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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
233/274

第233話

ひっそりと更新。ようやくまた書ける環境になるかもです。


 銀河帝国住民の99.99%以上が、その一生の間に意識の片隅に浮かぶ事すらないだろう銀河の片田舎。かつては賑わいを見せ、近年は誰も寄る事のなくなった、帝国初期拡張時代の残滓。そして今では、口にするのもはばかれるような薄暗い計画の為に利用されている場所。ザイード。

 そのザイード星系で互いに向かい合う、150と300の艦艇。150は中空に浮かぶ施設の盾となるべく展開し、300はそれを食い破るべく槍のように突進していた。


「向こうにある、サマサへ決定打を与えてくる可能性のある兵器はふたつだけだ。妙な砲艦と、例の実弾にだけ注意しろ」


 艦隊の中でもひときわ目立つ、巨大な戦艦サマサの艦長が注意を促す。余裕を持った顔付きの部下達がそれに返答し、豪華な射撃練習場のようなものだと冗談を発する。誰もが百戦錬磨の企業傭兵であり、腕に自信があった。


「主砲、放て! サマサの名を知らしめろ!」


 一方、RS艦隊に義勇軍として参加している、RS側の最大砲戦力を持つテクノボーイの双子の艦長は、その危機的状況にも関わらず堂々とした表情で会話をしていた。


「定石通りシールド艦を狙うと見せかけて、ひたすら小型艦目掛けて撃ちまくる。向こうはうちの旗艦が持つ空母機能について知ってるわけで、防空能力が薄くなると積極的に動けなくなるわけだ」

「流石だな兄者。ベラ司令の指示をまるで自分の考えのように語る、そのえげつなさ。嫌いじゃないぜ」


 にやりと笑うふたり。ほとんどが素人で構成された周囲の乗組員は皆がちがちに固まっていたが、そんなふたりのやりとりを聞いていくらか肩の力が抜けたようだった。


「野郎ども、主砲発射だ! オタクなめんじゃねぇぞごるぁ!」


 ふたつの巨大戦艦が放つ青く太い光が宇宙を切り裂き、互いに交差する。

 数分おきに繰り返されるその死の砲撃が幾度と無く繰り返され、双方に少なくない被害を発生させた。


「さっさと4番隔壁を閉じろ! 2番砲塔に誘爆しちまうぞ!」

「消火機能がレッド! ありったけの消火器引っ張り出して来い!」

「ちくしょう! 予備艦橋がふっとんじまった! 後ろの射撃管制どうすんだ!」

「動け動け! 止まったら死ぬぞ! どうせあんな大砲、シールドじゃ防げねぇんだ!」


 もしこの戦いがいつか戦史として記される事があるとしても、その主たる部分で語られる事はないのだろう名も無き戦士達の叫び。彼らは自分達に課された職務をまっとうすべく、最大限の努力を行っている。


「ボス、そろそろ第2交戦距離に達します。統制コントロールを実施しますか?」

「いいや、まだだね。向こうはこっちの頭ん中を覗いて来るって話じゃあないか。だったら、覗かれてようが何だろうが関係なくなるまで近寄るのを待ってやればいいさ。少し考えもあるしね」


 150を擁するRS艦隊の実務上の司令官であるベラが、いつものように袖を通さずにジャケットを羽織り、葉巻を咥えたままで部下に応じた。彼女のギフトである集団掌握制御は艦隊を運用するのに適していたが、今それを使うつもりはなかった。心を読む相手がいるのであれば、彼女ひとりの考えで艦隊を動かすのは危険だった。


「提督、はじまったようです。遠方スキャナーが高エネルギー反応を複数捕えました」

「そうか…………よし、艦隊を前進させろ。ドライブ準備に移れ」


 向かい合うふたつの艦隊とは別に、そこから離れた場所に佇む艦隊。ザイードで向かい合う艦隊を全て合わせたよりも多数の船を擁するそれらは、提督であるソドの命に従い、ゆっくりと動き始める。


