第274話
不定期更新なので、二日連続という事も。ときには。
「散々殺してきた俺に、今更そんな事を言う資格があるのかはわからないが」
しばしの沈黙の後、ファントムがそう切り出した。
「ひと並み、とは決して言えないだろう。しかし自分の倫理観というものはこれでも持っているつもりでね。それを失くしたら、きっと俺は人間じゃあなくなるんだろう。少なくとも自分ではそう思っている。殺してきたのは、あぁ、こいつはこの世に居ちゃあいけない獣だと、そう思える相手だけだ」
そう言うと、腕を組み、扉へ寄りかかるファントム。そこへ「私も反対よ」というマールの声が入った。
「戦争や自己防衛以外で人を殺すというのは、決してやってはいけない事だわ。例えそれで大勢を救う事ができるとしても、せめて最後の選択肢として考えるべきよ。そうじゃないと、なんていうか、ファントムの言った通り、人としてどうかと思うわ」
マールの言葉に、「んだんだ」と頷く太朗。彼は「俺らはさ」と、周囲を見渡してから改めてディーンの方へと向いた。
「そりゃあ、銀河一の暗殺者がいるわけで。やろうと思えばライバル業者の社長だろうがなんだろうが、邪魔な連中をいくらでも消す事が出来たわけっすよ。でもそれをやらなかった事に誇りを持ってるし、そのスタンスを今更変えたくはないっすね」
暗殺。その誘惑に惹かれた事が一度もなかったといえば、嘘になる。
上層部を消してしまえばきっとマーセナリーズとの戦いはずっと楽になっただろうし、エンツィオ同盟がEAPの民間ステーションを破壊する事も防げたかもしれない。どう転ぶかはわからないが、人的被害を抑える事はできただろう。
太朗も幾度となく訪れた戦いの中で、見知った顔やそれなりに付き合いのある部下や知り合いを何人も失っている。それらを救うためならと、少数を殺す事で大勢を救うためならと、あらゆる大義を言い訳として頭に並びたてつつも、しかし歯を食いしばり、決して出さなかった命令が、暗殺だった。
「ジェネラル・ディーン。ときに銀河を治める皇帝陛下は、そうされても仕方がないと思えるような、人々を苦しめる暴君であらせられるのでしょうか」
冷静な小梅の声。ディーンはそちらを見るでもなく「いや」と否定すると、「名君さ」と続けた。
「基本的には君臨しているのみだが、必要な時に必要な行動をとれるだけの度胸がある。かわいそうな女性ではあるがね…………ふむ。まぁ、彼女の言う通り、暗殺の線は最終手段とすべきか。現状を知れば本人はそれを望むだろうが、万が一の露見を考えれば相応に危険も大きい。第2案といこう」
悪びれた様子もなく、そう語るディーン。どうせ最初からそのつもりだったろうにと、心の中でツッコミを入れる太朗。ディーンは銀河帝国の将軍ではあるが、しかしライジングサンの取締役のひとりでもあり、日常的に会社の運営情報はきちんと届けられている。であれば、どういった考えの人々がどういった方針に沿って行動しているか、それを把握していないわけがないのだ。
「なぁ、ちょっといいか。流れ的に救出したいという事なんだろうが、それはいい。それより現状維持ってのはどういう事なんだ?」
アランが指を上げて発する。それにマールが同意するような頷きを見せ、太朗に視線が集まる。
「どうって、そのまんまじゃねぇか。大規模な通信の混乱って前にもあっただろ?」
どうという事もなく答える太朗。何の事だという表情のアランだったが、やがてはっと何かに気づいたように顔を上げた。
「ニューラルネットの崩壊か! なるほど、くそっ、そういう事か。黒幕は陛下の不在を望んでるって事だな? 今の陛下がどうこうではなく、正しくは最終決定権を持つ帝位の不在か」
「おうよ。今でも何とか人類が生活できてんのも、陛下が勅命で無理くりなんとかしたからだしな。時々思うけど、これ帝政じゃなかったら人類詰んでたんじゃねぇかな?」
「ありえんとは言えんな…………しかしそうなると、ネットワークの崩壊がもう一度起こるという事か? あぁいや、違うな。既に起き始めてるって事か。情報が正しく伝わらんネットワークなんぞ何の役にもたたんな」
「そうそう、そういう事なんよ。良くはわかんねぇけど、通信連絡船を中継する形になったから前と同じ形では出来なかったんじゃねぇかな。だから手法を変えて情報を混乱させる形できたと。そう考えっと色々つじつまが合うんよね。前みたいに完全に繋がらなくなったわけでもなく、微妙に使えてるし」
「ふむ…………おいディーン。部外秘なのは承知の上で聞くが、軍の情報部はどこまで掴んでる。将軍ともなれば新たに知れる機密も多いはずだ。この混乱の発生源はいったいどこだ?」
アランの言葉に、ディーンへ期待のまなざしが集まる。しかし彼は肩をすくめてみせると、「わからん」と短く言った。肩透かしを食った一同は残念そうに顔をゆがめるが、しかしディーンは「これは重要な事だぞ」と片眉を上げて発した。
