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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第3章 グロウイングアップ
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第44話

 ディーンの不可思議な質問に、いったい何の話をしているのだろうかと首を傾げる太朗。


「安心したまえ。見ての通り私以外には誰もいないし、盗聴の心配も無い。レコーダーも全て停止しているよ。確認するかね?」


 ディーンの言葉に、首を振る太朗。レコーダーが船体記録装置だという事はわかったが、彼はそれを確認する術を知らなかった。「話す気が無いという事かね?」というディーンに「ぶっちゃけ何の話だかわからんです」と正直に答える太朗。


「私は、難しい質問をしているわけではないと思うがね、テイロー殿。君が、いったい、帝国軍のどの部署に所属する人間かを、聞いているだけだ。私にはそれを聞く権限があり、君にはそれに答える義務がある」


 低く、脅すような口調のディーン。太朗はそれにいくらか気圧されるが、ベラやスコールに比べればいくぶんマシだとも感じる。


「いや、軍に所属した憶えは無いし、関わり合いがあるのはディーンさんとアランくらいのもんっすよ。あぁ、過去の経歴が無いからかな? 別に隠してるわけじゃないけど、多分言っても信じてもらえないと思います」


 誠心誠意とまではいかないが、出来るだけ真面目な気持ちで答える太朗。しかし残念な事に、その気持ちは伝わらなかったらしい。ディーンは腕を組むと「ふん」と鼻を鳴らし、続ける。


「では、先ほどのあれはどうやったと言うんだね。軍に対する知識が無ければ、とても出来る芸当では無いと思うが?」


 ディーンの指摘に「アハハ……」と苦笑いの太朗。

 太朗はこの話し合いの合流場所とされていたデルタステーション付近へと移動する際、軍の艦隊へちょっとしたイタズラを仕掛けていた。以前、アルバ星系で船のシステムをあっという間に掌握されてしまった事に対する仕返しのつもりで、それに対する抵抗を試みたのだ。


「いやぁ、ジョークっすよジョーク……やっぱり、やばかったすかね?」


「当たり前だ。あんなものが冗談になるか。こちらは危うく撃沈命令を発する所だったんだぞ」


 ディーンの声に、今更ながらに冷や汗を浮かべる太朗。

 彼がやったのは、帝国艦隊によるジャミングとハッキングを全て遮断し、変わりに旗艦と思われる戦艦に対するロックオン照射を――極短い時間だが――行った事だ。


「撃沈て……いやはや、おだやかじゃないすね。もうちょとこう、穏便にいきましょうぜ。あんな大量にジャミングされたら、そら抵抗のひとつもしたくなりますって」


 20隻から同時に来るジャミングは、ひとつひとつを取れば普通のジャミングよりいくらか強力という程度である事を、太朗はアルバ星系でのやり取りで学習していた。であれば、全てを同時に抵抗処理してしまえば、ジャミングの強さは結局の所一隻のそれとさして変わらないのでは無いかと考えたのだ。並列処理を得意とする太朗にとって、それは集中さえしてしまえば決して難しい事では無かった。


「軍に手心を求めるのか? 間違った判断だよ、それは。今回は事情が事情ゆえに何の罰則も与えられないが、次回以降はこうはいかんぞ?」


 ディーンの忠告に、もう一度苦笑いを浮かべる太朗。彼はほんのちょっとだけ帝国軍の鼻を明かしてやろうと思っただけだったが、どうやら思ったより効果があったらしかった。


 太朗がイタズラを思い立った理由は、仕返ししてやろうという気持ちに加え、帝国艦隊が最初に投射するのがスキャンのジャミングだったという事が大きい。太朗は前回同様にスキャンのジャミングを受けた際、まずはそれを無抵抗で受け入れた。それによりプラムは帝国の艦隊を識別する事が出来ない状況に陥り、全ての識別信号は「対象:アンノウン」という簡素な文字列へと置き換わった。

 おもしろいのは、これにより太朗のイタズラが法に触れる事が無くなったという点だ。太朗自身は当然ながら相手が帝国艦隊だという事を承知していたが、裁判で重要視されるのは物的証拠。すなわち船体情報であり、そこには帝国軍に関する一切の情報は記録されていないのだ。これはいつか小梅から聞かされた、マフィアンコープのやり口を真似てみたものだった。


「まぁ、もう絶対やらないんで勘弁して下さい。前の時に色々憶えたんで、ちょっと仕返しをってね。それだけっす……ハハ……」


 イタズラの後に太朗を待っていたのは、全艦隊による強烈なロックオン照射と警告信号。生きた心地がしなかったし、マールにはこっぴどく叱られた。彼は少なくとも胸のすく思いは出来たが、言葉通り二度とやるまいと心に誓っていた。


