第234話
長く空いてしまいましたので、お詫びの連続投稿です。
「敵シールド艦RS8、速力落ちている模様。中破判定。サマサの砲撃です。Eブロックに穴が開きますが、どうしましょう。追撃、もしくは攻勢をかけますか?」
戦闘中にも関わらず、非常に静かな艦橋。各担当が黙々と作業に従事するなか、エッタの副官の声だけが朗々と響いた。
「良くやったわ。やはり単純な殴り合いならこちらに分があるわね。でも、タイミングが悪いのよ。そろそろ向こうの第2波に集中しないと」
エッタは強い薬の副作用に顔を顰めつつも、次なる大量演算の準備に取り掛かった。戦況は極めて自軍に有利に動いていたが、もういくらもしないうちにやっかいな実弾の雨が降り注ぐところだった。
「コールマンには、もう少しましな薬を開発してから逝ってほしかったものだわ…………各艦、対空迎撃の未来予測管制をこちらへよこしなさい。先程と同じようにフィードバックするわ」
また先ほどと同様の、肉体的にも精神的にも辛い作業を行うと考えると憂鬱だったが、エッタはそう言って身構えた。彼女はすぐ傍のどうしたら良いのかわからないといった様子のテッタに気付くと、余裕のない笑みを無理矢理作った。
「さっきと同じでいいのよ、テッタ。こちらに近付いて来る飛行物体の座標を選定してくれるだけでいいの」
出来るだけイラつきを抑えながら言った。それにテッタは「はい」と答えてきたが、彼女の不安そうな表情は晴れなかった。
「お姉様、何だか辛そうです」
「そう? でも大丈夫よ。貴女は安心して、自分のやる事の心配だけしてなさい」
エッタはこれで話はお終いだとばかりに顔を逸らすと、しばらくの間を待った。やがてテッタの制御する広域スキャン関数が活動的になった事を確認すると、その結果が送信されてくる前に情報を読み取って処理をし始めた。BISHOPの未来検知とその通信を見る事の出来る彼女にしか出来ない、恐らくこの世の誰よりも素早い行動だった。
「大丈夫。コツは掴んでるわ。先程よりも、ずっと被害を減らせるはず」
エッタは自分に言い聞かせるようにそう言うと、迎撃の算段を立て始めた。
現状の艦隊はサマサの打撃力を基軸としている為、まずはそれを最優先で防御する必要があった。超ド級戦艦であるサマサは敵の実弾の数発を余裕で耐えるだろうが、何かエンジンやタレットといった設備に損害が発生すれば、当然ながら戦力は低下してしまう。沈まなければ何をされても平気というわけではない。
「そして優先すべきは、大型弾頭。先ほどと同じ構成なら、およそ10発前後といった所かしら」
自軍の巡洋艦を一撃で葬り去った、核弾頭と思われる実弾兵器。これによる被害半径は相当に大きく、エッタを唖然とさせたものだった。情報により事前にその存在を知ってはいたが、実際に目にすると衝撃だった。
「大型質量…………これらね。ふふ、やはり貴女は優秀よ、テッタ。事前に見分けられるというだけで随分楽になるわ」
エッタは質量の視認という特異な能力を発現させた仮の妹をそう褒めると、その命が儚い事を非常に残念に思った。いくらでも使い道がありそうだった。
「さぁ、そろそろね…………貴方、コード8を発令よ。タイミングは敵の第2波が来る瞬間でお願い」
副官の方へ顔を向け、エッタが言った。副官は一瞬きょとんとした表情をしたが、BISHOPでコード8の意味を調べるのだろう、慌てた様子で少しの間目を瞑った。
「コード8、ですか。ちょ、ちょっと待って下さい。あれはまだこちらへ来ておりませんよね?」
作戦の内容を把握したらしい副官が、顔をひきつらせて言った。エッタはそれにふんと鼻を鳴らすと、「先行させたのよ」とそっけなく続けた。
「相手に遊撃用の艦隊を分割できる程の余裕はないし、その様子もなかったわ。安全だと判断したのよ…………さぁ、そろそろよ。準備しておいて頂戴」
エッタはそう言って会話を打ち切ると、全神経を対空攻撃の制御へと集中した。実際に彼女がやるのは弾頭の未来位置の座標を各艦艇へ送り届ける事だったが、数が数ゆえに大仕事だった。それは薬で自分の能力を増していても、そうだった。
