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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
243/274

第243話



 マーセナリーズとの戦争集結より、およそ100日後。ライジングサンの本部が置かれているローマステーションの執務室で慌ただしい戦後処理に追われていた太朗は、ふとカレンダーの日付に目を向け、ぼうっとそれを眺め見た。


「もう3ヶ月も経ったんか……気付いたらもう老人ってのはヤだぞ」


 矢のように過ぎた3か月間を思い出しつつ、ぼやく太朗。

 周辺領域との首脳会談から、アライアンス議会との度重なる会議。3ケタに及ぶ戦死者の遺族に対する手紙の執筆や、膨れ上がる移住者やスパイに対する対処など、やらねばならぬ事はいくらでもあり、太朗は最後に休みをとったのが戦前だった事に今更ながら気付いた。


「…………あれ? これって労働基準法違反じゃね?」


 自らが過去に作ったアライアンス内の共通法律を思い出し、眉をひそめる太朗。

 RSアライアンス内を拠点に活動する企業の社員は、原則として240時間区切りにおける120時間以上の労働を禁じられていた。これは地球にあったそれを思い出しながら参考にし、施行したものだった。驚く事に、そういった法は銀河帝国では珍しかった。


「ただし緊急事態においては除外する、とありますよ、ミスター・テイロー。今がまさにそうではありませんか?」


 3つの机が存在する執務室の中で、そのうちのひとつで何かの作業を行っている小梅が言った。太朗は「ですよねー」とそれに返すと、柔らかいデスクチェアの背もたれに体重を預けた。


「さらに言えば、社の利益が自己の利益に強く関わる立場においてはその限りではない、との規定もあります、ミスター・テイロー。ご自分で追加した条項をお忘れですか?」


「あー……自分に不利な約束は憶えない主義ってのはどうよ。商売相手には結構いるぜ? そういう奴」


「寝言は寝てから言うべきでしょう、ミスター・テイロー。おもしろい言い訳ではありますが、人としては最悪かと。駆逐されるべき人種ではないでしょうか」


「はは。まぁ、俺もそうしたいと思う事は多々あっけどな。いちいち契約書の該当項目探すのも面倒だし、むかつくんだよなあいつら」


「物理的に」


「…………いや、いくらなんでも死刑はやり過ぎなんじゃないすかね。ちょっとアリかなって想像しちゃった自分が怖ぇよ」


 太朗はBISHOPで椅子のロックを外すと、頭の後ろで手を組み、ほぼ水平になった椅子の上で大きく伸びをした。


「はぁ……もう一生遊んで暮らせるだけの財産はあるってのに、なんで俺は働いてんだろうな。くそっ、法律改正しよっかな」


 ため息と共にぼやく太朗。太朗個人の財産は既に一般的に言う大金持ちとされるレベルに到達しており、死ぬまで働かずとも何不自由ない生活を約束されている身だった。


「一生を労働に捧げる身であるAIにそのような事を仰られても、働くのは当然であるとしか申し上げられません、ミスター・テイロー。労働は貴いものであると定義されています」


 小梅が首を傾げながら言った。それに「羨ましいっす」と肩を竦める太朗。


「それに、恐らくですが、法を改正しようとしても市場や議会が猛反発するでしょう。労働時間の制限は、いくつかの場面において、アライアンス内企業の競争力を奪っているという側面もあります。主に単純労働などがそうでしょう。様々な追加条項は、知っての通り、彼らの譲歩の末の産物ですから。今は現状が限度です」


「いやまぁ、そうなんだけどさ。でも、ソフィアやその弟みてぇな子供までもが朝から晩まで働かされてたってのは、正直どう考えても異常だったと思うぞ。機械化しろよ機械化。そういうのはよ」


「えぇ、しかし、それがこの銀河では一般的なのですよ、ミスター・テイロー。教育を受ける事の出来る一部のエリートを除けば、そうなのです。帝国中央においてさえも例外ではありません。それに機械化によって単純労働が失われれば、同時に雇用も失われます。浮いた人権費がそういった彼らに還元されれば良いのですが、きっとそうはならないでしょう」


「…………ならねぇな。絶対ならねぇわ。より富が集約するだけか……でもよ、優秀な人材は条件の良いトコに集まってくんじゃねぇか? 統計的にはさ。そんで市場原理みたいに、各企業がより好条件を提示しあって競争していって、最終的にいい感じになってくんじゃねぇの?」


「ミスター・テイロー、交戦権をお忘れで?」


 小梅が短く言った。太朗は何のこっちゃと首を傾げたが、やがてその意味に気付いて顔を歪ませた。


「あー、潰すのね…………いやいや、銀河規模で談合してんのかよ。勝手な真似したら殺すぞってか? ひどくね?」


「そこまで露骨ではないでしょうが、簡潔に述べればそうでしょうね。しかし誰が音頭をとっているというわけでもない為、もはや文化と見なすべきなのかもしれません。そういった決まりは結局の所、各企業や団体が各々の判断で布いているわけですから」


「文化ねぇ……この点においては、俺らの方が間違いなく文明化されてんな。怠け者の俺が言うのは何だけど、働く事が全てってわけじゃねぇぞ」


 太朗はうんざりした顔でそう言うと、椅子を起こし、机に頬杖を付いた。


「人間は基本的に怠け者であると、小梅は認識しております。しかし怠けたいという欲求が何かの行動に対する強い原動力となるのもまた事実です。時に偉大な発明がそういった感情によって成し遂げられる事もあるでしょう。怠けたいという感情そのものが悪いわけではありませんよ」


