第246話
「"解けないって…………お前がか?"」
通信機から聞こえくる、驚きに満ちたアランの声。太郎は「まぁ」と曖昧に返すと、逆に質問をした。
「なぁアラン。ここらにあるBISHOPの通信帯域って、全部俺のトコに来てんの?」
「"あぁ、そうだ。いや、全部ではないが、9割はそこからの通信に回してる。他にほとんど人はいないしな"」
「そっか。んじゃあ、やっぱ現状じゃ無理だな。この暗号、自動生成型だわ。解いても解いても次から次に暗号化されてって、ルートに全然辿り着けねぇ」
「"あぁー、なるほど。そういう事か。その部屋の中にあるBISHOP制御機器の方が、ハードウェア的に優秀というわけだな?"」
「そゆこと。お手上げだわ」
太郎はその場で立ち上がると、凝った体をほぐすべく大きく伸びをした。
「しかしそうなると、どうしたもんかねぇ。研究所のBISHOP制御機器となると、それなりのもんが入ってるんだろう? それで間に合わないとなると、特注かね」
壁に寄りかかったベラが片眉を上げて言った。それに通信機から「"それなりどころか"」と呆れた様子の声が返る。
「"ナンバー2万番台が入ってる。こいつより若いナンバーとなると、かなり面倒な事になるだろうな。軍から引っ張ってくる必要があるかもしれん"」
アランの言葉に、「ナンバー?」と首を傾げる太郎。すると横から「複製回数よ」とマールが口を開いた。
「あんたも知ってると思うけど、銀河中のドライブ粒子検知素子は全部が全部複製品。BISHOPが未来情報をくれるのはその検知素子があるおかげで、複製品はコピーを重ねる毎に劣化していってるわ。だから若い番号の方が性能が良いって事」
マールの解説に、「にゃるほど」と太郎。彼が「2万って多くね?」と続けると、ベラが「冗談」と困ったように笑った。
「複製元もスキャンの過程で劣化するからね。具体的にひとつの素子から何回の複製ができるのかは公開されてないけども、BISHOPが作られてから数千年の間に、いったいどれだけの制御機器が作られてきたと思ってるんだい?」
ベラの言葉に、「軍の方でも」とファントムが引き継ぐ。
「最重要指定されるような機器には千番台が使われてるとは聞くが、それ以外はせいぜい十万番台がいい所さ。オリジナルと呼ばれる4番、20番、35番が近衛によって管理されていて、それが銀河帝国に残る最古の素子と言われている。民間は百万番台以降がほとんどじゃないかな」
ファントムが同意を求めるように周囲を見回す。すると各々がそうだそうだと頷いた。
「…………ちなみにだけど、そのオリジナルって呼ばれてる素子の価値ってどんなもんなん?」
太郎が控えめな様子でマールの方へ尋ねた。するとマールは呆れた様子でため息をついた。
「金額なんてつけられないんじゃない? 素子は社会を構成するのに絶対に必要なものだし、皇帝陛下の権威もオリジナルを手にしてるからって考えが一般的よ。銀河の素子が足りなくなった時に、陛下だけがコピーの許可を出せるから」
マールの説明に、太郎は「なるほど……」と難しい顔をした。
「そういうわけで、2万番以下を探すのは大変だって事。わかった? ステーションのBISHOPで駄目なら、ディーンさんあたりに頼んで軍船を何隻か都合してもらう必要があるわ」
「あぁいや、うん。それはわかったんだけど…………プラムは持ってこれねぇかな?」
「プラム? あ、そっか。その手があったわね。でも、どうなのかしら。プラムの制御機器も、2万を下回ってるかどうかはわからないわよ? 10万番台を複数使うっていう手の方が確実じゃないかしら」
「あー、まぁ、その…………」
どうしたものかと言いよどむよどむ太郎。そんな太郎に「もしや」と小梅の声がかかる。
「ミスター・テイロー。貴方はプラムのBISHOP制御装置に使用されている素子の番号、それをご存知で?」
珍しく、非常に興味深げな様子の小梅。太郎が「まぁ」と頷くと、「ほぅ」だの「へぇ」だのといった、興味をそそられた様子の声がいくつも返ってくる。
「"確かに考えてみりゃ、あれだけの性能だ。数千番台が使われていたとしても驚かんぞ"」
アランの言葉に、いくつもの同意の頷き。太朗はどうしたものかと逡巡したが、隠す事でもないだろうと口を開いた。
「5だ」
カメラがある方向へ向けて、手の平をぱーにする太朗。すると「"おぉ"」という驚きの声が返る。
「"5千番台か! そいつは凄いな…………大将、そいつは売らなくて正解だったぜ。大金にはなったろうが、欲しくなった時に買い戻せるもんじゃあないぞ"」
「あぁいや、そうじゃなくて……」
「"はは、わかってるって。プラムの価値は金に換算出来るもんじゃないからな。俺らはみんなあれに何度も救われてる"」
「いやいや、違うって。だから5だよ、5。5番。1、2、3、4、5の5。コピーカウンタっつー関数の数字がそうならだけど」
「"……………………はぁ?"」
「しつけぇぞこんにゃろ。さっきの話からすっと、大元から5回目のコピーになんのか?」
振り返り、皆の方をみやる太朗。すると険しい顔で呆然としている一同の姿が。
「これは、何と言うべきでしょうか。大変な事になりましたね」
小梅がほとんど顔を90度に傾けて呟いた。それに「気持ち悪っ!」と太朗。
