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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
241/274

第241話



「…………完璧だ」


 銀河最大の企業ギガンテック社の開発部特殊装備課長であるオルテガ・ニーヴンは、送られてきた映像で起きた信じられない結末に、震えを隠せなかった。


「見たか? あの量のワインドがいるにも関わらず、どうという事もなく手玉にとっている。向こうの艦隊はあのざまなのにだ。これは、本物だぞ。信じがたいが、本物だ!」


 興奮のままに、オルテガは叫んだ。彼の目の前にはその奇跡を引き起こした、エニグマという装置が置かれていた。ワインドの行動を予測し、ある程度の通信さえも傍受できる魔法の箱。


「では、行動を起こされますか?」


 オルテガの秘書が、彼の後ろから尋ねた。オルテガは「もちろんだ」とそれを肯定すると、本社に対して現状を打電した。


「艦隊には発砲するなよ。一発たりともだ。宣戦布告はまだなんだからな。我々がやるのは、いつも通りの害虫駆除だ。警備課長にもしつこく言っておけ」


 オルテガが、秘書へ向かって指を突き付けて言った。それに秘書が了解を返す。


「わかりました。それでは、艦隊を前進させます」


 秘書の言葉に次いで、すぐに船が加速したのだろう、オルテガの身体に心地よい重みが訪れる。


「…………少し、プレゼンを張り切り過ぎたか……まぁいい。事実だったわけだしな」


 オルテガはBISHOPで艦隊の陣容を確認すると、そう言って安堵した。

 もしエニグマが期待通りの成果を果たせなかった場合に備え、ギガンテック社は少しばかり多目の艦隊――対ワインド特化艦で構成された――を派遣していた。その量はマーセナリーズとライジングサンの全艦艇を合わせたのよりも丁度2倍程であり、それはオルテガによる上司に対するエニグマのプレゼンの成果だった。ギガンテック社は、間違いなく装置に期待をしていた。


「この映像は、そのまま宣伝に使えるぞ。売り込みなどやる必要もない。うちの警備部が動けば、銀河中のニュースメディアが勝手に取り上げてくれる。いったいいくつの注文が入るのか検討もつかんぞ。1億やそこらじゃきかんはずだ」


 オルテガはそう言うと、しばし興奮に身を委ね、それが落ち着いた頃に通信機を手にした。通話先は今も彼らの艦隊の後ろを追尾しているはずの、見えない艦艇群に対してだった。


「行動を開始します。我々が行うのはワインド被害者に対する救助行動で、主な行動はワインドの駆逐とドライブ粒子の大量散布。戦争行為じゃあありません。現状ではどちらの陣営にも味方しない。現状では。これで問題はありませんね?」


 オルテガの質問に、通信機から声が返る。


「"あぁ、それで問題ないよ、ミスター・オルテガ。そもそもこちらとしては、詳しい記録にするつもりもない。好きにやるといいだろう。監視と言っても形だけのものだ"」


「了解、ディーン大佐。しかし大変ですね、帝国軍も。こんな僻地にまで来なければならないなんて。中央が恋しいでしょう」


「"はは、そう思うのなら、中央でじっとしていて欲しいものだ。君らは放置するには大きすぎる"」


「確かに。そいつは大変申し訳ない事を。しかし、後悔はさせませんよ?」


「"わかっている。だから来たんだ"」


 オルテガは機嫌の良さそうな監視役の様子に満足すると、にんまりと頷いて通信を終了した。銀河最大企業たるギガンテック社が恐れる相手はたったふたつであり、相手はそのうちのひとつに属する人間だった。


「いや、これさえあれば、ひとつになるか」


 オルテガは今一度装置に手を伸ばすと、自らの運命を切り開く事になるだろうそれを軽く撫でた。


「時代が、変わるぞ」


 そんな素直な感想を口にすると、オルテガは居ても立ってもいられず、艦橋へ向かって走り出した。恐らく艦長たる警備部の人間には嫌な顔をされるだろうが、時代が変わる瞬間を、彼はその目で見ていたかった。


「大開拓時代の始まりだ!」


 廊下を走りながら、オルテガはそう叫んだ。

 すれ違う人々は、そんなオルテガを奇妙な顔で見ていた。




「やぁ、おふたりさん。ようやく食事かい?」


 戦艦プラムの廊下を歩いていた太朗の耳に届く、低く落ち着いた声。太朗は手にしていたパルスチップ収納ケースの束を掲げてみせると、声の主であるファントムに苦笑いを返した。


