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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第15章 エデン
251/274

第251話

長々とお待たせして申し訳ありませんでした。

いくらか生活に余裕が出てきた為、ぼちぼちと更新していきたいと思います。



 ガチンという、金属同士がぶつかる小さな音。小梅のセンサーはそれを捉え、そして次の瞬間に起こるだろう事を瞬時に思い描いた。撃鉄が雷管を起動させ、それが小さなカプセルに閉じ込められているプラズマを解放し、薬莢の中で数千倍の大きさに膨張したガスが弾頭を前へ向かって押しやる映像。弾頭は最終的に音速を超えるはずで、すなわち今現在は撃鉄の動作音とプラズマの爆発音との間という、極めて刹那的な一瞬と思われた。


 そして小梅はそんな僅かな時間の間にいくらかの思考をする事が出来た事に、心底驚いていた。人間が死に際に見るという走馬灯というのは、なるほどAIであっても体験するものらしいと、彼女はそんな感想を浮かべていた。


 そして次に、彼女は自分という存在がなくなってしまった後の事を考えた。宇宙一とも言われる殺し屋が標的であるサイボーグの肉体やアームドスーツを物理的にぶち抜く為に使う銃の弾頭が、小梅の小さな球体に致命的な一撃をもたらすだろう事は疑いようもない。自分の死後に太朗やマール達が地球を見つけられればと願い、そしてその瞬間を目にする事ができなくなってしまった事を、心底残念に思った。


「……………………申し訳ございません、ミスター・テイロー。小梅は先に逝きます」


 きっと声になる前に自分は死ぬだろうとはわかっていたが、小梅はそう発するよう自らの音声回路に指令を出した。


 しかし不思議な事に、その指令はしっかりと回路を通じ、そして声としてスピーカーを揺らす事となった。


「いいや、残念だがその機会はまだ先だろうね。それに生身の人間である彼の方が、まぁ、確率から言っても間違いなく先に死ぬさ」


 センサーが捉えたファントムの声。小梅は若干混乱したままの頭で、声の方へとくるりと向き直った。


「…………これは驚きです。まさか死後の世界が本当に存在するとは思いませんでした。ミスター・ファントムがいるという事は、小梅はうまい事貴方を道連れにできたのですね」


「はは、確かにここはエデンと呼ばれてはいるが、あまり素敵な場所ではないだろうね」


 ファントムはそう小さく笑うと、手にしていた銃を腰へとしまった。


「…………あくまで脅しの為、でしたか」


 小梅がランプを点滅させる。それにファントムは肩をすくめ、「そりゃあそうさ」とぶっきらぼうに言った。


「いくらなんでも、弾丸の入った銃を仲間に向けたりはしない。暴発の確率は限りなく低いが、ゼロではないからね」


「そうですか…………どうやら小梅は、大変な勘違いをしたようです。申し訳ありません、ミスター・ファントム」


「いいや、謝る必要はないよ、ミス・小梅。誘い込んだのはこちらだ。君ならここへ来るだろうと思ったからね」


 ファントムは顔の前で手を振ると、そう言って小梅をいたずらっぽく軽く小突いてきた。小梅は不本意だとそれを避けようとしたが、しかし弾丸を避けるような動体視力を持った相手には全く無駄な努力だった。


「小梅は乗せられていたという事ですか。これは全て想定内と?」


「いいや、自衛の為にカーゴ開放までやるとは思わなかったね。正直肝が冷えたよ。これはそのうさ晴らしさ」


「小突く程度でよろしいのでしたらいくらでも。しかし、そうでしたか。ではおあいこという事で…………ちなみに理由を伺っても?」


「君を誘い込んだ理由かい? それとも脅した理由? もしくはここへ来た理由かな?」


「全てです、ミスター・ファントム」


「まぁ、そうだろうね」


 ファントムは陽気な笑みを浮かべると、近くにあった箱状の装置の上へと腰掛けた。小梅は手を伸ばしてきたファントムに掴み上げられると、そのまま彼の隣にそっと置かれた。


「脅した理由については、先程語ったままさ。というより、特に虚偽の発言はしていないね。どれも本心さ」


 ファントムは足を組むと、頬杖をついてそう言った。


「小梅の無力化、ですか。そしてああいった形での自衛は想定外だったと」


「そうだね。それに万が一、君が敵対的だった場合にはこちらも自衛をする必要があった」


 腰のあたりをぽんぽんと叩き、ファントムは弾自体は持って来ている事をアピールしてきた。


「短気を起こさなくて正解だったようですね。実は自爆については、案のひとつとして存在はしていました」


 小梅がランプを明滅させ、その場でくるりと回る。それにファントムは「おぉこわい」と大げさに肩をすくめてみせた。次いで彼は小梅の方へ優しい笑みを向けると、「君が間違えているのは」と前置きをして続けた。


