第273話
不定期更新です。あしからずm(_ _)m
太朗が呼びかけると、ディーンは被っていたフードを外し、乱れた髪を軽くなでつけた。
「もちろんそのつもりさ。というより、聞いてもらわねば困るね。あぁ、そのままで」
挨拶をしようとしたのだろう、立ち上がりかけたマールを手でやんわりと制するディーン。彼は膝の上で手を組むと、「何から話したものかね」と少し遠い目をした。
「とりあえず一番軽そうなやつから頼んます。まじで心臓に悪そうなんで」
いくらかの覚悟と共に、太朗がそう言った。それを受けたディーンは「ふむ」と頷くと、いくらか思案した後、口を開いた。
「皇帝陛下がさらわれた」
ぼそりとした呟き。しんと落ちる沈黙。しばらくの後に太朗はすっくと立ち上がると、扉の前へと移動し、「お帰りはこちらです」と廊下の方へと手を差し伸べた。
「やれやれ。来たばかりだというのに、もう追い出そうというのかね」
「一番っ、軽そうなやつっ、お願いしたじゃないっすかっ!!」
とぼけた様子のディーンと、頭を抱えて叫ぶ太朗。近くでは小梅すら驚きの表情を浮かべ、マールは何かを諦めたのか遠い目をしていた。
「まぁ、落ち着きたまえ。断言はしたが現状ではその可能性が高い、といった言い方の方が正しい。そうだな。9割5分といった所だろう」
「何の慰めにもなんねぇっす!!」
「慰めるつもりがないのだから仕方がないさ。それにどちらかというと、慰めを必要としているのはこちらの方だ。正直まいっているよ」
ディーンは懐から携帯端末を取り出すと何やら操作し、次いで艦橋にある大型モニターの方へと顔を上げた。全員の視線がそこに集まると、モニターには銀河帝国中枢を中心とした星図が浮かび上がった。
「注目して欲しいのはここだ」
帝国政府の心臓部であるアンドア星系と、帝国経済の中心地であるデルタ星系の中間部。地図上のそこに赤いピンが表示され、該当箇所の星系名が拡大された。
「イプシロン星系、っすか…………あれ? こんないい立地なのに聞いたことねぇな」
仕事柄地図に触れる機会が多い太朗はそれなりに地理に詳しいと自負していたが、この星系に関しては全く聞いたことがなかった。そんな太朗のぼやきに、「そりゃあそうだ」とアランが発した。
「帝国中枢部防衛のための戦略要衝地だ。正確な座標は公開されていないし、基本的に軍と政府関係者以外の立ち入りは禁じられてる。万が一、帝国に敵対する何らかの勢力にアンドアまで攻め入られた場合、増援が来るまでそこで持ちこたえられるようにと設計された、まぁ、いわゆる要塞星系だな」
朗々としたアランの説明。太朗はへぇと感心の声を上げるが、しかしすぐに「え?」と疑問符を浮かべた。
「話の流れからすっと、ここに皇帝陛下がさらわれたって事っすよね。えっと、帝国中枢がどっかに攻められ…………あぁいや、んなわけねぇか。あれ?」
いくら何でもそんな大事件があればすぐに知らせが来るはずだと、自分で打ち消す太朗。それにマールが「そういった報告はないわね」と同意した。
「中央は混乱しているが、今のところ物理的な脅威は起こっていない。まぁ、君がいわんとしている事はわかるよ。なぜそんな所にさらったのかという事だろう? ごもっともだ。何か行動を起こすのであれば、どこか遠くへというのが自然だからね」
小さく頷きつつ、ディーンが言った。太朗がそれに「だったらどうして」という顔色を浮かべると、ディーンは驚いた事に「わからん」と短く返した。
「わからんて…………いやまぁ、わからんもんはしょうがないんでしょうけど、わかってる事はないんすか?」
太朗の質問。それにディーンは「把握できているのは」と、モニター上のイプシロン星系を拡大表示した。
「陛下がこの星系へ連れ去られた事。これは確実だ。しかしいつ、誰が、となると不明瞭だ。状況からするとコーネリアスの連中の仕業という事になるが、今のところ証拠らしい証拠はない。例の情報の混乱が大きいね」
イプシロン星系の周囲に艦隊の表示がぽつぽつと現れ、それが加速していく。いくらもしないうちに星系は艦隊の表示で塗りつぶされ、まるで黒いボールのような有様となった。
「シグマ方面宙域の主力艦隊を中心に、コーネリアス派の軍勢約2万7千隻がここに集結している。細かいのも含めれば5万は超えるか。非戦闘艦を含めた数となると、数えるのも面倒な程だろう。連中の膝元とて混乱がないわけではなかろうに、よくもまぁかき集めたものだ」
感心した様子でそう語るディーン。太朗はまったく無表情で聞いていたが、思わず「ははっ、ワロス」と乾いた笑い声を、しかし無表情のままでもらした。
「何よわろすって…………まぁ、ちょっと桁がおかしいってのはわかるけど」
うんざりした顔のマールが言った。太朗はそれに頷くと、「まさかっすけど」とディーンの方をみやった。
「これと戦えとか言いませんよね?」
最大の懸念。そんな太朗の問いに、ディーンは「まさか」と首を振った。
