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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
237/274

第237話




「くそっ、こっぴどくやられたな。あとどれだけ残ってる」


 暗い小型フリゲート船の操縦席で、男がぼやくように言った。彼はバンダナで顔の汗を拭うと、既にバンダナそのものが汗でぐっしょりしている事に気付き、不快感から声をもらした。


「"29隻です、ミスター・アラン情報部長。少し寂しくなりましたね"」


 通信機から、彼に同行する部隊であるダンデリオンのリーダー、ナタリアの沈んだ声が聞こえてくる。アランは「そうか」とそれに返すと、再びつたってきた額の汗を手で拭った。


「悪いな、こんな任務で。他にもっと良い方法がありゃあ良かったんだが」


 バツが悪そうに、頭をかきながらアランが言った。彼はシリアスな調子で言ったつもりだし、相手にもそれが伝わっているとは思ったが、しかしなんだか申し訳ない気持ちになった。彼はあまりの暑さに服を脱ぎ捨てており、全裸にバンダナ、そして靴下のみという格好だったからだ。


「"いえ。旧サンフラワー部隊が再び日の目を見る為には、これくらいの事はする必要があるでしょう。むしろこういった機会を与えて下さった事に感謝します"」


 ナタリアの女性らしい、しかしきびきびとした返答が返る。

 エンツィオ同盟側の電子戦機部隊として名を馳せたサンフラワー部隊は、エンツィオ戦役でライジングサンを苦しめたのみならず、それまでの数々の戦いで相手側を圧倒してきた電子戦エリート部隊である。

 しかし同盟解体時における同盟軍の名声低下や、彼らの電子戦機がマーセナリーズによる傀儡浸透の先鋒となっていたという事実が、戦後の彼らの立場を非常に厳しくしていた。ライジングサンは彼らを積極的に雇用――彼らが優秀である事に変わりはない――し、その汚名を晴らすべく様々な任務に従事させたが、一朝一夕に周囲の理解を得られるというものでもない。部隊名をダンデリオンと変更したのも、その一環だった。


「そいつはテイローに言ってやるんだな。俺は合理的に判断してあんたらがこの作戦に相応しいと思っただけだが、大将は違う。あいつは今のままじゃ身の置き所がないだろうって、本気で心配してるのさ」


「"そうですか。しかし、それでもですよ。差別されず、平等に評価していただけたわけですから"」


「ふぅん、そんなもんかね。まぁ、受け取っとくよ」


 アランはそう言って手をひらひらとさせると、腕に張られた電子シートへ視線を落とした。透明なディスプレイであるそれには、今最も重要な情報である時間表示の他に、「異常体温」という警告が表示されていた。


「んなこたぁ、指摘されるまでもなくわかってるっつーの」


 そう小さくぼやくと、アランは前面ガラスの向こうを伸びあがるようにして覗き込んだ。そこには左右を行きかうビームの光と爆発の閃光が瞬いており、戦いがいよいよ佳境に入った事が見てとれた。


「…………どっちが勝ってるんだ?」


 もっと良く見えないものかと、さらに体を前のめりにするアラン。今は作戦の都合上広域スキャンや遠方への通信を行う事が出来ず、戦況がどうなっているのかが全くわからなかった。


「"わかりませんが、かなりの乱戦となっているようですね。光学ズームをかけると、細かいビームが飛び交っているのが見えます"」


「細かいビーム…………そうか、空母か。こりゃあ急がんとまずいな」


 本来は実弾の第3波あたりと同時に戦場へ到着する予定だったため、既に4波目が到着せんとする現状は遅れに遅れていると言えた。


「"やはりあの時の遅れが響いて…………"」


「あー、それはもういい。いいか? 俺達は、あんたらに死後の名誉を約束したんじゃない。ちゃんと生きて賞賛を浴びろ」


「"しかし――"」


「もういいと言ってるだろ。そりゃあ到着が遅れる事でいくらか被害が増えるかもしれんが、しかし向こうは艦隊戦だ。こっちと違って脱落イコール確実な死、というわけじゃあない」


