第265話
「えぇ、えぇ。いやいや、大丈夫ですって。クーデターとか今どき流行んないっすから。まじないですって。え? いやいやいや、ないない。うちが噛んでるわけないですって」
ハンディモニターに映る取引先の人物へ向け、太朗が必死に弁明する。彼は現在戦艦プラムの応接室に向かって歩いているところで、傍には資料を抱えたマールと小梅がいた。
太朗はモニタへ向かい同じようなやり取りをもう3回程繰り返すと、溜息と共に通信を切断した。「また?」と言うマールに、「まただよ」と太朗。
「反帝国の土台があるのはわかんだけど いくらなんでも多すぎねぇか?」
例のクーデターに関する報道が成されて以来なぜかライジングサンに対し、どういった関係なのかという問い合わせが殺到していた。
確かに太朗はディーンとの付き合いがあり、特段それを隠そうとしてもいないが、かといって公然と吹聴してまわっているわけでもなかった。帝国軍との繋がりこそ積極的にアピールしていたが、将軍個人やその派閥との関係がどうだという事までは公表していない。
また、ディーンはライジングサンの株主ではあるが、そもそもライジングサンの株式は非公開株なので、それが外部に漏れる事も考え難い。トップの方であればともかく、そうでなければ社員でさえ知らない者がほとんどだ。
つまり今の所、軍の派閥と太朗達とを直接結びつけるような何かはほぼないと言って良かった。
「エンツィオの反乱に夢を見てたような連中でしょう? 放っておけばいいじゃない。結局誤報だったわけだし」
マールが冷たく言った。それに「そうも行きませんよ、ミス・マール」と小梅の声が入る。
「情報漏洩の問題が生じている可能性があります。また、旧エンツィオ領域内における大型船の航行活動が全体的に活発となっております。危険水準までは若干の余裕もありますが、放置すればその限りでもありません」
なぜか初めて太朗がプレゼントした方の、若干ロボロボしい少女型のボディで歩いている小梅。彼女が腕を軽く上げると、太朗のBISHOPに関連する資料が送られてきた。
「そこらじゅうが戦争前夜、つー感じだな」
太朗は領域内における戦闘艦の活動を示すグラフを確認すると、そうまとめた。備考に記されている食料品や弾薬関連の値上がりも、その考えを後押ししてるように思える。
「もう戦争はこりごりよ。やるなら勝手にどうぞって感じ。うちに加盟してる会社はおとなしいのよね?」
マールが小梅に尋ねる。それに「肯定です」と小梅。しかし彼女は「今のところはですが」と付け加えた。
「一応しつこく言い聞かせてるから動かねえとは思うけどな。議会も静観する方向でまとまったし…………領域内企業は、応援するしかねぇな」
先日あった緊急会議の内容を思い出し、太朗がいくらか遠くを見ながら答えた。
元々は定例会議が数日後に迫っていたのでそれで済ます予定だったのだが、例の大誤報のせいで前倒しで行われることになってしまった。アライアンスに加盟する主要な企業のトップはさすがに太朗とディーンの関係についてを知っており、それらをなだめる必要があったからだ。
「つまらない嘘だった、とは言っておく。だがどういった背景でそれが生まれたのかは、現時点では不明だ」
ディーンから伝えられた言葉。太朗はそれを受け、噂や何かに踊らされないようにと全域に対する注意喚起を提案した。いくつか舌打ちを行うような議員もいたが、しかしほとんどは胸を撫でおろしている様子だった。
また、会議ではザイード方面奥地開発の提案も行い、これはいくらか渋い顔をされたが、なんとか通すことができた。しかしその代わりに、傘下の企業に対しての今よりもいくらか積極的な庇護を要求され、それを飲む形に。これはおそらく帝国中央の企業の辺縁部進出を恐れてのものだろうと思われた。
実際RSアライアンス領を含むアルファ方面宙域においても、中央からの進出組は多数存在しており、それらは今でも摩擦を繰り返している。さすがにアライアンス本体に喧嘩を吹っかけてくるような企業はいなかったが、直接参入していない企業に対しては別だった。
RS法は帝国法をベースとしており、正式な形で宣戦が布告されれば、それは承認せざるを得ない。そこを曲げてしまうと、マフィアンコープを名乗ることは難しい。
「そんでもうちはかなりマシな方なんだよなぁ。こわいこわい。他がどうなってんのか、お客さんに聞くとしようぜ。警備、ご苦労様っす!」
太朗は目的地へ到着すると、入り口の前で立ちすくむファントムに手をあげて挨拶をした。ファントムはひとつ頷くと、応接室のドアを開けた。
「よー、お前最近ちょくちょくこっち来んな。とうとう向こうを追い出されたんか?」
軽口を飛ばしつつ、客の対面の椅子へどさりと腰掛ける。それに相手は「殺すぞクソガキ」と返してくる。目の前にいるはディンゴ。いつも通りのやりとりだった。いくらかうんざりとした様子のマールが太朗の隣に座り、その奥へ小梅がちょこんと腰掛けた。
