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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第15章 エデン
245/274

第245話


「ここ…………知ってるわ」


 悲しみというよりも、怒りを孕んだマールの声。彼女はふらふらとした足取りで歩を進めると、通りの角を曲がり、ため息をついた。


「知ってるって…………ファントムさん!」


 責めるように声を上げる太朗。それに対し、ファントムは顔の前で手を振った。


「誓って言う。彼女を試したりしたわけじゃあない。俺のいたサイボーグ研究棟はここより奥にあって、この辺りにはほとんど来た事がないんだ」


 申し訳なさそうな声。太朗はマールの方へ駆け寄ると、肩へ手を回し、覚束ない足取りの彼女を支えた。


「大丈夫か? その、なんかの勘違いかもしんねぇし、あれだろ? ステーションのブロックってのは、迷ったりしないようにどこも似たような区画で作られてんだろ?」


 便意も忘れ、そう語る太朗。しかしマールは首を振ると、また前へと歩き始めた。彼女はやがて見えたドアに手をかけると、「遊戯室、だと思うわ」と言ってそれを開いた。


「……………………」


 部屋の中を見て、言葉もなく足を止める太朗。20メートル四方程のがらんとした部屋の中には箱型の単純な収納ケースが無数に置かれており、それらには溢れんばかりのぬいぐるみやらおもちゃやらが詰め込まれていた。壁や床は怪我をしない為にだろうか、柔らかい弾力性のある素材で作られており、ある一点を除けば、明らかに子供の為の部屋と言えそうだった。


「これ全部…………機械仕掛けか?」


 太朗は手近にあったおもちゃのひとつを手にすると、その金属で出来たおもちゃの重量に驚いた。何かの生き物を模したおもちゃ――恐らくどこかの星の生物だろう――はその内部機構がむき出しになっており、中は複雑な部品で一杯だった。


「憶えてる……どこかの託児所だとばかり思ってたけど」


 マールがぼんやりとそう言い、歩き出す。太朗はおもちゃを元に戻すと、慌てて後を追った。ちらりと視線を後ろに向けると、仲間達も伺うようにして入口から入って来ていた。


「確か……こっち。いえ、ここだったかしら」


 マールは壁際に到達すると、何かを探すように壁を手で探り始めた。やがて目的のものを見つけたのだろう、彼女は低い位置にある壁の一部をスライドさせると、押しボタン式の古風な装置を操作し始めた。


「………………なんじゃこりゃ」


 やがて訪れた部屋の変化に、太朗は思わずそう言った。マールが装置の操作を終えると同時に、壁の一面が上へスライドして消え、代わりに升目状に区切られた別の壁が姿を現した。升目のひとつひとつはガラスで中が見えるようになっており、そこには信じられない量と種類の機械部品が詰め込まれていた。


「あっちの壁には、加工機械と組み立て機があったはず。日がな一日中、ここで遊んでたのを覚えてるわ」


 懐かしむような声で、マールが言った。太朗はマールの言う遊ぶの意味を考えると、うんざりした調子で言った。


「もしかして、これ全部?」


 太朗の質問に、マールは小さく頷いた。


「えぇ。5歳かそこらだったのかしら。私が作ったわ…………あれから何年も経ってるから、全部かどうかはわからないけど」


 マールはおもちゃの入った箱に近付くと、それを無造作に床へとばら撒いた。太朗はマールがおかしくなってしまったのだろうかと慌てたが、すぐにそうではない事に気付いた。


「…………いや、これを作れる5歳って、おかしいだろ」


 ばら撒かれた人型のおもちゃは、それぞればらばらの位置にて自力で立ち上がると、ぎこちないながらも歩いて一列に整列し始めた。中には倒れたまま不気味に回転するだけのものもあったが、それは経年劣化で錆びるか何かして壊れたのだろうと思われた。


「だから言ったじゃない。天才だって、もてはやされた事もあるんだから」


 マールが皮肉っぽく笑った。太朗はその笑いが非常に悲しく見え、憤りと悔しさを感じた。


「マールは今でも天才だよ。俺が保障する。いや、俺だけじゃない。みんなだって…………ファントムさん、俺達は今どこに向かってるんすかね。すぐにでも調べたい事が出来たんすけど」


 振り返らず、マールの肩を抱いたまま言った。


「ん…………そうだね。目的地は、コールマンのプライベートエリアだ。正確に言うと、そう思われているエリア、なのかな。良くわからない。もしかしたら、何でもない場所の可能性もある」


 ファントムが、ばつが悪そうに言った。それに「はっきりしない感じっすね」と太朗。


「あぁ。実際の所、まだ誰もそこへ行った事がない。制御機構からも完全に独立していて、コアからそのエリアを検索すると、ただの空白が返って来る。何もない事になってるんだ」


「そらまた、いかにもって感じっすね。もしかしてだけど、中央制御室にあるデータバンクって、不完全だったり?」


「鋭いね。その通りだ。特に過去の在籍者や職員のリストが見当たらない。さらに言うと、研究の成果や計画表なんてものもね。全てはコールマンの頭の中でどこにもないか、あるいは……そう思わないかい?」


