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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第16章 ギャラクティックエンパイア
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第266話




 あまりに条件が良すぎる。


 これはふたりに相談するまでもなく、確かなことだった。太朗はディンゴが急に慈善事業の魅力について気付くなどという事態は銀河がひっくり返ってもないだろうと思っていたし、旨い話には裏があるという事を知らない無能な経営者という訳でもなかった。


 太朗は様子を見るために「すげぇふっかけんぞ?」とけん制するが、しかしディンゴは「好きにしろ」と表情を窺わせずに頷く。それに「情報に時差ができんぞ」と被せるが、さらに「承知の上だ」と返されるのだった。


「正直、素直に受け取れないわ。つまらない嘘をつくような人じゃないとは思うけど、とんだ曲者だもの」  


 本人を前に、マールがはっきりと言った。ディンゴは「あぁ?」と威嚇するそぶりをみせるが、すぐにそれを打ち消した。太朗はその様子を見てこれはいよいよ重症だと、少し真面目に交渉する事にした。


「うちとしては願ったり叶ったりだけど、さすがにはいそうですかとはできねぇよ。こんなもんで何かできるとも思えねぇけど、目的がわかんねぇのはちょっとな」


 ディンゴの持ち込んだ瓦版こと電子ペーパーをもてあそびつつ、答える。


 情報をチップで送る事自体はニューラルネットの崩壊で全銀河的に見られるようになってはいたが、それはあくまで緊急対処に過ぎず、ネットワークで送るだけの情報に対してデメリットがあまりにも大きい。時差や容量、手間暇といったものだ。


 そしてチップでそうなのだから、瓦版となると何をいわんやだ。必要であったから作ったまでだが、そうでなければ何かの価値があるとも思えない。ゆえに太朗はディンゴがなぜこんなものを必要とするのか、皆目見当がつかなかった。


「懸念はわからんでもねぇな。せっかく前の戦争でおいしい思いをしたのに、それをこんな下らねえもんに使おうってんだ。おい、俺が何を要求してるのか、当然わかってんだろうな」


 ディンゴの問い。それに太朗は「一応社長だかんな」と返した。


「これ自体は別に珍しいもんでもねぇからな。電子ペーパー。あぁいや、情報の輸送用にって意味じゃめずらしいけど。まぁ、お前んトコでも普通に作れんだろうな」


「既に工場は手配済みだ。もう何日もしないうちに本格的な量産が始まる」


「うお、まじか。思ったより本気だなお前…………まぁ、その上でわざわざウチに来るってことは、ノウハウや流通網だろ? 他アライアンスに情報の流通任せるって、戦略的にどうなんだ」


「どうもくそも、自殺行為だ。もちろんうちの連中にも関わってもらう。全面的に任せるわけにはいかねぇからな。それよりいつまでしらばっくれてるつもりだ。おめぇのトコが精度の高い星図を持ってるっつぅのは、こっちからすりゃあ確信だぞ」


「………………それについては、ノーコメントで」


「おいおい、そりゃねぇだろテイローさんよ。俺はな、お前のことはいくらか買ってんだぜ? 少なくともEAPの脳なしどもよりゃあ、ずっとマシだ。有象無象のアライアンスと比べてもな。俺はお前らのアライアンスとやりあっても負ける気はしてねぇが、だが勝てるとも思ってねぇ。こいつは悪くねぇ関係ってやつだ」


 ディンゴがずいと身を乗り出し、少し苦々しい表情を見せる。太朗は演技半分にしても見たことのないその表情に、いくらか驚いた。


「中枢はてめぇで賄う。お前には辺縁部からお互いの接触地帯のあたりをやってもらいてぇ。そのついでに調査だろうが測量だろうが、目立たねぇようにするなら好きにしろ。出してもらう地図はもちろんこっちの中枢宙域のみで構わねぇ。そっちの不利にはなんねぇはずだし、使う機会もねぇはずだ。それとも違うのか?」


 ボールが太朗に渡される。彼はディンゴの言葉を頭の中で反芻させると、しばらく考え込み、そしてちらりとマールの方へと目をやった。


「戦争は嫌よ。それに変な話、私達のやり方じゃあホワイトディンゴ領の荒くれをまとめられるとは思えないわ」


 マールの簡潔な言葉。それに「だよな」と頷く太朗。


 そもそもどこかの領土を力ずくで奪うという考えがないうえ、彼女の言葉通りホワイトディンゴアライアンスはアルファ方面宙域の悪人達をまとめあげる事で成立した経緯があり、お互いはあまりに違っていた。


