第250話
更新遅れがちで申し訳ありません。
そろそろ畳む準備にかからねばならないわけで、色々と大変です。すぐに終わったりはしませんけど、収束させていかなければなりません…………色々矛盾や何かが出てきそうで怖いです。
暗闇の中をひとり、機械仕掛けの少女が歩く。
非常灯の明かりすらなく、目につく光源と言えば、せいぜいが稼働している機械類の電源ランプといった程度。
しかしアンドロイドである彼女にとって、明かりがないというのは些細な事だった。僅かな明かりでも十分な光量に増幅する事が可能だし、赤外線や電波を用いて周囲を把握する事も出来た。
「両生類…………ふむ。やはり悪く無い造形です」
ライジングサンの人ならざる経営者のひとり、すなわち小梅はそう呟くと、まじまじと生物の標本を眺め見、そして改めて記録した。彼女のデータバンクには両生類の画像などいくらでも保存されていたし、目の前にある標本の映像に何がしかの一般的な価値があるとも思えなかったが、しかし彼女はそうした。
「………………」
小梅は小首をかしげると、保存された映像データを脳内で再生し、しばしを沈黙と共に思考に費やす事にした。
なぜこんなものを記録したのか?
問題はそこだった。両生類、ないしはそれに属する生物は銀河の至る所に存在したし、この生物そのものがコールマンの目的や何かと言った重要な情報の鍵となるとも思えない。
しかし彼女の脳はそれを要求し、そして最近ではそういった事が度々起こるようになっていた。
「もう少し、フラグメントの解消に時間をかけるべきでしょうか」
以前の彼女であれば、自分の取るあらゆる行動がどういった理由で成され、どういった経緯で思考されたのかを正確にトレースする事が出来た。しかしここ最近、日に日に複雑化していっている彼女の量子頭脳は、それを行うのに莫大な時間を要求するようになってしまっていた。
小梅は定期的にデータベースの整理や情報そのものの取捨選択を集中して行う時間を作る事でそれに対処してきたが、量子頭脳の複雑化にはとても追いつけそうになかった。
手っ取り早いのはデータベースを初期化してしまう事だが、できればそれは避けたかった。必要になれば行う覚悟はあったが、今の彼女にとって、思い出と呼ばれる雑多な記録の数々は、手放し難い何か重要なもののように感じていた。
「睡眠が必要なAIなど聞いた事がありませんね」
小梅はそう呟くと、何か後ろめたい可笑しさに突き上げられ、無意識に小さく声を漏らして笑った。彼女は戸惑いつつも自分を分析すると、それはきっと苦笑や自嘲と呼ばれるものであろうと結論付けた。
「まぁ、当面は問題ないでしょう…………」
ひとりそう呟くと、暗闇の中をしずしずと歩き始める小梅。彼女は廊下の突き当たりにある扉へ手をかけると、日中に太朗が行ったのと同様に、そのロックを外した。そして部屋の中へ入り、しばらく足を進めた所で、思い出したように振り返って言った。
「開け、ゴマ」
静寂の中に声が木霊する。小梅にその言葉の意味はわからなかったが、とにかく満足して足を進めた。
フロア中央の瓦礫を回るように、ケーブルの束を踏み越え、瓦礫を避け、時にボディに傷を作りながらも、入り口の向こう側へと向かう。やがてそびえる鉄くずを乗り越え、その向こうに見つけた広い空間へ向かって不格好に墜ちた彼女は、そこに予想通りのものが存在する事を確認した。
「やはりありましたか」
フロア中央の瓦礫から伸びる、幾束もの太いケーブル群。そしてそれらが連結された、冷凍睡眠装置と良く似た装置。小梅はその装置に歩み寄ると、何気なく手を触れようとした。しかし――
「動くな。出来れば撃ちたくない」
低い、敵意の籠もった男の声。背中に何かを押し付けられる感覚がし、彼女は伸ばしかけていた手を止めた。
「小梅としても出来れば撃たれたくはありませんね、ミスター・ファントム。特にその辺りに関しては」
身体の一切の動きを止めたまま、小梅が言った。背中に押し付けられた何かは、彼女の本体である球体の中心を寸分違わず捉えていた。
「今のままでは、ジョークで返す気にもなれないね。球体に分離してもらえるかな」
小梅の背後に立つファントムが、銃を少し引いて言った。小梅は「もちろんですが」と答えると、「しかしなぜ?」と続けた。
「君が怖いからだよ、ミス・小梅」
ファントムが答える。彼は銃を小梅の方へと向けたままゆっくりと正面へと回り込んでくると、再び口を開いた。
「君は未知の存在だし、とても侮る気にはなれない。その身体一杯に爆発物を詰め込んでおいて、いざという時に自爆するなんて事も可能なはずだ」
「なるほど。しかしながら、ミスター・ファントム。そんな真似をするつもりはありませんし、例えそうしたとしても貴方をどうにかできるとも思えません。ですので、小梅は別の方法を考えました」
「なるほど……聞かせてもらえるかな?」
「えぇ、喜んで。本体を分離しても?」
「あぁ、頼む」
小梅は人型であるボディの胸部ハッチを開くと、そこから本体である球体を取り出した。彼女はやがて動きを止めた人型ボディの手から滑り下りると、少し動きにくい瓦礫やクズの散乱した床を転がった。
「直接的な方法で、物理的に貴方を破壊するのは、少なくとも小梅には不可能です。正確に言えば、よほどの幸運に恵まれない限り、この銀河の誰であっても難しいでしょう」
小梅はランプを明滅させながら転がると、人型ボディから少し離れた場所へ静止した。するとファントムがボディと彼女との間に割って入り、銃を構えたままその場にしゃがみこんだ。
「嬉しい評価だね。過剰な世辞にも聞こえるが」
ファントムはそう言うと、続きを促すように小さくあごをしゃくった。
