第42話
「カーバディィカバディカバディカバディ……」
腰を低く構え、じりじりとスコールへとにじり寄る太朗。スコールは腕を組んだまま立ち尽くしており、顔は全くの無表情。
「カバディカバディカバディ……」
太朗は息苦しさを感じてきた中、ちらりと視線を横へと向ける。そこには完全に安心しきった顔の歳若い男性社員の姿。その社員は太朗と目が合うと、しまったとばかりに咄嗟に身構える。
(ふっ、かかったな!!)
瞬間、視線を向けずにスコールの腕へとタッチをする太朗。彼は素早く身をひるがえすと、格納庫の床に引かれたラインを目指して走り出す。
しかし、そこへ襲い来る、黒い影。
「死ねぇっ!!」
「ばもっふ!?」
いつの間に背後へまわっていたのか。アランによるタックルを背後から食らい、吹き飛ぶように床を転がる太朗。そこへ悠々と歩み寄るスコールが彼の背中に足を乗せ「攻守交代だな」と冷静に言い放つ。
「いでで。優しさを微塵も感じねぇ……つかよ、そっちのチーム反則だろ。アランとスコールが同じチームとか、やっぱどう考えても無しだって」
倒れ伏したまま、顔だけをぐるりとアランへ向けて太朗。それを見たアランが「不気味な奴だな」と続ける。
「反則ったって、しょうがないだろう。本部と支部の対抗戦なんだ。何より、お前が言いだした事だぜ?」
アランの正論に、ぐうと唸り声を上げる太郎。普段支部と本部との間に交流が少ない事から、スポーツでもやってお互いを知ろうと言い出したのは、確かに太朗だった。
「っていうか、何なのよこのスポーツ。ルールが全くわからないんだけど」
コートの外から、不機嫌そうなマールが発する。太朗は首を逆方向へ回転させ、答える。
「何って、カバディだよカバディ。地球じゃ超流行ってたんだぜ。もう老若男女構わずカバディカバディ。世界大会の優勝者は、それこそもう人類の英雄レベルだな。小学生の遊びつったら、ケードロかカバディが鉄板だぜ?」
太朗の答えに「はぁ」とどうでも良さげな声色のマール。そこへアランが「いいじゃねえか」と続ける。
「いい運動になるし、なにより道具がいらねえ。テイローの言う通り、誰でも出来るスポーツではあるな……しかし、いくらなんでもルールが曖昧すぎる気はするな。攻撃側が息を吸っちゃいけねぇとか、どう判別すんだ。口にガススキャナでもつけるのか?」
「んー、フィーリングじゃね?」
「フィーリングねぇ……奥が深いな、地球のスポーツって奴は」
何やら納得した様子のアラン。太朗は全く以て同意出来なかったが、どうでも良かったのでとりあえず頷いておく事にした。
「あ、ねぇアラン。そういえばさっき、死ねって言わなかった?」
「ん? 気のせいじゃないか、兄弟。縁起でもない事を言わないでくれよ」
「いやいや、言ったよね? 間違いなく死ねって言ったよね?」
「言ってない言ってない」
「そっかぁ? おかしいなぁ。俺は――」
まるで本当の兄弟のようにじゃれ合うふたり。外野の中央で暇そうに頬杖をつくマールが、まるで子供のようにはしゃぐふたりをぼんやりと眺めながら「平和ね」と小さく呟く。
「えぇ、ですが、ミス・マール。それはとても素晴らしい事です」
そんなマールの横で、体操服――太朗が作らせた「こうめ」と書かれた名札付きの白い半袖、紺の半ズボンという特注品。彼はブルマーを作らせる程の勇気は無かった――を着せられた小梅が、しみじみと発する。マールはそれに「まぁねぇ」と力なく答えると、猫の様に大きく伸びをする。
「にしても、あの二人仲いいわね。あんな肩なんて組んじゃって……何企んでるのかしら。表情がちょっと気持ち悪いわね」
