第256話
まだ読んでる人いたら、お待たせしてごめんねorz
「前から知っていた事実というものもあるが、それだけじゃない。君らと行動を共にし、施設についての情報が入る中で、改めてわかった事実も多い。あくまで推論に過ぎない部分や、はっきりしない事もある。どれをどう話したものか難しいが、急ぐわけでもない」
ファントムはそう前置きをすると、視線を明後日の方へと向けた。彼が小さくぶつぶつと呟くのが聞こえ、どこかへ連絡をとっているのだろうというのが太朗にもわかった。
「……これでいいかな。さて、僕の生い立ちについては先ほど話した通りだが、それの詳しい内容にあまり意味はないし、聞かせて楽しい話でもない。だから重要な点だけをさらおう。コールマンは僕やエッタのような実験体を無数に保有し、何かをしようとしていた。それの目的は?」
ファントムの問いかけに、太朗が口を開く。
「多分だけど、脳の進化の研究と、その資金集めの為っすよね。例の卵の調査結果からの推測っすけど」
太朗の答えに、ファントムが「まぁ、そうだね」と頷いた。
「マーセナリーズの連中が使っていた"式"なんてのは、金を集めるには最適だったろうからね。ソナーマンを直接売り払ったりもしただろうし、軍に技術を買い取らせる事もあったようだ。脳の進化についても恐らくその通りだと思う。個人的な記憶の中にも、思い当たる節がいくつもあるよ」
不愉快そうに顔をゆがめるファントム。何か良くない思い出なのだろうと、太朗は何も言わずに待った。
「ねぇ、ファントム。貴方の知るコールマンって、科学至上主義だったりとか、究極のナルシストだったりとか、何かそういった変わった特性の人だったりしたの? 何をするより研究をしているのが幸せだー、とか。そんな感じの」
太朗の隣に座るマールが、何か考え込むようにしながら言った。それにファントムが「いや」と首を振る。
「こう言っては何だが、ごく普通の老人だったよ。欲に弱い様子ではなかったが、かといってストイックかと聞かれても首を縦には振れないな。喜怒哀楽を普通に表に出していたし、何かに喜べば、何かに怯えもしていた。個性といった意味ではそれなりに特徴的だったろうが、社会の平均値を大きく出ているようには見えなかったな」
思い出すようにして、ファントム。彼の答えに、再びマールが考え込む様子を見せた。綺麗な横顔にシワを寄せる彼女へ、「大事な事なん?」と太朗。そして「えぇ」とマール。
「だってあんた、考えてもみなさいよ。普通の人間だったら、地位や名誉や、それこそ何でも良いけど、自分の能力に合った何かを手にしたくなるものじゃない。最悪そういったものがなくても、せめて見返りが欲しいと思うのは当然じゃない?」
マールの答えに、「そりゃまぁ」と太朗。
「普通はそうだろうけど、でもあいつはロクでもない実験で色々と知識を得ていたわけだろ? そうしたくても出来なかったんじゃねぇの?」
「そりゃあ、もちろんそういう所もあったと思うわ。でも全部が全部そうだったわけじゃないはずだし、例えそうだとしてもいくらでもやりようがあるわ。実際、マーセナリーズの方のエッタはそうしてきたわけだし」
「あー、言われてみるとそうだな。普通は凄いもんつくったら、誰かに認めてもらいたかったりとか、そういう気持ちになる、か。自己顕示欲ってやつだよな…………あー、なるほど…………目的の、目的か」
「そう、それよ。脳の進化って、それ自体が目的になるものなのかしら。確かにより良い脳を手に出来るっていうのは魅力なのかもしれないけれど、それだと脳の進化は目的じゃなくて手段だわ。目的は、より高次の知識とか、そういった形になるのかしら」
マールの言葉に男ふたりが考え込んだ様子を見せ、得心の声が呟かれた。
「脳の進化を研究している者は、それこそ銀河にいくらでもいる。それを至上の目的とするのであれば、ひとりで研究をしていたというのもおかしな話だね。例え非合法な手段を用いていたとしても、それはそれで同じ境遇の相手がいたはずだ。彼の行動は効率的とは言えないし、不自然だ」
鋭い眼をしたファントムが言った。太朗はそれに頷くと、「つまるとこ」と続けた。
「自分ひとりで達成したい何かのために、脳の進化を研究してたって事っすやね」
太朗のまとめに、ふたつの瞳が頷いた。太朗は腕を組んで上を向くと、自分の口にした内容についてをしばし考え始めた。横ではマールも同じようにしている。
「…………」
「…………」
