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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第16章 ギャラクティックエンパイア
263/274

第263話



 はじまりがどこだったのか、それは誰にもわからない。

 しかし銀河の大きさを考えるのであれば、きっと些細な事だったろう。


 それはアルファ方面宙域からはるか離れた銀河の反対側。イプシロン2方面宙域における主要幹線航路における通行権を巡ってのいさかいだった。


 その比較的さびれた宙域における大型スターゲイトの通行権は、とても公平に運営されているとは言い難かった。不正や賄賂が横行し、順番待ちを示す数字は信用ができなかった。管理を任されている企業は好き勝手やっており、それを誰も気にも留めていなかった。


 しかしそれは、今にはじまった事でもなかった。太古の昔に帝国が申し訳ばかりの地域開発用スターゲイトを設置して以来、少なくとも2000年近くはそういった状態が続いていた。


 付近の住民や企業人達にとってはそれが当たり前だったし、多少の不便はあったものの、逆に金銭で融通が利くのは悪い事ばかりではないとさえ考えていた。どうしても急ぎたい用事を抱える事態など、誰にでも経験がある事だった。


「連中、どうしても正規の料金じゃあ通す気はないみたいですね。舐められてますよ、我々は」


 とある帝国中央に拠点を置く企業の社員が、武装された船の艦橋でそんな事を言った。船は屈強で、真新しく、こんな場所では滅多に見ないような最新型だった。そしてそんな船が、周囲にはいくつも浮かんでいた。


「アウタースペースでは、何をやっても政府は関与しないって話じゃないか。ここはひとつ思い知らせてやるとしよう」


 宣戦の布告が、ほんの軽い気持ちで行われた。


 不幸だったのは、中央の企業がその戦いをかなり上手に行った事。

 同じく、スターゲイトを管理する企業に地域への執着がそこまで大きくなかった事。

 そして結果的に、攻めた側の企業が大きな利益を手にした事。


 つまりこの件における最大の不幸は、その戦争がうまくいってしまった事だった。


「アウタースペーサーなど原始人のようなものさ。蹴散らし、そして奪えばいい」


 ネットワーク上の口さがない者が、そんな書き込みをした。それは単なる仮想現実における身勝手な言葉に過ぎなかったが、しかし現実でも同じ事を考える人間はいくらでもいた。


 まともな企業も多ければ、そうでない企業も多い。

 しかし銀河は広く、絶対値で考えればそれは膨大な数だった。




「これはさすがに…………いくらなんでもひでぇなぁ。これって俺らの責任でもあったりすんの?」


 手にした電子ペーパーを片手に、昔よりもいくらか広く、そして豪華になった自社第一会議室にて、太朗がオフィスチェアをくるくると回転させながら言った。


「冗談じゃないわ。ご禁制の品だってならともかく、売ったものがどう使われるかなんて、そこまで面倒見れるわけがないですわ!」


 太朗の隣の席についたライザが、鼻息荒く憤慨した様子で資料を放った。いくらか行儀が悪かったが、皆同じように考えているらしく、咎める声はあがらなかった。


「気にするこたあないよ。刃物の販売業者が吊るされたって話は聞いたことがないからね」


 うんざりとした様子のベラが、葉巻のけむりをふぅと吐き出す。目はうさんくさげに資料をとらえており、時折不慣れな様子で紙の表示を切り替えていた。


 一同が話しているのは、アウタースペーサーと帝国民との間で起こっている軋轢について。手にした電子ペーパー資料は通称瓦版と呼ばれ、ほんの数か月前から広報部によって広められる事となったものだ。


 情報を物として運ぶという超前時代的な方法に、もちろん情報が届くまでの時差もあり、それの実用性に広報部からは疑問の声もあがったが、経営陣は絶対に必要だとそれを押し通した。


