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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第15章 エデン
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第257話

もし待っている方がいたりしたならば、本当にお待たせしました。申し訳ありません。


「コールマン」


 誰のものだろうか。細く、搾り出すような声。太朗は部屋の温度が急に下がったように感じ、小さく体をこわばらせた。


「まぁ、座りたまえ。きっと長くなるんだろう」


 質問というより、確認をするようにディーンが発する。コールマンを名乗った男は、無言でひとり掛けのソファへと腰を下ろした。


「……………………」


 しばし無言の時間が過ぎる。しかしつまらなそうに床を見る男に集まる周囲の目が、そこからはずされる事はなかった。

 そしてどれだけの時間が経ったろうか。太朗が自分の吐く息の音に苛立ちを感じ始めた頃、男が唐突に言った。


「君らは、神。またはそういった存在を、信じるか?」


 小さな声だったが、それは静かな室内にたしかに響いた。太朗は反射的にディーンの方を振り向くと、しかし彼は鷹揚に手を振り返してきた。


「安心したまえ。この部屋は外部と物理的に遮断させている。しかしその反応を見ると、たしかに冗談というわけではなかったようだね」


 ディーンの返答に、ほっと胸をなでおろす太朗。太朗は最初のコールマンの際に起きた不可思議な現象や、惑星ニュークでファントムが遭遇したという電脳ワインドの存在を、あらかじめディーンには伝えてあった。返事を聞く限り、いささか疑われてはいたものの、きちんと対策はしてくれていたようだった。


「ディーンさんに冗談を言えるほどには、まだまだ度胸が育ってないっすからね…………なぁ、えっと、その、ヨアヒムさん? その神様ってのは、信者の頭をいきなり吹っ飛ばしたりするような、あれな奴なんすかね」


 安堵感に勢いを借り、そのまま発する太朗。それに対し、男は少しだけ驚いたような表情を見せた。


「なるほど。あいつはそんな死に方をしたのか。優秀だった割りには、つまらない最期だな」


 男はそう言うと、少しだけリラックスしたように体を背もたれに預け、そして小さく笑みを見せた。


「こっちからしたらとんだホラーよ。それも、ぜんっぜん楽しくない類のね。あなた、その言い草だとあれが何なのかを知ってるのよね?」


 当時の事を思い出したのだろう、不快そうに顔を歪めたマールが言った。


「もちろん、と言いたいが、どうだろうな。知っていると言えば知ってるし、何も判っていないと言われれば、その通りだろう」


 曖昧な答え。太朗はそれをはぐらかそうとしての回答だろうかと考えたが、男の様子を見るとどうにも違うようだった。本気で考える仕草を見せている。太朗は憤りのままに立ち上がろうとしていたマールを手で制すると、男に続きを促した。


「君らも気づいているように、BISHOPに関連した何かだという事は、まぁ、確かなんだろう。しかしだからと言って、あれが何だかなど、こちらにわかるはずもない。いつも一方的だ。一方的に、必要な事だけをやってくる」


 苦虫を噛み潰したかのような表情。太朗はそんな彼に、疑問符を浮かべる仲間を代表して言った。


「やってくる? どういうこっちゃ。例の神様とやらが、なんかアクション仕掛けてきたりすんのか?」


 太朗の質問に、男は皮肉気な笑みを浮かべた。


「あぁ、そうだな。もちろん、そうだとも。だから"我々"はあれの存在を信じているし、確信してもいるわけだ。だが神というのは、便宜上そう呼んでいるに過ぎない。定義上、最も近しいというだけだな」


「ふぅん…………我々、ってのはあれか。一杯いるっつーそれぞれのコールマンの事だな」


「あぁ、そうだ。良く調べている。と言いたいが、考えてみれば当たり前か。ニューエデンを調べたな? よくセンターまで到達したものだ」


「へへ、あれはちょっぴり苦労したぜ。つーわけで、こっちはあんたの嘘を検証する手段があるってわけだぜ?」


「ふん。別に嘘はつかんよ。あの女がいない以上、正直に言った所で誰に咎められるわけでもあるまい。既に神に見放された身でもあるしな」


「どーだか。んで、見放された? あれに破門でもくらったんか?」


「破門…………ふむ。なるほど、やはり君は、見た目よりもずっと賢いようだ。破門、ね。相応しい言葉だ。ふふ、我々が負けた相手がそうであるなら、いくらか納得もできようものだ」


 皮肉気ではあるが、そう楽しそうに笑うヨアヒム。太朗がなんのこっちゃと周囲を見渡すと、皆一様に良くわからないといった表情をしていた。


「…………あー、宗教も、あれか。どマイナーな感じになってんのか、この時代」


 太朗はぼそぼそとそう呟くと、しかし今はどうでも良い事だと話を続ける事にした。


「それで、つーか、もうちょい具体的に話をしてもらっていいっすかね、具体的に」


 太朗の要請に、まぁそうだろうなとばかりに肩をすくめる男。彼は少しの間を考えに費やすと、やがて口を開いた。


「声が聞こえるんだ。どこからともなく、声が。男のものとも女のものともつかない、不思議な声だ。いや、声というのは正確じゃないかもしれない。言葉ではなく、その意味が直接とでも言えば良いのか。どう説明すれば良いのか難しいな。人に話すのは初めての事だ」


