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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第15章 エデン
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第247話

 ライジングサン一同は現地での直接調査を一旦打ち切ると、施設の保全を考えてファントムとアランを残し、その他は今後の動向についてを話し合いながらデルタ星系のステーションへと戻る事にした。


「あたいは先に戻るとするよ。残してきたソド提督が心配さね」


 RSデルタ星系支部へ到着すると、ベラはそう言ってすぐに引き返していった。

 現在RSアライアンス領の留守を預かるソド提督は、ベラがいない分の業務を一手に引き受けているはずだった。彼の能力や人柄は信用に値するとされていたが、さすがに編入してからまだ日が浅く――彼の艦隊とその部下達は戦後賠償の一環として丸ごとRSが中途採用した――長期間を任せるのは問題があった。


「そういえばライザが近くに来てるみたいよ。今小梅が迎えに行ってるわ。大規模輸送案件の指揮を執ってたみたいね」


 支部の随分と豪華に作られた社長室にて、マールがふかふかのシートに腰掛けながら言った。アルファ星系方面が拠点であるがゆえに普段はほとんど使われる事のないこの部屋だが、いくつもの端末や高価な観葉植物はきちんと管理されており、ありがたい事に清潔なままに保たれていた。


「人が増え過ぎてるせいで、アライアンス領はどこもかしこも物不足だからな。うちだけじゃなくて、物流関係は軒並み大忙しだ」


 自分のシートをとられた太朗は、予備用の椅子や秘書用のそれではなく、執務机の上に腰を下ろした。不作法だが、誰を気にする必要があるわけでもなかった。


「…………ねぇ、そんなに気を使ってもらわなくてもいいわ。もう大丈夫よ」


 マールがディスプレイで再現された窓の方へ顔を向けながら言った。窓に映るのは惑星ニュークのつまらない景色だったが、砂嵐は少なくとも見飽きた宇宙空間よりはいくらか動きがあった。


「何言ってんだ。真っ青だったじゃねぇかよ」


 太朗は腕を組むと、感心しないぞといった表情で彼女を見下ろした。それに対し、「そりゃあね」とマール。


「気付いた時はそれなりにショックだったわ。おかしな事をされた憶えはないけど、施設の持ち主が持ち主だしね…………でも、それで何か実害があるかって言ったら、特に何もないじゃない?」


 惚けた様子で肩を竦め、笑みを見せてくるマール。太朗はしばらく彼女を疑わしげに見ていたが、強がっているようには見えなかった。


「まぁなぁ。小さい頃がどうだろうと、マールはマールだしな。でもまぁ、気になるは気になるんだろ?」


「…………ん、当たり前じゃない。自分の出自よ? 大きくなってからは全然だけど、小さい頃はそれなりに悩んだりもしたわ。というか――」


 マールは太朗の方へ身体をずいと乗り出して来ると、伸ばした人差し指で太朗の鼻先を押さえつけてきた。


「私なんかより、あんたの出自の方がずっと怪しいわ。何よ5番素子って。帝国黎明期からずっと眠ってたとでも言うわけ?」


 胡散臭い物を見る目を、至近距離で向けて来るマール。ぐうの音も出ない太朗は降参だとばかりに両手を上げると、「違ぇねぇ」と言って笑った。


「さ、そろそろやる事やって帰りましょ。こうしてる間にもライザやクラークさんは必死の思いで働いてるわけだし」


 マールは太朗の鼻をぴんと軽く弾くと、社長室の出口へと向かっていった。


「データベースDの48にギガンテック造船所で作られてる超大型輸送船メガトランスポートシップの要点リストをまとめておいたわ。乗って帰らなきゃいけないわけだし、ちゃんと勉強しとくのよ?」


 マールは扉を開けて振り返ると、「わかった?」と念押しをし、手をひらひらとさせてから出て行った。


「あいあい、頑張りますよ…………あぁ、これあかんやつや」


 太朗はデータベースD48項のデータ容量が他のものよりひとまわりも大きい事を見てとると、うんざりとした気持ちでそう言った。


「つっても、マールが担当する技術的な部分は省いてくれてるわけで、それに比べりゃ数分の一か…………頑張ろ」


 太朗はぶつぶつとぼやくと、電子ペンと電子ペーパーを取り出し、必死に勉強を始めた。いまだに彼には、何かを憶える時には紙とペンが必需品だった。




 社長室を後にしたマールは廊下の最初の角を曲がると、少しきょろきょととしてから、ゆったりと壁に寄り掛かった。


「私は私、か」


 彼女は先ほど社長室で太朗から言われた言葉を思い出すと、そう呟いた。彼女は口では気にしていないと言いつつも、今こうして太朗の言葉を嬉しく思う事実を鑑みるに、やはりどこかで不安に思っていたのだろうと考えた。


「ふふ…………そうね。私は、私。確かにその通りだわ」


 きっと本人には慰めるつもりなどなく、ただなんとなく口にしただけの言葉だったのだろうが、だからこそ価値があるように彼女には思えた。

 マールは壁から離れると、やがて鼻歌を歌いながら歩き始めた。

 鼻歌は、やがて「ご機嫌ですね!」と廊下ですれ違った部下に指摘され、にやけていた顔を咳払いで誤魔化すまで続いた。




「…………改めてみると、なんだこれ。でかいとかそういうレベルじゃなくね。もうでかいでかい言い過ぎて、そろそろゲシュタルト崩壊起こしそうだぞ」


 ギガンテック社製超大型輸送船"タイタンMK2"を前に、太朗はそのあまりの大きさに圧倒されていた。


「質量、サイズ、共に小型宇宙ステーションのそれを上回ります。全長約4000メートル。幅、及び高さ1000メートル。ご覧の通りのティアドロップ型で、カーゴ容量は標準で約20億立方メートル。オープンゲートモードであればその4倍。タイタン型はモジュール搬送経路に不具合があったようですが、マーク2において改善されたようですね」


