第271話
日付が変わった以上、クリスマスは終わりさ。だから投稿しても許されるんだ。
「あまり認めたくはないのだが、君らは臨検ひとつすらまともにできないほどに無能だ、という事かね?」
鉄と鉄と、そして鉄だけで作られた実用本位の寒々しい小さな部屋に、無機質な声が響く。声の主は鏡面加工の施された執務テーブルの上へゆっくりと指を走らせると、ほこりのついていない指先に小さな満足を覚えた。
「申し訳ありません、元帥閣下。しかし引き返したのは第一の連中です。我々もあまり大きくは出れません」
黒のローブ姿である元帥の前に立つ、皺ひとつない軍服を着た参謀が堂々とそう言った。元帥はそれにゆっくりと頷くと、「それを踏まえた上での話なんだがね」と嫌味を言い、その後「まぁ良い」と続けた。
「あれで大方の動きは掴めた。目的を果たすという点から見れば、悪くはない」
元帥はそう言ってあごに手をやると、現状を総じて70点かそこらであると判断した。完璧にはほど遠いが、満足できない程ではない。
「民間は大人しいものです。不穏情報による混乱を超える動きは見られません。軍も大まかには同様です。しかしビスマルクの派閥を中心に動きがあるようです。先ほど情報が届きました」
前一点を見つめていた参謀の視線が揺れ、BISHOPから情報が送られてくる。元帥はそれらを脳内で流し読むと、ふむと小さく鼻を鳴らした。
「スペアを銀河中に逃がしたか。予想通りではあるが、動きが早いな。追跡はできているのか?」
「あらかたの所在は判明しております。残りも時間の問題かと」
「そうか。連中からすれば万が一に備えてといった所だろう。が、忠臣が仇となったか」
「えぇ。後に反逆の罪を問うには十分でしょう。現状で他の元帥達にほとんど動きがない点も大きいかと」
「動こうにも、何が起きているのかすら理解できておらんだろうよ。それに事が事だ。知っていたとして、まともな協力もできまい」
組織は必ず腐敗する。銀河帝国政府及び帝国軍とて例外ではない。太古の昔から変わらぬ、いわば自然法則的なそれに従い、それらは銀河で最も大きいがゆえに最も腐敗しているとさえ言える。彼らは現状を維持する事に全てを費やし、変化を望まず、しかし実際に変化が起こってしまえば、何をすれば良いのかわからずただ狼狽えるだけなのだ。
さらに言えば、彼らは機敏な行動を起こすにはあまりにもその図体が大きすぎた。精神的にも実体的にも、それが周囲にもたらす影響は限りなく大きい。一見矛盾しているようにも感じるが、巨大な組織ほど足先に注意して行動する必要があるのだ。足の下にいる人間からすれば、踏み外した一歩が致命的となる。
そういった事を、元帥は銀河の誰よりも良く知っていた。彼もまたその内のひとりであるし、なによりその長だった。
「味方であれば困ったものだったが、幸いにも敵だ。計画は続行する」
元帥はそうまとめると、目を閉じ、固い金属の椅子にゆったりと腰かけた。計画は今のところ順調だが、これからもそうとは限らない。休める時に休んでおくべきだった。
「さぁ、人間よ。どうでる?」
金属の部屋でつぶやかれた声は、誰に聞かれる事もなかった。
――"アセンブリ翻訳 WIND ver1.78 試験…………成功"――
太朗の脳内に流れる、BISHOPの電脳文字列。彼は一定の成果が得られた事に満足を覚えると、古臭いが実用的なヘッドセットデバイスを外し、ふぅとひとつ息をついた。
「結果は上々、といった所でしょうか、ミスター・テイロー。お疲れ様です」
足元から聞こえる機械の声。太朗は床をゆらゆらと揺れる小梅を抱き上げると作業台の上へ置き、「まぁな」とウィンクをした。彼は続けて「ただよぉ」と頬杖をつくと、「こんな事してる場合か?」と疑問を口にした。
「こんな事、とは結構な言いようではありませんか、ミスター・テイロー。これによって得られた人類の生命・経済的利益ははかり知れませんよ」
作業台の上でランプを明滅させる小梅。太朗はそれに「まぁなぁ」と曖昧に同意した。
「こうしてバージョン2の開発をせっつかれてるわけで、まぁわかるよ。人の役に立つのはいいこった。でも個人の状況からすっと、ちょっとなぁ。どう考えても戦争前夜って感じだろ?」
太朗の指摘。それに「肯定です、ミスター・テイロー」と小梅。
「5万に及ぶプリンセス・マチルダの私兵、及びその装備一式の貸与。これはすなわち近衛の一部が貸し出された事になりますが、恐らく前代未聞でしょう。大きな動きがあるはずです」
「だよなぁ。千人かそこらならともかく、5万だもんな。これってつまり、これ使って戦争しろよって事だろ?」
「推測ですが、その可能性が高いと思われます、ミスター・テイロー。純粋戦力のみでおよそ5個艦隊に相当するわけですから、ある程度大規模な戦闘が想定されます。補助要員含めた通常編成であれば10個艦隊、すなわち一個軍団となります。受け持つソド提督が困惑しておりました」
「全部で400隻近いんだっけか。それも正規空母だの戦艦だののおまけ付きの。まぁ、えっちらおっちら良く運んだもんだよ俺らも…………なぁ俺ら、いったい何やらされるんだ? 最近ディンゴとリンから猜疑心ばりばりの視線向けられてて、まじ胸がいてぇんだよ。気持ちはわかっけどさぁ」
「不明です、ミスター・テイロー。しかし、あまり楽しいものではないでしょう」
「あいあい。まぁ、少なくともお祭りの類じゃあねぇのは確かだけどよ。はぁ…………」
