラムの左右へ陣取るように移動を始める。太朗は駆逐艦のタレットベイがゆっくりと開いていくのを、外部モニタで確認する事が出来た。


「プラムⅡから各員へ。指示があるまで絶対に攻撃はしない事。基本的には逃げに徹しよう。オーバードライブ装置をあっためといて」


「"こちらDD-01、了解"」


「"こちらDD-02、了解。それとロックボーイを回収しました。いつでも移動可能です"」


 太朗は両船からの報告に了解の応答を返すと、すぐさまオーバードライブ装置の起動を開始する。こちらへ近づいてきている船団が何をしているのか気になる所ではあるが、危険を冒してまで知りたいとは思わなかった。


  ――"オーバードライブ 起動"――


 既に暖めておいたオーバードライブ装置が素早く反応を返し、プラムと二隻の駆逐艦は、全く同時に。そして同じ場所へと向けてワープを開始する。これは中々に技術を要する芸当だったが、太朗の脳内に上書きされた艦隊指揮の知識がそれを容易に行わせた。


  ――"オーバードライブ 終了"――


 光の矢と化した三隻が再び元の大きさへと戻り、薄青い残光を残しながら停止する。


「進路、隊形そのまま。およそ1時間程、通常航行」


 太朗はまわりの無事を確かめると、プラムのエンジンを全開にする。質量の軽い駆逐艦の方が時間あたりの加速が速い為、他二隻はプラムの速度に合わせる形となる。


「小梅、目標地点の粒子濃度はどう? ジャンプに耐えられそう?」


 太朗の声に「少々お待ちを」と小梅。


「十分過ぎる程存在しているようですよ、ミスター・テイロー。1時間と言わず、恐らく30分もすればジャンプが可能になるかと思います」


 小梅の返答に「おし」と小さく頷く太朗。

 銀河帝国領内の一般的な領域と違い、アウタースペースにはオーバードライブに必要な粒子の数が極端に少ない。太朗は科学者になりたいわけでは無いので詳しい理由は知らなかったが、どうやらブラックホールからの距離に影響しているという事らしい。銀河帝国に存在するドライブ粒子の8割は、銀河の中央に存在するブラックホールが供給していると小梅は語っていた。


「考えてみりゃ当たり前か。全部ワープで移動できんなら、普通のエンジンいらねぇもんな」


 アウタースペースで初めて通常巡航による移動が必要となった際の、太朗の言葉。粒子は特殊な装置を使う事で人工的に発生させる事が可能な為、そう遠くない未来にはこのあたりも自由にジャンプできるようになるだろうと太朗は想像する。


「はぁ……ただいま。久々に繊細な作業をしたんで、疲れたわ」


 太朗が各種船体情報のチェックをしていると、ぐったりとした表情で管制室へとやってきたマール。彼女は倒れこむように自らのシートへと収まると、ふうと一息をついた。


「お疲れ様。やたら時間がかかってたみたいだけど、問題でもあったん?」


 太朗の質問に、かぶりを振るマール。


「問題ってわけじゃないけど、観測装置の内部構造が博士からもらった情報と結構違ってたのよ。妙に階層化されてたし、チップの格納された小型コンテナは奥に詰め込まれてたのよ。どう考えても無理矢理にね。博士ってやっぱりズボラなのかしら?」


 マールはそう答えると「ちょっと寝ていい?」とシートを倒し始める。太朗は彼女に親指を立てる事で答えると、船内スピーカへと繋がっていた通信出力を、通信機側への出力へと切り替える。


「とりあえず、これでひとつ目か。残り3つも順調に見つかるといいなぁ……俺も少し寝るか」


 プラムⅡには睡眠を必要としない優秀な搭乗員がおり、太朗は彼女に絶対の信頼を置いていた。また、ここしばらく無かった緊張の時間が過ぎ去った事により、太朗は心地よい疲労感に包まれていた。


