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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第16章 ギャラクティックエンパイア
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第267話




「笑えんな。まったく笑えんよ」


 電子ペーパーを手にしたディーンが全く無表情のまま言った。


 紙にはここ数日間のアルファ方面宙域全体における不可解な事件や事故についてが記されており、それは実に多岐にわたるものだった。大きいものは戦闘行為のさなか敵味方を誤認したというものから、小さいものは頼んだ憶えのない商品が送られてきたというものまで。


 それらは個々の事案をみるのであれば、珍しくはあるものの、絶対に起こりえない何かというわけではなかった。事件や事故というのはある程度の確率で必ず起こるものであり、統計とはそういうものだった。


 問題はその量と、そして規模だった。


「偶然というのはあり得ませんね。これはやっかいですよ」


 ここしばらくで随分と増えた副官の内のひとりであるミネルバ大佐が、着崩れた軍服を直しながら言った。彼女は柔らかいベッドから気だるげな様子で下りると、「それも、かなりです」と続けた。


「もちろんそうだろう。派遣艦隊と地域防衛艦隊が衝突するなど、過去を見渡してもそうそう見つかるものじゃない。これは緊急事態だよ」


 将軍は部下に対しそう答えると、自身の眉をもみながら、忌々しげに報告書をにらみつけた。


 最近ようやく慣れてはきたが、活字による情報のやり取りはどうしても不便を感じてしまうものだった。特に目の疲れが尋常ではない。しかし脳で直接読むパルスチップが使えない以上、生まれつき持っているふたつの目を活用する他なかった。


「戒厳令を敷きますか?」と女がディーンの服を手にしながら言った。それに「やめておけ」と将軍。彼はミネルバに促されるままに軍服を身に着けつつ、「混乱が広がるだけだ」と断言した。


「そうかもしれません。しかし放って置くおつもりで?」


 ミネルバが非難の目を向けてくる。ディーンは「まさか!」と大袈裟に両手を広げて答えると、そのままミネルバを抱き、そして額に口づけをした。


「君の姉上に怒られてしまうからね。可能な限り、いや、それ以上にやるつもりさ」


 半分は本当の、しかし半分は嘘の言葉をかける。将軍は仕事に手を抜いたことはなく、結果はともかくとして、常に可能な限り全力を尽くしてきたという矜持があった。であれば、今まで通りやるだけだ。


「どの姉上にですか?」


 そんな将軍の内心を知っているだろうミネルバは、正しい方の言葉を拗ねたようにいじった。


「どの? 愚問だな」


 ディーンはミネルバから身を離すと、軍帽を被り、鏡の前で自らの姿を一瞥した。休憩時間は終わり、1日の内の20時間かそこらは占めるだろう将軍としての時間が始まる。彼は後ろ手を組むと、女の方へと向き直り、言った。


「大佐。私は君を個人的な感情でその立場に置いたつもりはない。しかし君には立場というものがある」


 一度言葉を区切り、「わかるな?」続ける。それに大佐が「はっ!」と姿勢を正した。 


「よろしい。向こうには妹もいるから、なんとでもなるだろう。面識はあったか?」


「5年程前の宮廷で、何度か。確か茶会の席だったかと」


「あぁ、あれか。懐かしいな…………そうだ、同じ船には乗るなよ。これは命令だ」


「了解です。戦闘が起こるとお考えで?」


「わからん。だがどこもかしこもキナ臭いのは確かだ。いずれにせよ、ふたり同時に死ぬ必要はあるまい」


「そうですか。ふふ、将軍にも耐え難いものがあるのね」


「茶化すな。私だって人間だ」


 ディーンは片眉を上げながらそう言うと、愛人にもう一度だけ口付けをしてから、彼女の部屋を後にした。外には事情を知っている別の副官が立ち尽くしており、ディーンに気付くとすぐに敬礼をした。


「進展はあったか?」


 軽く答礼をしつつ、尋ねる。ふたりは見事な木目の浮かぶ天然木材の敷かれた廊下を、小気味良い音を立てながら歩きだした。 


「はい、いいえ。残念ながら。不可解な通信は銀河中の至る所で発生しているようです。発信元の特定は難航するかと」


「言葉は正しく使いたまえ、少佐。難航ではなく不可能というのが正しいはずだ」


「はっ、仰る通りです…………元よりそういったお考えでしたか」


「民間の通信会社も馬鹿にしたものではない。何か比重の偏りや不可解な通信があれば、とっくに割り出しているはずだ。しかし無駄だとわかってはいても、試みたという事実は残す必要がある。実に馬鹿馬鹿しいがな」


「いわゆる政治というやつですか。自分には良くわからん世界ですな」


「ふん。そのうち嫌でも覚える事になるさ」


 ふたりはかつてフローリングと呼ばれていた板材の床で出来た廊下を抜けると、今度は床から天井までが磨かれた大理石で覆われた豪奢なサロンへと入った。そこかしこにソファやらテーブルやらといったくつろげるスペースが用意されており、暇そうな貴族達がお喋りに興じている。


「あれらの相手はしたくないですね。連中、やる気あるんですか?」


 外の世界に広がる混乱と比較したのだろう、悩み事のなさそうな顔で楽しそうにしているやんごとなき人々に軽蔑の目を向ける少佐。


「軍とて似たようなものだ。いくらかマシではあるがな」


 そう言いつつ、しかし腐敗の度合いはどっこいどっこいだろうとディーンは頭の中で付け足した。


「そういえば、閣下。ミネルバ大佐の方は、うまくいきましたか?」


 少し声を抑え、ひそひそと尋ねてくる。ディーンは周囲からはまったく無関心に見えるよう装いつつ、「あぁ」と答えた。


「何日もしないうちに向こうへ発つはずだ。渋りもせずに決断したのには正直少し驚いたが、手間が省けて助かった。思っていたより賢い女だったらしい。いざとなれば縛ってでも連れていくつもりだったからな」