「銀河中、これだけの広範囲における膨大な量の欺瞞通信が行われているんだ。発信元が不明などという事は、理論的に、まず、ありえない。しかし現実に起きている、というのが重要な点だ。少なくとも我々はこの1点から、発信元の正体を確信している」
ディーンはそう言うと、スクリーン上の星系図へと視線を移した。彼は「銀河中に存在する通信発生源となりうる存在は2つだ」と語り、「その一方である人間が発信元でない以上、残るはひとつだろう」と続けた。
「やっぱり、ワインド?」
艦橋にマールのぼそりとした呟きが響く。ディーンが同意するように頷き、さらに口を開いた。
「君らからの報告が非常に役に立ったよ。電脳化されたワインドなど悪夢そのものだが、それだけ高度な情報技術があるという証左でもある。そこへエニグマの有用性から、連中同士が高度なネットワークを形成しているという根拠も得られたわけだ。そうなれば、話は早い。これは攻撃だよ。人類に対するね」
ディーンの言葉に重い沈黙が降りる。語られた内容は太朗達にとって予想していた事実のひとつではあるが、しかしこうも断言されれば衝撃もまた大きかった。
「開示されていない情報の中に先のニューラルネット崩壊に関する調査報告書があったのでね、読ませてもらったよ。素子の耐用年数がどうたらや、パルス化した輻射粒子の飛び石効果などといった形で締められていたが、しかしそこにおもしろい記述があった。素子そのものにバックドアがある可能性だ」
スクリーン上にあった星系図が消え去り、代わりにドライブ粒子検知素子の拡大写真が映し出される。それは半透明に透過し、様々な注釈のついた矢印があちこちに現れる。しかし素子全体の半分を占める中央部分については、不気味に黒く塗りつぶされていた。
「知っての通り、ニューラルネットはドライブ粒子を利用した通信網だ。ひとつの例外もなく、全ての通信機器にはこの素子が使用されている。しかしこれも周知の通り、我々人類にこの素子を新たに作り出す技術は存在しない。塗りつぶされている箇所は今現在も用途不明のままだ。しかし無ければ動かない。これらに裏口が存在するのでは、という事だ」
ディーンの言葉に、再び沈黙が降りる。太朗は非常に嫌な考えが浮かび、顔をひきつらせた。
「いくら腐敗しているとはいえ、軍も全てが馬鹿ばかりというわけではない。先の勅命による連絡船の拡散に際し、それら通信設備に搭載される素子全てに何らかの安全装置を搭載したようだ。少なくともそういった事ができる程度には、素子の解析が進んでいるということだな。そして今現在なんとかネットワークが持ちこたえているのも、恐らくそれが功を奏したのだろうと考えている」
スクリーン上の素子に新たな部品が追加され、配線が木の根のように繋がっていく。元の素子の複雑さに比べれば見劣りするものの、新たな部品も相応に難解な代物のようだった。
「そうなると、先のニューラルネット崩壊も連中の仕業という事で確定か」
アランが苦々しく言った。そこへマールが「待って。それもそうだけど、待って」と、険しい顔で考え込みながら言った。
「ディーン。貴方の言葉が正しいとすると、とんでもない事になるわ。だって、その、そうでしょ? それだと、あっちは用途不明の領域を使いこなしてるって事になるじゃない。そんな事って…………」
それはまさに、太朗の頭に浮かんだ非常に嫌な考えだった。太朗は言い淀んだ彼女の言葉を引き継ぎ、「もしかしてだけど」と口を開いた。
「ドライブ粒子検知素子って、メイドバイワインドだったりします? あるいは、ただ向こうのが解析が進んでるだけかもしんねぇけど」
それなりに衝撃的な発言だったろうが、恐らく皆が同じように思っていたのだろう、動揺した様子は見られなかった。質問を受けたディーンはひと息つくと、「どうだろうね」と首を振った。
「わからないが、どちらであっても同じさ。これは攻撃であり、我々は身を守らねばならないという事だ。そして導き出される答えの中に、あまり認めたくはないが、しかし認めなくてはならない点がある。我々がワインドという存在を侮っていた、ということだ」
我々というからには当然、自身も含まれているのだろう。目を伏せるディーン。そこへ小梅が「なるほど」といつもの調子で発した。
「我々の予想より、彼らはもうひと段階登っていたという事ですね。ジェネラル・ディーン」
スカートを押さえた丁寧な姿勢のまま、小梅が言う。彼女は頷く将軍を確認すると、さらに言った。
「戦闘、戦術と、我々が想像していた彼らはここまでです。しかしこうして見てみれば、なるほど。彼らは既に、戦略というものを使いこなしているようです。これは、うかうかしてはいられませんね」
推敲苦手です。ごめんなさい。やってはいるのですが...orz
誤字報告下さる方々。本当に感謝しています。ひらにひらに