「えぇ、ミス・マール。しかし話している内容はもっと気持ち悪いようですよ」
小梅の声に、何事だろうかと耳を傾けるマール。
「うぅむ、しかしテイロー。そんなにうまくいくか?」
「想像してみろよアラン。女の子が向こうからタッチして来てくれるんだぜ……しかも触られた後は、タックルかまそうがどさくさに紛れて抱き着こうが、全部OK。ルール上問題無し」
「なるほど……ちなみに、その。なんだ……下手すると社会的に抹殺されかねない箇所についても、タッチOKなのか?」
「故意じゃなければOK。イエスカバディノージェイル」
「……なんて素敵なスポーツだ。大将、あんた天才だな!!」
「へへ、任せろよ兄弟」
耳に届いた二人の会話に、わなわなと拳を震わせるマール。
「んなわけあるかぁああ!! 中止よ中止ぃ!!」
マールの声が、広い格納庫へと木霊した。
「はい、追加で60発。えぇ、支払いはキャッシュで……えぇと、それもうちょっと早くなりませんかね。出来るだけ急ぎたいんですが」
デルタステーションのオフィスにて、インカムへ手をあてながらぺこぺことお辞儀をする太郎。それをまわりの社員達が、不思議そうな顔で横目に見ている。
「はい。あぁ、了解です。それじゃまたの機会という事で……はぁ。駄目だわマール。どこも前の値段で受けてくれるトコはねぇな。製造会社はどこもお仕事で一杯だとさ」
インカムをはずし、テーブルへと乗せる太朗。マールの「実弾の補給?」という質問に、太朗は力なく「おうさ」と頷く。
「ワインドが暴れまわるようになってから、製造業はどこも手一杯みたいだわ。うちみたいな小口はほとんど相手にもされないやね」
柔らかいクッションのついた椅子に、溜息を吐きながらもたれかかる太朗。「いくら要求されたの?」というマールの疑問に、指を大きく開いてみせる事で答える。
「五倍って事? うーん、さすがにそれじゃあね……でも困ったわ。ちょっとこれを見てくれるかしら」
マールは太朗の傍へ歩み寄ると、太朗の額へとチップを軽く押し当てる。するとすぐさま太朗のBISHOP上へとデータが移送され、彼の頭の中に「経費見積もり」と題されたリストがずらりと表示される。
「うえぇ、たったひと月かそこらでこんなんなってるの? 船体備品とかほとんど3倍近いじゃん……こらまいったな」
月別に並べられた多数の出費項目の額は、どれもが赤い文字。すなわち値上がりとして表示されており、特に機械装置関連に関しては驚く程の値上がり幅を示していた。戦闘艦を多数保有するライジングサンにとって、機械装置は定期的に壊れる物という認識が強い。
「今がチャンスって時なのに、こいつは歯がゆいなぁ。弾頭も大量発注できればかなり安く上がるんだけど」
太朗の声に「無理よ」とマール。
「あんた以外にまともな運用が出来ないじゃない。才能のありそうな社員もいるけど、育つにはもっと時間がかかるわ」
マールの言葉に「だよなぁ」と天井をあおぎながら太朗。
太朗は実弾兵器の有用性を身をもって確認していた為、ライジングサンの戦闘艦乗組員に弾頭制御の発射試験をさせて見た事がある。しかし結果は散々で、せいぜい飲み込みの良い社員がひとつのタレットをなんとか扱えるというだけにとどまった。
実際のところ、弾頭の運動制御そのものは難しくもなんともない。しかし問題はデブリ焼却ビームを回避する点にあり、誰もがそこで躓く形となった。焼却ビームは高速で、多数、連続して発射される。これを回避するには、最低限それらビーム一本一本の弾道計算がどうしても必要となる。これに各種電磁波やらジャミングやらの計算が加わると、普通の人間にはおおよそお手上げだった。
