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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第16章 ギャラクティックエンパイア
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第264話




「さて、という事で今現在、君らの所に陸戦を乗せた戦艦2隻が向かっているわけだが。何か申し開きはあるかね?」


 モニターに映る初老の男へ向け、明らかな怒気を含ませた調子でディーンが発した。


「我々は許可を受けて報道しております。いったい何の罪に該当するというんですか」


 毅然としてはいるが、震える唇が隠しきれていない男。ディーンはこのメディア界の大物に対し、「ふん」と冷たく吐き捨てるように鼻を鳴らした。


「騒乱罪を知らんわけではないだろう。ステーションの観察カメラ群を確認してみたか? どこもかしこも大騒ぎだ。いったいどれだけの富が失われたか、想像すらつかんね」


 アルファ方面軍第一機動艦隊は旗艦、空母ライゼシアの艦橋は静まり返っていたが、いくつかのモニターに拡大表示されたステーションの内部カメラには右往左往する人の群れがせわしなく映っており、無音ながらもまるで雑踏の音が聞こえてきているかのよう。


 ステーションの管理団体、及び一部マスコミや軍関係者のみに閲覧の許されるそのモニターには、特に皇帝陛下がおり、政治色の非常に強いアンドアステーションにおいて、普段は落ち着いた人々がちらほらと行き来する程度の風景が表示されるのが普通だった。


「もちろん存じております。しかし、公開しても良いとの許可をいただいております。既に混乱を抑えるための事前準備をしてあると」


「なるほど。しかし我々と政府以外にそんな許可は出せない。君らにその許可を与えたというのは、軍のどの部隊だ。それとも政府の独断か?」


「申し訳ありませんが、情報提供者の事は――」


「そんなことを言ってる場合かね。もう残り220分。派遣された部隊は君らを皆殺しにする気だぞ」


 相手の言葉へ被せ、ぴしゃりと言い放つ。BISHOP上に展開するタイマー表示は、刻一刻とその数字を減らしていっている。0と共に突入の許可が出される算段だった。


「し、しかし…………それでは我々の……存在意義が……」


「存在意義、ね。では誇りを抱いて死ぬといい。巻き込まれて死ぬ事になる大勢の社員の恨みと共にな。もういい。他をあたる」


「あぁ…………お、お待ち下さい! わかりました! お話します!」


「とっととそうしてくれ。君には選択肢などというものが存在しない事を自覚してもらいたい。こちらも暇ではないのだ」


 ディーンはそもそも、相手と交渉を行っているつもりなどなかった。彼が求めているのは要件を言い、そして必要な事を聞く。それだけだった。交渉というのは、同じ土俵にいなければ成立しない。


「話がきたのは軍の方からです。この通り、記録も残っております」


 メディア王は懐から1枚のチップを取り出し、カメラの方へと近づけてみせてくる。将軍はそれをズームして確認すると、一瞬怪訝な顔をし、しかし次の瞬間には失笑していた。


「ふふ、なるほど。絶対にありえんね。それは、私の直属部隊だ」


 小さなチップの表面に微細立体印刷で掘られた文字には、「証書1:海軍情報部」と記されていた。長い間を在籍した、今は管轄する立場となった勝手知ったる部隊の名前。


「え? そ、そんな。これは――」


「それは第1証書だろう。発行するには私の直接の許可が必要だが、そんなものを出した憶えはない。照合をかけてみたのか?」


「もちろんです! こんな危険なネタ、余程の確信がなければ出せやしません!」


「まぁ、そうだろうな。しかしそうなるとどういう事だ。提供者の名前は?」


「少々お待ちを…………証書には、仲介としてナミ・アーデン大佐とあります」


「…………ふむ。なるほど、良くわかった。君らへの罰は一時保留としよう。部下の者を向かわせるから、それらにすべてを話せ。以上だ」


 ディーンはそう一方的に通信を終わらせると、頬杖をつき、考え込んだ。


 情報部に、ナミ・アーデンなる名前の人物はいない。それは絶対に間違いなかった。


 ディーンは少なくとも情報部に携わる人間については、末端の1兵士ともなればさすがに無理だが、少なくとも下士官以上ならば全員の名前をそらんじる事ができた。たかだか数千人の事であり、その程度を間違えるはずがなかった。


