第238話
ヘイト貯めたままだとアレなので、来週予定だったけど投稿しちゃいましょう
例の施設へ向かい、敵の旗艦を先導する戦艦プラム。
そのプラムの艦橋で、太朗は地面に寝そべり、ぼんやりと天井を眺めていた。
「…………なんとか、なるもんだなぁ」
気の抜けた声でつぶやく太朗。それに太朗と同じように天井を見つめる小梅が、ゆっくりと頷いた。
「全くですね、ミスター・テイロー。ミスター・アランが遅れていると聞いた時にはどうなるかと思いましたが」
「あぁ、それな。俺もそれ知った時は、あぁこれ死んだなって思ったわ」
「しかし彼は役割を果たしました。そしてミス・マールもそれを全うしようとしており、残る所はひとつだけとなりましたね」
小梅が人差し指を突出し、小さく笑顔で首を傾げる。太朗は「んだな」と頷くと、足を勢いよく振り上げ、ネックスプリングの要領で起き上がった。
「では参りましょうか、ミスター・テイロー。ちなみに、なぜそのように壊れた人形のような歩き方を?」
「や、足捻った。これって保険下りるかな」
「否定です、ミスター・テイロー。馬鹿も休み休み言うべきでしょう」
「ですよねー……くそっ、相変わらず口汚いな、君は」
ふたりはゆっくりと歩を進めると、彼らの救世主が眠るシートの前に立った。
「どんな夢見てんだかな」
太朗はシートを覗き込むと、小さな寝息を立てるエッタの様子を確認した。血色は悪くなく、いつも通りのスケジュールとなりそうだった。
「パーソナルシステム、オールグリーン。平均比較で誤差5%以内に収まっています、ミスター・テイロー。覚醒まで残り5秒……4……3……」
小梅のカウントダウンが始まり、太朗はその時を待った。そしてゼロになると同時に、エッタの鼻の頭を軽く押そうとした。
「おはよう、眠り姫。大人は起きる時間だぜ。君はもう立派なレディーだろう?」
期待と共に声をかける太朗。今作戦における最後のピースは彼女であり、絶対に必要な存在だった。
「えぇ…………おはよう、テイロー……そうね。そう思うわ。でも、エッタの鼻の穴に指を突っ込みながらじゃ、せっかくの台詞も、台無しよ」
ゆっくりと目を覚ましたエッタ。彼女は寝起き一番に太朗の頬を想いきり叩くと、大きく伸びをした。
「いてぇ…………けど、ふへへ、これで、やったぞ」
頬を抑えて蹲る太朗が、不気味に笑いながら言った。
「悪く無い船ね」
モニターに映る敵戦艦の姿を見ながら、マーセナリーズのエッタが言った。彼女は勝利の満足感に浸っていたが、気分は晴れなかった。薬の副作用が辛く、とにかくだるかった。
「そうでしょうか、お姉様…………私には、何か歪に見えます」
傍に控えたテッタが、おずおずと言った。エッタはそれに小さく笑うと、テッタの方を見やった。
「船は、乗る者に似るのよ。特にギフトを持つような人間には。だから歪になる」
エッタはそう言うと、敵ながら見事な活躍を見せた戦艦の姿をじっくりと眺め見た。
ワンオフ、もしくはフルカスタムであろうその船は、普段モジュール船ばかりを見慣れた人間からすれば確かに歪に見えそうだった。外見から何の目的を持つ部位だかの判別が難しい装備も多く、知らぬ者からすれば、恐らく不気味な存在ですらあった。
「ミス・エッタ。例の施設の存在が確認出来ました。スクリーンに映します」
副官が、唐突に言った。エッタははっと目を見開くと、シートから勢い良く立ち上がった。
「…………ようやく、ご対面ね。本当に苦労したわ」
スクリーンに映し出された施設を見て、エッタは安堵の息を吐いた。その施設は間違いなく例の施設であり、マーセナリーズの後ろめたい部分そのものだった。似たような施設は付近にいくつも存在したが、ここが最も大型であり、自分達との関わりを示す証拠があるとすれば、ここにある可能性が一番大きかった。
「過去は、消せる。これ以上調査なんて誰にもさせないし、付近一帯の光学情報を徹底的にジャミングで消し去る…………それで、何もかもが、終わりよ」
エッタは緊張に震える両手を揉み解すと、BISHOPで火器管制システムを起動した。目の前の施設が正式にライジングサンの所有施設と呼べるかどうかは微妙な所で、停戦中の行動として相応しくはないだろうが、いくらでもごまかしが効く類の問題だった。
「"…………ッタ、ミス・エッタ。例の施設を攻撃しようとしているのであれば、再考を進言します。それには民間人が居住しています"」
遠距離通信による声。エッタは声の主が誰だかわかると、不愉快だと顔を顰めた。
「今更出てきて何のつもりかしら、ミスター・ソド。貴方は解任したはずよ。通知が届いてなかったかしら?」
「"えぇ、もちろん了解しています。しかしそれでもお伝えするべきだと判断しました。繰り返しますが、あれには多数の民間人が乗っているのです。いかなる理由があろうとも、先に避難をさせるべきです"」
「馬鹿ね。避難だなんて、そんな事が許されるわけがないでしょう。それにここはアウタースペースよ。多少の事は――」