太朗は最近やたらと増えたため息を深々と吐き出すと、気晴らしにと周囲をぐるりと見渡した。古臭い雑多な機器やうず高くつまれたガラクタの類は、見ているとマールの工房で過ごした日々が思い起こされ、太朗はこの光景をなんとなく気に入っていた。
現在彼らがいるのは、かつてのコールマン研究設備であり、現RSワインド対策研究ステーションとされている、通称ビッグエッグの内部は一室。最重要機密指定されたそこの立ち入りを許されているのはライジングサンの上層部のみとされており、極めて厳重に管理されていた。
「しっかし、これ全部大昔のもんなんだろ? 良く残ってたもんだわな」
太朗はそう言い、良くわからない何かのハンドル状の機械部品をひとつ手に取った。完全に錆付いており、かつて何に使用されていたのか、何の一部だったのか、それらは全く不明だが、しかし確実に古い時代のものとわかっている何かだった。
この場に集められているのは、ワイオミングでの惨状を目にした彼らが作成したアンティークネットワークに引っかかった様々な物品であり、鉄くずとして溶鉱炉に放り込まれる前に運よく救助された品々だった。方々に最高の警備システムを構築するのは非効率極まりなく、そうであれば一か所にまとめてしまえというのは自然な流れだった。
結果としてここには、本当に何の役にも立たないゴミ同然の物から、惑星ニュークの博物館で見つかった品々のような一級品まで、文字通り全てが集められていた。少し目を遠くにやれば、ガラス越しに別室で研究を行っているアルジモフ博士の姿も確認できる。
「確かに宇宙には劣化を促進する大気が存在しません。しかし代わりに放射線や何かといった別の劣化要因が発生しておりますから、見た目程に状態が良いわけではありませんよ」
小梅がテーブルからごとりと床に落ち、ころころとガラクタの傍へと転がっていく。彼女はその中の一角でやおら立ち止まると、20センチ程の四角く薄い金属板が積まれたそこへとランプを向けた。
「ニューク産のそれらを除けば、なるほど望みは薄そうですか。考古学とは、やはり何十年もかけるつもりで挑むものなのでしょう…………ふむ。これは」
小梅が金属板に近づき、それに油性のインクか何かだろうか、直接書かれた文字を見やる。太朗はそんな小梅を横目に大きく伸びをすると、凝り固まった体をほぐすべく首や腕をぐるぐると回した。
「あ~、肩こるわぁ…………でもまぁ、地球に関してはギガンテック社の方でも気にしてくれるって話もあるし、気長にやるさ。何やらされるにせよ、これでディーンさんにでけぇ恩を売れるわけだろ? したらあの人を今度は俺らが地球探しに巻き込んでやろうぜ」
「なるほど。それは良い考えかもしれませんね、ミスター・テイロー。ところでひとつお聞きしたいのですが、ウィークペディア。ウィーキーペディア。ウィキペディア。ワイクペディア。こういった響きに何か聞き覚えはありますでしょうか?」
「えぇ? なんじゃそら。ペディアっつーくらいだから、教科書か何かか? 週刊発行の雑誌?」
「いえ、わかりません。ラベルの項目からすると百科辞典のようですが、ミスター・テイローの記憶にないとすれば比較的新しいものなのかもしれませんね」
小梅はそう言うと、また別の一角へ向かい転がっていく。太朗がそんな彼女をぼんやりと眺めていると、「そういえばですが」とランプが明滅する。
「ギガンテックの戦略統計部より、いつかミスター・アランが指摘したエニグマ耐性を持つ種。これの発現らしき報告が送られてきております。今のところわずかな数ではあるようですが、油断は禁物かと」
「はいはい、テイローちゃん頑張るから、そう急かさないでね」
「えぇ、お願いします。小梅もできる限りのサポートをいたしますよ…………ふむ。きのこたけのこ戦争? これは興味深いですね。中身が記憶装置の類であると良いのですが」
「どうせろくでもねぇ戦争だろうし、過去の事なんかほっとけ。目先の戦争のがずっと大事だわ。それよりちょち手伝ってくんねぇかな。関数クラス群をまとめようかと思うんだけど、これ数多すぎるわ」
「えぇ、了解です、ミスター・テイロー。すぐにそちらへ…………ときにミスター・テイロー。右腕の痺れについて、最近も続いておりますか?」
「……太古の昔より、童貞ってのは右手を酷使するもんなんだよ。うちらそれで食わせてもらってるんだからね? 小梅ちゃん、そこんトコわかってる?」
「…………えぇ、もちろん把握しておりますよ。銀河全体で一体どれだけのカロリーがそれに消費されているのか、計算するといささか愉快な結果が得られます。なんとかビームエネルギーに変換できないものですかね?」
「嫌すぎんだろそのビーム。俺それで死にたくねぇよ」
「童貞はきっと狙われませんよ。大丈夫です」
「いや、違うよ。俺違うから。狙われるよ。めっちゃ狙われるよ」
やいのやいのと騒ぎ立てるひとりとひとつ。太朗はこれまたゴーストシップで孤独に過ごした日々を思い出し、懐かしさを覚えながら仕事を進めていく。気づけば空腹も忘れて6時間近くも作業に費やした頃、ふと部屋入口のドアがスライドして開き、ふたりの視線がそこへと向かう。
「いた。テイロー、小梅、探したわ。何か、変よ。ネットワークが、おかしいの」
入ってきたのは寝ぼけ眼のエッタ。彼女の発した言葉に太朗は小梅と視線を合わせると、足早に駆け出し始めた。
こんなめでたい日に、こんな小説読んじゃって。まったくもう。
まぁ、こんなめでたい日に、こんな小説書いてんだけどさぁ!!
メリークリスマス。みんなに何らかの幸があらんことを。




