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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第15章 エデン
254/274

第254話

生存報告

申し訳ありません。死ぬほど忙しいけど、生きてます。




 巨大な戦艦プラムには、それ相応の居住スペースが確保されている。


 しかしながらBISHOPという脳波による遠隔操船が主な操縦法であるこの船は、他の同じような船と同じく、昔ながらのそれに比べて必要となる人員が極端に少ない。

 さらには並列演算マルチタスクのギフトを持つ太朗と、超高性能AIである小梅、そして銀河一のメカニック――と少なくとも太朗は思っている――であるマールの3人による運用に特化しており、少人数という意味では他の追随を許さぬレベルとなっていた。


 そしてそうなると当然、船内のスペースというのはさらなる余剰が生まれてくる。


 人ひとりの快適な生活と生存を確保するには意外とスペースを使うものであり、数千名はいるだろう一般的な戦艦の乗組員数がそのまま浮いたとなると、これは大きな差が生まれてくるものだった。

 戦艦プラムは余剰なスペースとエネルギーを戦闘用の、例えばより厚い装甲板やより大きな砲塔、より大量の弾薬といったものに使っていたが、しかしそれでもスペースは十分すぎる程に空いており、それらは船を住処とするライジングサンの面々によって自由に使用されていた。


「工業モジュール? いや、ここファントムさんの部屋だよな?」


 BISHOPで読み取った目の前にあるモジュールブロックの情報に、太朗は廊下ではてなと首を傾げた。通常は居住モジュールか、もしくは複合モジュールとなっているのが普通だった。


「合ってるし、別におかしくもないじゃない。私の部屋だって工業モジュールがベースよ?」


 太朗の質問に、マールが肩をすくめながらそう言った。


「いや、マールはわかるんだけどな。機械いじりが趣味みたいなトコがあんだし、部屋から直接船内整備が出来たりもするみたいだし」


「まぁね。艦橋や工場ブロックって結構遠いんだもの…………ねぇ、やっぱり艦橋近くに引っ越しちゃ駄目?」


「重要区画に危険なモジュールを置けるかっつーの。危ない実験とかを絶対に部屋でしないって誓えるんなら考えっけど」


「じゃあいいわ」


「はい、即答いただきました。つーか自宅が危険モジュール扱いってどうなんだよ。乙女としてどうなんだよ」


「放っといて。勲章みたいなものよ……それに乙女って柄でもないわ」


 うっとうしげに自らの赤い髪を手で払い、澄ました顔でそうマールが呟く。

 太朗はいまひとつ理解できないマールの感性に呆れたが、しかし今はどうでも良い事なので、ただ眉を上げるだけにとどめた。


「ファントムさーん、お見舞いに来ましたよー…………あれ、鍵が開いてるな」


 施錠関数の表示が「OPEN」となっており、太朗は一瞬無用心という言葉が頭をかすめた。しかし考えてみればプラムの中に関係者以外の人間はおらず、また、居住者が居住者なので、そう危険でもないなと思い直した。


「勝手に入っていいんかな。ムフフなホログラフとか見てたらどうしよう」


「いや、あんたやアランじゃないんだから」


「いやいや、わかんねぇぞ。つーか俺らみたいなのがむしろ普通だからな? 人類存続の肝はむしろそこだからな?」


「はいはい、そうね。えらいえらい。じんるいのきぼーね」


「くそっ! なんか屈辱的! でもそこがたまんないっ!」


 太朗は苦悶の表情で体をくねらせると、横にスライドするタイプのドアを抜け、ファントムの私室へと足を踏み入れた。


「お、カツシカで見たのと同じ部屋だな。まんまこっちに持ってきたのか」


 こじんまりとした部屋はかつてと変わらず、雑多なアンティークの家具で作られた、太郎からすれば何もかもが懐かしさを感じさせる、そんな暖かい部屋だった。


「私、ちゃんと入るのは初めてなのよね…………うわ、凄いわねこれ。レザー? 本物かしら?」


 古臭く痛んではいるが、しかし清潔に保たれている茶色い革張りのソファを、まるで博物館の展示物でも見るかのように観察するマール。太朗が「モノホンらしいぜ」と答えると、彼女はゆっくりと後ろへ下がった。