「いいえ。小梅が想像するに、恐らく貴方のナノマシンは脳や重要な内臓器官を一撃の下に破壊するでもしない限り、その身を簡単に修復してしまう事でしょう。熱や放射線は有効だとは思いますが、その場で即座に行動不能にする事は難しそうです」
小梅はそう言ってその場でゆらゆらと揺れると、さらに続けた。
「ですので、小梅はもっと間接的な方法で身を守る事にしておきました。非常に単純な仕組みです。小梅から定期的に発せられている信号が途絶えた場合、問答無用でヴァージンクイーンのカーゴハッチを全解放するというものです。貴方の力ですから、宇宙空間に放り出される事こそないでしょうが、1キロメートル先にある制御室まで真空の中を移動するというのは、かなり堪えるはずです。急激な気圧と温度の変化がありますし、呼吸もできません」
ひと通りの説明を終えると、しばしの沈黙が訪れた。やがて表情のないままのファントムが目を細め、値踏みするように小梅を眺め見てきた。
「もちろん、それでも恐らく貴方は死なないでしょう。しかし、絶対ではありません。かなり危険なはずです。5%か、それとも10%か、取り返しのつかない結果になる可能性があります。そして貴方は非常に慎重な人間であり、そのリスクを冒す事を望まないでしょう」
小梅はそう言うと、説明は終わりだとばかりにそのばでくるりと回った。それを見たファントムは片眉を上げると、両手を上げてお手上げのポーズをとった。
「なるほど、悪く無い考えだな……完全なアンドロイドである君に害はないし、自滅とも違う。そうなると当然、このフロアの出口は解放状態で固定済みか。まいったな」
ファントムはそう言ってかぶりを振ると、銃を下ろし、その場に座り込んだ。
「話しぶりからすると、俺がここに来る事を読んでいたのか」
ファントムの質問。それに「えぇ」と短く答える小梅。ファントムがさらに「何故だ」と問うと、「不自然だったからです」と小梅が返した。
「コールマンの研究施設がどのような性質を持ち、どういった危険性が考えられるのかを、貴方は事前に想定し終えていたはずです、ミスター・ファントム警備部長。外からという制限付きではありますが、徹底的にやったはずです。そうでなければ、慎重な貴方はそもそも首脳陣の立ち入りを許可しなかった事でしょう。だとすると、昼間の調査の際に急に引き返した事に強い疑問が残ります。なぜ今更、という事ですね。実に貴方らしくない行動です」
「その点に関しては、昼間の説明の通りだ。予想外の物があったせいさ」
「いいえ。それは正しい答えですし、もっともらしくもありますが、間違ってもいます。貴方が想定外の何かを見つけたというのはきっとその通りでしょうが、引き返した理由は違います。危険だからではありません。貴方の興味を引く何かがあり、それを他に知られたくなかったからです」
小梅の指摘に、ファントムはばつが悪そうに頭をかいた。
「まさかAIである君に悟られるとはなぁ…………訂正しよう。先程、侮るわけにはいかないと口にしたが、まだ不十分だったようだ。しかしそうなると、君の目的は俺か。この装置ではなく」
ファントムは銃を手にしたまま、冷凍睡眠装置に良く似た装置の方を無造作にあおいだ。
「いいえ、ミスター・ファントム。半分はその通りですが、半分は違います。すなわち、両方が目的です。そしてきっと、それはお互い様といった所でしょう」
「……………………」
「地位、名誉、金、女、なんでも構いませんが、そういったもの全てを好きなだけ手にする事ができるだけの実力を持ちながら、貴方という人間はそれらに興味を示しません。ミスター・ファントム、貴方が興味を示すものは、3つだけです。地球産のアンティーク、美味しいコーヒー豆、そしてアウトサイダーの行く末。前者ふたつが現状にそぐわない以上、残るはひとつです」
小梅はそう断言すると、しばし黙り込んだ。ファントムは何かを考え込む様子を見せており、しかし完全に無表情で、小梅は無表情というものが時にこれだけの恐ろしさを生むのだという事実を改めて記憶した。
「比較的安全に、BISHOPをオーバーライドできる技術。それはアウトサイダー達にとって、彼らに有用であるかどうかは可能性の上でしかないものの、それでもあらゆる財貨を凌駕する価値を持つ事でしょう。そしてそれに近しい技術が身近にあり、ミスター・テイローはその成功例とも呼べる存在であります。貴方はこれらを手に入れる為であれば、文字通りあらゆる手段を用いるはずです。貴方のような存在がこの小さな会社に留まっている理由も、きっとそれでしょう」
小梅は落ち着いた声でそう口にすると、今度は完全に黙り込み、じっとファントムの反応を待った。
「別に、隠していたつもりもないんだがね」
無音の時間が3分程も過ぎた頃だろうか、ファントムがゆらりと立ち上がりながら口を開いた。
「きっとアランやテイローは、ある程度気付いているだろう。少し考えれば誰にでもわかる事だ。しかし、それが悪い事だというわけでもない。あえて口にして、お互いが利用しあっているという事実を再確認しても、そんな事にあまり意味はないだろう?」
ファントムはそう言うと、ゆっくりと、しかし確実に、再び小梅の方へと銃口を向けた。
「大体は君の言う通りだ。そしてあらゆる手段を用いるだろうという点については、まさにその通りさ」
ファントムはそう言って自嘲気味に笑うと、引き金を絞った。
現在、少しだけ新作の方へと浮気中です。
更新が止まってはいますが、必ず再開致しますので、しばらくの間だけお許し下さい。
よろしかったらどうぞ。
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