 力こそ正義を地でいくそこは太朗達の採る民主的なプロセスとは対極にあると言って良く、攻めるなどというのは頼まれても御免だというのが太朗達の正直な所だった。


「こっちに領土的野心はねぇよ。今までちょっかい出される事はあっても、出した事はないっつーのが自慢だからな。わかった。条件付きでだけど、やってもいいぜ」


 いくらか偉そうに腕を組み、しかし内心では面倒事にならないようにと祈りつつ、太朗はそう承諾した。それにディンゴは「そうこなくっちゃな」と小さく笑みを浮かべる。続けて「条件ってのは何だ」という彼に、太朗は「情報だな」と人差し指を上げた。


「いくつか聞きたい事がある。まずは、なんでこいつにそんなに拘るのかだ」


 電子ペーパーをひらひらとさせる太朗。その質問にディンゴはふんと鼻を鳴らした。


「もちろん聞かせてやるが、正直に言うとは限らねぇぜ?」


「そこはお前を信じるよ。嘘だったら後で手ぇ引きゃいいしな」


「そうかい。まぁいい。そうだな、理由は簡単なもんだぜ。帝国に弓をひかねぇかと、誘われたからだ」


「…………はぁ?」


「言葉の通りだ。前に一度近いことをやらかした事があるからな。誘えば乗ると思ったんだろう」


「はぁ。アルファ星系封鎖しようとしてたあれだよな? 俺らが止めた。まぁ、そりゃそうだろうけど、何の関係があんだ?」


「それ自体に意味はねぇ。問題は誘ってきた相手だ」


 ディンゴはそう言うと、ほんの一瞬だけ目を周囲に泳がせる。すると太朗のBISHOPに、ディンゴがどこかのネットワークへのアクセスを試みたとの旨が表示された。


「あー、色々あってよ。ここは外と繋がってねぇぞ。通信したいんなら下へ降りて――」


「いや、いい。むしろそいつを期待したんだ」


 太朗の言葉を遮り、ディンゴがそんなことを言った。彼は何やら満足気な表情を浮かべると、さらに続けた。


「相手っつーのはよ、他でもねぇ」


 言葉を止め、顔をぐるりと巡らせるディンゴ。目線の先には暇そうに足をぷらぷらとさせている小梅の姿があった。彼は目を細めると、言った。


「そこの、AIだ」




 その日、アーノルド少佐は少し酔っていた。


 彼の率いる強襲艦隊1500隻は、数万人の乗組員と共に、ある星系を目指していた。目的は帝国政府が承認した企業間契約の不履行に対する懲罰で、月に1度はあるありふれた任務だった。


 内容はとるにたらない、納期の遅延に対する損害金の未払いだか何だかといった、そんなものだった。こういう時は大抵の場合、帝国軍が到着するなりどこかに隠しておいたか何かしたのだろう金が大急ぎで用意され、何事もなく終わるというのがいつもの流れだった。


 軍の目的は価値ある物の強制接収《差し押さえ》だが、現金があるのであればそれが一番良かった。受け取る側も、換金の手間がないクレジットが最も喜ばしい。


 つまるところこれは脅しであり、少佐の20年にも渡る艦隊生活のどこを探しても、戦いらしい戦いというのは起こったためしがなかった。やぶれかぶれになった小規模な艦隊と撃ち合いになる事はあっても、そういったものはすぐに収まるのが常だった。誰も一方的な戦いで死にたいとは思わない。


 場所についても以前何度か訪れた事のある宙域で、旅路は楽なものだった。彼は最後にこうした任務に危険を感じたのがいつの事だったか、少なくともそれを思い出すことが出来ない程度には、まったく平和な日常の任務だった。


