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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第15章 エデン
253/274

第253話




 ゴーストシップに積まれていた冷凍睡眠装置と、エデンで見つかったそっくりな装置。それの類似性やコールマンの目指していたところを考えると、太郎は自分と彼とがまったくの無関係とは思えなかった。

 もちろんただの偶然という可能性は十分にあるだろうし、脳の研究がコールマンの専売特許というわけでもない。BISHOPというインフラが銀河中で使われている以上、同じような研究を行っている者はいくらでもいるだろう。


 しかし彼ほどに研究を進めた者はいないだろう事も、恐らく確かだった。


 小梅から渡された研究と実験についてのデータには、恐らくマールやベラ、そして確実にファントムやエッタの事を指すのだろう対象も含まれていた。ブーステッドマンはともかく、ギフテッドが人為的に作れるなどという話は、少なくとも周囲の人間は誰も聞いた事がなかった。もちろん、天才アルジモフ博士であってもだ。


「ミス・マール。ミス・ベラ。ミス・エッタ。ミスター・ファントムについては、恐らく間違いないと思われます」


 感情の見えない声で、小梅が言った。その声にマールが僅かに眉をひそめたが、しかしそれだけだった。太郎が心配して視線を向けると、彼女は「大丈夫よ」と首を振った。


「遺伝子の選別なんて銀河中で当たり前のようにやられてる事だし、生まれた後でのオーバーライドは…………まぁ、ここではちょっと特殊な機械を使ってるみたいだけど、でも全帝国市民が受けてる処置だわ。気にする方がおかしいわよ」


 なんて事はないと、マールがそう言って肩をすくめた。太朗は「そっか」とそれに頷くと、それ以上その話については触れない事にした。表面上だけだとしても、本人が気にしていないと言っているのだから、そうしておくべきだろうと感じたからだ。


 代わりに太朗は小さく震えるマールの手に気付くと、ライザや小梅に見えないように、そっとその手を握った。


「……………………」


 マールが物言いたげな目を向けてくる。太朗はよろしくない行動だったろうかと手を離そうとしたが、しかし逆にぎゅっと握り返されるのだった。


「…………ん。その言い方だと、俺はそうじゃないって事か?」


 テーブル上の球体へ向かい、問いかける。それに小梅は、「肯定です」とランプを明滅させた。


「ただしあくまで小梅の推測では、という前置きがつきます、ミスター・テイロー。というのも、コールマン本人がいない以上、残された情報から――」


 小梅が理由を語りだしたその時、「ちょ、ちょっと待って下さらない」という、ライザの声が割って入った。


「その、私もライジングサンの経営者として聞かなければならない話だってのはわかりますわ。けれども、ある程度情報を精査した上で、他へ聞かせても構わないと判断された情報だけで構いませんわ。あまりに、えぇと、なんて言えば良いのかしら。あまりにプライベートな内容ですわ」


 困ったような様子で顔をしかめるライザ。太朗はライザのいわんとする事は十分に理解できたので、どういう事だろうかと小梅の続きを待った。


「それに関しては、3日前であればまさに仰る通りにしたのですが、しかしながら事情が変わりました。ミス・ライザ。貴女は今、ライジングサンにおける最高権力者なのですから」


 小梅がランプを明滅させ、そう断言する。社長かつ会長である太朗は「え?」とそれに驚きの声をあげたが、すぐに「あぁ」と納得の声に変わる事となった。


「ディーンさん、正式に将軍として方面軍司令になったんだっけか」


 先日そういえばそんな報告があったなと、思い出しながら発する太朗。その声に、マールとライザの納得の声がもれた。


「帝国軍将軍閣下の妹君だものね…………確かに最高権力者だわ」


 マールがしみじみとした様子で言った。太朗もそれにうんうんと頷くと、「けど」と前置きをして続けた。


「将軍の力って、実際問題どんなもんなんだ? 凄いってのはわかるけど、なんかピンとこねぇんだよな。将軍なんて一杯いるってディーンさん言ってたし」


 生活の場を中央に置いていればまた違ったかもしれないが、アウタースペースで生きる太朗にとって、帝国軍はあまり身近な存在ではなかった。ゆえに言葉の通り、将軍と言われても良くわからないというのが素直な所だった。