「たったひとつ、こちらの想定する時間のスパンだけだね」


 ファントムはゆっくりと腕を持ち上げると、チューブの絡み合った冷凍睡眠装置のようなそれを指差した。


「あれに興味があるのはその通りさ。そしてあれの秘密を得る為に何でもするというのも、その通りだ。しかしだね、ミス・小梅。俺はそれを今すぐに手に入れたい、というわけではないんだよ」


「…………なるほど。仰りたい事は良く理解できました」


「ん、察しが良くて助かるね。俺は、でも我々は、でも構わないが、つまりそういう事さ。こちらが考えているのは、テイローがあれを必要としなくなるまで待つ、という地味な方法だね。彼は英雄だし、こんな俺でも仲間意識くらいはある。排除するだとか障害になるだとか、そういった事をするつもりはないよ」


「積極的に社へ貢献していただけているのも、そういった理由ですか。ナラザ会によるバックアップにも納得です」


「まぁ、出来るだけ早いに越した事はないし、放っておいて死なれても困るからね。目的を達成し、彼自身の力だけでやっていけるとなれば、もはやあれは必要ないだろう」


「そうですね。仰る通りだと思います、ミスター・ファントム。しかし若干は興味があるのではないですか?」


「地球にかい? そりゃあもちろんあるさ。原種のコーヒー豆が残っているかもしれないだろう? それにきっと大量のアンティークもだ」


「ふふ、あると良いですね…………しかしミスター・ファントム。それだけですと、わざわざ小梅をここへ誘き寄せたという理由がわかりません」


 回っていた小梅が、ファントムの方を向いてぴたりと止まる。ファントムはそんな小梅をじっと見つめると、彼女をそっと持ち上げた。


「手伝って欲しい事がある」


 ファントムは小梅を手にしたままカプセル状の冷凍睡眠装置に歩み寄ると、足を止めた。


「そしてそれは、君がここへ来た理由のひとつでもあるね。君は先程、ここへ来た目的は俺とこの装置だと言っただろう」


 質問ではなく、あくまで正しい答えを発しているといった声色。小梅は否定も肯定もしなかったが、この聡明な男が間違えているとは思えなかった。


「この装置や施設が、テイローにとって有益なものなのか、それとも害をなすものなのか、それを見極める必要がある。しかし我々の中でこれらの詳細を知っているのは、君とテイローだけだ。だからここへ来て、そして君が来るようにしたのさ。君の目的もそうだろう?」


「…………ご名答です、ミスター・ファントム。しかし良く小梅がすぐにこちらへ来ると予想できましたね」


「それは簡単さ。君はテイローを守るという事を最優先にするからね。正直な所、銃で脅す必要はあまりなかったかな。君が単身でここへ来た時点で、目的は彼の身を案じているだけだと判断できたわけだから」


「ふむ。あまり賢いと周囲からは良い顔をされませんよ? ミスター・ファントム」


「それは君自身の事を言っているのかな? ミス・小梅」


 小梅はその場でゆらゆらと揺れて抗議の意を示すと、ファントムに促されるまま冷凍睡眠装置の傍へと転がり下りた。彼女は装置の端末にケーブルを延ばすと、「何かあった時には頼みますよ」と言って装置のデータバンクへとアクセスをした。


「任せてくれて構わないよ。エンツィオにあったコールマンの研究所から、考えられる危険性はある程度想定されてる」


「工場の装置による物理的な危険と、そして何よりゴーストタイプのワインドによる汚染ですか。確かに貴方であれば対処可能ですね」


「俺も君も、BISHOP制御装置が物理的に搭載されてるからね。オンオフは簡単さ。しかし皆はそうじゃない」


「脳で直接制御しておりますからね…………なるほど。ミスター・ファントム、貴方は確かに正しいようです。しかしながら小梅としては、このような形よりもずっと効率的で、そして効果的かつ平和的な手法を知っております。できればそちらの案を採って欲しかったですね」


 ケーブルを出したままの小梅が、ファントムの方へ向けて回転し、ランプを明滅させた。それにファントムは「ほぅ」と興味深そうな声を発すると、「聞かせてくれるかな」と続けた。


「もちろんです、ミスター・ファントム。その方法とはいたって単純です。事前にありのままを話し、協力を要請していただければ良かったのです。一般的には、まずはそういった方法で話を進めるのでは?」


 小梅の指摘に、ファントムがぽかんとした表情を浮かべた。


「…………なるほど。そいつは考えてなかったな」


 ばつの悪そうな表情。小梅は球体なので笑う事が出来なかったが、しかし義体を制御する回路には、笑うという指令がしっかりと流されていた。




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