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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第15章 エデン
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第259話




 ディーンが去った後も、コールマンに対する聴取はその後数時間にもわたって行われた。彼はここへ来て初めて見つけたコールマン絡みの生きた証人であり、聞くべき事は山ほどあった。


 残りの施設はどれだけあるのか。

 他にも彼のように外へ出ていった者がいるのか。

 ディーンの言う軍の裏切り者とは。

 研究の成果はあれが全てか。ワインドとの関係は。


 今まで溜まっていたフラストレーションが吐き出され、重要な事からおおよそ関係のない事まで、とにかく質問は繰り返された。


 もちろん、一度に全てを聞く必要などないのかもしれない。ヨアヒム・コールマンは、少なくともどこかへ逃げるといった考えは持っていないようで、また、本人も言っていたように、何か守りたい秘密があるわけでもないようだった。


 しかし、やはり可能な限り多くを聞いておく必要があった。


「…………な、なぁ。やっぱしばらくは隠れてた方がいいんじゃねぇか?」


 ひと通りの聞き取りが終わり、かなり遅い時間となった部屋の出口付近にて、扉の前に立つコールマンへ太朗が背後からそう声をかけた。するとコールマンはちらりと振り向き、大袈裟に肩をすくめてみせてきた。


「頭に鉛を巻いて生活しろとでも言うのか? もちろんそんなものでは防げないが、不便さで言えば同じようなものだ。御免だね」


 BISHOPは生活圏のあらゆる場所で使用されており、人は常にネットワークに繋がれて生きている。それは宇宙飛行士等の例外を除けば、銀河の常識だ。だからそれゆえに――


「一歩外へでたら、そのままバーンっつー可能性もあんだぜ?」


 握った手を開いてみせる太朗。それにヨアヒムはつまらなそうに鼻で笑った。


「あれがそのつもりなら、ここへ来る前にそうなっていただろうさ。将軍の召喚を受けた時には、全てを話すはめになるだろうと考えたからな」


 そう言うとヨアヒムは、引け腰になっている太朗を尻目に、部屋の外へと一歩を踏み出した。


「また聞きたい事ができたなら、将軍に連絡するといい。今後はずっとあれの管理下だろうからな。もっとも、重要な事はだいたい話したとは思うがね」


 ヨアヒムはそう言うと、来た時と同じようなつまらない表情で歩き出した。太朗はおっかなびっくりとその様子を見ていたが、特に何も起こらなそうだったので、ほっと胸をなでおろした。


