第248話
「とりあえず積める物は何でもかんでも積んでくべ。ライザの言う通り、容量余ってるのはもったいねぇから」
太朗達一行はヴァージンクイーンと命名された超大型輸送船へと乗り込むと、まずはエデンそのものを分解・回収し、その後に銀河帝国最大の経済星系であるデルタ星系での仕入れ業務を行う事にした。
タイタン級はそれ自体の質量が大きく、例え空荷であったとしても莫大な額の燃料費がかかる事になる。ここで業務を行わない理由はなかった。
さらにライジングサンは追加のタイタン級――ディッカーマックスと命名される予定だ――を購入する見積りも建てており、今のうちに超大型輸送船のノウハウを積んでおく事は今後の経営の上で非常に重要な事だった。
「しっかし、ステーションってあんな簡単にバラバラになるんだな。ちょっと衝撃だったんだけど。危なくねぇの?」
積み込みを行った際の情景を思い出し、太朗がマールへ向かって言った。マールは「なんで?」と首を傾げると、「船と同じじゃない」と事もなげに返してきた。
「いや、そう言われればそうなんだけどさ。事故になったりしねぇの?」
「うーん、そういうのは聞いた事がないわね。そもそも通常時のステーションは慣性で動いてるわけだから、分解したってモジュールがどこかへ飛んでいったりはしないわよ。ロックが外れてもその場で浮いてるだけ。その後に加速でもすれば話は別だけどね」
「なるほどなぁ。んじゃ今回もあの卵さえ無ければ、普通の輸送船で往復すりゃいいだけの話だったんか」
「そうなるわね。あれはちょっと大きすぎるから」
カーゴ内部が見渡せる貨物指揮所の扉を覗き込むと、そこには無数のクレーンとワイヤーによって固定された球系の金属塊が確認出来た。
こうして見るとそれは単なる丸いオブジェに見えなくもなかったが、傍で作業を行っているスタッフの身長と対比すると、その大きさが異常である事が理解出来た。
「ちなみにだけど、デルタで何仕入れてく? さすがにエロ動画だけじゃこのスペースは埋まらねえよな」
太朗がマールがいる方とは逆を向いて聞いた。
「ポルノは決定ですのね…………とりあえずは日用品全般を出来るだけ多く、でいいのではないかしら。人口増で供給不足ですけれど、あまり偏るといくつかの会社が潰れてしまいますわ」
太朗の質問に、ライザが思案をしながら答えた。太朗はなるほどと頷くと、いくつかの分野に絞ろうとしていた自分の考えを一時保留とする事にした。確かにこの巨大船で特定分野の輸送を集中して行ってしまったら、今までそういった物資の輸送を行っていた企業を片っ端から倒産させる事になってしまいそうだった。
「それ理由に四方八方から宣戦布告でもされたらめんどくせぇしな…………日用品、日用品と」
太朗はデルタ星系のマーケットから送られてきている商品リストに片っ端からチェックを入れていくと、ふと思い浮かんだ案に一度手を止めた。
「エロ関係は公共物じゃねぇから、独禁法には引っかかんねぇ。新規参入ってわけでもねぇし…………やっちまおうか。ライバルは吸収するか、ちょっとお金渡して別のとこで商売してもらおう」
太朗は購入リストの備考欄に「エロ:需要限界」と書きとめると、それを部下の元へと送信した。
例えばディンゴであれば問答無用で宣戦布告、ライバルを追い出した後に市場を確保としたかもしれないが、それはライジングサンの社風とはあまりにかけ離れていた。
「そういえば、アルファ方面宙域の格付けが2つも上がったらしいわよ。アナリストの予想だと、いずれはさらにもう1つ上がるんじゃないかって」
マールが期待を込めた調子で言った。それに「よし!」と手を握り込む太朗。
「こんで8から6になったと……終戦での政情安定と治安の向上でプラス1と、ギガンテックとの繋がりでプラス1ってとこだな。後は奥地開拓が始まればさらにってとこか」
10段階で評価されるメジャーな格付け会社による予想経済指標は、ただの数字というにはあまりに重要で、無視できない存在だった。真偽はともかく、数字が1つ違えば銀行からの融資額がひと桁変わると言われている。
それはほとんど全ての事業を自己資本で動かしているRS本体はともかく、アライアンス傘下の企業や領域内企業にとっては死活問題だった。
「そろそろエニグマの収益が上がり始めるって話だし、このまま勢いに乗ってドーンと行きたい所だな」
太朗はそう言ってほくそ笑むと、購入リストのチェックマークをさらに増やしていった。幸いにも資金は豊富で、船の積載量も多く、薄利多売を行っても十分な利益が出せそうだった。
デルタ星系からアルファ星系へ繋がる大動脈から少し外れた、エーデステーションの内部。居住区の一室にある窓から覗く光景に、ため息を吐く男がひとりいた。
「随分と立派になっちまって。今はあんなでかいのを乗りまわしてるのか」
行き交う無数の船舶の中の、ひと際巨大な船を眺めて男が言った。エーデステーションの桟橋はタイタン級が接舷するのに十分な大きさがなく、貨物はコンテナごと宇宙空間へと放り出されていた。
「おい、受け取りは丁寧に行えよ。うちの最上級お得意様なんだからな」
