第269話
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「そういえばテイロー。例のお姫様、来たみたいよ」
銀河の辺境たるアルファ方面宙域はローマ星系。そこに据えられたライジングサン本社の談話室にて、近頃庶民の飲み物として広がりを見せ始めた米茶の入ったパックを片手にマールが言った。彼女は手にした携帯端末をいじると、ニュースサイトの見出しと思われる画像を太朗へと見せてきた。
「あー、やっぱこうなったか。どう考えても秘密裡にってのは無理があるよなぁ」
元より予想されていたことではあるが、しかし面倒なことには変わりないと、ソファーへ身を投げ出す太朗。対面のマールが手にした端末画面には軍船のタラップを移動する女性の姿が堂々と映っており、それは太朗達が事前に訪問を知らされていた人物に相違なかった。
「そうね。でも下手に隠そうとするよりもこの方がずっといいわ。どうせ変に勘ぐって、ある事ない事書きなぐるに決まってるんだから」
携帯端末の表示を指でぱちんと弾くマール。太朗はメディアのわずらわしさについてはもはや銀河でも指折りの理解者であると自負していたため、「んだんだ」と深々と頷いた。ザイード戦役について近頃の銀河で語られている様々な事柄は、そのほとんどが間違っているか、もしくは間違ってはいないが正しくはない、といった体の内容であふれていた。当然太朗はありとあらゆる団体からの質問や問い合わせに追われに追われる立場となっており、それはもちろん、とうてい愉快な状況ではなかった。
「まぁなぁ。でも何だってこのタイミングなんだ? 色々きな臭いったって、中央は安泰だろ? 相手がディーンさんじゃなかったら即お断りな案件だぞこれ」
しばらく自分の女を預かってくれ。要約するとそういった内容になる連絡をディーンからの瓦版で受け取ったのがつい先月ほど。10日後の到着とあったが、実際に着いたのは瓦版を手にしてから6日後。これは予定が早まったわけではなく、情報をチップや電子ペーパー等で運ぶことによる弊害。すなわち時差だった。
「会社を立ち上げてから今日までで、正直今が一番混沌としてる気がするわ。子会社の数がいくつになったか、あんた把握してる?」
うんざりした顔のマール。太朗は「うんにゃ」と首をふると、ギガンテック社から送られてきているデータリストにアクセスしようと携帯端末を持ち上げ、そしてとりやめた。膨大すぎる情報は非常に助かるが、しかしさっと目を通すには多すぎ、何よりどうせ数日もすれば数も内容も何もかもが変わってしまっているのだから、とても憶える気にはなれなかった。
「書類上ではうちら、ライジングサンホールディングスになるんだっけか? んでガンズ、スピードキャリア、マキナがそれぞれ警備、輸送、開発担当のRSブランドとして復活すっと。せっかく1つにしたのに今度はまた分けるって、もうわかんねぇな」
ギガンテック社から送られてきている星系管理サポート要員とは名ばかりのコンサルティング部隊は、ご丁寧にもRSグループがいつか大企業を名乗るかもしれない未来にも備えるつもりで動いてくれているらしい。徹底的な組織改編と構造改革が急ピッチで進められており、会社はまさにてんやわんやといった状態だった。
「アライアンスの方にも大きな動きがありそうですよ、ミスター・テイロー。お二人とも。ご機嫌はいかがですか」
入口のドアが開き、義体姿の小梅が姿を表す。そこへ「まぁまぁだな」と「まぁまぁね」といういつもの返事が返り、彼女は満足そうに頷いた。
「ミス・サクラより、タカサキ造船がローマ支部の独立子会社化を決定したとのご連絡がありました。血縁企業ですから独立とは名ばかりの、つまり、そういうことでしょう」
小梅はマールの隣に腰かけると、数瞬AIらしい静止の姿勢を見せたが、やがて何を思ったのかテーブル上の焼き菓子へと手を伸ばし、それをぽりぽりとついばみ始めた。
「…………本当に消化はしてねぇんだろうな。まぁそれより、つーことはあれだな。タカサキがうちに入ってくんだな?」
太朗の質問に無言で頷く小梅。彼女はポケットから取り出したナプキンで丁寧に口を拭うと、「本社がタカサキ重工を。支部がタカサキ造船を名乗るようです」と発した。
「タカサキだと、規模的に見ても間違いなくアライアンスのナンバー2になるわよね…………あれ? もしかして、タカサキって支部でもウチより大きい?」
マールが疑問を口にする。それに「否定です、ミス・マール」と小梅。彼女は「ただし先月までの話であれば、仰る通りです」と付け加えた。