「なるほど。最初からそう言ってくれても、誰も反対なんかしませんよ…………マール、どうする。どこかで休憩してくか? さっき医務室があったし」


 太朗の問いに、マールは首を振った。


「いいえ、行くわ。自分が何者なのか、それを自分で確かめないでどうするのよ」


 はっきりとした声色。太朗はマールが先程よりもしっかりしてきた様だと確認すると、彼女の手を取り、ファントムの方へと頷いた。


「あぁ、行こう。ただ――」


 ファントムはそう前置きをすると、ドア向こうを手で仰いだ。


「出すものを出してからの方が良いだろうね。その繋いだ手を振りほどかれたくはないだろうからね」



「ここがそうっすか…………これはちょっと、さすがにファントムさんでもぶち破れないっすよね?」


 30分程を移動した後、高さ5メートル程もある巨大な扉の前にて太朗が引きつった顔で言った。目の前の扉はもはや隔壁と呼ぶにふさわしい厚みの金属で出来ており、まともな方法で破壊するのは不可能なように見えた。


「君は僕を何だと思ってるのかな。さすがにどうしようもないよ」


 扉をこつこつと手で叩き、お手上げのジェスチャーをするファントム。傍にいた小梅が一歩前へ出て、扉へと手を添えた。


「ミスター・テイロー。外観からの調査で判明しているのは、これが厚さ12メートルの立方晶窒化炭素被膜付きB種8層複合装甲板で出来ており、扉だけではなく、エリア全体が球状に囲まれていると推測されるという事です。レイザーメタルの反応が存在している事から、何らかのシールド機能が付与されていると考えるべきでしょう。艦砲射撃や核による攻撃であれば、溶かす事位は出来るかもしれませんが」


 小梅が朗々と語る。そんな彼女に得意気に胸を張る太朗。


「そのりっぽうなんとか装甲板って、それ知ってるぞ。この前ローカル局の"鉄、この部屋"の合金特集でやってたからな。船のバイタルパートとかで使われるようなやつだ」


「肯定です、ミスター・テイロー。ニュークで採れるマイクロ装甲板と近しい素材でもあります。そしてその硬さたるや、貴方の童貞保持力と並ぶレベルと言えるでしょう」


「それもう戦艦の装甲クラスだろ……って、ほっとけよ!」


「ちなみに素材開発部が人工的な合成での再現に成功しており、既に特許登録済みです。これは通称テイローズCメタル、ないしはテイローメタルとしても商標登録されておりますね。童貞であれば1割引きで取引が出来るサービスも現在実施中です」


「お前いつの間に何やってんの!? あと嫌すぎるサービスだろそれ! 買う人もすっごい恥ずかしいわ! そしてCから感じる悪意が凄いっ!」


「大ヒット中です」


「滅びちゃうよ! 童貞ばっかだと銀河帝国滅びちゃうよ!」


「全銀河へ届け、童貞の輪。かっこわらい」


「うるせぇよ! かっこわらいが特に腹立つわ!」


 両手で大きな円を作る小梅と、その円を無理矢理引きはがす太朗。そこへファントムが「というわけで」と呆れ顔でふたりを引きはがすと、太朗の方へと向き直った。


「君の出番、となるわけだ。テイローメタルをここで破壊するのは現実的ではないからね。フィリップ、ホーガン、準備はできてるな?」


 ファントムが、扉の傍に控えていたふたりのサイボーグへと声を掛ける。彼が指揮をする特殊部隊のリーダーであるふたりは「はっ!」と小気味良い返事をすると、扉の一部から伸びるケーブルの繋がったヘッドギアを持ち上げ、太朗へ差し出してきた。


「その通称使うのやめてくんないっすかね…………って、あぁ、俺が開錠すんのね。やるやる」


 太朗はヘッドギアを受け取ると、それを被り、BISHOPを立ち上げた。やがていつものように暗号化された開錠関数に行き当たると、それの内容を精査し始めた。


「………………ふ、ふふ。やるじゃねぇか。これはなかなか手応えがあんぞ。マール、ちょっと待ってろな」


 いくらか引きつった笑みで太朗が言った。扉に施された暗号は非常に高度で、今までにこんなにも複雑な暗号は見た事がなかった。


「"頑張れよ、テイロー。ディーンの話じゃあ、コールマンは理系の天才だったそうだからな。あの自信家が他人を天才っていう位だ。相当なもんだと思うぜ"」


 通信機よりアランの声が聞こえてくる。太朗は「じじいの脳みそに負けてたまっか」と意気込むと、その場に座り、集中した。


「…………ぬぐぐ」


 頭の中でめまぐるしく表示が流れ、暗号を解読しようとする関数と、それから逃れようとする関数とが複雑に絡み合う。太郎は普段は抑えているリミッターを意識していくらか解除すると、さらに深い意識の底へと沈んでいった。

 しかし――

 

「だめだ。解けねえ」


 やがて脱力した様子で、太朗が言った。その事実は、太郎本人よりも、むしろ周囲の人間をおおいに驚かせる事となった。




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