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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第1章 ゴーストシップ
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第29話



 帝国軍士官学校で教育される軍事知識。

 それはニューラルネット上で仔細に公開されている情報ではあるが、実際に会得できるかどうかというと別問題である。

 例えば項目として"光学兵器"とあった場合、それ自体の詳しい内容はまた別の知識として学習する必要があり、そういった必要知識は驚くほど多岐に渡る。軍のエリートを目指す人間達が何年もかけて学ぶ内容を、生活の役に立つわけでも無いのに憶えようとする人間はあまりいない。

 しかし小梅は太郎にそういった関連する知識を一通り流し込んでいた為、太郎の頭の中にはそれらの雑多な知識が間違いなくオーバーライドされていた。


「軍需関連なら確かに知識はあるけど、交易かぁ……自己責任の割合が増えそうだけど、その分見返りも多そうだあね」


 ふむふむと頷く太郎。大事そうにカップを抱えたマールが「そうね」と続ける。


「輸送費にまわせるお金は売買益のほんの一部よ。今まで通り輸送を続けてもいいけれど、軍船である以上カーゴのキャパシティはどうしても限界があるわ。いずれ頭打ちになる可能性の方が高いんじゃないかしら」


 マールの言葉に「確かになぁ」と太郎。そこへ小梅が静かに発する。


「ミス・マールの懸念はもっともであると小梅は同意します。ライジングサンコープの売上と諸経費に対する割合が、船舶数の増加に伴い悪化しています。数が増えれば運用効率が下がるのは自明の理です」


「相変わらず小難しい物言いをありがとう小梅ちゃん。でもまあ、実際そうだよな。危険地域の配送っつうアドバンテージがある分ここまでやってこれたけど、そろそろ大会社が本気でその辺にも手ぇ出してきそうなんだよね」


 太郎の声に「あら、初耳だわ」とマール。それに「ほらよ」とBISHOPでメールを転送する太郎。


「えぇと、なるほど。輸送艦隊のお誘いね……って、はぁ? なによこれ。向こうはほとんど軍船出してこないじゃない。私達に護衛をさせようっての?」


「そうなんよ。あんまりな話なんで断ったけど、この手の話は結構あるぜ。俺らが思っている以上に危険地域への配送って魅力的なのかもしんないな」


「そうなるとなおさら先細り感が拭えませんね、ミスター・テイロー。あぁ、先細りと言えばミスター・テイローの粗チ――」


「あー、はいはい!! 引っ張りますね小梅さぁん!! なんなんすかね? 気に入ったんすかね? はぁ……変なもん輸送しすぎたかな」


 太郎は輸送の主力商品である大人のおもちゃを思い浮かべると、力なく溜息を吐く。


「でも、そうなるとますます先が危ういわね。何かしら手を打つ必要があるわ……さっきの交易の話も今すぐ決める必要は無いけど、選択肢のひとつとして考えておいて頂戴」


「あいよぅ……はい小梅さん、先が危ういって言葉に反応する必要は無いからね。過去にも現在にもそこが危うかった試しはねぇよ。言っててちょっと死にたくなったけどな……あぁ、そうだマール。どうせならアランも加えてもうちょっと詰めた話もしちまおうか」


 太郎に対し、了承の声の代わりにテーブル上のディスプレイを傾けるマール。BISHOPからアランへの呼び出しを行うと、ほんの数秒後にアランの顔が映し出される。


「うわっ!! これホロディスプレイなのね。びっくりしたわ……でもなんで首から上だけなのよ。普通は全身でしょうが」


 ディスプレイから噴射されている特殊な霧。それにレーザーで色付けされたアランの生首が、本物と見紛わんばかりのリアルさでテーブルの上に表示されている。


「"おいおい、なんだか知らんが俺はえらい事になってんだな。それより何の用だ? 俺はこれからマッサ……もとい、公園にでも行こうと思ってたんだが"」


 テーブル上の生首からの質問に「おう、聞いてくれよ兄弟」と親愛の情を持って説明をする太郎。


「"なるほど、交易か……悪くないんじゃないか?"」


 首から上だけのアランが、あごへ手をやりながら発する。表示範囲からはずれた手首が断面で切られ、空中へ浮いているように見える。


「元手を一億クレジットにするとして、何か有望な商品ってないかな」


「"ふむ。無い事はないが、使うならその半分を限度にしとくべきだろうな。事故や何かで積荷を失った場合、即破産しちまうぞ"」


「あ~、確かに。んじゃ五千万?」


「"なんで最初からフルパワーで行く気満々なんだよ大将……軍事に長けてるからって商売までそうというわけじゃないだろう。輸送と並行して様子を見ながら、一千万かそこらで試して見るのがいいんじゃないか?"」