「対空弾幕を張るなら、無理をしてでもフリゲートをつれてくるべきだったかしらね…………さぁ、始まりよ」
テッタの算出した弾頭の座標を頭の中に広く展開させ、手ごろな標的をいくつか見つけ出す。敵との砲撃戦はいまも続いており、うかつに姿勢を変える事は出来ない為、対空砲座や主砲が弾頭方向へ向いている艦艇の選出も必要だった。
「各艦艇、一斉射開始。有効打率3%。12の弾頭を破壊」
副官がしずしずと読み上げる。エッタはその数字に満足はしたが、きっとした表情で副官をにらみつけた。
「作戦コード8を発令しなさい! 何をしているの!」
目を閉じたまま、叫ぶエッタ。副官の「し、失礼しましたっ!」という声が聞こえ、彼女は副官に対する評価を下方修正する事に決めた。
「…………作戦コード8を発令しました。じきに攻撃が開始される模様です」
少し落ち込んだ様子の副官が述べた。エッタはそれを無視すると、きっと血走っているのだろう目をぎゅっと強く閉じ、集中を強くした。
「有効打率、6%。25の弾頭を破壊…………有効打率8%、30の弾頭を破壊……」
ただ黙々と読み上げられる戦果。命中率は時間と共に上がって行き、それは第1波へ対処した際よりもかなり良い数字だった。
「敵弾頭群、危険領域へと突入します。残り弾頭数527…………515…………488。弾頭群、イエローゾーンへ到達。最遠部隊がデブリ焼却ビームによる迎撃を開始。当該領域における危険性は――」
順調に推移する弾頭の迎撃。敵の弾頭は被害をもたらす事なく400まで数を減らし、このままいけばほとんど完璧に近い戦果となりそうだった。
「………………ふ、ふふ……ふふふ……」
思わずもれる笑み。
しかし彼女がこの攻防の勝利を確信した時、それは訪れた。
「…………なっ!?」
驚愕に見開かれる目。何が起こったのかわからないと、傍にいたテッタを手で払いのけ、一歩前へ出るエッタ。
「何がっ…………」
ほんの一瞬。時間で言えば数秒の事だろうか。エッタは突然訪れた事態に対処が遅れてしまった。それは彼女からすればあり得ない事で、想定せざる事態だった。
「…………サマサに敵の実弾44発が直撃しました、ミス・エッタ。砲塔2門が消滅。機関部と推進機構に大きな損壊。艦隊行動への追従は難しいでしょう。他の艦艇に被害はありませんが……残念ながら大破判定です」
静けさの中に流れる低い副官の声。
ひと言も発せずに固まるエッタ。
「そんな……馬鹿な……」
エッタの呟きが、自身の耳にやけに大きく届く。
彼女の迎撃管制は、ほとんど完璧なはずだった。実際にサマサへ命中したらしき44を除けば、全ての被害を抑える事に成功している。
しかしながら全く想定外だったのは、弾頭の数が100に減った際、それまで敵の社長によって制御されていたはずの弾頭が、明らかに別の誰かによる命令へと切り替わった事だった。
「ふふ、うまくいくもんだねぇ。今回の戦いじゃああたしは全くの役立たずになるかと思ってたけど、そうでもなかったみたいだね」
ベラの低くセクシーな声が、太郎の耳元に囁かれる。吐き出された息が太朗の耳をくすぐり、太朗はおもわず身をよじらせた。
「そ、そうっすね。はは、うまくいって良かったっすよ…………あ、あの、そろそろ離れてもらっていいっすかね。太朗ちゃん嬉しはずかし的な……」
シートの上で身をのけぞらせ、赤くなった顔を逸らせる太朗。彼の膝の上には挑発めいた表情のベラが乗っており、少し前までは互いの頬を付き合わせる格好をしていた。
「ふふ、そうしようかね。まだ戦いは終わってないし、なにより怖い顔で睨んでくる娘がいるようだからね」
肩をすくめ、親指で背後を指差すベラが、太郎の膝から降りて歩き出す。太郎がベラの指し示す方を見ると、頬を膨らませたマールが慌てて目をそらす所だった。
「しかし御見それしました、ミス・ベラ。前々からこのような想定をしておいでで?」
