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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
240/274

第240話

 マーセナリーズのエッタは今、混乱の極みにあった。

 彼女が希望としていた艦隊は暴力的なまでの数の薄汚い機械生命体どもに囲まれており、組織だった行動などまったく成されていなかった。多くの船がただ生き残るためだけに戦っており、それはひとつの船が沈むまでに数十倍もの敵を倒していたが、しかし相手は百倍以上がいるのだった。


「………………わからない。わからない」


 エッタがぼやいた。彼女の混乱はただ艦隊が悲惨な状態になっているというそれだけでなく、他にも理由があった。戦場が混乱そのものとしか思えない様相を示しているにも関わらず、敵の艦隊は実に悠々と宙域を漂っていたからだ。


「向こうに敵はほとんど行っていないように見えます。あぁいえ、行ってはいるようですが、即座に叩き潰しているようです。何らかの新兵器でしょうかね」


 軽い調子で、まるでどうでも良い事のように副官が言った。普段のエッタであれば罵声のひとつでも浴びせたであろう台詞だったが、今の彼女は「新兵器」とただおうむ返しする事しか出来なかった。


「宙域におけるドライブ粒子のほとんどが消費し尽くされています。ワインドのドライブによって使われたのでしょう。空母を始めとした、粒子の予備を積んでいたいくつかの艦艇を除き、この宙域に取り残されているようです…………もっとも、粒子があるにも関わらず飛べない船も多いようですが」


 宙域にはどこの誰がそうしているのか判別不可能な程の量でワープスクランブラーがかけられており、よほど高性能なドライブ装置を積んでいる船以外は、いわばくもの巣にかかった蝶のような有様だった。


「………………無事な部隊が、いるわ」


 エッタはふらふらと幽鬼のような足取りで歩を進めると、顔をレーダースクリーンにほとんどくっつけんばかりに寄せた。


「MS77……59……38……提督。ソド提督の部隊だわ」


 ナンバリングの共通項に気付き、顔をほころばせるエッタ。彼女はもつれた足に転びながらも、シートへと這い戻った。


「提督。ソド提督。聞こえてるかしら。返事をして頂戴。状況を教えて。何がどうなってるの」


 喜色を浮かべ、通信機に頬ずりするようにエッタ。しばらくノイズの混じった交信が続いた後、やがてソドの声が届いた。


「"ミス・エッタ。状況はご覧の通りだ。我々は10万のワインドに囲まれ、なんとか生き延びようと各自努力をしている。あぁいや、今は7万ほどだったか。事の始まりは、敵のステルス艦部隊の突入からだったように見える。つまりはそういう事なんだろう。停戦協定はワインドには適用されないからな。先導していた船は逃げていたと言い張れる"」


 ノイズ交じりのホログラフが、肩をすくめながら言った。エッタはそんな事はどうでも良いとばかりに首を振ると、言った。


「提督。貴方の艦隊は無事に見えるわ。戦力が残っているんでしょう? 今すぐこちらと合流しなさい。敵を叩くわよ」


「"いいや、ミス・エッタ。私はもう提督ではない"」


「だったら復帰させるわ。さぁ、今すぐ連中を包囲するのよ。残っているのは200? 300? 相手は100にも満たない数よ。ふふ、十分やれるわ」


「"残念だが、ミス・エッタ。断る"」


 ぴしゃりと断言するソド。エッタはしばらくぽかんと口を開け、やがて「提督?」と聞き返した。


「"聞こえなかったか? 断ると言ったんだよ、ミス・エッタ。我々の艦隊は自衛と要救助者の回収に忙しく、とても艦隊戦など行える状態にはない。今はひとりでも多くの人員を回収し、この場を離れる必要がある"」


 ソドの答えに、エッタは激高した。


「何を言ってるの! これは命令よ! 今すぐ船をよこしなさい!」


 エッタの叫びに、ソドがやれやれといった様子で首を振った。


「"いいえ、何度でも言うが、答えはNOだよ、ミス・エッタ。抗命罪というのであれば、後でいくらでも罰を受けよう。しかし今は駄目だ"」


「その艦隊は貴方の私物ではない! 船をどう動かすかを決めるのは私よ!」


「"残念だがね、ミス・エッタ。今は銀河帝国法の緊急避難に該当する状況だ。各々が任意の避難手段を用いる事が出来る。私の艦隊が私に従っているように見えるのなら、それは各自が判断してそうしているに過ぎない"」


「…………ねぇ、ソド提督。ここで貴方とつまらない言い合いをするつもりはないの。戦後の事もあるでしょう? お互い仲良くやるべきだと思うわ」


 引きつる顔を無理やり押さえつけ、どれだけ成功しているかはわからないが、出来るだけ穏やかに言うエッタ。しかしホログラフのソドの目は冷たく、つまらないものを見るようにして、言った。


「"君はあの施設を撃つべきではなかった。そうすれば、我々は今も君の指示に従っていただろう。しかし君は撃ったんだ。戦後に待っているのは君の破滅だよ、ミス・エッタ。我々は敗れたんだ"」