 当然の事のように、小梅が語る。それに太朗が「だよな」と続ける。


「必要は発明の乳だか母だかって言葉もあるしな。あれ、母の乳か? 母の乳ってエロいな…………しかしそうなっと、ますます俺が働く理由が見えなくならねぇか。怠けたいっつー欲求を解消出来る環境が用意出来るわけで」


「ミスター・テイロー、それは貴方が、自由になりたいからではないのですか?」


「……はぁ?」


「ですから、自由です。人とは、不自由の中に自由を見出す生き物ですよ、ミスター・テイロー。尺度とは大抵の場合、相対的なものです。よって、束縛の無い環境に自由などありません。もちろん不自由すらも存在しないでしょうが」


「…………えーっと、つまり、あえて自分から不自由に身を置いてるって事か? おめぇはどこの哲学者だ」


「否定です、ミスター・テイロー。小梅はただのAIですよ。強制された不自由は不快でしょうし、限度というものもあるでしょうが、そういうものです。それに不自由を選択するのもまた、自由の行使でありましょう。そして人間というのは不思議なもので、感情面において他人と自分との区別が実に曖昧なものなのです。貴方はきっと、親しい人々全てが貴方の持つような自由を手に入れるまで、頑張りますよ」


「いやいや、それって永遠にとほぼ同義じゃねぇかよ…………まぁ、そう考えっと悪い気はしねぇけど」


 誰かの為に頑張っている。それは小梅の言葉を借りれば自分の為に頑張っている事と同義だろうが、それでもそう考えると気分は良かった。それに彼自身、そういった考えに全く憶えがないというわけでもなかった。

 そして太朗は小梅がこれから言わんとする事を察し、口を開いた。


「それに、地球を見つけなくちゃ"いけない"っつー呪縛からも、自由になれるしな」


 にやりと笑う太朗。そんな太朗に、小梅は深々と頷いた。


「えぇ、その通りです、ミスター・テイロー。今の貴方であれば、アライアンスの共通精神年齢判定の受付終了日が先週であり、それを小梅がうっかりと貴方に伝えそびれてしまった事も、それは自由を得る為の代償として不自由を手にしたひとつのメリットと捉える事が出来るはずです。大人になりましたね」


「おーい、誰かドリル持ってきてくんねぇかなぁ! 炭化タングステンあたりのめっちゃ固いやつ! ちょっと分解したいポンコツ機械があんだよ! いくらか感動してた俺が馬鹿みてぇだよおい! あと大人になれてねぇし、むしろ大人になる為のチャンスをお前が潰してんじゃねぇかよ!」


 立ち上がり、叫ぶ太朗。すると本人も驚いた事に、執務室のドアがすぐに開かれた。


「残念ながらドリルはねぇし、分解しても嬢ちゃんが直しちまうだろ、使う予定のない自前のドリルなら…………くそっ、こいつはちょっと自虐が過ぎるな。大将、今ちょっといいか?」


 そう聞きながら、アランがいつもの作業着とバンダナの恰好で執務室へと入って来た。太朗が「おうよ兄弟」と言いながら席を勧めると、彼はそれにどかっと腰掛けた。


「ふぅ…………さて、どっから話したもんかな」


 ひとつ息を吐くと、神妙な面持ちであごを擦るアラン。太朗が「重要な話か?」と尋ねると、彼は「あぁ」と難しい顔で言った。椅子の上で居住まいを正す太朗に、アランが「正直な所」と前置きをして続けた。


「どう伝えたもんか困ってる。人生経験に自信が無いわけじゃあないが、こういうのはずっと苦手だな。アルジモフ博士あたりに頼みたい所だ」


「や、ちょ、ちょっと待て。そんな重い話なんか? また誰か死んだとか?」


「いや、負傷者はほぼ全員が全快してる。総務課にいた社員がひとり亡くなったが、確か90近い年齢だったはずだ。寿命だろう」


「あ、あぁ、その話は知ってる。ちょっとだけど、見舞金と退職金出しといたし…………またサンフ……ダンデリオン部隊が何か嫌がらせされてるとか?」


「そういった話は聞かないな。むしろ最近じゃあ、あの部隊はかなりの人気だと聞いてる。犠牲も多かったからな。英雄扱いだ」


「そ、そっか……いや、まじで何なん? ずばっと言ってくれよ」


 太朗がそう言って不安から立ち上がると、アランも同じように立ち上がった。彼は太朗の元に申し訳なさそうな顔で一歩、二歩と近寄ると、やがて何かを決意した表情でひとつ頷いた。


「今期の精神年齢判定チェックが先週だった。必ず伝えるつもりだったんだが……本当にすまなかった」


「知ってるし! ちくしょう! 知ってるし!」


 のけぞるようにして椅子へ飛び乗り、顔を抑えてしくしくと泣く太朗。指の間からは先ほどまでの神妙としていた顔から一転、忍び笑いをもらすアランの姿が。


「くそっ、ぜってぇ知ってて言わなかっただろこいつ…………んで、本当の所は何よ。防諜で死ぬほど忙しいはずの情報部長さんがわざわざ来といて、それだけって事はねぇだろ」


 むっつりとした顔でそう言う太朗。するとアランは肩をすくめて見せ、その後顔をずいと寄せてきた。

 そしてアランの表情から笑みが消える。


「エデンの場所が判明した。実際にファントムが現地へ向かい、間違いないと報告してきてる。何日か休みをとる口実を考えておいた方がいいぞ」




壮大な言い訳

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