「無駄死になど、それをやりたい者にだけやらせておけばいい。あるいは他に価値のない者にだ。今現在、これらと対峙する形でラインハルト派が艦隊を集結させている。既に1万を超えたはずだな。数では劣るが精鋭だ。私の軍もここに主力を貼り付けている」
モニタ上の黒いボールを取り囲むように、いくらか薄い膜が新たに表示される。表示上では隣接しているように見えるが、星系の広さを思うとそれなりの距離を保っているようだった。
「歴史は繰り返す、という事でしょうか。ジェネラル・ディーン」
いつも通りの感情のない顔で、小梅がぼそりと言った。それに感心した顔を見せるディーン。そこへ「確かにな」とアランの声が入った。
「簒奪未遂事件か。規模こそ違えど、確かに状況は似ているかもしれん。あぁいや、規模も時間の問題か…………当時と決定的に違う点があるとすれば、相手に玉を握られている事だな」
苦々しい顔のアラン。太朗は「ぎょく?」と疑問符を浮かべると、むずがゆくなった股間を手で押さえた。そんな太朗へ小梅が視線を向ける。
「皇帝陛下の事ですよ、ミスター・テイロー。穴を掘り、そしてその穴を埋め戻すを繰り返すかのごとく無意味な活動を日々続けている2つの生産工場の事ではありません。もちろん大事な物を握られているといった意味では、正しいかもしれませんが」
「ほっといてっ!! いつか出番くるもんっ!! ぜったいくるもんっ!!」
下目遣いの小梅と、もじもじとしている太朗。そんなふたりを「はいはい」のひと言でまとめたマールが、「一応確認したいんだけど」と手を上げた。
「陛下は、その、何といったら良いのかわからないけど、無事なのよね?」
マールの問いに、ディーンが「だろうね」と頷いた。
「皇位継承権第1位はこちらが押さえている。こういった言い方はあれだが、もし連中の目的が陛下を亡き者にする事というのであれば、早い所実行してくれると助かるね。向こうは大義を失い、こちらは再び新しい皇帝を得ると。そういった意味で、まぁ、ご無事だろう」
冷徹な答え。マールは不快そうに顔をゆがめるが、思うところもあるのだろう、「そう」とだけ言った。
「まぁ、事と次第によっちゃとんでもない事になるしな…………あれ? そいやアラン、さっき規模についても時間の問題とか言ってたよな。昔のっていつか10万隻がどうたらって言ってたあれだろ? おかしくねぇか?」
黒い目玉焼きのようになったモニタ表示を見つつ、太朗が言った。それにアランがどういう意味だと首をかしげる。
「や、だってディーンさんのトコ、ラインハルト派だっけ? がコーネリアス派を完全包囲してんじゃん。確かに数は少ねぇけど、布陣からしてラインハルト側が勝つぞこれ」
かつてオーバーライドされた帝国軍の軍事知識から、太朗にそんな結果を想起させる。そんな太朗の質問に、ディーンが「冗談はやめたまえ」と発した。
「星系を武力でもって完全封鎖しろと言うのかね? 戦術的には正しいが現実では不可能だよ、君。相手の補給や艦隊に一発でも放ってみたまえ。なし崩し的に全面戦闘が始まる事になるだろう」
ディーンの答えに、「あー」と得心の声をあげる太朗。
「勝てば良いってもんでもないわな。両軍ただじゃ済まないだろうし、とりあえずはにらみ合いか」
ぼそりと太朗。「ちょっと血の気が多いんじゃないの?」というマールに、太朗が頭をかく。
「最近どうにも殺伐とした生活が続いてたから、影響してんのかな…………まぁ、そやね。穏便に何とかできるのが一番いいっちゃいいんだけど、でもこれ、そんなことしてる場合じゃねぇ気もすんのよね、太朗ちゃん的には」
そう言って太朗は、窓替わりのウィンドウに映るデルタ星系の方をみやった。一同が疑問符を浮かべつつ、同じように星々の方へと首を巡らせる。
「やはり君は、なかなかに鋭いね。散々貸しを作ってきた甲斐があるというものだ」
数瞬の後、ディーンが満足げにそう言った。太朗は照れ隠しに肩をすくめてみせると、彼の続きを待った。
「私の個人的な考えと一致していると考えて良さそうだ…………君は陛下をさらった連中の目的を何と考える?」
試すような視線。太朗はそれを受けると、「たぶんだけど」と前置きをし、そして「現状維持っすね」と回答した。
「素晴らしい。前々から思っていたのだが、私の副官になってもらうというのはどうかね。その答えを出せた参謀は数える程だよ」
「いやいや。わかってて言ってるとは思いますけど、丁重にお断りします。堅苦しいのダメだし、基礎訓練ついていけなさそうですし。体力的にはあれだけど、体育会系ってのがどうしてもなぁ」
「ふふ、そうか。それは残念だな。しかし冗談とはいえ口にした以上、何かあった場合は頼りたまえ。まぁ、そういうわけで、今回は君らの協力が欲しいわけだ。それとも彼の、というべきかな」
ディーンの顔が艦橋入口へと向けられ、そこに立つファントムと視線が交差する。余裕のある笑みと、いくらか不快そうな表情。ほんの短い時間だが異常な程に張り詰めた空気が流れ、生唾を飲んだ太朗はその音が全員に聞こえたのではと感じた。