「なんだか時代を逆行してる気がするねぇ。必要な事とはいえ、おかしな事になったもんだ」


 呆れたような、どこか楽しむような、そんなベラの声。


 彼女の言う通り、そんなものを使う理由はBISHOPを介さずに情報のやり取りを行う必要があるからだった。それは地球の新聞を元にした太朗のアイデアから生まれたもので、シンプルだが確実だった。


 もちろんネットワーク隔離エリアへの情報伝達は今でも近い形で行われていたが、それらはもっぱらパルスチップ――チップは脳波を使う!――によるもので、それでは防諜という目的を果たせない。


 瓦版にはRSが管轄する支配地域はもちろんの事、そうでない場所も含め、広範囲にわたっての情報が書き込まれており、読む者の役職によってデータの内容が変えられていた。一般社員が読むニュースに毛が生えた程度のものから、太朗達が手にする機密情報までが保存されたものまで。


 情報源は様々だったが、最も大きい部分は被差別民であるアウトサイダーと、ファントムらによるスパイ活動の成果だった。前者は銀河をあまねく広く。後者は狭いが貴重な情報。


「これ、中央側がぶいぶい言ってるのって単なる奇襲効果だよな。今後そこらじゅうでゲリラの戦線はられるようになったらどうすんだよ。商売どころじゃねえぞ? 死ぬなこれ」


 軍事の知識にはいくらか自信のある太朗が呆れた事だと断言する。それにベラは「まったくだよ」と同意すると、特殊な空調に吸い込まれていく紫煙の渦をぼんやりと眺め見た。


「お互いが納得した上での終戦が望めないんなら、相手が再起不能になるまで叩き潰すべきなんだけどねぇ。どうにも中途半端で素人仕事さ。禍根が残るよ、これは」


「だよねぇ。でもうちは大丈夫なんかなこれ。本格的に中央との軋轢が生まれるのはこれからだろうけど。アルファ星系の戸締りしっかりしとけばOK?」


「んん? いつからうちはアウトローになったんだい? ほっときゃいいよ」


「え? あ、そっか。うちマフィアンか。わお。払ってて良かった税金」


 正式な形で政府からの認定を受け、納税を行い、いくらかの法的束縛と義務が課せられる。その代わりに庇護を受ける事が出来るのがマフィアンコープであり、全てが自由――究極の自己責任だが――であるアウトローコープとは、立場が全く異なる。


 太朗はきっと今頃頭を抱える事になっているのだろうリンの事を思うと、ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになった。もちろん意識をディンゴの方へ切り替えれば、ざまあみろという気持ちにかわる。


「毎月高い金払ってるからね。中央の奴らがうちに喧嘩ふっかけるには、政府の方へ宣戦の布告を申請しないとならない。通ると思うかい?」


「マーセナリーズ以降は世論がこっちの味方だからなぁ。うちに非がなければディーンさんが握りつぶしてくれるか。うわ、助かるけど、やっぱ怖ぇな将軍」


 太朗は将軍の持つ権力におののくと同時に、それが味方である事に感謝した。


 実際のところ議会の一部からは政府のくびきから離れるべきだという声もちらほらと聞こえてきており、それはいつかどうにかしなければならない問題のひとつだった。


 しかしその問題も今回の事件を利用すれば、うまい事沈静化ができそうに思える。主要な議員に現状の平和が帝国のおかげであると伝えれば、声も収まるだろう。


「あの人も株主だからいいっちゃいいんだけど、なんかずぶずぶの関係になってる気がすんな。大丈夫かな。俺ら蜘蛛の巣にかかってねぇ?」


 ディーン自身は太朗達から大きな利益を得ているはずで、彼が貸しだなんだとつまらない事を言うとは思えない。しかし周囲がどう思うかは別問題であり、面倒な事に巻き込まれる可能性がないとは言いきれなかった。