「そう。となると、うちが追い越すのを待ってたってわけね。相変わらず義理堅いというか何というか、そういうトコちゃんとしてるわね」
なるほど納得と、そう語るマール。太朗はまったくだとそれに同意すると、「それよりさ」と本題に戻す事にした。
「姫様だよ姫様。ミネルバ・セルダンつったっけか? 優良企業の視察ってことになってっけど、んなわけねぇよな。どこの馬鹿がエロビデオ運んでバイブ作ってる会社にお姫様を視察によこすってんだ。セクハラってレベルじゃねぇぞ。明らかに何かあんだろこれ」
太朗の疑問。それに「そうね」とマール。
「アウタースペースにいながらも律儀に税金を納めてるっていう点では確かに優良企業には違いないでしょうけど…………それよりあんた、言ってて悲しくならないの?」
「なる。だからそこにはあんま突っ込まないで」
「あ、なるのね。了解したわ…………うーん、とはいっても、思い当たるところなんてないわよ。ウェルズやクラークからの定時連絡にも、例の通信混乱以外にはこれといった報告は入ってないわ。ディーンとは相変わらず連絡がつかないの?」
「つかねえ。ライザですら連絡取れないって言ってたから、まぁ無理だろな。今までにもそういう事はちょくちょくあったから心配すんなとは言ってたけど、さすがになぁ?」
「そうね。意味のない事をするような人じゃないでしょうし、何かある、と考える方が自然よね」
「だよなぁ。あるいは、あった、か…………何か、嫌な予感がビンビンするんだよね、テイローちゃん。前にディーンさんと会談した時の事おぼえてっか? 何か俺らを巻き込んどいた方が~的な事言ってたよな。もしかしてこれじゃねぇの?」
「あー、あったわね。裏切者がどうこうって話の時よね…………そうなると、きっと結構な大事よね。無意味な事をするような人じゃないし、軍絡みって事よね? そういえばあのお姫様、確か軍属だわ」
「そうなんよ。そこなんよ。俺的にはあのあたりの流れからしてこうさぁ――――」
「いえ、でもそれだとおかしな話になるわ。だってあの話しぶりだと――――」
あぁでもないこうでもないと、議論を続けるふたり。それを邪魔する事もなく穏やかな表情で眺めていた小梅だったが、やがて議論が行き詰った頃、「小梅にひとつ提案が」と優雅に挙手をした。
「不明点が存在するのであれば、プリンセス・ミネルバご本人に直接尋ねてみてはいかがでしょうか。確かに雲の上の存在かもしれませんが、視察先企業の責任者が声をかけてはいけないなどという話もないでしょう。議論を重ねる事は良い事であると存じますが、話を聞いてみてからでも良いのではないでしょうか」
小梅の発言に、得心の表情がふたつ浮かんだ。
「あらあら、将軍から何も聞かされていないのですか?」
おっとりとした、しかしいくらか白々しさを感じさせる口調でミネルバが発した。腰まで届こうかという黄金の髪を後ろで束ねた彼女は、その美貌に似つかわしくないことに、野暮ったい軍装をしている。階級章は大佐となっているが、もちろんそれを額面通りに受け取る者はいない。
「えぇ、残念ながら。忙しいとは聞いてますけれど、ここまで連絡とれないってのは今までなかったんで、正直不気味っす…………あぁ、えぇと。すんません。喋り方これでいいんすかね?」
緊張をごまかすために頬をかきつつ、太朗がそう聞いた。同席しているライザとサクラの表情を見るに、どう考えても芳しくはないがしかし許容できないわけではない、という程度だろうかと彼はあたりをつけた。横を見ると小梅はいつものように無表情で、しかしマールの方は見たこともないくらいガチガチに緊張しているようだった。
今現在、おせっかいな巨人によって今までより2まわり程も大きくなったローマ星系ライジングサン本部応接間には、60名程の人々が各々の立場に応じた場所で立ち尽くすなりソファへ座るなりしている。ライジングサンからは代表として太朗、マール、小梅の3名と、姫君の接待役であるライザとそのサポート役であるサクラが同席していた。後者二人は貴族としての地位や経験があり、適任だった。そしてやたらと目つきの鋭い残る数十名は、全てがミネルバの護衛となる。
「気を遣わずとも結構ですよ。今は軍属の身ですし、世話をされている立場でもあります。誰が文句を言いましょう」
ミネルバがそう言い、自身の周囲を固める護衛を一瞥する。帝国軍第3種軍装を身に着けた彼らは当然だとばかりの表情で微動だにしなかったが、明らかに緊張が伝わる様子が見て取れた。