「閣下。連中、とうとう仕掛けてきたんでしょうかね」


 ディーンの傍で直立不動の姿勢をとった参謀のひとりが、そのままの姿勢で発した。将軍はちらりと参謀の方を見ると、少し考え、そして首を振った。


「状況的にはそう考えるのが自然かもしれんが、どうだろうな。あまりに稚拙過ぎやしないかね。コーネリアス元帥が耄碌したなどという話は聞いていない」


 仮にも軍の元帥であり、大派閥の長だ。阿呆ではなれない。ディーンからすると今回の大誤報はあまりに単純で、お粗末なもののように思えた。 


「私であれば、もっと大きな軍事行動を起こすタイミングに合わせて仕掛ける。大規模演習や、どこかへの懲罰を行う際などにだ。なまじ部隊を動かしているわけだから、信憑性も高まる。もしくは、元帥が陛下に謁見するタイミングなども悪くはないな。無実でも念の為にと謁見は延期される。それが証左だとわめけば、一部の馬鹿が乗るはずだ」


 ぶつぶつと、不機嫌そうにつぶやくディーン。彼はしばしそうすると、立ち上がり、空を横に切り裂くように手で仰いだ。


「この件については慎重に行動しろ。軽率な真似は許さん。血気盛んな連中を黙らせておけ。私が一手に預かる。命を下すまで一切の動きをとるな。行動を求められた場合は黙殺、あるいは十分に引き延ばせ。敵の望み通りに動いてやる必要はない。名分を与えるな!」


 艦橋にいる全員に聞こえるよう、声を張り上げる。すぐに「了解です、閣下!」の揃った声が返り、ディーンはそれに頷く事で答えた。


「忙しくなるな。だが、望むところだ」


 ディーンは腰を下ろすと、挑発めいた笑みを浮かべた。




「深度55…………56…………57……理想展開速度に到達。被検体4Bの脳波にイエローアラート。手順004第2へ移行。深度58…………59…………」


 薄暗く、青い寒色照明で照らされた実験室。モニタの前に座る男女の顔が照らし出され、ぼうと浮かんでいるように見える。室内には大小様々な装置やらコンピュータやらが雑多に置かれており、狭く、窓の類もなく、それは息苦しさを覚える程だった。


 部屋はあまりに寒く、誰もが絶縁スーツを着込み、体温はスーツのサーモブースタによる電気的な熱でなんとか維持されていた。頭は薄いアクリル系樹脂のヘルメットで覆われ、声は全てスピーカーとマイクによってもたらされている。


「こいつが上手くいくまで、あとどの程度だ」


 研究員達と同じようにスーツを身に着けた男が、部屋にある円筒形の装置を眺めながら言った。装置にはのぞき窓が取り付けられており、そこから人体の一部と思われる腕だか足だかがのぞいている。装置内部は液体が充満しているようだが、男にはそれが何かは良くわからなかった。


「急いで半年、といったところかと。元帥にせかされておりますから」


 スーツの表面に研究班主任を示すマークを表示させた男が、答えた。それに同じく帝国海軍少将を示すマークを持つ男が「駄目だ」と首を振った。


「半年では遅い。手遅れになる可能性がある。そうなった場合、我々は破滅だ」


「えぇ。ですから予定よりも25%も短縮させているわけでして――」


「言い訳を聞きたいわけじゃない。コーネリアス元帥閣下は急いでおられる。もう2割程短縮しろとおおせだ」


「無茶を仰る…………それでは実験の成否にも関わってきますよ?」


「そんな事は百も承知だ。予算も資源も好きなだけ使え。なんとか間に合わせろ」


「えぇ。努力はしますがね。被検体の追加については?」


「さっそく連れてきてある。12名だ。眠らせてあるから好きなように使え。書類上では、既に全員死亡した事にしてある」


「それはそれは。大変結構です」


 主任研究員はヘルメットの下で笑みを浮かべると、うんうんと満足げに頷いた。コーネリアス派に属する将軍であるネオ・ワン・ホシはその様子を見て、誰にも聞かれぬよう小さく嫌悪のうめき声をあげた。