 相手の声を遮るようにしてそう言うと、アランは「ついでに言うとだな」と前置きをして続けた。


「もしあの場で連中を見殺しにしてたら、この作戦自体が継続困難になる可能性があった。だからそれだけは避けにゃあならんと、俺が判断した。それだけだ。同情心からじゃあない。わかったな?」


 アランはそう言って返事を待たずに通信を終了させると、蒸し風呂のようになった狭いコクピットで大きくため息をついた。

 デルタポイントへ向かうアラン達ダンデリオン部隊は今から十数時間前、些細なミスと不幸なアクシデントが幾つも重なり、非常に危険な状況に陥った。そこで彼らは時間を取るか多数の命を取るかの難しい選択――時間は失われゆく主力艦隊の誰かの命でもある――を迫られる事となり、最終的に現場責任者であるアランは時間を優先すべきだと主張するナタリアを退け、命の方を選択したのだった。


「どっちが正しいかなんて、誰にもわかりゃしねぇのさ」


 アランはひとりぼやくと、その日何本目になるかわからない点滴の針を自らの腕に差した。室温はゆうに摂氏50度を超えており、脱水症状を防ぐ為にそうする必要があった。作戦の都合上船体の冷却装置はほとんどが停止しており、コクピットのエアコンはせいぜい生命維持に必要な最低限の気温しか提供してくれなかった。


「…………考えてみりゃあ、この暑さじゃナタリアも素っ裸かせいぜい下着姿だよな。次は映像付きで通信してみるか。朦朧としてれば、間違えて出るかもしれん」


 ひとりごとで軽口を言うアラン。そうやって悪い事は忘れるべきだと考えた彼の元に、しかし凶報が訪れた。


「"…………ちら……班モート機…………補足され…………が、離脱…………し訳ありま……遂行を祈って…………"」


 通信機より、ノイズまじりの男の声が聞こえてくる。アランはシートから伸びあがって後ろを振り返ると、通信元であろう船が隊列を離れていくのが見えた。


「…………これで、もし到着が遅いだなどとほざきやがる奴がいたら、俺がそいつを八つ裂きにしてやるからな」


 そう言ってガラスを強く叩くアラン。彼は今まさに失われようとする命に対し、それが見えなくなるまで敬礼をした。


 目的地は、全体から見ればもうすぐ近くとも言えた。

 しかしそれは、彼らにとって非常に長い距離に思えた。




「"そろそろ降参したらどうなの、若社長さん。これ以上被害が広がると、色々と不味いのでなくて?"」


 太朗のバイザーに表示される、憎き敵の姿。太朗は「かもな」とそれに答えると、鷹揚にシートへとのけ反った。少し前にマールは船を離れており、艦橋は小梅とのふたりきりだった。


 戦況は、完全にこう着状態だった。


 敵の空母艦載機による襲撃をなんとか凌いだ太朗達は、それに重ねられた敵艦隊の攻勢をベラの機動戦術でもって防ぎきった。ベラの用兵術は教科書通りと言える程の堅実かつ素直なもので、確かに彼女の言う通り心を読まれていようが何だろうが関係がない王道中の王道だった。そしてそれは、相手側の攻勢を断念させるには十分だった。ピンチもチャンスも生まれる乱戦という不安定な状況を、彼女はただの砲撃戦へと持ち直したのだ。


「でも、それってお互い様なんじゃねぇの。地方のちっぽけな企業相手に、それも空母まで持ち出しといてそのざまじゃあ、格好つかねえよな」


 しかしながら、太朗達に反撃を行うだけの余力もまたなかった。

 正確に言えばなくもなかったのだが、敵空母が艦載機の第2波、第3波を送ってこなかった事が、結果的に太朗達の反撃攻勢を封じる事となった。攻勢中に艦載機による背後からの奇襲を受けた場合、艦隊は包囲殲滅されるおそれがあった。敵は代わりに太朗の弾頭群周辺へと艦載機を飛ばし、これを徹底的に破壊した。弾頭には、さすがに反ドライブ粒子を撒く機能などついていなかった。


