第258話
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「………………」
室内に、しばし沈黙が下りる。面々は無言で顔を見合わせ、小さく頷きあった。
「ふん。驚くか、あるいは呆れられると思っていたが」
ヨアヒムが、意外そうな口ぶりで言った。それに「いやいや」と顔の前で手を振る太朗。
「驚いてるよ。めっちゃな。けどまぁ、ある程度想定済みだったから」
そう言って、ファントム、マールとの3人で交わした会話を思い出す太朗。
ファントムは以前から薄々と気付いてはいたらしかったが、先日の話し合いで太朗も同様の結論に達する事ができている。人類に喧嘩を売るような何か、というやつだ。
もちろんそれはちょっとした予想に過ぎなかったし、できれば外れていて欲しいと思うような内容ではあったが、しかしこうして関係者から直接聞かされると、なるほど納得せざるを得ない。荒唐無稽だと馬鹿にするには、あまりに状況がそろい過ぎている。
「ワインドが私達の次という事? とても現実的とは思えませんわね」
施設関係者でない事に遠慮していたのだろう、今まで黙っていたライザが言った。それにヨアヒムが「ワインド?」と首を傾げる。
「おたくらの施設に、ワインドの研究施設があんだろ。アランに確認したけど、帝国の研究所だってあそこまで進んでねぇって言ってたぞ。特にソフトウェアまわりがな…………ちょっとばかり、利用させてもらったりもしたけど」
最後のくだりは、小さくぼそぼそと太朗。
ライジングサンの大きな収入源のひとつであるエニグマは、例の研究所を解析する事で得られた技術だ。それは今も莫大な額の利益をもたらしてくれているし、そしてギガンテック社により銀河中に撒かれ始めている所でもあった。
「なるほど。言われてみれば、確かにあれもその一環だったんだろう。だが本命だったのかどうかまではわからんな。声はやるべき事を語りかけてくるだけで、その考えを語る事はなかった」
「本命、ね。でもそうすっと、人類の代替生物を創ろうとしてたってのも、おたくの予想に過ぎないとも言えんのか」
「まぁ、そうなるな。全く関係のない何かをしようとしていた可能性も、もちろんあるだろう」
「…………でもまぁ、そっちの可能性だけに賭ける意味はねぇわな。最悪のリスクに備えて行動して、はずれてたら後で笑い話にでもってのが現実的か」
「賢明だな」
「そいつはどうも」
太朗はヨアヒムの気のない世辞に気のない返事で答えると、しばしの時間を現状のまとめに費やす事にした。
敵――そう呼んでも差し支えないだろう――である例の声は、オーバーライド装置や施設の設備やらを使い、自分の手足となる駒であるコールマン達を生み出していた。かなりの長い期間、それなりの数がいただろう事がわかっている。
それらに生物の進化改良に必要な研究を行わせ、予想では人類に取って代わる次の種を生み出す事を目標としていた。あまり認めたくはないが、マールやベラ、そしてファントムといった、いわば人間離れした能力の持ち主も、その成果と呼べるのかもしれない。
そしてアルファ方面宙域はその為の資金・資源稼ぎの狩場として使用された歴史を持っている。自分達ライジングサンというイレギュラーがその歴史に終止符をうったが、銀河の他の宙域や星系となると、まだわからない。
だが、恐らく本部と思われる施設の無力化には成功している。基本的に研究施設というのは集約化した方が効率が良いため、全く同様の施設が各地に分散しているというのは考えにくい。実際ニューエデンとやらのデータバンクには、特に他施設との重要データのやり取りが行われている形跡はなかった。
「偶然が混じったなし崩し的ではあるけど、なんかうまい事妨害できてんのか。しかし気付いたら人類救ってたってのは、どうなんだこれ。素直に喜んでいいのか?」
物語に相応しいのは、敵を認識し、それを打ち砕く事だろうと、そうぼやく太朗。それにライザが「どうかしら」と返してくる。
「人類の救世主とするには、いささか大袈裟な気がしますわ。コールマンらが随分と大それた事をしようとしていたのは確かかもしれないですけど、その実現性となるとどうなんでしょう。これも現実的とは言えないのではなくて?」
難しい事は良くわからないけれど、といったような体の表情のライザ。しかしその指摘に、確かにそうだと頷く者も多い。コールマンの息がかかっていたマーセナリーズは確かに巨大な組織ではあったが、しかしギガンテック社に比べればどうだろうか。さらに言えば、最終的には銀河帝国政府軍が敵となるはずで、それは比較するのもおこがましい程だろう。
そしてそこに、帝国軍の将軍たる男の声が発せられる。
「様々な理由から、反政府的な行動を取る連中は銀河のどこにでもいる。確かにコールマンらもその内の単なる一派、と言ってしまえばそれまでではあるがね。あぁ、もちろんそんな不届きな連中を始末した君らは、十分賞賛に値するよ」