 太朗がシートの上でうとうととし始めた頃、それは突然訪れた。


「ミスター・テイロー。オーバードライブの空間予約が入っております。拒否でよろしいですね?」


 凛とした小梅の声。太朗はすぐに体を起こすと、意識を覚醒させようと頭をふる。


「空間予約って、誰かがこのあたりにジャンプしようとしてるって事?」


「肯定です、ミスター・テイロー。座標元は先ほど我々がいた地点です。恐らく先ほどの艦隊かと」


「さっきの? おいおい、まじでなんだってんだよ。こっちに知り合いはいねぇぞ?」


「まるで向こうにはいるみたいな言い方ですね、ミスター・テイロー」


「いやいや、なんで俺ぼっちみたいな扱いされてんの!?」


 太朗は小梅の軽口に返しながらも、BISHOPに表示された空間予約に対して拒否の信号を発する。すぐさまプラムに搭載された反ドライブ粒子が周囲に散布され、周囲に対するワープが遮断される。これは至近距離へのワープによる衝突を防止する為、どの船にも大抵は積まれているものだ。


「……よし、大丈夫っぽいな。しかしなんだってんだ? ストーカーにしちゃしつこすぎんだろ」


 どうやら例の船団は、強力なワープスタビライザーを積んでいなかったらしい。プラムの決して強力とは言えない反ドライブ粒子装置だが、ワープを遮断する事に成功したようだと太朗は安堵する。


「ミスター・テイロー。後方遠距離に活性化したドライブ粒子を検出。これはいよいよ、間違いなく我々へのストーキングのようですね」


 小梅の報告に小さな悲鳴を上げる太朗。彼はマールの通信機に大音量で「まぁるたぁん、かわぁうぃうぃ~」と語りかける。


「うひぃっ!? 何? 何なの!?」


「悪ぃなマール。あんま楽しく無さそうな事態になってきたぜ。さっきの連中、しつこく追ってきてんだ」


 太朗の声に「普通に起こしなさいよ!!」とわめきつつも、素早くディスプレイを確認するマール。


「随分遠いわね。ドライブを拒否したの?」


「肯定です、ミス・マール。通信による連絡ひとつ無しに空間予約を飛ばすなど、理由はふたつしかありません。こちらへ害意を持っているか、通信機の故障かです」


「18隻全部の通信機が故障したって事はまずねぇわな。詳細スキャン、届く?」


 太朗はマールの方へ顔を向けてそう質問するが、そういい終えると同時にスキャン結果がディスプレイへと表示される。既にマールが実行していたらしい。


「フリゲート12に、駆逐艦6。こちらの識別信号に応答なし。テイロー、これは"敵"だわ」


 マールの声に「そっか」と防衛準備を整える太朗だったが、しばらくしてその動きがぴたりと止まる。彼の考えが、ある点に思い至ったからだ。


「……敵……敵って、これ、人間だよな?」


 前を見つめたまま呟く太朗。その声へ、マールが顔を向ける。


「そうね……乗ってるのは多分、人間よ」


 短く答えるマール。太朗が彼女の方へ視線を向け、二人の目が合う。


「………………」


 しばし過ぎる、無言の時間。太朗は視線を下へ向けると、諦めたようにひとつ溜息を付く。


「まぁ、これもわかってた事だぁな……」


 太朗は視線をディスプレイへ向けると、こちらへ接近中の船団を示す光点をにらみ付ける。彼は人を殺すかもしれないという事態に吐き気がしたが、想像していた程には酷い感情にならなかった。それはオーバーライドされた軍の士官教育の成せる業なのかもしれないが、実際のところはわからなかった。

 ただ、人を殺してはいけないという当たり前の感情よりも、優先すべきものが彼にはあった。


「……大丈夫?」


 気付かぬうちに、再びマールへと向けていた視線。それに気付いたマールが、太朗を気遣うように発する。太朗は「なんでもないさ」とかぶりを振ると、戦闘用に格納された無数の関数群をBISHOP上へと展開させる。


「一発でも発射してみやがれ。後悔させてやる」




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