「そっちクビんなったんならうちで雇ってやろうか? 下働きが足りてねぇし」
なおも挑発する。別に積もり積もった恨みがあるというわけではないが、何か根本的な人としての価値観が合わないディンゴに対しては、太朗はいつもこうだった。
「ふん。そうなったらのし上がってアライアンスを乗っ取ってやるぜ。票を取りぁあいいんだろ? 楽なもんだ」
「…………ごめん、うそうそ。やめて。お前ほんとにやりそうだし」
太朗の脳裏に選挙で代表に選ばれるディンゴの姿が描かれ、引きつった笑みと共に謝罪する。そのディンゴはなぜか軍帽を被り小さな口ひげを生やしていたが。
「んで、何の用なん? お前来るときって大抵めんどくさい要件だから、あんま聞きたくねぇんだけどさ」
太朗は不快な表情をそのまま浮かべると、そう切り出した。そして少し考え、今度からあまり用がない時でもディーンにはなるべく会うようにすべきかと悩んだ。今ディンゴに言った言葉とかなり近い意味のそれを、同じように言われた記憶があったからだ。
「俺だって来たくはねぇさ。こんな乳くせぇとこにはよ…………今回は、商売についてだ。大した話じゃあねぇ」
「いやいや、ねぇよ。代理でもなんでもよこしゃいいだろ。なんでお前が直接きてんだよ」
「ふん。てめぇはまだ自分の立場ってのを良くわかってねぇらしいな。足りないお頭を少しは働かせてみたらどうだ。普段使ってねぇんだろ?」
「腹立つわぁ、やっぱこいつ腹立つわぁ」
太朗はびきびきと青筋を浮かべつつ、引きつった苦笑いを浮かべた。テーブルの下でマールに足を軽く小突かれていなければ、立ち上がっていたかもしれない。
「てめぇの所は、良くも悪くも目が集まってる。一挙手一投足が注目されてんだぜ、有名人さんよ。そこへ隣の有力アライアンスのボスが直接訪ねてみろ。まわりにはどう映る」
ディンゴが良く考えろといわんばかりの間を開けた。そこへマールが「悪くないわね」とあごへ手をやりながら発した。
「本当にただの商売目的だったとしても、周囲はそうは思わないわ。先の戦いでは共闘した間柄だし、同盟や大規模計画の打診じゃないかって、勝手に想像するんじゃないかしら。良いけん制になるわ」
マールがつらつらと言った。それにディンゴが「へぇ」と感心する。
「女の方はわかってるみてぇだな。ただここへ来るだけで、まわりは勝手におとなしくなる。うちへ攻め入ろうって考えてた連中も、考えを改めるかもしれねぇ。ならこねぇ道理はねぇだろう。移動だけならタダみてぇなもんだ」
ディンゴはそう言うと、態度悪く隣の席へと両足を乗せた。太朗はいくらかいらついたが、それでは相手の思うつぼだと気にしないことにした。
「うちを利用してんのか。まぁいいけどよ…………んでもお前、そっちで問題になるんじゃねぇの。そっちが出向いてるわけで、俺らが上みたいに見られねぇか?」
出向くのと迎えるのとでは、周囲の印象がまったく違う。太朗のそんな疑問に、ディンゴは「はっ」と吐き捨てるように鼻で笑った。
「勝手に思っときゃあいい。造反する可能性のある連中を搾り出す機会に使えるからな…………うちはしばらく内部で手一杯だ。そういった連中には消えてもらう」
「消すて、穏かじゃねぇなぁ。まぁ、いまさらいちいちお前のやり方には口出ししねぇけどさ。つーか、まじどうしたんだよお前。らしくねぇぞ?」
内部で手一杯。それはすなわち、ライジングサンを含め外には干渉をしないという意味にもなる。そんな重要な事を何の対価もなしにディンゴが漏らすとも思えず、どうにも不可解に思えた。
「面倒事が起こりそうなんでよ。今のうちに手を打っておきてぇのさ。まぁ、勘みてぇなもんだな」
どこか明後日の方をみながら、何やら考え込む様子のディンゴ。太朗が「ふぅん」と納得を表さない相槌を打つと、そこへ「ミスター・ディンゴ」と小梅が割り込んだ。
「先ほど商売と仰いましたが、それは如何なるものでしょう。聡明な貴方の事です。先ほどのお話と無関係とは思えませんので」
小梅の言葉に、ディンゴがぎろりと視線を向けた。
「…………前にも見たが、どういうAIだこいつは」
しんと静まる室内。太朗が何かごまかすべきかと口を開くが、「まぁいい」とディンゴが手を振った。
「商売ってのは本当だ。ちょいと大規模だがな。お前んとこで今、おもしれぇ事をやってるらしいじゃねぇか」
ジャケットの胸元をあさり、どこで手に入れたのかライジングサンで使用している瓦版を取り出すディンゴ。彼はそれをひらひらとさせると、テーブルの上にどんと置いた。
「こいつをうちでも広めてぇ。領内の可能な限り広い範囲でだ。額は常識的な範囲内であれば、言い値で払う。おめぇのとこはワインドが集中してて思うようにいってねぇって聞くぜ。こっちとの境界部をずらしてやってもいい。開発権か、場合によっちゃ領有権もくれてやる。どうだ?」
ディンゴの提案に、太朗達は無言で顔を見合わせた。
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