「軍の実働部隊のトップですよ、ミスター・テイロー。帝国軍の最高位は皇帝陛下を除けば元帥がそれにあたりますが、彼らはあくまで全体の方針決定が主な役割です。実際に艦隊を運用するのは将軍が最高位となります。階級として中将、大将とが存在しますが、それらは臨時任官される階級で、平時では将軍職全員が少将となります」


「うお、まじか。んじゃ冗談抜きでトップまで上り詰めたんだなぁ」


「そうなりますね。わかり易い表現で言えば、アルファ・イプシロン両方面宙域軍1万数千隻を個人の裁量で自由に動かす事が可能で、軍法はあるものの本人は帝国法の適用範囲外にあり、方面宙域にある全ての公共物の自由権利を持ちます。事実上の首相であり、最高裁判官であり、行政長官でもあります。将軍が沢山いるというのは、単にそれだけ銀河が広いというだけの話に過ぎません。ギガンテックやマテリアルズでもない限り、一般的な大企業でさえ、その足元にも及ばぬ権力者と言えるでしょう」


「うわぁ…………普段気さくに話しかけてくれてたけど、そう聞くと雲の上の存在だな…………な、なぁライザ。今度飯でも食いにいかやぁああなんでもないぃい!!」


 握っていた手をごりごりと強く圧迫され、もがく太朗。ライザはそんな太朗をちらりと不審そうに見た後、「そういう事ならわかりましたわ」と肩をすくめた。


「でもきっと、権力者うんぬんは建前ですわね。実際は、そうね、この件に軍が関与してる可能性が高いって所じゃないかしら。私ではなく、兄に知らせる必要があるのね」


 質問というよりは、確認といった体で、ライザが小梅に尋ねた。小梅はその場でくるりとまわると、「ご名答です、ミス・ライザ」といつもの声で発した。


「コールマンは何度も、そしてかなりの長期間にわたり、帝国軍との関係を持っていたようです。先端的な研究を行っていたわりには外部にほとんどそれが伝わっていない事を鑑みると、功名心や出世が目当てとは思えません」


 そんな小梅の言葉に、「金だな」と太朗が引き継いだ。


「ライジングサンだって、一番デカい出費は研究開発費だからな。コールマンだって先立つものは必要だったはずだぜ。んでもって銀河で一番金を持ってるとこは、それを発行する権利を持つ帝国軍政府だ」


 太朗の指摘に、小梅は頷くように体を傾け、そして戻した。


「小梅もそう思います、ミスター・テイロー。まさに仰る通りの理由かと思います。それに研究に必要となる資材や情報も、軍であれば容易に調達する事が可能だった事でしょう。小梅はこれについて、いくつかミスター・ディーンに確認を取りたい事があります。しかし――」


 小梅はそう言葉をとめると、体を太朗の方へと向けてきた。


「それはまたの機会でよろしいでしょう。まずは先ほどの続き、ミスター・テイローがコールマンに作られたわけではないだろう、その理由についてです。まず第一の理由として、小梅はコールマンの技術水準がそこまで満たされていたわけでないという点を挙げたいと思います」


 小梅の言葉に、太朗が首を傾げた。


「いや、ディーンさんもあいつは天才だって言ってたし、明らかにこの分野ではぶっちぎりなんじゃねぇの? こういっちゃ何だけど、マールやファントムさんを超えるような人材がどっかにいるなんて想像できねぇぞ。その辺にいるか?」