「やんなきゃいけない事が山ほどあるっすからね。ようやく15分だけ休みがとれたとこっすよ」


 既に、一般的な昼食の時間からは5時間以上が過ぎていた。今現在の太朗達の忙しさは戦中のそれよりも酷く、わずかな睡眠時間の中で過労を強いられていた。


「正直、もう食べなくてもいいんじゃないかって感じね。空腹も行き過ぎると何も感じなくなるわ」


 太朗の隣にいるマールがうんざりした様子で言った。するとファントムが悪戯めいた顔でにやりと笑った。


「原因はそれだけかな? ミス・マール、口元にごまの粒がついているよ」


 ファントムの指摘に、マールが「うそっ!」と口元を抑える。しかしマールはすぐに自分の犯したミスに気付いたらしく、顔を赤くして俯いた。


「うへへ、ハメられてやんの…………って、おめぇこんにゃろ。なんかつまむ物ねぇかって聞いたら、無いって即答してたじゃねぇか」


 太朗がジト目でマールへ視線を向ける。マールは俯いたまま明後日の方を見ると、ぺろっと舌を出して肩を竦めた。


「ははっ、食堂で何か奢ってもらうといいさ。それより歩きながらでいいから聞いてくれ。博士が光線追跡法レイトレーシングでそれらしき船影をいくつか捉え、いまそれの確認作業を行っているそうだ。かなり好感触だと伝えるようアランから頼まれてる」


 食堂への道を促しつつ、ファントムが言った。言付けの内容にガッツポーズをとる太郎。


「いよっし。これでスムーズに事が運ぶな…………まぁ、見つからなかったら見つからなかったでギガンテック社が無理やりなんとかするとは言ってたけど」


 エニグマの交渉相手となったギガンテック社のオルテガは、敵の戦艦による施設への砲撃付近のやり取りさえあれば、最悪なんとかするとは約束してくれていた。しかし確実な証拠があるに越したことはなく、今後の動向に大きく関わってくる事だった。


「物証が見つからないのは困るわよ。向こうへの請求額に大きな差が出るわ」


 太朗と共にファントムの後を歩きつつ、マールが言った。太郎はそれに「確かにな」と頷くと、支払いに四苦八苦する事になるのだろうマーセナリーズ社員の冥福を祈った。マールは金に関しては人一倍厳しいのだから。


「そういや、向こうのエッタはどうなってます。まだ放心状態?」


 捕らえた敵の総大将は、まさに太郎の言葉通りの状態となっていた。尋問にはファントムがあたっており、それに必要な知識も経験もあるとの事だったが、しばらく時間がかかると聞かされていた。


「まだ数日だからなんとも。しかしBISHOPが使えない場所というのが相当に堪えているようで、意識がはっきりしているうちは四六時中怯えているよ。拷問の必要すらないかもしれないな」


 何かを思い出すように、ファントムが言った。太郎は拷問という言葉に頬を引きつらせると、「やりすぎないで下さいよ」というお決まりの文句を返した。


「はは、もちろんわかってるよ。あぁ、そうだ。今回の戦いの報を受け、ナラザ会は君に勲章を贈る事にしたそうだ。近々正式に発表があるだろう。虐げられた人々を救った者に送られる、メダルオブフリーダムという勲章だな。君は受け取るに値する事をしたはずだ」


 前を行くファントムが、振り返りながら言った。太郎は「勲章っすか!?」と慌てると、断りの言葉を発しようとした。太郎からすれば人として当たり前の事をしたに過ぎず、また、自分はあえて分類するのであればろくでなしと呼ばれるような人間だとも思っていた。勲章というのはもっと高尚な人間が受け取るべきだろうと。