男が窓向こうへ向けて言った。BISHOPを通じて小型輸送船に送られた通信に、「"了解です、社長"」の声が返って来る。
「スポンサー様ですか」
男の後ろから、女性の声が聞こえてくる。男は「あぁ」と相槌を打つと、振り返って肩を竦めた。目の前には女性の姿があったが、それはホログラフの映像だった。男はごく一般的な銀河帝国市民のひとりであり、自分の部屋から出る事は稀な事だった。
「駆逐艦でエロ動画を運んできた時にゃあ驚かされたが、その後の躍進はそれ以上の驚きだな。今じゃ大企業様一歩手前だ…………挨拶しないでいいのか? ポルノスターがいるっていやぁ、喜んでやってきそうなもんだが」
男の言葉に、女は「撮影がありますから」と小さく笑って首を振った。
「そうかい。まぁ、出資者が横にいたんじゃ監督はやりにくいわな…………しかしあいつらも義理堅いぜ。わざわざ主要路から外れてまで寄ってってくれてるんだからよ」
男は視線を再び窓へと移すと、その巨大な船に乗っているのだろう、AIを連れた男女の顔を頭に思い浮かべた。そして当時、最初に彼らへ報酬として渡してやった5万クレジットを何に使ったのか、それをにやつきながら考え、楽しむ事にした。今までにそれを聞く機会は何度かあったが、男はあえてそれを聞かずにいた。それを考えるのが好きだったからだ。
「それではそろそろ失礼を。良い作品を期待してて下さい」
女がそう言い、次いでBISHOP上にホログラフが消えた旨の表示が現れる。男は誰もいなくなった部屋に向かって「あいよ」と答えると、しばらくそのまま窓の向こうを眺めていた。
「俺だったら、女を買うな。とびきりのやつだ」
男はそう言うと、ひとつ伸びをして、仕事に戻る事にした。ライジングサンから届けられた荷物には新開発されたアダルトグッズが積まれているはずで、男にはそれらを使った新しいポルノホログラフを作り、そして付近の星系に届ける仕事が待っていた。
それは輸送の仲介だけを行っていた以前とは比べ物にならない忙しさだったが、その分実入りも大きかった。
「あいつは今頃、沢山の女を侍らせてとっかえひっかえ楽しんでんだろうな…………童貞だなんて嘘に決まってる。1000人切りだと言われた方がまだしっくりくるぜ」
男はライジングサン代表にまつわる噂をそう切って捨てると、仕事部屋へ向かって歩きだした。
「アーユーチェリー?」
「オーイエー、アイムチェリー。ユートゥー?」
「オブコース。イヤー!」
「イヤー!」
ハイタッチを交わす太朗とアラン。周囲にいるライジングサンの面々は、彼らを不審者を見るような目つきで見ていた。
「…………で、どうなんだよ大将。いい品は手に入ったのか?」
「任しとけよ。今度こそマジモンの精神年齢チェック32歳未満禁止バリバリ無修正超過激もんだぜ」
ひそひそと、肩を組んで声を交わすふたり。太朗は周囲をきょろきょろと見回すと、プラムは談話室の壁際に寄り、誰からも見えないように4枚のチップをアランに手渡した。
「4枚組か…………ふっ、こいつは厳しい戦いになりそうだぜ」
「無茶すんなよ、アラン。でも卵を開けるまでにしばらくあるだろうから、まぁ、楽しんでこいよ」
「わかった。恩に着るぜ…………だが、大将はいいのか?」
「いいも何も…………プラムにある動画再生機器は、全部認証チェック必須になっちまってる。俺が近くにいくと、多分ホログラフ消えるぜ」
「なっ…………嬢ちゃんの仕業か?」
驚愕に目を見開き、そして眉を寄せるアラン。それに太朗は「いや」と首を振った。
「初めての無修正は超高画質がいいからって、俺が全部最新機種に変更したんだ…………へへっ、間抜けだろ?」
「大将…………わかった。大将の分まで、俺が目に焼き付けてくる」
覚悟を決めた男の顔で、アランが4枚組みのチップを手に言った。彼はチップを胸に押し当てると、見事な敬礼をし、そして廊下向こうへ走って行った。太朗はアランが見えなくなるまでその場で立ち尽くすと、遅れて答礼し、そして合掌をした。
「はいはい、満足した? そろそろ最初の準備が出来るわよ」
呆れた様子のマールが、工具片手に声をかけてくる。太朗は「あいよ」と軽い調子で応じると、艦橋へ向かうべく歩き始めた。
「あんたは……その……見なくていいの?」
談話室を出ると、マールがおずおずとした様子で発した。太朗は一瞬ぽかんとするも、笑って首を振った。
「おう。あれ、中身全部ゲイビデオだからな」
「泣くわよ。多分アラン泣くわよ」
ふたりは艦橋に到着すると、既にその場にいた小梅とエッタに軽く挨拶をし、いつも通りにシートへと納まった。プラムは現在ヴァージンクイーンのカーゴ内におり、エデンの卵とは大小様々なケーブルによって連結されていた。
「そんじゃいっちょやっときますか。開けゴマーってな」
太朗はBISHOPを起動させると、何やら慌てた様子でゴマ団子を隠すマールを尻目に、開錠作業を開始した。
船名、たくさんのご意見いただき、ありがとうございました。
いくつかのアイデアを元に、本文中の通りに決定いたしました。