無言で過ぎる時間。やがて太朗は視線を下ろすと、何も思いつかなかったのだろう、渋い表情をしたマールを一瞥し、次いでファントムへと視線を向けた。
「もしかしてっすけど、かなりスケールのデカい話っすか?」
ふと頭に思い浮かんだ可能性を考え、そう尋ねる太朗。それにファントムが、「あぁ」と答え、小さく笑った。それにマールが「え、あんたわかったの?」と太朗の方に驚きの表情を向けてくる。
「あぁいや、わかったっつーか。詳しい内容はさっぱりだけど、方向性っつーか、特徴っつーか」
太朗の答えに、マールが眉間の皺をさらに深くした。太朗は文句を言われる前に手を振って誤魔化すと、「多分だけど」と口を開いた。
「自分ひとりで達成したいっつーか、ひとりでやらざるを得ない内容って事なんじゃねぇかな。つまり――」
太朗は片眉を上げると、うんざりだとばかりに肩を竦めた。
「人類に喧嘩を売るような何か、って事だろ」
太朗はそう言うと、ファントムの方を向いた。ファントムは何も言わなかったが、しかし否定もせず、ただ真っ直ぐに、真剣な表情で、太朗へと視線を向けてきていた。
太朗の頭の中には、かつてコールマンの施設で見つけた、ワインドの姿が思い描かれていた。
「しかしながら君は毎度毎度、ろくでもない情報なり提案なりを持ってくるものだ」
デルタ星系は第1ステーションの1等地に設けられた豪奢な部屋に、ディーンのあきれたような声が響いた。そこは帝国軍の将官が使用する、来客用の応接間だった。
太朗はマールとファントムとの話し合いの後、小梅から施設関係者が生存している事についてを聞かされた。それはファントムからの要請で小梅が調べたものらしく、確実ではないがという前置きで要請されたものの、しかし本当に見つかってしまったという類のものだった。
そして今ここにいるのは、まさにその関係者に会うためだった。
「いひひ、でもディーンさんにも得になる話もありましたっしょ?」
漫画に出てくる悪い商人のように、中腰で揉み手をする太郎。彼の後ろ、ディーンの向かいとなるソファには、マール、ライザ、小梅の3人が腰掛けており、入り口のドアの前には護衛のファントムがじっと立ち尽くしている。
「ふん。否定はしないが、今回もそうだとありがたいものだね」
「あぁ、今回のはちょっと…………あぁいや、どうなんだろ。結果次第っすかね」
首を傾げる太朗に、ディーンからの細めた視線が向けられてくる。「あはは」と苦笑いをする太郎に、しかしディーンは「まぁいい」と手を振ってきた。
「どんな形であれ、恩を売れるに越した事はない。私は君を高く買っているつもりだからね」
ディーンはそう言うと胸元から携帯端末を取り出し、何やら操作をし始めた。するといくらもしないうちに入り口にノックがなされ、扉が開かれる事となった。
「…………」
入り口から現れたのは、30代と思われる男性。彼はファントムによる簡単な身体検査を受けると、無言で足を進め、ディーンの傍へと立った。顔に怯えた様子はなく、ただ面倒な何かをしているかのような、そういった不機嫌そうな顔だった。
「紹介しよう、というのも変な話かね。君らの要請で連れて来たわけだから」
ディーンがソファへ深く背を預けながら言った。ディーンを除く全員の視線が男に集まり、空気が緊張する。
「企業間戦争における総合兵站支援会社、ザイルストラテジックの代表取締役だ。知っての通り、マーセナリーズの遺産を引き継ぐと共に、例の施設関係者に対する賠償と、社会復帰に関する責任を負っている」
ディーンがそう説明すると、男は小さく頭を下げた。太朗は戦後賠償についての席で何度かみかけた事があり、知らない顔ではなかった。
「名はサミュエル・キャンベル。もちろん、顔や戸籍と共に私が新たに用意したものだ。君らにとっては、元マーセナリーズ代表取締役のひとり、と言った方がわかり易いだろうね。しかしまぁ、そこは重要じゃないようだ。正直、君らから話が来て私も驚いたよ。元の名前も偽名だったようだ…………改めて、君の本来の名前を教えてもらえるかね」
ディーンはそう言うと、しかしつまらなそうに男に視線を向けた。もちろん男に決定権があるわけなどなく――相手は帝国の将軍だ――、男は黙って頷き、そして口を開いた。
「ヨアヒム。随分昔に使わなくなった名前だし、口にするのも久しぶりだが、俺に付けられた最初の名前はヨアヒムだ」
男はそう口にすると、ひとつ皮肉気に鼻をならし、そして続けた。
「ヨアヒム…………ヨアヒム・エンフォ・コールマンだ」
前の投稿ミスで、もうなんていうか、インパクトもクソもなくなってぅ