「なまじ見た目がほぼ人間だから、不気味すぎんぞそれ…………なぁなぁ、話を聞いてっと、若い素子って相当な価値があるんだよな? プラムのをコピーして売ったら偉い額になったりすんの?」
「肯定です、ミスター・テイロー。ただし不可能であるという点を除けばですが」
「おうふっ。不可能とはこれいかに?」
「はい、ミスター・テイロー。一般に知られている通常の方法で複製した場合、素子にはかなりの劣化が起こります。高品質を維持したままに素子を複製する方法を知っているのは、帝国軍近衛の管理する組織、Drive Conductor Devices Replication Service、通称DCDのみだからです。近衛が管理しているという事は、すなわち皇帝陛下が管理していると考えて問題ないかと」
「うわぁ、ちょっと……つーか、絶対に関わりたくない相手っぽいな。50マテリアルズも真っ青の相手か」
「肯定です、ミスター・テイロー。DCD単体で見れば、非常に良心的な価格で素子を卸しており、決して規模の大きな組織ではありません。しかし権威と権力で言えば、銀河のいかなる組織もこれを超えるものは存在しないでしょう」
「…………うん。プラムごと接収されて、俺ら全員が問答無用で消される未来が想像できるな」
「可能性のひとつとしては、十分に考えられますね。ちなみにですが、既にこの場で喋ってしまった点については仕方がありませんが、今後は秘匿するべきかと。複製方法を知っている、もしくは再発見した者が、プラムの素子を元に独立運動でも始めようものならどうなるでしょう」
「あ、もうそういうレベルなのね。おっけ。一切合切忘れるわ。俺がきっかけで大銀河戦争はちょっと笑えねぇっす。フォースの加護もねぇし」
太朗は両腕を抱え込むと、大袈裟にぶるりと震えた。そんな太朗に「それはともかく」とファントムが肩に手を置いて来る。
「やるなら急いだ方が良いだろうね。それも出来れば、ディーンを含めた第三者による協力を無しにだ。あの戦争を経て、我々はかなり目立つ立場となっている」
ファントムの指摘に、「確かにそうね」とマールが同意する。
「今回ここに来るのだって、身代わりを用意したり嘘のスケジュールをまわしたりと、正直かなり大変だったわ。それだっていつまで通用するかはわからないし」
マールの言葉に、いくつもの同意の頷きが返る。太朗も確かにそうだとそれに納得すると、どうするべきかを思案し始めた。
「ディーンさんの基本理念は帝国の発展だからなぁ。場合によっちゃ敵対も有り得るのか…………ディーンさんに関わってもらうのは、施設を良く調べてからにしよう。俺の中であの人は、敵にまわしちゃいけない人物ナンバー3にランクインしてっから」
しばらくしてから、太朗がそう呟く。それにナンバー2であるファントムが「同感だよ」と肩を竦めた。
「彼の場合、他の腐りきった帝国軍といっしょくたにする事は出来ないからね。恐らくだが、今の彼は銀河でも指折りの実力を手にしていると考えるべきだ。敵対などしようものなら、それこそあっという間に破滅さ」
握った拳を、ぱっと開いて見せるファントム。そんな彼に「"しかしだな"」とアランの声が割って入る。
「"ディーンの協力なしとなると、かなり難しい事になるぞ。皆忘れてるみたいだが、プラムはスーパーキロメートルクラスバトルシップだぞ。許可なしにデルタ星系へは入れない。もっと言うと、途中のいくつかの星系もだな」
アランの声に、何人かがはっとした表情を見せる。
戦う事を主目的とした戦艦は、平時にはその移動がかなり制限されてしまう。流通の要となるスターゲイトの容量を圧迫してしまうというのが主な理由だが、もちろん治安や防衛の為という点もあった。
経済的には同じ重さを飛ばすのであれば輸送船を飛ばすべきだし、自宅の前を完全武装した化け物が通過するのを喜ぶ人間はあまりいない。つまるところ、そういった事だった。
そうしてしばらく各々が頭を悩ませていると、やがてベラが「だったら」と口を開いた。
「発想を逆にしてみるのはどうだい。ここでこそこそと大急ぎで作業をするんじゃなく、あたし達の庭でゆっくりとやればいい」
にやりとするベラ。そんな彼女に、「にゃるほど」と得心する太朗。
「このステーションごと運んじまおうって事っすよね? それ有りっすね…………あぁいや、駄目か。いくらかバラすにしても、ステーションサイズのものを運ぶってなると、ギガンテック社にお願いするしかないわ」
「おや、そうかい?」
「そっすよ。超大型輸送船持ってるトコなんてかなり限られてくるし、他の輸送会社は信用できない。例えレンタルでも積荷の確認はされちゃうから、口止めなりなんなりはどうしても」
「買えばいいじゃないか」
「あぁ、でもギガンテックならどうなんだろ。関わる人数少なくして……え?」
「だから、買えばいいじゃないか。今なら予算は十分にあるよ。自前の輸送船なら誰彼構わず好きに使えるさね。あんたもあれに乗るのが夢だって言ってたし、ライザの奴も喜ぶんじゃないかい?」
「…………超大型輸送船っすよ。全長4キロとかあるやつっすよ?」
「そうだね。買えばいいじゃないか。箔が付くよ」
「………………」
太朗はぐるりと顔を巡らせると、一同の顔を見渡した。
反対する者はおらず、それは決定となりそうだった。