 しかし断りをいれる前に、目についた分かれ道に気付き、太郎はその場で立ち止まった。


「…………ちょ、ちょっとテイロー。急に止まらないでよ!」


 太郎の急減速を受け、マールが後ろから追突してくる。太郎は背中に何だか柔らかい感触がするぞと思いつつも、「ごめん」と断りを入れ、分かれ道の方へと体を向けた。


「………………」


 無言で通路の先を見つめる太郎。隣ではマールが太郎の肩越しに奥を覗き込み、「誰かいるの?」と首を傾げた。


「何よ。誰もいないじゃない…………あっ」


 通路の奥に存在するそれに気付いたらしく、マールが声を上げる。太朗はそれに反応するでもなく歩き始めると、突き当たりにある扉の前へと立った。


「………………」


 無言で扉を、もっと言うのであれば、その奥を見つめる太郎。そこには望んだ知識を授けてくれる、悪魔の装置が眠っている場所だった。


「………………」

「………………」


 無言の時間が流れる。隣にいるマールの息遣いが聞こえ、ファントムからのものだろう、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。


「…………使わないで、やれたわね」


 マールがしみじみとした様子で言った。太郎は「うん」とそれに返すと、胸に手をあてて深呼吸をした。


「大変だったけど…………たくさん、失うものもあったけど……」


 太郎は目を閉じ、そして勇敢な犠牲者達に黙祷を捧げた。彼はいまだに自分があの装置を使わなかった事に悩んではいたが、それはきっと一生悩み続ける必要がある事なのだろうと考えていた。一度麻薬の味を知ってしまった者は、例えそれをやめる事が出来たとしても、決して忘れてしまえるわけではないのだと。


「人は、その者が手の届く範囲の人間を守れれば、それで十分さ。そして多くの場合、それすらも難しい事だったりもする。君は十分に良くやったよ」


 ファントムの手が太郎の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。太郎はそれが何か懐かしい感じがして、されるがままにした。


「例の装置には、何も確実な所がありません、ミスター・テイロー。望んだ知識を本当に授けてくれたとしても、それが望まぬ場所への上書きであれば全くの無意味です。それは思い出や何かといった感情面に限らず、実用面で言ってもです。操船の方法を忘れてしまう可能性すらあるのですよ。トイレの使い方もしかりです」


 いつの間に来ていたのか、後ろから小梅の声が聞こえてくる。太郎は「そいつは困るな」と笑ってみせると、後ろを振り返った。


「みんな、ありがとう」


 真っ直ぐに、それぞれの目を見ながら言った。照れくささはあったが、いまはそれ以上に胸が熱かった。


「その言葉は、明日の総会議で改めて言うべきよ。みんなで頑張ったんだから」


 マールが親指を上げた拳を向けてくる。太郎は同じように親指を上げると、それをマールの拳へと近づけた。


「ようやく……ようやく皆と同じトコに立てた気がする」


 異邦人。太郎はずっと、自分がそうであると感じていた。それは地理的な出身や、時代の差から来るものではなかった。例の装置の存在が、まるで自分だけがズルをしているかのように感じさせていた。人生という名の舞台で正々堂々と必死になっている人間達の横で、自分だけが楽をしているような気がしていた。


「ファントムさん……なんて言えばいいのかわかんないすけど、勲章、謹んで受け取ります」


 それがようやく、装置の力に頼る事なく、なにがしかの成果を残す事ができた。太郎の中でその事実は大きく、ようやく「俺がやったんだぞ!」と胸を張って言える何かが出来た気がしていた。


「俺も、これで」


 親指を上げた拳にぐっと力を込め、こみ上げてくる何かを耐えるため、笑顔で歯を食いしばる。


「皆と同じ、銀河帝国市民に――」


 拳と拳が近づき、触れそうな距離になる。

 しかし――


「がっ!?」


 全身に走る衝撃。足の力が抜け、その場にへたり込む。視界が赤く染まり、マールやファントムが駆け寄ってきてくれたようだったが、良く見えなかった。


  ――"違う。なれやしない"――


 どこからか、頭の中に声が響く。男のそれとも女のそれともつかず、ただ意味だけを理解出来る、概念のような声。


  ――"お前は地球人だ"――


 いくつもの声が合わさり、地鳴りのように響く。全身を寒気が襲い、感覚のない手で両腕を抱き寄せる。


  ――"地球を"――


 赤く染まった視界の中、無数の人影が浮かび上がる。それらはどこまでも続く巨大な赤いフロアの中で、太郎を囲むようにしてじっと見下ろしていた。


  ――"地球を探せ"――


 太郎は全力で叫んだが、本当に声が出ているのかどうかすらわからなかった。




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