「"ミス・エッタ。彼らは帝国市民です。あそこにいるのは、歴史に取り残された人々です。かつて帝国内で生まれ、その後どのような経緯を経たかは知りませんが、恐らくどの勢力にも所属する事なく、今に至っていると思われます。わかりますか? すなわち法的には、彼らは今も"銀河帝国市民"である可能性が高いのです"」
「………………そんな……馬鹿な話が」
「"それがどのような施設なのか、我々は存じません。きっと破壊すべき目標なのでしょう。戦時であれば犠牲もやむを得ません。しかしながら停戦合意が成されている今、彼らを脱出させるに十分な時間も余裕も存在しています。今攻撃してしまえば、それはただの虐殺とされるでしょう"」
「…………煩い! 黙りなさい! だからどうしたと言うの! その事実でさえ、ここで消えてなくなるのよ!」
激昂し、手を振りあげるエッタ。彼女は全艦砲を施設へ向け、ロックオンをした。
「テッタ。あれに偽装やジャミングが施されている形跡はないわね? ちゃんと中に人がいる? 脱出済みなんて御免よ?」
「エ、エッタお姉様。お止めになった方が……」
「いいから答えなさい! あれに人がいるのかどうか!」
「い、います。多数の人が動いて――」
エッタはテッタの言葉が終わる前に、砲という砲を全て発射した。それは徹底して行われ、対空砲から果てはデブリ焼却ビームに至るまで、文字通り全てが発射された。
「私の勝ちよ! あぁ、なんて素晴らしい!」
興奮と快感に身をよじるエッタ。思わぬ苦渋を散々舐めさせられてきただけあり、それが昇華された今、耐えがたい程の歓喜が彼女にもたらされた。彼女は今、全能感にどっぷりと浸かっていた。
「特大の花火よ! きっと一生の思い出になるわ!」
ビームの光りが施設に真っ直ぐと向かい、何の妨害もなく進んでいった。エッタは数秒後に訪れるだろう破壊の光景を目にした時、自分は果たして立っていられるだろうかと思った。その達成感たるや、想像もつかないものになりそうだった。
「……………………」
しかしその時は、とうとうやって来なかった。
エッタはぽかんとした表情で立ち尽くし、半開きの口のまま、何も理解できずにただ固まっていた。
ビームは確かに施設へと向かっていた。
しかしそれが直撃する寸前、何の前触れもなく施設は忽然と姿を消してしまったのだ。
「な…………何が…………起こったの?」
いまだ混乱する頭で、誰へともなく尋ねるエッタ。しばらくそれに答えるものは誰もいなかったが、やがて彼女の嫌う副官が口を開いた。
「ドライブ粒子の動きが観測されています。おそらくオーバードライブしたものかと思われます」
副官の答えに、エッタが怒りの表情を向ける。
「馬鹿を言わないで頂戴! あれはステーションよ! あんな大質量にオーバードライブさせる事など、絶対に不可能だわ!」
エッタの叫びが艦橋に響き渡る。彼女は再び襲ってきた薬の副作用の頭痛を感じつつ、何が起こったのかを調べるべく船の記録にアクセスした。
「"あーあ、撃っちまったな"」
第三者の声。エッタはばっと顔を上げると、スクリーンに写る敵船を見た。
「何をやったの! あれをどこへ隠したの! 言いなさい!」
叫ぶエッタ。それに対し、スクリーンに次いで表示された敵の社長は、実に飄々とした風だった。
「"何で言う必要があんだよ。やだよ"」
「こ、このガキ!」
「"お前はそのガキにしてやられたんだぜ、おばはん"」
「…………テッタ! 探しなさい! これはきっと、あのデブリを飛ばしたのと同じ手段よ。大量のドライブシューターを、どうにかして……きっと、あの工学ギフトの女だわ。あれに新兵器を作らせて…………とにかく、遠くへ行っているはずがないわ! ここはドライブ粒子が希薄すぎるもの!」
テッタの肩を掴み、揺さぶるようにして尋ねるエッタ。テッタは怯えた顔で縮こまった。
「お、お姉様。わかりません。近くには、少なくともないと思います…………離れてしまうと、小惑星との見分けが……」
消え入るようなテッタの声。エッタは「使えないわね!」とそれに吐き捨てると、彼女を無造作に押しやり、スクリーンの男を睨みつけた。
「"おいおい、あんまいじめてやんなよ。誰だかしんねぇけど、その女の人の言う通り、この付近にはねぇよ。この星系からは遥か遠くだな。っつーか、あんた相当疲れてんな。BISHOPの中身、見えなかったんか?"」
「…………いいえ、有り得ないわ。そんな装置、中央にだって存在しない。お前は嘘を言ってるわ」
「"うーん、頭かてぇなぁ、おばさん。身近にあんだろ? そういう事が出来る装置。帝国領内じゃほとんどが国有で禁止されてっから、中央のぬるま湯で生きてきたお前らにゃあ、戦争で使うっていう意識すらわかねぇんだろうけど"」
そう言って口を閉ざす太朗。エッタは目を見開いたまましばらくを思考すると、やがて思い当たったそれに、まさかという思いで口を開いた。
「スター……ゲイト…………」
小さな呟き。エッタの答えに、スクリーン上の男が得意気に笑みを浮かべた。
さぁ、反撃開始です