「へぇ。そいつは意外ですね。貴族ってのは位に応じて頭がからっぽになっていくものだと思ってましたよ。賢いお姫様、ですか。悪くないですね」


「どうだろうな。能力があればそれを発揮したがるものだ。単なるスペアでいるのに飽きれば、ひょっとするかもしれんぞ?」


「いやいや、怖い事を言わんで下さい。皇位継承権は12位ですよ? 11名を皆殺しにでもするとでもいうんですか」


「可能性の話だ。それにわざわざ手を汚さずとも、帝国が割れれば話は別だ。政敵だかワインドだかは知らんが、それらが勝手にそうするさ。あの女がそれに期待していないと、いまのところは断言できんな」


 ふたりは恰好をつけるために給仕のAIからアルコールの入ったグラスを受け取ると、口はつけずに部屋の端へと移動した。きっと銀河でも最高級の品だろうが、まさか酔うわけにもいかなかった。


「そういえば、気付いてますか?」


 壁にかけられた絵を眺めながら、少佐が呟くように言った。ディーンは絵画になど興味はなかったが、しかし同じように感慨深いといった表情を浮かべながら「あぁ」と頷いた。


「貴族かぶれの連中がいないな。会場が寂しい限りだ」


 絵画についてを話す仕草で、ディーンがそうコーネリアス派を揶揄した。少佐は小さく笑うと、「そこです」と頷いた。


「せいぜい偵察要員が一人か二人いるだけです。いつも集まっている百名近い暇人達は、いったい何をやってるんでしょうかね」


「わからん。が、連中の動きが妙に慌ただしいのは確かだ。情報の混乱によるものかとも考えたが、偶然だと片付けたくはないな。隠してはいるようだが、イプシロン星系への資源輸送が異常なほどに活発になっている。人員に関しては万単位だぞ」


「要塞星系にですか? あいつら、とうとう引きこもりに転職ですか」


「そのまま永遠に引きこもっていてくれるのであれば、祝辞のひとつでも送ってやるんだがな」


 ふたりはその場を離れると、人の集まりに近づかないよう注意しつつ、ぶらぶらと歩きはじめた。止まれば暇な誰かに声をかけられる可能性があり、そんな面倒はご免だった。おべっかを使うのも使われるのも、できれば相手を選びたいというのが本音だった。


「問題は、連中が何をしようとしているかだな。イプシロンは帝国中枢防衛用の拠点だが、言ってしまえばそれだけだ。今回の攻撃に対して有効だとは思えん」


 テーブルに盛られた果物を手に取りつつ、ディーンが小さく言った。果物の隣には錠剤が置かれており、なるほど天然食材ではあるが、人体には有害な成分を含む物らしい。彼はライジングサンで食べた自然食品の事を思い出すと、接待用に政府へ卸すのはどうだろうかと、今後の検討リストの中に付け加えた。


「攻撃、ですか。将軍はやはり、これはワインドによる攻撃だと?」


 腕を組み、納得できないといった顔の少佐。それにディーンは「あぁ」と返すと、「心当たりがないわけではない」と付け加えた。「心当たり、ですか」と訝しむ少佐。


「詳しくは話せんし、話せたとしても君が信じるかどうかは別だ。証拠があるわけでもないしな。だがまぁ、個人的に確信しているのさ」


 ディーンはいくらかぶっきらぼうにそう言うと、ここ以外ではまず見ることのない、古めかしい掛け時計をちらりと見やった。


「それにしても遅いですね。ゲストが遅れるのは、さすがに珍しい」


 ディーンと同じ物を見て、少佐が言った。将軍はそれに無言で頷くと、念のためにと記憶の中の予定表を確認した。この予定表はネットワーク上はおろか、電子ペーパーや各種端末含め、いかなる電子的な記憶媒体においてもその情報登録を禁止されているものだった。


 それはここ最近にできた決まり事ではなく、大昔からそうだった。ディーンは少し前まで実に馬鹿馬鹿しい決まりだとそれを見下していたが、しかし今は違っていた。たまたま偶然効果を表したに過ぎないだろうが、それでも幸運に感謝する価値は十分にありそうだった。


 銀河で最も重要な人物の行動予定を、まさかワインドに知られるわけにもいかない。


「侍従の様子はどうだ。普段と違う点はないか?」


 明後日の方向を見ながら、ディーンが尋ねた。少佐は無言で周囲をきょろきょろとすると、「んん?」と怪訝な声をあげた。


「侍従長の姿がありませんね。正確に言えば、それクラス以上が」


 少佐の言葉。将軍はそれにぴくりと眉を動かすと、しかし鷹揚に振り返り、「行くぞ」と声をかけた。「どちらへ?」と少佐が質問してきたが、それには答えずに歩きだした。


「まさか、先を越されたか?」


 誰へともなく将軍が言った。既に仮初の仮面は剥がれ落ち、眉間には深い皺が刻まれていた。




ちょっと遅くなりました。申し訳ないです。


こっちも楽しんでね。本一冊分程度で完結してますます


https://book1.adouzi.eu.org/n7026fr/

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