「あぁ、いや。もうひとつ、大事な事があったな」


 ふとコールマンが足を止め、言った。


「例の声は、我々にひとつの約束をしてくれていた。生物創造が声の目的だとするならば、我々の目的はその約束だったわけだ」


 太朗に背中を向けたまま、コールマンが発する。彼は首だけを横へ向けると、さらに続けた。


「我々を、エデンとやらに招待してくれるそうだ。ニューエデンは、エデンのささやかな再現。もちろんそうである以上、楽園などではないだろうがね」


 今までの皮肉気なそれとは違い、挑発的な笑み。コールマンは太朗の目を見据えると、言った。


「地球を探せ。エデンはそこにある」




 とりわけ特徴のない、しかしどこか薄暗い感じを受ける、殺風景な会議室。長机や並べられた椅子だけが目に入るそこに、数十名の男女の姿があった。


「お渡しした資料の通り、これらの価値は想定をはるかに上回るものと思われます」


 資料を手にした女が言った。女に限らずこの場の人間は一様に制服に身を包んでおり、その胸元にはINの文字が自己主張をしていた。


「…………ふん。そうでなければ、そもそも許可を出しておらん」


 制服についた星の数の最も多い男が、横柄な態度でそう言った。彼はつまらなそうに資料の束をペラペラとめくると、それを机の上に放り投げた。


「紙の媒体など馬鹿馬鹿しい。そこまでする事か」


 BISHOPで見るそれに比べ、紙に印刷された情報を読み取るのははるかに手間がかかる。状況的に仕方のない事とはいえ、わずらわしい事このうえなかった。


「そうは仰いましても。万が一という事もありますので」


 威圧感を感じ取ったのだろう、少し震えた声で女が言った。上司である男はそれを満足気に眺めると、「まあいい」と鷹揚に手を振った。


「それより、計画を前倒しにしろ。20ヶ月はおそらくもたんだろう。せいぜい半分もいけばいい所だ」


 男の発言に、会議室がにわかにざわつく。あきらかにそれとわかるほど顔を歪ませているものや、ひそひそと隣と話し合う者。今にも頭をかきむしりそうな者など、様々だ。


「面倒な相手に嗅ぎつかれた可能性がある。今更引けん以上、仕方あるまい」


 男はそう言って立ち上がると、もはや言うべき事はないとその場を立ち去った。

 男のいなくなった会議場は、すぐに騒乱に包まれた。

 男は会議室から漏れ聞こえるその音に耳をすますと、不愉快そうに鼻を鳴らした。




「地球を探せ、ねぇ……」


 航行中のプラムの艦橋にて、太朗は何度目かわからないその台詞をぼんやりと呟いた。コールマンから放たれた言葉が、頭の中をぐるぐると巡っていた。


「丁度良かったじゃない。いろいろ回り道した結果、元の道に戻ったって感じだわ」


 なにやら計器の修理をしているらしいマールが、手を止めずにそう言った。太朗は「まぁなぁ」と気のない返事をすると、シートの上でごろりと寝返りをうった。


「…………ほんと、地球っていまどうなってんだろな」


 コールマンの話から考えるに、例の声とエデンとの深い関係が見えてくる。地球がエデンだと仮定するならば、色々と良くない想像が湧き出てきてしまうのも仕方がないだろう。


「それはわかりませんが、ミスター・テイロー。そろそろ到着となりますよ」


 珍しく球体のままの小梅が、太朗の足元を転がりながら言った。太朗は視線を上げると、ディスプレイに表示されたひとつの惑星を仰ぎ見た。


 エデン。

 神。

 地球。

 そして声。


 これらの単語を、太朗達は知っていた。これらの単語が集中して現れた時の事を、太朗は良く憶えていた。


 惑星ニューク。

 そしてそこで見つかった、太古の航行日誌。


 太朗はマールが撮影したそれらの画像データをBISHOP上に展開すると、そこに書かれた内容をぼうっと眺め見た。


「記録が古いもんだっつーのは、まず間違いねぇよな」


 ぼそりと呟いた太朗。それに「肯定です」との声が返ってくる。


「先端科学研究部がそれを調査し、少なくとも4500年よりは前の品であろう事が確認されています」


 操作盤の上をころころと転がる小梅が、いつもの無表情な声で語る。太朗は「そんな部、あったんか」などと立場から考えるとあまりに無責任な言葉を発しつつ、続けた。


「船団がどういったあれなのかはわかんねぇけど、エデンを出発以来っつーくだりがあるよな。コールマンが言ってたあれと同一なんかね?」


「現時点では不明です、ミスター・テイロー。しかし不自然に合致する単語や状況等が多いのもまた、事実でしょう」


「だよな。日誌の最後には、神よりオーバーライド装置だのドライブ装置だのの設計図をもらったってあるし、こいつはヨアヒムのコールマンが言ってた未発表の物理公式が~ってのと同じだ。神託、ってなってるやつだ。当時の技術水準からすっと、あきらかなオーバーテクノロジーなんだよな?」


 太朗がこの節を読んだ際、アランが驚愕の声を発していたのを憶えている。博物館にあった当時の船体のレプリカの稚拙さからして、確かにありえなさそうだと頷いたものだった。


「肯定です、ミスター・テイロー。ただし全面的には、となります。何らかの偶然が重なった上でドライブ粒子物理学のみが先行して発展していた、という可能性もゼロではないでしょう。少なくとも、今現在のあなたが非童貞である可能性程度には、あるはずです」


「俺は常々その可能性はすっごく高いんだよと訴えてるんですけどねっ!!」


「えぇ、もちろんです、ミスター・テイロー。ボールを壁に投げた際、それが壁をすり抜ける程度にはもちろんあるはずです。小梅は信じておりますよ」


「ほぅ。ちなみにそれって、どれくらいの確率なんです?」


「まだ他にもありますよ、ミスター・テイロー。我々にはわかりかねますが、現地で見つけた旗の文様が、貴方の記憶にある合衆国と呼ばれるそれの旗と、まさに合致していたと仰った点があります。これは地球との関連性を考える十分な根拠となりえるでしょう」


「ちくしょう、どうせスルーされるって思ってたわ。えーっと、ガッシューコク? なんだそれ。地名? 俺そんなん言ったっけ?」


「…………いえ、失礼しました、ミスター・テイロー。忘れて下さって結構です。根拠を変えましょう。銀河帝国にはおよそ5000年の歴史があり、博物館にあった品々は、逆算するに帝国成立初期の時代のものと推定されます。我々の持つ共通認識が人類単一惑星発生、すなわち地球からの拡散としている以上、関連性は十分に大きいと考える事ができるでしょう」


「んだな。しっかしネットワークで重要データ送れねえってのは、不便なんてもんじゃねぇな。話聞きに行くだけで何日もかかるとか、テイローちゃん嫌になっちゃうよ」


 太朗はそう言うと、ディスプレイ上の惑星ニュークをうんざりとにらみ付けた。そこには地球探索において大きな進展があったという報せを発したアルジモフ博士がいるはずで、もちろん進展自体は嬉しいのだが、しかしわざわざデルタ星系からローマへ、そしてニュークまでを移動しなければならないというのは、結構なストレスを感じるものだった。

 そうしなければならない理由は、もちろん、例の声にあった。


「向こうに隠して行動する以上、仕方ないわよ。どのネットワークがどの程度安全なのかなんて、現状ではさっぱりわからないんだもの。むしろその他の通信は普通にできてる事を喜びましょ。その方が気が楽だわ」


 作業を終えたのだろう、顔を上げたマールが何やら達観した様子で言った。太朗は「まぁなぁ」とそれに曖昧に同意すると、彼女がそうしているように、今一度ニュークの姿を正面に見た。


 人の住む小さな惑星は、以前訪れた時と何も変わらず、ただ茶色のぼんやりとした姿をしていた。




これにて、この章は終結。でしょうか。一区切りついた感じです。

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ニューク以降例の装置は使ってないのに太郎くんの記憶がやばい…
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