「"ふふ、そうね。でも勝てばそれでいいのよ。過程なんでもどうでもいい…………ようやく妹が言ってた言葉の意味がわかったわ"」


 その後は一進一退の攻防が続き、かなりの時間が経過した。艦隊の運用という面ではベラの統率する太朗達に分があったが、数の差が均衡をもたらした。双方の艦隊は徐々に数を減らし、十分な戦力を残している船は既に会戦当初の半数近くにまでなっていた。


「やー、まったくその通りではあるんだけど、それに同意できないのが民主主義的な施政をしてる立場なんよね。個人的な感情もあれだけど」


 そして今、その均衡ももはや崩れ去ろうとしていた。プラムのレーダースクリーンには敵艦隊周辺に大規模な空間予約が複数展開されており、それは間違いなく敵の増援部隊によるものだった。もういくらもしないうちに一個軍団――当然空母もいるだろう――が訪れ、敵に合流する事となる。さらに言えば、ソド提督率いる艦隊の存在もある。


「"あら、不便なのね。アウタースペースに勢力を築いているくらいだもの、もっと何でもありかと思ってたわ。これじゃあべこべね…………アハ、アハハハハ!"」


 エッタの高笑い。太朗はその耳障りな声に顔を顰め、大袈裟に肩を竦めた。


「"本当に、本当に貴方達は良くやったわ。敵ながら見事なものよ。こんな状況になるなんて考えもしなかったもの。式とも全くかけ離れてる。ただ、そうね。相手が悪かった、といったところかしら"」


 にやにやと、勝ち誇った顔のエッタ。太朗はむかっ腹が立ったが、表には出さなかった。


「…………でもまぁ、その通りではあるわな。さすがに物量には抗えねえわ……って、ハハ……まだ来んのかよ」


 さらなる空間予約が固定され、太朗は引きつりきった笑みを浮かべた。前に予約された空間からは既にちらほらと船舶が現れ始めており、全部で何隻になるのか考えるのも嫌になる程だった。


「"貴方にデブリを送りつけられたせいで、こっちにこれなくなった部隊よ…………ふふ、それも結局無駄になったわね"」


 エッタが愉快そうに言った。それは楽しくて楽しくてたまらないといった様子だったが、太朗にはそれがとても不気味に見えた。明らかに顔色が異常であり、目が血走っていたからだ。


「"それじゃあ、最後通牒よ。私を施設の元まで案内しなさい。近くに移動させてるのはわかってるわ。殲滅してから探してもいいけど、それだと時間がかかるでしょう? ダミーも多数置いてるみたいだし"」


 わかるわよね、といった様子のエッタ。太朗は下を向いてしばし考え込むと、やがて諦めた顔で顔を上げた。


「目的さえ果たせば、手を引いてくれんのか」


 力無く発する太朗。それにエッタが薄く笑みを向けてくる。


「"約束するわ。あぁ、もちろんザイード周辺の権利と、何年か必死になって頑張れば返済できる程度の賠償金は請求するわ。艦隊の損害費用だから、これは当然よね。それと、EAP内での活動にあれこれ首を突っ込まないでもらいたいの。こっちも商売なのよ"」


「…………………………」


「"…………ふふ、大丈夫よ。こちらとしても、今貴方達に退場されては困るのよ。あの地方のバランスは、RSとディンゴが手を組んだ上でEAPに拮抗するように設定してるの。だから貴方達がいなくなると、EAPがディンゴを潰して統一する可能性があるわ。そうしたら、市場としての価値が激減しちゃうじゃない?"」


「…………わかった。でも数百隻全部は無理だぞ。向こうはそんなに粒子がねぇから」


「"冗談。一隻で行くわ…………あぁ、妙な真似はしないで頂戴ね。何かあったら総攻撃をかける手はずにしてあるわ。それと念の為、停戦に調印も。条件には施設への調査の停止も入ってるわよ"」


「あぁ……わかってるよ」


 ぶっきらぼうに答える太朗。満足そうに頷くエッタ。

 ライジングサンは、停戦に合意した。




コノママショウブハキマッテシマウノカ

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