「いくらするのかしら…………さすがに地球由来じゃないわよね?」


「いくらなんでも違うだろ。5千年ももたねぇよ」


「そうよね……でも凄い高級品だわ。買えない額じゃないでしょうけど、ちょっと手を出す気にはなれないわね。特に普段使いになんて」


「牛さんがペットじゃなくて食肉として流通するようになったら、いくらか気軽に買えるようになるとは思うんだけどな」


「そうね。でも何年か、場合によっては何十年もの先の話だわ」


「だろうなぁ。その頃までに皮革加工のノウハウを作っとかねぇと…………ファントムさん、奥かな?」


 太朗はおどおどとした様子で一歩一歩を慎重に歩くマールとは対照的に、ずんずんといつも通りの足取りで部屋を横切っていった。彼はファントムの生活スペースと思われるいくつかの部屋を覗き込むと、それらが無人なのを確認し、さらに奥へと足を進めていく。


「なんでBISHOPで所在情報を見れないのかしら。ここのモジュール、結構大きいのに」


 マールが今度こそ地球由来の品である、コーヒーミルを指先でつつきながら言った。太朗は振り返りながら彼女の方を見ると、コーヒーミルの下部に木製の引き出し付き土台が取り付けられてある事に気付き、小さく微笑んだ。


「仕事が早いな…………あぁいや、ここのBISHOPはファントムさん用に改造されてるらしいぜ。あの人の、俺らのとはちょっと違うから」


「あぁ、そういう事。今度両用化出来ないかどうか試してみようかしら」


「確かに今のままだと、俺らからすりゃちょっと不便だもんな。何かあった時に初動が遅れそうだし…………留守のはずはねぇんだけどなぁ」


 確かに詳しい位置情報こそ確認できないが、しかしここにいるというのは間違いないはずだった。理由は単純で、足を運ぶ前に本人に確認をとったからだった。


「しかしそうなっと、残るはここだけか。いかにもって感じで、あれだな」


 太朗は室内廊下の突き当たりにあるまだ開けていない最後の扉の前に立つと、胡散臭げにそれを眺めた。宇宙船のエアロックを思わせる、重厚で、無骨な金属の扉。


「凄いわね、これ。隔壁みたいだわ……っていうか、どうやって開けるのよこれ。機械式? BISHOP使えないわよ?」


 太朗に追いついてきたマールが、難しい顔をしてそう言った。太朗は「ドアノブと一緒だから」と答え、ため息混じりに小さく笑うと、扉についたハンドルを手で回し、体重をかけて扉を押し開いた。


「…………わお。こいつは予想外」


 鉄の扉の向こうにあったのは、だだっ広い大きな部屋と、そこに詰め込まれた無数の機械群。


 その光景に太朗はプラムの冷凍睡眠装置の事を思い出したが、しかしそれが置かれている中枢のようには雑多な環境というわけでもなかった。置かれている機械はどれも比較的新しいもののようだし、何よりきっちりと整理されていた。ケーブルの類は地面の下にでも這わせているのか、ほとんど見る事が出来ない。


「並列コンピュータ用の冷却ルームかしら。何に使ってるのかしらね?」


 冷えた空気から体をかばうように両腕を抱いたマールが、眉をひそめながら言った。太朗は「さぁなぁ」と肩をすくめると、同じように身を縮こませながらさらに奥へと向かう。部屋の向こうには扉の無い別室への入り口がぽかんと開いており、そして他に探すところもなかった。


「こっちは…………うーん、わかんねぇな。マキナさんのトコで似たようなの見たことある気がするけど、これって何の機械だ?」


 細長い奥の部屋にあったのは、左右にずらりと並ぶ何らかの装置。太朗の身長よりも高い箱型の装置が、人が歩くためと思われる中央の通路的なスペースを挟みこむように設置されている。