「それに人となりは伺っております。大層愉快な方だとか。人を楽しませる事ができるのは才能だとわたくしは思います」
人受けの良い微笑を浮かべ、ミネルバがいたずらっぽく口元を抑えてそう言った。上品なふるまいは生まれつきかそれとも訓練の賜物か、その所作ひとつひとつが何か優雅な芸術品のようにも思える。太朗は一瞬その美貌に心奪われかけたが、しかしもちろんそんな気持ちはあっという間にどこかへ吹き飛んでしまった。皇族と庶民という立場の差は太朗にとって実感のわかない何かでありどうでも良かったが、しかしディーンの愛人だという事実は致命的に重要だった。いかに太朗とて、命の重要さは十分に理解している。
「そんな大層なものではありませんわ、殿下。時折頼りにはなりますけれど、普段は酷いものです。失礼をするようでしたら、どうぞお好きになさって下さって結構ですわ」
太朗やマールのような仕事着たるパイロットスーツではなく、鮮やかな青のドレスをまとったライザがすました顔でそう言った。物言いからすると姫とはかなりうまくやっているようだと、太朗は胸をなでおろす。データベースで調べたところによれば殿下の年齢はまだ20代であり、近しいライザと気心が知れるのかもしれない。
「ふふ、そうですか。ですが、時折でさえ頼りにならない者は銀河にいくらでもおりましょう。期待をかけるには十分ではないでしょうか…………しかし何も聞かされていないとなると、困りましたね」
目を伏せ、何か考え込む様子を見せるミネルバ。そのままの姿勢でしばし固まり、無音であることもあり、周囲の部下含め何か大がかりな彫像群かと思えてくる。
やがて太朗がなるほど背もたれとはこんなにも重要なものだったかと伸ばした背筋の痛みを憶え始めたころ、「そうですね」と何か結論付けたらしいミネルバが視線を上げた。
「あの人が何も語っていないのであれば、それが最善ということでしょう。わたくしにはそう思えます。あるいは…………いえ、余計な詮索はやめましょう。ミスター・テイロー。申し訳ありませんが、わたくしの口から直接話すことはできません」
謝るというよりは、同意を求めるような声色。太朗は期待外れにいくらか気落ちしつつも、それもそうかと無言で頷き返す。言ってる事は十分に理解ができるからだ。
「まぁ、ダメ元でしたしね。大丈夫っす。でも"直接"ってところに一縷の望みをかけてみたりして?」
ちらちらと、相手を覗くような仕草をする太朗。それにミネルバは少し驚いたような顔を浮かべたが、やがて再び笑顔を見せ、しかし「ところで」と周囲の護衛の方を見やった。
「わたくしの方から、ひとつお願いがあります。この者達はわたくしの私兵なのですが、そちらの社員として一時雇用をしていただきたいのです」
不思議な要請。太朗は「私兵、っすか?」と首をかしげた。
「えぇ、私兵です。普段軍で指揮しているのとは、全く別の系統となります。あくまでわたくし個人の裁量で動かせる者達となりますね」
「んー、にゃるほど。そうなっと、派遣社員さんになるんすかね。そら別に構いませんけど…………というか、これ、断れないやつっすよね?」
「えぇ、申し訳ありませんが。しかしきっとお役に立ちましょう。準軍属とは立場上の呼称に過ぎません。どれも良く鍛えられておりますよ」
「おぉ、まじっすか。正直言うと軍人さんはありがたいっす。即戦力だし、身元の保障もあるし、なかなか応募につかまんねぇし。これだけいれば結構な事を任せられそうっすね…………うーん。でも、どういう裏があるのやら」
直接答えられない以上意味のない質問だが、そう口にして考え込む太朗。もちろんどんなに考えても答えは出なかったが、きっといつぞやのレールガン発注の時のようにちょっとした賄賂のようなものだろうと、そう一時的に結論付けることにした。
しかし太朗はやがて、会談の終わりからしばらく経った頃、そんな自分の考えがエッタの作る分量の間違えた砂糖菓子よりも遥かに甘いものだったようだと思い知る事になった。彼は頭を抱え、きっと訪れるのだろう厄介ごとを想像し、いるのかいないのかいまいちはっきりしない銀河の神へと向け、語彙の限りの罵声を浴びせた。
それは大体、派遣されてきた殿下の私兵とやらの数が、2万を超えたあたりの事だった。
不定期に掲載しますので、字数はかなり多めで。久しぶりに書くと、もうわけがわかりません。
文章や内容の雰囲気が違っちゃってたら、ごめんなさい。平謝りです。
それと感想を書いてくださっている方々、及び誤字脱字報告を下さる方々、ありがとうございます。謝意をここに。




