第235話
お詫びの連投はここまでで。今後もよろしくお願い致しますm(_ _)m
「おいおい、派手に燃えてんな。あれはうちのだろ」
ヘルメットとパイロットスーツに身を包んだカト族のタイキが、戦闘機仕様の爆撃機――ややこしいが――の硬化ガラスごしに見える燃えた船を眺めながら言った。
「"ブランソン主任の船だな。くそっ、彼はいい奴だったんだが"」
無線機越しに爆撃隊キャッツのリーダーであるゴンが答えてくる。タイキは「まだ死んだかどうかはわかんねぇだろ」とぶっきらぼうに返すと、視線を真っ赤に染まるレーダー表示へと移した。
「何匹いやがんだ。まさか全部中身入りじゃねぇだろうな。そうだったら生きて帰れねぇぞ」
タイキは中身入り、すなわちAIや遠隔操作のドローンではなく、実際の人間が乗っているかどうかを尋ねた。コンマ数秒を争う近距離戦において、BISHOPが使えるかどうかでその戦力は埋めがたい差があった。BISHOPは近い未来を見せてくれる。
「"わからねぇ。だが連中の動きからすると、3割ってとこだろう。数は、プラムからの情報だと約600だな"」
「わお、嬉しくねぇデータだな。聞かなかった事にしてぇぜ」
「"そうか? もっといい情報があるぞ。連中が持つ正規空母の積載量は2000を超えるそうだ。満載はしてねぇはずだって話だが、第2波か3波まではあるだろうな"」
「はっ、笑えるね。満載してねぇって根拠は何だ?」
「"到着が速すぎるんだとよ。推進燃料とドライブ粒子を山ほど積んでるって事だな。本来はおもちゃを載っけとくトコによ…………よし、お喋りはここまでだ。仕事を始めるぞ"」
いつもはビームランチャーを吊り下げている場所に、代わりに小さな回転式空対空タレットをつけた耳付きの球体が4つ。それらが20程のドローンを従え、見事な編隊飛行で加速していく。
「"チャー、ゆきじいさん、俺のケツを離れるなよ。サポートに徹してくれ。タイキ、お前は自由に動いてくれて構わん。その方がやり易いだろ。ドローンを8つ持ってけ"」
ゴンが手振りを交え、各々に指示を出す。タイキは「わかってるじゃねぇか」と小さく笑うと、機体の進路を3人とは異なる方へ向けた。
「どこかに間抜けは…………あいつは駄目だな。もう投下後か」
タイキは空域にいる手ごろなターゲットを探すが、近くにいる獲物はどれもランチャーによる攻撃が済んだ機体のようだった。キャッツの目的は味方を守る事であり、どうせ攻撃するのであればランチャー未投下の相手が望ましかった。
「"タイキ、正面左上に手ごろなのがいるぞ。俺らは巡洋艦カスパンに向かう連中をやる"」
「あれか…………了解、ボス。さっそく向かう」
機体の旋回と共に心地よいGが訪れ、タイキは自分が船に乗っているという実感が沸いた。プラムのような戦艦は、あまりに安定していてステーションとさして変わらないと彼は考えていた。
「数は……30機か。おいおい、随分慌ててるじゃねぇか。駄目だぜそんなんじゃ」
タイキは巡洋艦カスパンへ向かっていた相手を大きく迂回するように機を走らせると、対処の遅れた一機の上を掠めるように移動した。そしてすれ違いざまに、吊り下げたタレットから手痛い連射をお見舞いする。
「よしっ、2つやったぞ。ひとつはドローンのだけどな。しかし向こうのトップが心を読むってのは本当かもしれねぇぞ。こいつら、あんたらの方向にタレットを向けてやがった」
「"そうか、なら作戦成功だな。ところで相手の機種はランサーだそうだ"」
「ちっ、そうかよ。チャーの野郎がそう言ったのか?」
「"あぁ、そうだ"」
「くそっ、ならそうなんだろうな。加速じゃ勝てねぇぞ、注意しろよ」
「"わかってる。お前も気をつけろよ"」