「うぐ、仰る通りで……んで、何を扱うのがオススメ? 個人的にはワープスタビライザーがいいかなと思ってるんだけど」


「"ほぅ、なぜそう思った? てっきり弾薬や砲塔で来るかと思ったが"」


「なぜて、ワインドだよワインド。そりゃ倒せるに越した事は無いけど、大多数の船はあれに出会ったら逃げるっしょ? あいつら生身の人間と違っていくらでも加速できるわけだから、そうなったらワープに頼らざるを得ないでしょ」


 太郎の言葉に「ふぅむ」と鼻を鳴らすアラン。マールはそんなアランをちらりと横目で見ると、太郎に向かって人差し指を立てる。


「という事は何、あんた的にはしばらくこの混乱は続くと考えてるわけ?」


 マールの人差し指を見つめながら太郎。


「いや、どう見たってそうでしょ。というより、もっと酷くなるんじゃねえの?」


 太郎の言葉に「どうして?」といった様子の視線を投げかけてくる人間二人。小梅が「ミスター・テイロー」と続ける。


「出来ればそう思う理由をお聞かせ願えますでしょうか。今の所小梅には、そう断言できるだけの情報があったようには思えないのですが」


「いやいやいや、一目瞭然っしょ。スターゲイトだよスターゲイト。アデラ行きのスターゲイトが封鎖されたまんまじゃん。おかしくねえか? あそこには帝国の艦隊がいたんだぜ?」


 太郎の指摘にはっと息を飲むマール。そこへアランが「"なるほどな"」と続ける。


「"少なくとも今の所はだが、帝国軍はワインドと事を構える気が無いって事か。こっちの船の記録を見ているはずだし、分遣隊は陸戦隊を持ってたはずだ。やろうと思えばとっくにステーションを解放してるはずか"」


「でもそうなると、なんで? いくら田舎のステーションだからって、金銭的な価値で言えばちょっとした艦隊くらいにはなるはずよ」


「なんでって言われてもわかんねえけど……何か理由があるんだろうな。理由、理由。なんだろ?」


 ぶつぶつと考えをまとめ始める太郎、マール、アランの三人。そこへいくらもしない内に小梅がぽつりと発する。


「ニューラルネットワークが原因では無いでしょうか」


 機械で出来たその球体の瞳に集まる、3つの視線。


「えぇと、それって結構最悪な状況なんじゃないの?」


「"軍の回線も死んでるって事か? ありえなくは無いかもしれんが、そうなるとニューラルネットの基幹部分がダウンしてる事になるぞ?"」


「ニューラルネットが本当に死んでるとしたら……どうなんの?」


「ミスター・テイロー。ソーラーネットはニューラルネットと違い、数光年以上の距離には届きません。よってニューラルネットが無くなった場合、場所によっては完全に情報が遮断される場所が存在する事になります。確かネットワークマップがあったはずですが、ご覧になられますか?」


 小梅の声に、すぐさまBISHOPを起動させる三人。三次元的に配置された恒星の数々が白い線によって結ばれ、複雑な分子構造模型の様な映像が浮かび上がる。そこには現在地であるデルタとその周辺のみが映し出されているが、それでも恒星の数は数千が表示されていた。


「ねぇ小梅。ソーラーネットの距離や何かから逆算して、孤立するだろうエリアを算出できないかしら。うまくすればこれ、ものすごい価値のある地図になるんじゃないの?」


 マールへ向けて、機械の頭を左右へ振る小梅。


「申し訳ありません、ミス・マール。一部分であればしばらく時間があれば可能と思われますが、計算要素の数があまりに多すぎ――」


「できたぞ」


 小梅の声を遮るようにして、太郎の声。何かの聞き間違いだろうかと、首を傾げる小梅。しばらくするとBISHOPを確認したと思われるアランが「"冗談だろ?"」と続ける。


「"いったい何通りの組み合わせ計算が必要だと思ってんだ……なんのだかは知らねえが、大将はギフト持ちか。久々に心の底から驚いたぜ……だけど、これはそれを上回る驚愕だな"」


「えぇ……それに、絶望的ね」


 三人のBISHOP上に表示されている銀河のネットワークマップ。太郎によって回線が通じているエリア別に塗り分けられたそれは、気の狂った画家が絵の具をぶちまけたかのような複雑なまだら模様を描き出していた。


「小梅の方でも再計算してみましたが、驚くべき事に実に正確な地図のようです。ランダムに抽出したポイント4096ヵ所全てで正しい値が計算されています」


「"なるほどな……なあ大将。俺はあの分遣隊が何をしようとしてたのか、わかったぜ"」


「うん。俺もなんとなくわかったわ。簡単に言うと、あれだな」


 青と黄色に挟まれた、BISHOP上の黒いエリアを指でなぞる太郎。アデラステーションとそのスターゲイトは、まさしく通信エリアの境界上に位置していた。


「あいつら、国境警備隊だ」





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