第27話
吹き上がる火炎。引火した酸素タンクがプラムより切り離され、しばらくいった場所で派手に爆散する。
(もう十分にやったじゃねぇか。プラムは限界だ)
青く光る四角いオーバードライブの起動関数を、ちらりと眺める。
(どこの誰とも知らねえガキを助けたってよ、しょうがねえじゃねえか)
太朗は考える。今積んでいる分の人数だけだったとしても、十分に賞賛されるに値する行動をしているはずだと。ここで逃げ出したとしても、いったい誰に責める資格があるというのかと。
「あぁ、ちくしょう!! 痛ぇし怖えぇよ!! ふざけやがって!!」
額から血を流し、吼える太朗。二つ目の砲塔が吹き飛んだ際の衝撃は、ディスプレイに衝突した彼の額を切り裂くのに十分な威力を持っていた。
――"船体損傷率 60% レッドアラート"――
最後の警告が鳴り響き、部屋が非常灯の黄色い明かりに包まれる。思わず頭を抱え込みたくなる衝動をなんとか抑えると、ディスプレイに向かって叫ぶ太朗。
「アラン!!!!」
「"テイロー、飛べ!! 収容は完了!! 収容は完了だ!!"」
待ちに待ったアランからの報告。脳で直接操作しているはずのBISHOPの画面が緊張に震え、青いはずの画面が白黒の味気ない世界に包まれる。崖から滑り落ちる人間が上へ向かって手を伸ばすように、"超空間巡航"と表示されている関数群へと見えない手を伸ばす。
「ざまあみやがれ!! 俺らの勝ちだ!!」
プラムの周辺の空間が切り離され、静寂に包まれる。引き延ばされた空間が予約地点と接続され、その船体が数キロメートルに及ぶ長い光の矢へと姿を変える。
――"オーバードライブ 起動"――
突き抜けるような、まるで全ての思考を奪っていくかのような、甲高い音。
「はぁ……はぁ……」
静寂の中、太朗の荒い息遣いが司令室に響く。赤い目をしたマールがゆっくりと顔を巡らせ、壁や天井へと目を向ける。
「はは……ははは……」
意識せずに出た乾いた笑い。太朗は無造作にベルトを取り払うと、固い床へと寝転がる。
「あはは……あっはっはっは!!!!」
狂ったように笑い声を上げる太朗。やがてマールが、そしてついには小梅までもがそれに加わり、三人で笑い声を上げる。
「うへへ!! 生きてる。生きてるぜちくしょう!! やった!! うへは!! なんで俺あんなに頑張ったんだろうな!!」
「あはは、生きてるわね。もう、ほんと。馬鹿みたい。なんでかしらね」
「ふふ、全くです。ステーションに同じアイスマン仲間でもいらっしゃいましたか?」
「げはは!! いるわけがねえ。俺が天涯孤独なのは小梅っちが一番良くしってるじゃねえか」
「えへへ、そうね。でもあたしもよ。あたしも天涯孤独だわ!!」
「偶然ですねお二人とも。実は小梅にも家族がおりません。これは良い孤独仲間ですね」
はたから見ればまるで気が触れたかのような三人。戦闘中に分泌された大量のアドレナリンが体中をめぐり、そしてやがて消えていく。
「……アラン。なぁアラン。ちびっ子どもは無事か?」
血糊がついた通信機を耳にあて、ぼそりと太朗。
「"あぁ、112名全員元気にしてるよ。何人か衰弱が酷いのがいるが、なぁに。飯でも食って大人しくしてればすぐに元気になる。ジャンプが終わったら映像をそっちに送ろう"」
「そっか……そいつは、良かった……大きくなったらライジングサンを利用するように、良く言っといてくれな」
強化チタンで出来た床を転がると、うつ伏せになる太朗。膝を抱えたマールが「なにそれ」と小さく笑う。
「その場のノリで人命救助なんてやるもんじゃねえな。正直こりごりだぜ」
「そうね……でも、今凄くいい気分よわたし」
「ミス・マールもですか。小梅もそう感じます。これは頑張った甲斐があるというものです」
小梅の声にニヤリとした笑みを見せる二人。
「さ、そろそろ到着するわよ。テイロー、傷口が開かないよう、さっさとシートに戻りなさい」
―ー"オーバードライブ 終了 現地到着"――
BISHOPからの知らせを受け、まだ無事に動くカメラで船外を眺める太郎。ディスプレイには円筒形の巨大なスターゲイトが映し出され、付近に浮かぶ多数の船が確認出来る。
「んー……なんか様子がおかしいな」
スターゲイト付近に無造作に浮かぶ船の奥。格子状に完璧な形で整列された無数の艦船が目に入り、太郎はそれに何か引っかかりを覚える。
「あれは……グリッド防御隊形……帝国軍?」