タイキは人間には到底不可能な挙動で機体を旋回させると、次の攻撃を行うべく獲物に襲いかかった。
「ははっ、こりゃすげぇぞ。俺達のトップはやっぱとんでもねぇ野郎だな」
タイキは射程に入った全ての敵機体に対し、一瞬でロックオンが完了するという夢のような状況に苦笑いをした。キャッツの機体はプラムとデータリンクされており、機体が発するジャミングもなんのその、おもしろいくらいにタレットの攻撃が命中した。
「弾数の心配をした方がいいかもしんねぇな、こりゃあ…………くそっ、当てやがったな! どいつだ!」
タイキは機体の揺れとシールド残量計が少し減っている事に気づき、機体を上方へ大きく旋回させた。すさまじい重力加速度により口の端が垂れ、よだれが少しもれる。
「コントローラーは…………お前かっ!」
自分の旋回についてくる機体を無視して、タイキは遅れがちになっている機体に攻撃を集中した。カト族である自分についてこれる機体は、Gによる加速を気にする必要のないドローンか、もしくは同じカト族が乗っているかのどちらかだった。
「ロック、ファイア!」
発射される光弾。破壊される敵爆撃機。しばらく周囲の敵ドローンの動きが散漫になり、予想通り制御者を落としたのだという事がわかる。
「こうなると、いっそトリガーとロックオンをワンボタンで出来るようにした方がいいんじゃねぇか? 後で報告してみるか」
タイキはそんな事をつぶやきつつ、敵ドローンを立て続けに3つほど破壊した。すると残った敵ドローンはタイキでさえも耐えられないだろう加速を開始し、仲間の元へと移動していった。
「"こちら巡洋艦カスパン。助かったよ。君らの支援に感謝する"」
「おう、戦後は社長によろしく言っといてくれよ。ボーナス弾んでやれってな」
タイキはカスパンに見えるよう機体をゆらゆらと揺らすと、他の獲物へ向けて加速を開始した。先ほどまで攻撃していた相手はカスパンへの攻撃を諦めたようで、別の方向へ移動してしまっている。追えばおいつけない事もないだろうが、相手は高速爆撃機であるランサー型であり、相対速度がかなり小さくなる可能性があった。それは宇宙において互いにほとんど静止しているのと同義であり、カト族の頑強さを活かした高速機動戦を行う事が出来ない。それに何より、わざわざそんな危険を冒す必要もなかった。
「こんだけ獲物がいるんだからな。先は長いぜ」
タイキは敵を撃退した喜びが、レーダーを見た瞬間に消えていくのを感じた。敵の数はあまりに多く、心底うんざりとさせられた。
「おーおー、やべぇな。めっちゃ一杯来てんよ。大丈夫なのこれ?」
対空砲座を制御する為の装置に座った男が、あまりの敵の多さに呆れながら言った。狭苦しい球体の小部屋に操縦装置のついたシートが置かれたそこは、攻撃可能範囲全ての映像が壁に映し出されていた。
「スーパーコンバット8のラスボス戦くらいいるな…………これってすげぇリアルだけど、俺達、実際タレットにいるわけじゃないんよね?」
隣の部屋から、自分と同じように対空を担当する者の声が聞こえてくる。男は背後に空いた扉の方へ顔を向けると、「そらそうだろ」と返した。
「んなとこにいたら、敵のビームがあたった時100%死ぬじゃん。スーパーコンバットでもそうだったっしょ?」
「いや、スパコン3過去編の時はそんな感じだったんよ。大昔の船を再現したとかで、こういうスクリーンじゃなくて硬化ガラスから生の宇宙見るタイプ。一撃死で機数ないから、まじ高難易度だったわ」
「まじかよ。俺5からなんだよな。今度3やらしてくんね? ちょっと興味あるわ」
「"も前らいいから早く撃て! もう敵来てんぞ!"」
顔の見えない相手と会話をしていたふたりに、無線機から怒声が聞こえてくる。男は「あ、まじっすか」とそれに軽く応じると、手元のコントローラーを使って攻撃を開始した。