 太朗の答えに、小梅は「いいえ」とランプを明滅させた。


「小梅も全銀河の人々を網羅しているわけではありませんが、おふたりはまず間違いなくトップクラスのギフテッドとブーステッドマンでしょう。しかしながら小梅が言いたいのは、コールマンが銀河における最高クラスの頭脳を持っていたかどうかという点ではなく、あくまでミスター・テイローを生み出す事が可能である程の技術だったか、という点についてです。資料番号、詳細項目2421をご覧下さい」


 小梅の促しに、太朗は再度携帯端末を額にあてた。横を見ると、マールやライザも同じようにしている。


「ご覧のように、コールマンはマルチタスキングを持つギフテッドやブーステッドマンの生み出しに成功しております。それは間違いありません。今より72年前に、恐らく前の世代のコールマンなのでしょうが、マルチタスク能力者開発における最終報告が成されています。つまり実験は成功し、そこで一定の結果と結論が得られたという事です」


 太朗は小梅の説明と共に資料を読み進めていくと、確かに彼女が言う通りの情報が残されていた。その最終報告書の内容自体もデータに残っていたが、太朗はあまりの字数の多さに読むのを諦めた。


「…………なるほど。そういう事ね。確かにこれじゃあ、テイローなんて無理だわ」


 同じように携帯端末を額にあてていたマールが、それを下ろしながら言った。太朗がどういう事だと疑問の目を向けると、マールは「良く読みなさいよ」と呆れた調子で発した。


「実験結果の中に、最高能力者についての記載があるわよ。最終的には死んじゃったみたいだけど、途中でずば抜けた結果を出したみたい。でも、一般人平均のたった20倍。私達からすれば20倍って十分凄い異常値だと思うけど、たぶんあんたは桁が違うでしょ?」


 マールの指摘に、太朗は「あー、うん」と曖昧な返答を返した。確かに本気を出せば最低でも4千数百倍が可能だったが、しかしそれを言うのははばかられた。20倍で異常なら、自分はいったい何なのだろうかと。


「そうですね。まずはそれが1点です。そしてもう1点については、ミスター・テイローの記憶についてです」


 再び小梅が、ゆらゆらと揺れながらランプを明滅させ始めた。


「オーバーライド技術が情報や記憶を脳に上書きし、あたかも実際にあった事、学習した事のように感じさせる事が出来るのは事実です。しかしそれらを行うには、当然上書きすべき情報をデータバンクとして保持しておく必要があります」


 小梅の指摘に、マールが「そうね」と頷いた。


「当たり前の事だし、その様子だとそういったデータはなかったって事よね。容量的にも無理がありそうだし。人間の記憶って凄く曖昧で、それでいて複雑なのよね。今の技術でもデジタル化はできてないみたいだし、人間ひとり分の記憶や人格なんてレベルだとデータバンクどころの話じゃ…………」


 マールはそう頬に空いている方の手をあてながらそう言ったが、途中で何かを考え込むようにじっと黙り込んでしまった。太朗はしばらく腕に押されて変形した奇跡の贅肉を眺めていたが、あまりに無言が続いた為、彼女の顔の方へと視線を戻した。


「マール?」


 いったいどうしたのだろうかと、そう名前を呼ぶ太朗。しかし返事はなく、彼女はじっと一点を見つめていた。そして太朗がその視線の先を追うと、そこには当たり前のように机の上に鎮座する、鋼の球体の姿があった。


「小梅が、どうかしたのか?」


 マールと小梅とを交互に見ながら、そう尋ねる太朗。

 しかしながらその答えはマールからではなく、小梅からもたらされた。


「ミスター・テイロー。小梅はひとつだけ、人格のデジタル化に成功した存在を知っております」


 いつも通りの小梅の声。太朗が何を発するでもなく彼女の方へ視線を向けると、彼女は太朗を見上げるように傾き、そして言った。


「それは小梅自身です、ミスター・テイロー。特異な存在であるという点に関しては、小梅と貴方は同類という事になりますね」




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