脳にオーバーライドされた記憶が、目の前の艦隊の正体を知らせて来る。
「ミスター・テイロー。前方の艦隊より非常に強力なワープジャマー発生。完全にREDです」
小梅の声にすぐさまBISHOPを確認する太郎。そしてそこに流れる報告に絶句する。
――"オーバードライブシステム ジャミングRED"――
――"ロックオンシステム ジャミングRED"――
――"エンジン推進システム ジャミングRED"――
――"スキャンシステム ジャミングRED"――
――"シールド補填システム ジャミングRED"――
――"姿勢制御システム ジャミングRED"――
管制室に微細な振動と音を運んでいたエンジン音が静かに消えて行き、部屋に静寂が訪れる。
――"オーバードライブシステム HACKED"――
――"ロックオンシステム HACKED"――
――"エンジン推進システム HACKED"――
――"スキャンシステム HACKED"――
――"シールド補填システム HACKED"――
――"姿勢制御システム HACKED"――
表示の全てが切り替えられるまで、わずか2秒。船は再びエンジンを始動し、太郎達のあずかり知らぬ場所へと向けて動き出す。太郎がぽかんと口を開けている間に、船の制御は完全に彼の手から離れる事となった。
「"こちら帝国軍分遣隊CC-110。貴船のコントロールはこちらが完全に掌握した。帝国臣民登録番号25314312326869テイロー・イチジョウ、ライジングサンコープ代表。そしてその船、アルバDD-4649プラム。以上に相違ないか?"」
通信機より聞こえる低い男の声。太郎は通信機をオンにした記憶は無く、船の中枢システムまでもが掌握済みだと悟る。
「はいはい、その通りでございますよ。いったい何の御用でしょうかね。うちの会社は清く正しくいやらしく、がモットーです。軍に包囲されるいわれは無いっすよ」
通信機に向かって呟く太郎。マールが「いやらしくって何よ」とジト目を向けて来るが、それは無視する事にする。
「"テイロー。君からの報告は望んでいない。船体記録を覗かせてもらう"」
冷たい一言に「あ~、そうね。手っ取り早いわな」とシートへもたれかかる太郎。彼は「なんか嫌な感じの奴ね」というマールの声に激しく同意する。その後、先程から黙ったままの小梅を含め3人は、先方の反応を無言で待ち続ける。
「……おせぇな。なんだってんだ?」
しびれをきらした太郎がぼやく。船内の時計はあれから10分近くも経過しており、いい加減緊張で胃が痛くなって来ていた。
「通信システムまで掌握されてっから、こっちから話しかける事も出来ないんよね……あぁいや、逆か? 常に聞かれてんのかな?」
「うっ、だとするとさっきの悪口も聞かれたかしら……」
「"もちろん聞こえているよ、だが聞かなかった事にしようじゃないか。待たせてすまない。いま君達の処遇について仮決定が下された。テイロー殿、マール殿。コウメ殿。当初の非礼を詫びさせて頂く。君たちは英雄だ"」
通信機から聞こえて来る打って変わった様子の声に、顔を見合わせる三人。
「"君らのBISHOPに、軍からの要望と処遇についてを送らせてもらった。答え如何によっては残念な結末になるとは思うが、吉報を期待しているよ"」
太郎は「こらまた酷い脅しやね」と呟きつつも、軍からのレポートへと目を通していく。
「ふむふむ……まずは救出した子供の身柄の引き渡し。これはまあ、当り前だあな。次が……守秘義務か。うわ、シンプルだな。全部て。今回の事を一切喋るなって事か?」
質問というよりは、確認として太郎。マールがそれに「そうね」と続ける。
「契約書上ではそうなってるわ。ねぇ、軍人さん。人助けをそこら中で自慢してまわる趣味は無いけれど、会社として宣伝が出来ないのは痛いわ。そこらへん、ちょっと加味してくれると嬉しいんだけど」
どこへともなく発するマール。するとすぐさま通信機より「"少し時間を"」との答えが返って来る。
「"報奨金を増額させてもらった。更新した契約書を送ろう"」
再び通信機から発せられた声に、無言で親指を立てて見せるマール。BISHOP上に現れる新しい契約内容の、更新された部分が赤で表示されている。
「さすが我らの財務省。これでいくら増えましたかね……いちじゅうひゃく……」
表示されている報奨金の合計金額を指差し確認する太郎。
その桁が億に達した時点で、あまりの驚愕に思考が停止した。