 だからその報告が来た時、彼は何かの間違いだろうと思った。


「敵戦力艦総数700だと? 馬鹿な。ゼロがひとつかふたつは違ってるはずだ」


 旗艦のブリッジでのんびりとしていたアーノルド少佐は、哨戒担当艦からの報告に対してそうぼやいた。


「"いいえ、司令官。間違ってはいません。7や70でなく、700です。今の所発見されてはいませんが、強力なスキャン波が多数検出されています。大物ですよ"」


 モニターに移るステルス艦の艦長が、額に汗を浮かべながら言った。少佐は「まぁ落ち着け」と声をかけると、「相手の編成は?」と尋ねた。


「"光学スキャンのみなので概算ですが、空母2、その他大型艦15前後、巡洋艦250前後、残りは駆逐艦、ないしはフリゲートと思われます"」


「ふむ。標準編成か。しかし、空母? この辺りに空母を保有する企業などあったか? 欺瞞ぎまんではないのか?」


 ブリッジにいる参謀へ目線を向ける。しかし相手は肩をすくめるだけだった。


「"欺瞞にしては規模が大きすぎます。回廊を塞ぐように展開してるんですよ? 間違えようが…………あぁ、少々お待ちを"」


 モニター先の人物が、何やら周囲とやり取りをしている。音声を切っているようで何も聞こえてこないが、表情や仕草からかなり焦っている様子が見てとれた。部下へ怒鳴り散らす姿も。


「何が起こってるんだ? こっちは帝国軍だぞ?」


 その様子を見て、アーノルド少佐がぼんやりと言った。彼は散漫になった頭でなんとかBISHOPを起動させると、送られてきた我彼の配置座標を確認しようとした。しかし――


「"提督! やつら、方陣を組み始めました! やる気ですよ!"」


 モニター上の艦長が叫ぶ。少佐ははっと顔を上げると、考えるより先に、訓練通りの指示を出した。


「ぜ、全艦艇、第1種戦闘態勢!! 戦闘用意!!」


 シートから立ち上がり、持っていた酒の容器を慌てて収納ケースへ収める。代わりに水分を補給できるチューブを引っ張り出すと、少佐はそれを勢い良く飲み始めた。


「艦長、敵による広範囲のジャミングが確認されました。通信網が…………あ、いえ。通じてる? どうなってるんだ?」


 何かを報告しかけていた参謀が、混乱した様子で自分の席へと戻っていく。少佐は取るに足らない何かだったのだろうとそれを忘れようとしたが、しかしはっきりと頭にこびりついてしまった言葉が残ってしまった。


 ――――敵?


 BISHOPに送られてくる敵の配置図が、刻一刻と更新されていく。相手はシールド艦と思われる船を矢先に立て、全ての艦艇が攻撃可能な形へと陣容を整えていっているように見える。とても素早い動きで、よく訓練されているだろうことが伺えた。


「敵…………待ち伏せ、してたのか? 俺達を?」


 少佐はショックを受けていた。このような事態は今までに一度もなく、何より許されざることだった。自分達は銀河を統べる帝国の正規軍であり、官軍だった。銀河帝国にある薄っぺらい法律書も確かにそうだが、それよりも自分達こそが正義の代弁者のはずだった。


 そしてそう考えていると、段々と腹が立ってきた。目の前の無法者の艦隊が何者だかは知らないが、きっと命よりも金を惜しむような愚か者の集まりであろうことは疑いようがなかった。なるほどここはアウタースペースだ。そういった連中もいるのだろう。


 であれば、場合によっては思い知らせてやらねばならない。


「敵が一発でも発射した場合、即座に反撃しろ」


 少佐はそう命令すると、満足して頷いた。帝国が銀河を支配するには、たまには力を見せてやらねばならない。彼は今がきっとその時なのだろうと、そう思うことにした。惰眠をむさぼってばかりではないぞと、そう喧伝する時が。


「"なんてこった! 敵艦発砲! 敵艦発砲!"」


 斥候を努める艦長がそう絶叫し、すぐに通信が切れた。あまりに早い展開に頭がどうにかしそうだったが、少佐は先ほど下した命令を忘れる程には酩酊しているわけではなかった。


 全軍に対し、即座に反撃命令が伝えられた。


 そしてここに、何百年ぶりかの、訓練以外での、帝国軍と帝国軍による同士打ちが始まった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 畏れ多いと思いながら、つい感想を述べてしまった事を御許しくださいませ。 自称、稲村皮革道具店本館と名乗っていますが、単刀直入に申しますと、この作品を介してなろうを知り、そして執筆を始めたの…
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