 小梅が太朗の横で、どうという事もなさげに言った。それに「小梅先生」と太朗が手を上げる。


「20億立方メートルとか言われても、ぶっちゃけ良くわかりません。こけしで換算すると?」


「およそ5千億本の箱詰めされた電動こけしが搬送可能です、ミスター・テイロー。わずか数回の往復で銀河の需要全てを満たせますね」


「うおぉ、まじかよ。すげぇなタイタン」


 驚愕の表情を見せる太朗に、傍にいたマールがため息をついた。


「よりにもよって、なんでこけし換算なのよ。20億トンの水とか、160億トンの鉄とか、なんかもっと色々あるでしょ」


「や、それだとちょっとわかんねぇな。東京ドーム何個分とかそれくらいわかんねぇ」


「何よそれ。リトルトウキョーにある展望台か何か?」


「いや、確か地球で使われてる面積や体積の伝統的な表記だった記憶が……」


「ふぅん。余程有名な場所か何かだったのかしらね」


 マールは興味なさげにそう言うと、「そういえばライザは?」と小梅の方を見やった。


「えぇ、当然つれてきておりますよ、ミス・マール。ほら、こちらに」


 小梅は小さく一礼すると、桟橋の壁の方を鷹揚に仰いだ。そこには壁に立てかけられた一枚の板が。


「何よこの板…………あら、木製なのね」


 マールは両手で簡単に持てる程度のその板を持ち上げると、しげしげと眺め見た。


「よぉライザ、さっさと乗ろうぜ…………って、これまな板だろうが」


 手のひらを返し、小梅をどつく太郎。


「おや、気づきませんで。申し訳ありません、ミス・ライザ…………っと、失礼。これはまな板でした」


 まな板に対し、深々とお辞儀をする小梅。それに太郎が方眉を上げてみせ、マールは首を傾げた。


「おいおい小梅。いくらライザでもぶち切れるぞ。なぁライザ……っと、まな板か」


「ライザとは似ても似つかない気がするけれど…………高級品だから、雰囲気とかそういう事?」


「いや、ライザの蠱惑的な身体的特徴だな。好きな人は好きらしいぞ」


「身体的特徴…………あぁ、そういうこと。ちょっとあんた達、いくら何でもそれは酷いんじゃないの。ねぇライザ…………って、違ったわ。これまな板なんだっけ」


 お茶目をしてやったと、わざとらしく舌を出して見せるマール。それに小梅と太郎がにやりと笑い、親指を立ててみせた。


「あー、もしもしお兄様。わたくしですわ。どうしても老朽化したタレットのビームレンズを磨きたいっていう方達が3人程いるの。すぐに暴発するような船を手配できないかしら」


 背後から聞こえたライザの声。3人はびくりと体を震わせると、視線を床に向けたまま、しずしずと土下座をした。


「申し訳ありません。まさか本当に来ていたとはつゆ知らず…………輸送船団の指揮中だと思っておりました」


 馬鹿丁寧に太郎が言った。それにふんと鼻を鳴らしてみせるライザ。


「いなければ良いという話でもないですわ…………船団全部の輸送能力より、これ一隻の方がずっと多くを運べますから。燃費を考えると空船で動かすわけにもいきませんし、だったら船団自体をこれに乗せた方が経済的でありません事?」


 つんと口を尖らせ、ライザが言った。それに「ごもっともで」と太郎。ライザは目線のみを一瞬ちらりと自分の体へ向けると、次いでマールの方へつかつかと歩み寄った。


「こんな脂肪の塊の何が良いのかしらね。殿方の感性は良くわかりませんわ」


 無造作に腕を伸ばし、マールの胸に人差し指を埋めるライザ。「埋まった……」と感嘆の息を吐く太郎と、その横で自分の胸元に拳を詰め込んで満足げな様子を見せる小梅。


「…………ちょっと分けて下さらない?」


「え、えぇと。可能であるならそうしてあげたい所だけど……」


 ライザは何か満足したのか、「もういいですわ」と歩き始めた。3人は痛んだ足を擦りながら立ち上がると、彼女の後を追った。


「ふふ、危機一髪でしたね、ミスター・テイロー。小梅のドジっ娘属性も板についてきたという事でしょうか」


「本当に来てんならそう言ってくれよな。お前最近妙に人間くさすぎんぞ…………あとそのドヤ顔やめろ。うまくねぇから」


 3人は高速移動レーンで延々と続く桟橋を進むと、いつまで経っても現れないタイタンへの入り口に、ようやくその巨大さを実感する事ができた。


「ほんとにでけぇな…………一辺がプラムの4倍だから、体積だと64倍か。そらでけぇわ」


 比喩ではなく、町ひとつ運べるその大きさ。太郎はそれに見とれながら、「名前何にすっかな」と呟いた。


「カッティングボードというのはどうでしょう、ミスター・テイロー」


 小梅がぼそりと言った。太郎は前方から感じた気配に身を屈めると、ライザが小梅の手を高速移動レーンの取っ手から無理やり引き剥がす様子を見届け、物凄い勢いで後方へと消えていく小梅へと敬礼をした。




名前どうしよう

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