小梅がベラへ向かい、丁寧に一礼する。ベラは「よしとくれよ」とそれに苦笑いを向けると、空いた席のひとつに着席した。
「あたしの能力は艦隊掌握制御。坊や程じゃあないけど、複数の命令を同時にこなす力だからね。弾頭制御の真似事ならできるだろうと、坊やと前々から打ち合わせといたのさ」
「なるほど。道理です、ミス・ベラ。しかしそうなると、もう1隻実弾兵器搭載の船を用意するだけの価値がありそうですね」
「いやいや、そうはなるまいさ。あたしのはあくまで真似事だし、坊やのバイパスがあってこそだからね。今回うまくいったのは、相手が急な選手交代に対処できなかったからだろうねぇ」
ベラはそう言うと、口元の葉巻に火を付けた。満足そうに煙を吐き出す彼女を見て、太郎はその言葉が謙遜だろうなと思っていた。
実際、およそ30の弾頭を彼女は見事に操ってみせた。相手を混乱させる作戦は確かに功を奏したが、事前の予想ではもっと小規模なものを考えていた。せいぜい数発の弾頭を命中させられれば良いだろうと。
「ベラさんの場合は、弾頭制御に集中するより艦隊の指揮を執ってもらった方が助かるよ。搭乗艦にいくつか載せとくのは賛成だけどな…………それよりでかぶつはどうだ?」
太郎がそう質問すると、「ちょっと待ってね」というマールの声が返ってくる。
「あの爆発だと、いくつかの砲を潰せたのは確かでしょうけど…………うーん、位置的にエンジンまわりをやったかもしれないわね。実際行き足がかなり鈍ってるわ」
マールから送られてきた画像がバイザーに表示され、大きな被害を与えただろう敵船の箇所に赤いマーキングが追加された。
「そいつは僥倖やね。動けないとなると、相手の戦術はかなり限られる事になるんだろうけど。でも、相手が相手だからサマサを見捨てそうだよな…………うわっち、なんかもらったな」
船体が小刻みに揺れ、即座に損害箇所が表示される。予備燃料系のひとつが黄色で表示されており、何らかの異常が起きている事が見てとれた。
「遠隔修復できるかもだけど、ちょっと見てくるわね。燃料まわりだから心配だわ」
マールが立ち上がり、バイザーを外して走り出していく。太郎は「頼むぜ」と声をかけると、ベラの方へ顔を向けた。
「…………ん、あたしかい? そうだねぇ。これまでの行動を見る限り、まず見捨てるだろうね。向こうは兵隊の命が安いんだろうさ」
無表情だが、明らかに不快な声色のベラ。太郎は「ですよね」とそれに答えると、艦隊へ攻勢の指示を飛ばそうとした。
しかしそこへベラの「待ちな!」という強い声が割って入る。
「あ、あれ。だめっすかね。今は攻めるべきだと思うんすけど…………相手混乱してますよね?」
「その判断は間違っちゃあいないけど、ちょいと待ちな。向こうの様子が変だよ」
ベラの指摘に、太郎はレーダースクリーンを仰ぎ見た。しかし太郎には、特に何か異常があるようには見えなかった。
「この動き…………防衛の為じゃあないね…………まさか……攻勢?」
独り言のように呟くベラ。「まさか」とそれに返す太郎。
「相手は主力を失ったばっかっすよ? それに弾頭もまだ3波が残ってるわけで、この状態で来てくれるんならむしろ有難い――」
そう太郎が評した声を、小梅の声が遮った。
「味方艦隊周辺に空間予約多数。かなり大規模です、ミスター・テイロー。反ドライブ粒子の隙間を縫っています」
いつになく深刻な声色。反ドライブ粒子の作り出す反発泡の隙間となると、かなり小型の物質という事になる。太郎ははっと首を巡らせると、その言葉の意味する所をすぐに理解した。
「い、いやいや。観測班の話だと、まだかなりの距離があるはずだぞ。いくらなんでも早すぎ……んだろ……」
太郎が話し終える前に、スクリーン上にドライブ粒子の消滅と新たな質量物質の確認が表示された。それはカメラ映像へと切り替えられ、やがて信じられない程の量の小型艦艇を映し出した。
「ぜ、全艦隊、対空防御用意! 対空防御用意! ちくしょう! 空母がもう来やがった!」
太郎の叫び声が、艦橋に響き渡った。