「くたばれ、人でなしどもが」


 マイクをオフにし、罵声を飛ばす。目の前の研究員はすぐ傍にいるが、どうせ声は届きはしない。ヘルメットの絶縁は宇宙服のそれと同じであり、そして部屋は準真空だった。


「あぁ、そうそう。ネオ将軍。もうひとつの計画については、かなり順調ですよ。ご覧になっていかれますか?」


 主任が振り返りながら尋ねてくる。将軍は内心では断りたかったが、仕事ではあるため、不承不承頷いた。


「ではこちらへ」


 主任に促され、部屋を出る。長々と続く廊下はもし歩くとするならうんざりする程だったが、実際にそうする者はおらず、壁に取り付けられた高速移動レーンを用いる。


 将軍は主任が行先を手作業で入力するのを終えるまでしばし待つと、やがて動き出したレーンを両手でしっかりと掴み、ベルトを体へと巻き付けた。元々重力下で使用するためのものではないので、どうしてもちょっとしたスリルを味わう事になる。


「8番ドックに向かいます。左へのカーブに気を付けて」


 スピーカーを通して伝わってくる声に、「わかってる」とだけ答える。やがて廊下が急激なカーブを描き、慣性の法則に従い体がふわりと横に浮き上がる。時速で言えば200キロ近くが出ているようだ。


「さぁ、つきました。ご覧になって驚くと思いますよ」


 減速による不快な加速度に耐え、やがて静止したレーンから手を放す。ネオは安全面について文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが、やめた。今はそんな事をしている時間的余裕はないのだ。


 ふたりはドックの制御室へ繋がる階段を上ると、実に広々とした空間へと躍り出た。宇宙船用の大型ドックが一望できるそこは、もちろんガラス隔壁によって阻まれてはいるが、先ほどの実験室に比べれば実にせいせいとした気分にさせてくれる。


「これは…………ここまで進んでいるのか」


 ガラス向こうに見える巨大な船の姿に、思わず感嘆の息がもれる。


 船自体は骨組みであり、良くあるブロックモジュール船に過ぎない。問題はそれに取り付けられた推進系設備、すなわちエンジンとスラスタにあった。


 スラスタはどの船でも大抵の場合はそうである円錐形ではなく、膨らみを持ったドーナツ状の形をしている。船体に対して巨大だが、たった6つしかついておらず、見慣れないせいか心もとなくも見える。通常の船であれば数十から数百はあるものだ。


「エンジン出力は安定傾向にあります。少なくとも実験室レベルでは成功と考えてもよろしいですな。そう遠くないうちに実用化ができるでしょう」


 研究主任が自信に満ちた声で発する。将軍は「なるほど」と頷くと、骨組みの間に見える卵のような形をしたエンジンを見やった。


「通常航行用のドライブエンジン、か。では我々は少なくともこの分野においては――」


 将軍はそう前置きをすると、言った。


「ようやく4500年前の技術に追いついた、というわけか」


 せわしなく動く豆粒のような作業員たちと、それらが遠隔操作する様々な作業設備。将軍は視線を動かすと、真新しい骨組みの船の隣に置かれた、古臭く、薄汚れた、残骸のようなそれを見やった。


 それは船というにはあまりに不十分で、足りないものがあまりに多すぎた。外殻や何かのパーツはすべて取り外され、周囲に置かれている。モジュール船ではなく、もっと大雑把に区分けされており、中は複雑だった。


 本来は存在したはずの居住ブロックや中枢制御ブロックは存在せず、それは推進ブロックだけの姿となっていた。いくつかの武装もあったようだが、それらは見つかっていない。


 記録によるとかつては存在したらしいが、簒奪未遂事件の際に失われたとの事だった。反乱に同調しなかった研究員が、せめて半分でもと船の保全を図ったらしい。しかしその後の消息は、不明。


 アルスター・ウェイン機関。それが当時船を研究していた組織の名前であり、そして今でも秘密裡に受け継がれている組織の名前でもあった。




ちょっと長くなってしまいました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今1話を見ると小梅はテイローを艦長って呼んでる。 最終決戦の未来の話を書いてると思ってたけどテイローがアルスター・ウェイン機関に在籍してる過去の話を書いてたのかな。
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