 訪れる静けさ。そして艦橋の人間達がざわめき始める。エッタはそんなざわめきの中にくすりと笑う声を見つけ、ほとんど衝動に任せて銃を抜いた。


「今笑ったのは誰! 名乗り出なさい!」


 再び静かになる艦橋。震える銃口を誰へともなく向けるエッタ。するといくらもしないうちに、副官が一歩あゆみ出た。


「失礼しました、ミス・エッタ。提督の言葉があまりに――」


 副官が全てを言う前に、エッタは引き金を引いた。破裂音と共に副官の腕がちぎれ飛び、彼はその場にうずくまった。


「"やめるんだ、ミス・エッタ。君は正気じゃない"」


 ホログラフのソドが、苦虫を噛み潰したような顔で言った。それにきっと視線を向けるエッタ。


「まだ、終わってなどいないわ。中央に戻れば…………いいえ、私さえ生き残れば、いくらでもやり直せる。会社なんて、いくらでも、簡単に大きく出来るわ。マーセナリーズを超える企業だって、やろうと思えばすぐよ。心が読める私に、出来ない事なんてない」


 そう言って、不気味に小さく笑うエッタ。それに対し、提督が口を開いた。


「"貴女が変わらないのであれば、同じような結果になるだろうよ、ミス・エッタ。貴女は独りだ。仲間もいなければ、信頼できる部下もいない。自分の考えを見通してくるような相手など、私なら御免だ。そして今回の敵にはそれがあり、そこが敗因だろう。何の事はない。敵は我々ではなく、貴女一人と戦っていただけだ"」


「…………お前は、クビよ」


「"結構。再就職先の目処は立っている…………というわけで、引き続き頼むよ、ミス・マール。そのエニグマとやらが無ければ我々は――"」


 ソドが何やら後ろへ向けて言っていたようだが、もはやエッタの耳には入っていなかった。彼女は全身が訴えてくる倦怠感のまま、地面に座り込んだ。


「ソドも…………あのガキも…………殺してやる……」


 エッタは何もかもを投げ出して横になりたい気持ちを復讐心で押さえつけると、BISHOPで脱出用の小型ステルス艦をスタンバイさせ、そして立ち上がろうとした。


「おっと、それは困る。探す方の身にもなってくれ」


 しかし、強い力で押さえつけられ、動けなかった。怒りと混乱の中で顔を巡らせると、そこには自分を足蹴にする副官の姿が。驚愕に目を見開くエッタ。


「しかし、いきなり撃つとはひどい奴だな。おかげで腕が吹っ飛んじまったじゃないか」


 自らの腕を、まるで取れてしまった玩具の一部のように弄ぶ副官。彼はその腕を棍棒のように振り払うと、BISHOP制御機器の詰まったシートを一撃の下に粉砕した。


「まさか……お前が…………でも……質量が――」


 度重なる混乱でもはやまともな思考が出来なくなったエッタが、ぼんやりと言った。ファントムは「質量?」と首を傾げると、やがて納得したように頷いた。


「重さで判別しようと思ったのか。着目点として悪くはないが、落第だな。俺が今までどうやって生き抜いてきたと思ってるんだ。相手は帝国軍だぞ。お前らのような小物じゃあない」


 ファントムは少し屈み込むと、千切れた腕をエッタの方へ突き出してきた。驚く事に腕の中身はがらんとした空洞で、文字通り何もなかった。


「俺の役目は、お前を生きたまま捕らえる事だ。殺すつもりならいつだって出来たし、さらう事だって出来た。やらなかったのは、例えばソド提督のような、お前より有能な人間が艦隊のトップに立つのが怖かったからさ。最初から彼が全軍を率いていたら、我々は負けていただろうね。お前と違って、2本の脚で平らな道を歩くように、ただ淡々と我々を追い詰めただろう。確かにお前の力は驚異的だが、それが十分に活かされるのは、相手が力の事を知らない場合だ」


 そう言うと、ファントムは千切れた腕を、その腕が本来あるべきだった場所へと動かした。すると双方の千切れた箇所が肌の持つ色合いから金属のそれに取って代わり、お互いが抱き合うようにして融合した。そして次の瞬間には、まるで何事もなかったかのように腕として動いていた。


「俺はこれから――」


 ファントムはそう前置きをすると、破壊されたシートの一部に手を伸ばし、実にゆったりとした動作でそれを持ち上げた。数百キロはあるだろう金属の塊が鉄を引きちぎる音と共に持ち上げられ、光を遮った。そしてその動作があまりにもゆっくりとしていた為か、何人かの銃を手にする事に成功していた優秀な人間達が周囲にいたにも関わらず、誰もそれを使わなかった。


「最初に発砲した人間にこいつを全力で投げつける。もしくは、10を数えた後にもこの場に残っていた者に対してだ。ではいくぞ?」


 ファントムはそう言うと、「ひとーつ、ふたーつ」と数え始めた。

 艦橋は、4を数える頃にはふたりきりとなっていた。


 全ての希望が潰えたエッタは、小さく叫び、そして意識を失った。




ひとりの万能ではなく、皆が、それぞれの場所で、それぞれの力を。

長かったマーセナリーズとの戦争も、これでようやくです。

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