「これは、プリンタね。手が加えられてるみたいだから、そのままの利用法かどうかはわからないけれど」


 装置の裏側へまわったマールが、その配線部分を観察しながら発した。太朗がそれに「チラシでも印刷してんのか?」と尋ねると、マールは不思議そうに首をかしげた。


「チラシって、広告用の配布物の事よね。プリンタと何の関係があるのよ」


「何のって、そりゃ広告の内容を印刷するのに使うだろ。紙に商品を…………あれ? 紙がそもそもねぇか。チラシはあんだよね? 広告費のリストでチラシって項目見かけたぞ」


「そりゃああるわよ。広告用のチップにデータを…………えぇと、地球では紙を直接配ってたわけ? 資源の無駄だし、そんなもの渡されても邪魔じゃない?」


「いや、家に直接配布するのが主だったし、色々再利用もしてたな。つーか、無地のチラシの裏からいったいどれだけの芸術が生まれたと思ってんだ」


「知らないわよ。っていうか、家に直接とか怖いわね。企業はそんなに個人情報を掌握してたの?」


「え? あー、いや、多分マールが考えてるみたいのとは違うと思うぞ。顧客ターゲットになりそうな相手にだけ送るんじゃなくて、ほとんど無差別に送りまくるんよ。どれかが誰かに引っかかればいいな的に」


「凄い非効率ね。やっぱり資源の無駄じゃない…………あぁ、ちなみにだけど、プリンタって言ってもインク、で合ってるのかしら。それを落とすのじゃなくて、電子基盤を印刷する方よ」


「おー、なるほど…………って、ますますあの人がここで何やってんのかがわかんなくなったじゃねぇか。趣味にしちゃ大掛かりだし」


「あら、そう? 私のモジュールにも同じようなのがあるわよ?」


「いや、それマールが特殊なだけだかんな?」


 ふたりは寒い体をこすりながらそんな話をしつつ、さらに部屋の奥へと向かった。ファントムの姿は見えなかったが、無数にある大きな装置のせいで見通しが悪く、他の出入り口があるかどうかを確認するためだった。


「あれ、やっぱ留守だったかな…………でも寝込んでて起き上がれないって言ってたし、いないわけがねぇぞ。まさか隠し扉とかじゃねぇよな?」


 部屋の際奥にある、円筒形の装置をらせん状に囲む階段に腰掛け、太朗が片眉を上げて言った。マールは装置を挟んで太朗の向かい側の段へと同じように座ると、「そんなわけないでしょ」とにべもなく返してきた。


「だいたい隠れてどうするのよ。あんたじゃないんだから、そんな事して楽しむような人じゃないわ」


「いや、君の中で俺はいったいどういうキャラになってんすかねぇ。失敬な」


「どうも何も、そのままよ。エッタあたりが部屋に遊びにきたら、ちょっとからかってやろうってなるんじゃないの?」


「なるな。っていうかやった」


「やってんじゃないのよ…………ねぇ、そろそろ戻りましょう。待つならあのリビングの方が良いわ。ここは寒すぎて」


 マールが腕をこすりながら立ち上がった。太朗は反対する理由がまったくなかったため、「おうさ」と返してその場に立ち上がった。


「やあ、テイローにマール。良く来てくれたね」


 ふと、すぐ近くから聞こえたファントムの声。太朗は多少の驚きと共に声の方を振り返るが、しかしそこに彼の姿は見えなかった。声が聞こえてきたと思われる円筒形の装置は飾り気のない金属の桶のような形をしており、中を覗き込んだ太朗に見えるのは、金属の表面に映る自分の顔だけだった。向こうではマールも同じようにしている。


「感覚器官も閉じていたからね。気付くのが遅れてしまったよ」


 続いて聞こえてきたファントムの声。そして変化する装置のふた部分の形状。太朗はそれに驚きのけぞると、目の前の不気味な光景に顔を引きつらせた。


 まったいらだった装置のふた部分には、そこからぽつんと盛り上がるようにして、人間の目と口、そして耳だけが浮かび上がっていた。




久々に執筆したら、「あれ? この小説こんな感じだったっけ?」となってしまいました。

もっとはしょってた気がする。

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