 独り言のように呟かれる声。太朗は良くわからなかったが、きっとテレパシーのようなものなのだろうと、とりあえず納得する事にした。


「ある種の精神的な疾患にかかった場合、似たような症状を引き起こす事もあるだろう。幻聴、幻覚、そういった類のものだ。どうしてそうじゃないと言い切れるんだ」


 扉の方からの声。そんなファントムの質問に、男はかぶりを振った。


「遺伝的にそういった病を引き起こす因子がない以上、しかし全てのコールマンが同じ症状を訴えるというのは、その十分な理由になるだろう」


 男の答えに、ファントムが返す。


「しかし君らは、恐らくだが、全員同じ情報をオーバーライドされているだろう。君らはクローンであり、記憶や何かさえもが同じになるよう、そう育てられている。施設にはそれを裏付ける証拠もあった」


 ファントムの言葉に、男が不愉快そうに顔をしかめた。


「全てが全て同じになるわけでは、ない。俺のような失敗作が生まれる事もある。それに、錯乱した精神から生まれた声が、まだ未発見の物理的公式や、数学の定理を生み出す事など、まずあるまい」


 そんな男の言葉に、なにかしら納得がいったのか、「ふむ」とファントム。太朗は「ラマヌジャンの例もあるぜ?」と発したが、しかしなぜそんな言葉が出たのか自分では理解ができず、また、周囲の誰もが困惑した様子だったので、「忘れてくれ」と手を振った。全く憶えのない単語だった。


「ラマヌ…………そんな学者いたかしら? まぁいいわ。それより、その失敗作というのはどういう事なの。あなたは、他のコールマンとは違うという事?」


 マールの疑問に、男は頷きもせずに「あぁ」と答えた。


「いつの日か、ふと声が聞こえなくなった。俺の役目が終えたのか、それとも用がなくなっただけかもしれない。いずれにせよ、ぱったりと声は止み、そして施設を追い出された。殺されなかった事を考えると、コールマンは何か利用価値があると考えたんだろう」


「だから、失敗作……そうすると、あのコールマンはずっと聞こえてたって事ね?」


「あぁ、そうだ。彼はずっと声に従っていた。見ていて気分が悪くなるくらいに妄信していたよ。しかし、まぁ、あれが本来の望まれていた姿だったんだろう。傍からすれば反吐が出るが、本人は幸せそうだったし、意外と悪くないのかもしれん」


「…………それには同意したくないわね。人は自分の意思で生きるべきだわ。それより、その声が伝えてきたのは科学的な情報や何かだけ? それとも、もっとこう、何と言えば良いのかしら。社会的な事やなにかも?」


 自分の意思、という言葉に、太朗は少しだけ身を強張らせた。あまり考えまいとしていたが、声が聞こえるという現象に、まったく心当たりがないわけでもなかった。


「もちろんだ。声は驚く程物事を知っていたよ。本来であれば誰も知りようのない、秘密のような事までもな。あれを、こうしろ。ここで、ああしろ。施設を運営する上で、あれに従ってさえいれば困る事はなかった。常識的かと聞かれれば肯定しづらいが、しかし社会通念に全く無知では不可能な事だ」


 身を硬くする太朗をよそに、コールマンの言葉が続く。それにマールは「そう」と発すると、さらに言った。


「でもそうなると、どういう事かしら。とても電脳ワインドなんかがやれるような事じゃないように思えるわ。まだあれについても良くわからない事だらけではあるけど、人類を超える知能を持っているとは思えないもの。というより、ハードウェア的に不可能だわ。どんなコンピューターだって、処理が追いつかない」


 ヨアヒムに向けてではなく、周囲へ呟くような声。太朗に真偽は不明だったが、彼女がそう言うのであればそうなのだろうと考えた。ハードウェアの専門家の言葉だ。しかし彼は、何事にも例外というものが存在する事も知っていた。現にそれは――


「質問です、ミスター・コールマン。ひとつ宜しいでしょうか」


 今まで黙っていた、いわばその例外的な存在が、発した。


「先ほど貴方は、施設の運営に声を頼ったといった様な事を仰いました。そこから察しますと、声の内容は何らかの目的に沿った一貫性のあるものであったと考えられます。あのような施設が単なる気まぐれで運用できるとは思えません。その目的に心当たりは、おありでしょうか」


 無機質な小梅の声。その声にコールマンは、ここへ来て初めて視線を上げた。彼は真っ直ぐに小梅を見据えると、首を傾げた。


「俺は先ほど、神という言葉が定義上最も近いと言っただろう。神がやる事など、ひとつしかない。新しい生物を作っているのさ」


 コールマンはこの日一番の皮肉めいた笑みを浮かべると、続けた。


「今の人類にとって替わる、次の生物をな」




久しぶりすぎて、全く勝手がわからない。

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