先の大戦で苦労した身からすると、その敵を単なる一派と片付けてしまうディーンに、思わず苦笑いがもれる太朗。彼は再度「そいつはどうも」という台詞を発すると、今度は別の質問を口にする事にした。
「おたくらコールマンについては、まぁ、なんとなくわかったよ。後はその声とやらの正体を見つければいいだけだし、他にも施設があるんならそっちに手がかりがあるかもしれない。生きたコールマンが捕まえられれば、たぶんそれが一番手っ取り早いしな」
太朗の言葉に、いくつもの同意の声が重なる。対処法がわかった以上、前回よりはうまくやれるという自信もあった。
「けどまぁ、もしかしたら銀河中にあるかもしんないんだろ? そうなるとさすがに全部を追うのは無理なわけで、ギガンテック社さんなり、帝国軍さんなりに頑張ってもらうしかないと思うんよ。んで、俺らとしてはとりあえず自分のとこには責任をもって頑張るっつー事になるわけだ。そんで聞くんだけど――」
少し間を置き、ずっと疑問に思っていた事を頭に思い浮かべる太朗。それはニューエデンに乗り込んだ瞬間から感じていた事で、仲間の誰もが答えを出せずにいた謎だった。彼はその謎を改めて考え、そして具体的な推論がいまだに出ない事を確認すると、やがてそれを口にした。
「ニューエデンにいた人達って、どこいったの? ひとりもみつかんねぇんだけど」
誰もいない。それは生きた施設にとって、あまりに不自然な事だった。
施設の目的上、必要がなくなったのであれば施設ごと破壊するだろうし、端末のデータや何かとなればなおさらだ。しかしそれらは依然として施設に存在し、今もライジングサンの研究員達が解析を行っている。
しかし、ただ、人だけがいなかった。
「…………破棄、という点はないのか?」
コールマンから返ってきたのは、答えではなく質問。であるからには、恐らく彼が知る所ではないのだろうと思われた。
「おたくら、研究所やデータよりも人命を優先させるような、そんな性質じゃねぇだろ」
太朗はそう吐き捨てると、どうしたものかと腕を組んだ。話によるとヨアヒムがニューエデンを追い出されたのはかなり前の事であり、当然知らないだろう事は予想されてはいたが、それでも実際にそうだとわかると落胆だった。
「ふむ」
ディーンから発せられる、一見興味なさげであるのに、それでいて強い何らかの意思が確実に感じられる、不思議なひと言。自然と周囲の視線が集まり、場の緊張感が増す。
「デルタ星系は、完全に管理されている」
彼は鷹揚に足を組むと、太朗が普段見たことのないような険しい表情を浮かべ、人差し指で磨かれた机をいらだたしげに叩き出した。
「文字通り、完全にだ。人。物。情報。ありとあらゆる物が、完全にだ。ここは帝国の中枢であり、例外は許されない。他ならわかるが、ここは違う」
言葉の合間に挟まる、こつこつという無機質な音。どことなく手持ち無沙汰に見えるのは、いくら彼でもBISHOPと完全に切り離される状況というのはそうそうないからだろうか。
「…………こちらだけで全て抱えるつもりでいたが、止めだな。君らは当事者であるし、巻き込んでおいた方が色々と得策のようだ」
鳴らされていた指が止まり、それが真っ直ぐに太朗へ向けて伸ばされる。
「君に頼まれた通り、施設周辺を含めたデルタ星系の中央サーバ情報群を洗ってみたよ。だがそれらしい所属不明者は全く存在していないし、施設方面に関する航行記録もまた、同様だ。施設の規模から考えると10や20の人数ではないのだろう? 隠れている事など不可能だ」
太朗にというよりも、見えない誰かに向かって語りかけるかのように、ディーンが発する。太朗は確かにディーンに見つめられていたが、しかし自分の体の向こうにディーンが見ている何がしかの存在感を感じ取った。
「デルタからスターゲイトを通らずして向かえる星系が存在しない以上、状況が矛盾している。どちらが正解だと思う? ひとつは、ニューエデンとやらには元々誰もいなかった。もうひとつは我々の所有する銀河最高のセキュリティを施されたデータバンクの中身が、何者かによって書き換えられた、だ」
ディーンはそうつらつらと語ると、指を下ろし、小さく鼻で笑った。
「ふふ。後者に関しては古い時代に近い事が行われた形跡を見つけた事があるが、それきりだと考えていたよ。しかしどうやら、間違っていたようだ。これは、我々も腹をくくる必要があるな」
ふと表情を消し、そのまま立ち上がるディーン。彼は出口の方へ向かうと、振り返らずに言った。
「軍の、それもかなり上の方だろう。間違いなく裏切り者がいる。どうやら一戦交える必要がありそうだ」
ディーンはドアノブを回すと、そのまま部屋を出て行った。
その場にいた者は、誰も声をかける事などできなかった。
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