「予備の部材をまとめて購入ったって限度があるしなぁ。交易品の売値を上げるのは仕方が無いにしても、いきなり倍じゃ商売にならんぜ?」
「そうよね……中央ならまだしも、地方にそんな購買力は無いわ。アルファ周辺は古い星系だから、あまり鉱物や何かにも期待できないでしょうし」
「まぁ、目ぼしいのはとっくに掘りつくされてるわな。今のところ会社はぼろ儲けしてるけど、この状況だとちょっとした事で一気に転落してもおかしくねぇな」
揃って溜息を吐く、太朗とマール。ふたりはしばらく考え込んだ様子で無言の時を過ごすが、やがて何かを思いついたのだろう。マールが太朗の小型端末をせわしく操作し始める。
「何を見てるんすかね……えっと、ユニオン参加申請リスト? そんなんあるんすか?」
マールの手元を覗き込むようにして、太朗。それにマールが「えぇ、そうよ」と答える。
「あんた、しばらくは現体制で行くって言って、まともに見もしなかったじゃない。今のところ22社からうちのユニオンに参加したいって連絡が来てるわ」
太朗は思ってもみなかった事実に「ほえぇ」と感嘆の声を発する。
「意外とうちって有名なんね?」
そんな太朗に、うんざりとしたじと目でマール。
「そりゃ短い時間でふたつもステーション救うような真似してれば、嫌でも有名になるわ。アダルトグッズ輸送会社っていう周知があったせいで、おもしろおかしく取り上げられたしね」
マールの刺すような視線に、思わず両手を上げる太朗。
「いやいや、あれの輸送があってこそ今のライジングサンがあるわけで……ちなみに、何か目ぼしい会社でもあったん?」
「えぇ、そうね。目ぼしいというか、これは相談なんだけど」
マールは小型端末を操作すると、その画面上に「マキナ」という名前のコープを映し出す。
「従業員22名の小さな製造加工会社よ。いわゆる零細ね。会社自体は300年近くも前からあるみたいだけど、最近経営が思わしくないみたい。ユニオンへの参加申請も、相互供与というよりは出資が目当てだと思うわ」
マールの言葉に「ふうん」と鼻を鳴らす太朗。彼の「TRBに参加させるの?」という質問に、マールは「違うわ」と首を振る。
「ねえテイロー。レールガンの弾頭や、細かい補給用の備品。何も市場に流れる一流品にこだわる必要は無いと思わない?」
何か、含みを持たせた物言いのマール。太朗はそれに「なるほど」と続ける。
「身内に製造会社を入れちまおうって事か。でもそういうのって、やれっていってすぐさま出来るようなもんなの?」
懐疑的な眼差しの太朗に「出来るわよ」とマール。
「弾頭に積まれてる小型姿勢制御スラスタなんて、作ってるのは別の会社よ。BISHOP受信装置もそう。直接買ってる所は、それを組み立て販売してるだけだわ」
マールは人差し指を立てて太郎へ突きつけると「問題なのは」と続ける。
「別々の部品を買って、集めて、加工して、卸して、小売する。これの全部にマージンが発生してるって事。もし一社で全部やってるんだったら、もっとずっと安い値段に抑えられるはずだわ。実弾兵器の弾頭なんて特注品は特にそうよ」
「まあ、そりゃそうだろうけど。なんか随分でけぇ話にならないか?」
「そんな事ないわよ。凄くシンプルに片付くと思うわ。だって――」
太朗へ突きつけた人差し指を、ぐいと押し込むマール。
「――買い取ればいいのよ。製造会社も、設計図も。いまうちの会社に現金がいくらあるか、あんた知ってる?」
マールの剛毅な発案に、太朗はあんぐりと口を開けた。
*注意 作中のカバディは、太朗の曖昧な記憶から掘り起こされたもので、実際のカバディとは微妙に異なります。普通は男女別ですし。つか、いるのかなこの注意書き……