「ふふ、今更じゃあないか。せいぜい仲良くしといておくれよ」


 ベラがいたずらっぽく笑う。太朗がそれに「あの人苦手なんだよなぁ」と苦笑いしながら頭をかいていると、「何言ってんだい」と呆れた顔をされた。


「あれ本人といくら仲良くしたって、それで面倒みてくれるような性質じゃないだろうさ。もっと身近にいいのがいるだろう」


 ベラの指摘に、若干考え込む太朗。やがて彼はハッと気付き、横を見る。そこにはにやりと、兄ゆずりの小悪魔めいた笑顔を浮かべるライザの姿があった。


「さすがベラね。絆というものの作り方をわかってるわ」


 将軍の妹はそんな事を言うと、流れるような動きで太朗のひざへと腰かけ、首に手をまわしてきた。密着した体から体温が伝わり、その柔らかさにどぎまぎとする。


「それじゃあ、あたいは艦隊の慣熟訓練があるから失礼するよ。楽しんどくれ」


 手をひらひらと立ち上がるベラ。帽子をきちんと被った事から、訓練というのは本当らしい。


「ま、待ってベラさん! アカンですよ! このシチュは絶対アカンやつですよ!」


「度胸のない男だね。何が不満なんだい? 良い話じゃあないか」


 RSの女提督はそんな事を言いつつ、返事も待たずに扉向こうへと消えていく。太朗はそんな実に楽しそうににやついていたベラを、ただ仏頂面で見送った。


「兄さんは厳しい人だけど、家族には凄く優しいわよ。きっと会社にも今以上に良くしてくれるわ。ベラの言う通り、悪い話じゃないわよ。それに、そんな重く考えなくても平気よ。今だけ。今だけ楽しむってのもありじゃない?」


 ふぅと首筋に、優しく息がふきつけられる。太朗は鳥肌が立つ感触を感じつつ、いったいどこでこんな技術を覚えてくるんだなどと妙に感心をしていた。もちろん手を出せば、絶対に今だけで収まるとも思っていなかった。


「う、うーん。そう言われてもなぁ。テイローちゃん、そういうのあんまり詳しくないし」


「大丈夫。私が全部教えて差し上げますわ。じっとしてて下されば――」


「随分、楽しそう、ね。私にも、教えてもらえる、かしら」


 突如現れた、息を切らせたマールの姿。太朗は「うおぉっ!?」と反射的にライザを持ち上げると、そのままなぜかマールの方へと差し出した。


「いや、いらないわよ。どうしろって言うのよ。改造でもすれば良いの? 胸を大きくするなら機械工学じゃなくて医学の出番だと思うわ」


「あーら、言ってくれるわね。殿方は機械油よりも香水の香りを好むものですわ。このままでも十分…………うぅ……ところでマールさん、アルファ星系のご用事は?」


「そんなもの部下に行かせてるに決まってるじゃない。いつまでも私が何もかもやるわけにはいかないわ。後が育たないもの。というか、スケジュールを更新したのは先週よ?」


「あ、あら? そうだったかしら…………私の、勘違いかしらね」


「さぁ…………って、そうじゃない。そんな事を言いに来たんじゃないのよ。ちょっとこれを見て」


 マールはライザを抱えた太朗を押しやると、手にした情報端末をどんとテーブルへ置く。ふたりは彼女の横へと回り込むと、それの画面をのぞき込んだ。


アンドア(A)ファースト(F)ニュース()からの速報よ。政治経済専門の大手メディアで、資本元はギガンテック。すごくお堅いところよ」


 マールが端末をアナログに操作し、目的のものと思われる資料を表示させる。太朗はその文字の集まりをみやると、冒頭から読み始めた。


「緊急速報。帝国政府軍にて内乱の兆候ありか。情報提供者によるとラインハルト元帥を中心とした派閥が主導か…………ふーん。内乱ねぇ…………え? 内乱? いや、ええぇっ!? ここ、ディーンさんとこの派閥じゃねぇの!?」


 取り乱し、慌ててライザを落としそうになる太朗。彼はいくらか乱暴にライザをテーブル上へ降ろすと、端末へ顔を近づけ、食い入るように目を走らせはじめた。




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