「…………えっ? ちょっと主任、画面の半分くらいがテクノブレイクで埋まってるんすけど。これ撃ったらまずくないっすか?」
戦艦チェリーボーイの対空砲座である男のスクリーンには、逆さに連結された戦艦テクノブレイクがでかでかと映し出されていた。
「"あー…………出来るだけ当てないような方向で。小口径だからちょっとくらいならシールドではじかれるんで大丈夫。たぶん。でもランチャー投下されるよりはマシだから、敵に当てられそうなら多少は目を瞑る方向で"」
「まじっすか。結構ハードモードなんすけど…………うおおっ、きたあっ!」
こちらへ向かって来る敵爆撃機から光弾が発射され、スクリーンに青い光が瞬く。男は咄嗟に目を瞑って身構えたが、当然ながら何の衝撃も訪れなかった。
「"馬鹿! 早く撃ち返せ! ここは安全だ!"」
主任の怒声が再び聞こえ、男はそうだったと慌てて砲座の操作を再開する。BISHOPから送られてくる敵の予想未来位置と距離、弾速とを演算し、小口径ビームガトリング砲を連射する。
「く、くそっ! 今のは絶対当たってただろ! ラグあんじゃねぇの!」
あっという間に通り過ぎていった敵爆撃機に対し、男が文句を言う。
「相手の未来予想の方が正確だったって事だな。ふひひ、俺様もう2つやったもんね」
隣の部屋から、先程と同じ声が聞こえてくる。男は「くそっ」と悪態をつくと、目を皿のようにして敵を探した。
「"残念。お前がやったのはドローンだな。中身入りの機動はまじやべぇから調子にのんな"」
主任からの注意。隣から「まじかよ」という声が聞こえ、男は多少溜飲を下げた。
「うわっ、上の方めっちゃ火噴いてんすけど…………」
スクリーン上に移るテクノブレイクに敵のランチャーが炸裂したらしく、一部で爆発が起こっていた。
「これ、もう脱出した方が良くね? なんかこの船だけに200機近く来てるみたいだし、明らかに狙いは俺達っしょ」
再度隣からの声。男は「まじかよ」とそれに返すと、頭の中に避難経路を描き始めた。
「なんで俺達よ。男なら旗艦狙えよ旗艦」
「いやいや、テイローさんのトコにはいかねえだろ。あの人の対空弾幕まじパねぇから。もう薄いとか絶対言えない」
「まじ? 見たことあんの?」
「うん。シミュレーターやった時に再現見たけど、あれもう人間技じゃねぇぞ。ひとりで40基の砲座操作してんの。もう意味わかんない。んで、命中率偏差値いくつだと思う?」
「すげぇな。偏差は、80超えとか?」
「や、偏差値102。思わず超笑ったわ。102とか今日び子供でも言わねえよ……あれたぶん、なんかのギフトだな」
「まじかよ。パねぇな」
「だな。パねぇ」
「超パねぇ」
「"うるせぇぞお前ら! いい加減真面目にやれ! 生き死にかかってんだぞ!"」
再び主任の怒声が聞こえ、黙り込むふたり。確かに主任の言う通りなのだが、男には何か実感がわかなかった。現実に起こっている事なのかどうかを除けば、状況は彼の好きなゲームをプレイしている時と何も変わらなかったからだ。
「まぁ、やりますけど…………でも、俺らがちょっとやそっと落としただけでどうにかなるんすかね? アルファ星系アニメの祭典にいる俺らくらい敵がいるんすけど」
「"帝国軍第一機動艦隊でもそんなに艦載機は保有してねぇよ…………わかった。活躍したら何かボーナスをくれてやる。何がいい"」
「まじっすか。でもぶっちゃけ金とかどうでもいいっす。死にたくないし」
「"…………アルファ星系は、ライジングサンの所有星域だぞ。アニメの祭典に影響利かせるくらいわけないはずだ。欲しい新刊全てを手に入れられるとしたら、どうだ?"」
ふたりの男は、艦対空撃墜王になった。