「あの時のあれだけで、か? 信じ難いな……だがおかげで、いい教訓にはなった。今頃参謀達が新しい電子戦の手順を考える為に、徹夜の準備をしている頃だろうな」


 まだいくらか疑いの眼差しを向けて来ているが、心なしか収まった様子のディーン。彼は「ある種の天才か……そういえばライザもそのような事を……」と呟き、考え込むように視線を上へと向ける。


「ふむ……よし、わかった。では今日の所はここまでとしようか。忙しい所、時間をもらって悪かったね」


 にこやかな、しかし感情の込められていないだろうディーンの笑顔。太朗はそれにいくらかの嫌悪感を抱きながらも、素直に席を立つ。


「ワインドについての話かと思ったんだけど、違ったんやね。権力(パワー)ゲーム?」


 扉に向かいざま、太朗。不機嫌そうに、ぴくりと眉を動かすディーン。


「契約内容は前と同じだよ、テイロー殿。話は終わりだ」


 太朗は明らかに怒りのこもったその声に「おおこわ」と肩を竦めた。



 太朗が退室した戦艦グレイアローの応接間。胸の上で腕を組み、テーブルへと足を乗せたディーンがひとり、考えをまとめる為に天井を見つめている。


「諜報の訓練を受けた様子では無かった……いや、それすらも欺瞞である可能性があるか」


 ディーンはめんどくさそうにテーブルの脇へ備えられたスイッチへと手を伸ばすと「入って来い」と短く発する。すると何も無いまっ平らな壁がゆっくりと回転を始め、その裏から一人の女性が歩み出てくる。


「御機嫌よう、ミスター・ディーン。今日の会合はいかがでしたか?」


 ゆっくりと会釈をする女性は、ある種のサイボーグ特有の、瞳孔が開ききった目をディーンへと向ける。肩口の高さに揃えられた作り物の白い髪が揺れ、病的な程に白い肌が照明に薄く照らし出される。


「余計な事は喋るな。それより先ほどの男、どう思った?」


 ディーンのぶっきらぼうな質問に「はい」と女。


「別に、ただの若い男かと思います。歩き方も軍人のそれとは程遠く、理知的な受け答えをしていたようにも思えません。心拍数は貴方の言動に合わせ、自然に上下していました。精神訓練は受けていないと考えるのが自然かと」


 ディーンは女の言葉に一度頷くと「つまらん答えだな」と返す。彼は開いたままの隠し扉へと目を向けると、もしや見破られたのだろうかと不安を募らせる。


「まさか……な。馬鹿馬鹿しい」


 彼の見つめるこの呆れるほどに原始的な隠し扉は、少なくともディーンの知る限り実に効果的に働いてくれていた。

 諜報と言えば電子的なそれが一般的なこの時勢、レコーダーや盗聴器といったものはそれ用のスキャナーを使用すれば、すぐにその存在を確かめる事が出来る。そういった設備をあえてカットアウトする事は、相手の口を軽くする事に非常に効果的だった。そしてそれを、サイボーグが影から物理的に耳を済ませているという事に気付く者は、まずいない。


「相手が本当に無能なのか、それとも貴様が無能なのかどちらかだな。後者で無い事を祈るといい。さあ、行け」


 ディーンはうっとうし気に手を払うと、去っていく女を見る事もしなかった。彼はサイボーグという生き物が苦手であり、憎んですらいた。何かトラウマがあるというわけでは無く、生理的に受け付けないのだ。彼はその理由を真剣に考えた事はあったが、近頃はどうでもいいと思うようになっていた。彼の最も興味のある立身出世には、関係の無い事柄だからだ。


「奴がただの男ね……くそっ、ではそのただの男に一杯食わされた我々はなんだというんだ」


 彼はいらだたしげに机を叩くと、今もなお新しい接触マニュアルを策定しているはずの参謀たちを思い浮かべる。平和な時代の怠慢が招いた事態でもあるだろうが、彼の所属する組織はそれを言い訳にする事は出来ない。恐らく倒れるまで働いてもらう事になるだろうが、その対価であるクレジットと名誉は今までに十分すぎる程与えてきたはずだ。


「テイロー・イチジョウ……いったいどこまで絡んでるんだ?」


 彼はポケットから一枚の写真を取り出すと、それを忌々しげに眺める。

 そこには、プラムのカメラにより撮影されたワインドの巨大工場と、まさに"そっくりな"巨大建造物が禍々と映し出されていた。



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