 そんな幾多の人々が創り出す意思の瞬きの中、その流れの帰趨を決める立場にある最高権力者であるふたりの最高司令官は、互いに敵対する正反対の立場であるにも関わらず、全く同じように驚愕に目を見開き、そして全く同じ言葉を、全く同じタイミングで発する事となった。


 ――化け物め!――




 マーセナリーズのエッタは、第一波として飛来する1000の実弾のその多くが、ただの目くらましのためのダミーだと思っていた。実際に不規則な軌道でデブリ焼却ビームを避けてくるのは、そのうちの100が良い所だろうと考えていた。

 しかし実際には飛来する1000の全てがどれも複雑に動き、焼却ビームの照準から逃れる動きを見せていた。彼女は敵旗艦から発せられる命令文を解析し、それを元にした全艦隊による対空弾幕迎撃を行い、それは確かな効力を発揮したが、しかし彼女が期待していた結果とは違うものとなった。

 彼女は全てを捌き切るつもりだったが、実際には200近くの実弾が防空網を掻い潜ってきた。

 彼女は敵司令官が弾頭に対して発するBISHOPの命令内容をほぼ確実に読み取る事に成功しており、そこに問題はなかった。実弾に対する通信にさしたる暗号化は施されておらず、非常にシンプルな命令文だった。


 しかしながら、そしてただひとつの問題は、あまりに数が多すぎた事だった。


「巡洋艦MS17轟沈、同MS213轟沈、シールド艦ダ・リガ大破、航行不能。Cブロックに防衛の穴が発生しています。MS121中破……訂正、大破判定が出ました。MS54、中破ですが火災が発生しており――」


 淡々と読み上げられる損害報告。既に現れ始めた薬の副作用に顔を歪ませているエッタは、そんな事はどうでも良いとばかりに手を振り払った。


「…………なによあれは! あんな事が! あんな事が出来るはずは!」


 血走った目で叫ぶエッタ。横では腕を強く捕まれたせいだろう、テッタが痛みに顔を顰める。


「MS48に小破判定。MS91も同様…………弾頭制御の為に、大量の人員を乗せているのではないでしょうか。見た所新造艦のようですが、サマサのように古い設計を元にしているのかもしれません」


 被害報告を読み上げていた副官が、それを止めて言った。一般的にひとつの船に必要な乗組員の数は、BISHOPの発達と共に年々少なくなっているものだった。


「いいえ、あれはひとりの人間によるものよ。絶対に間違いないわ。同じ発生源。同じ波長。同じクセ。それは間違いない…………でもそんな奴、施設にだって…………」


 段々と消えゆく声。エッタは独り言のようにぶつぶつと呟くと、しばし考えに没頭した。


「正直、完全に甘く見てたわ。ソド提督のレポートなんかを信じたせいね……5千全てが弾頭だとすると、残り4波。耐えきる自信はあるけれど、失う物が多過ぎる」


 目を閉じ、現状で採りうる最善の方向性を考えるエッタ。彼女は5分近くもそうすると、やがて不本意ながらも「高い授業料だったわ」と口を開いた。


「作戦を変更。持久戦で行くわ。積極的な攻勢は増援の打撃艦隊を待ちましょう。ソド提督との連絡をなんとしてでもつけて頂戴。それと、当然EAPの軍部連中にも。この状況で背後から襲えるなら、向こうは大した抵抗も出来ないわ。もう侮るのは止め。今、ここで、全力で潰しにかかるべきだわ」


 エッタは苦々しい顔でそう発すると、艦隊の陣形を突撃用のそれから防御に適したものに変更するよう命令を下した。そして船体が大きく動き始めるなか、彼女は消え入るような声で言った。


「…………化け物め」



 ライジングサンアライアンス連合艦隊旗艦、戦艦プラム。その少人数ながらもいつもは賑やかな艦橋が、今やまるで通夜のように静まり返っていた。聞こえているのは太郎自身の吐く荒い息遣いのみで、それはやけに耳に残った。


「…………8割近くも落とされんのかよ……テイローちゃん、正直予想外だし、ショックなんだけど」


 脳の使い過ぎからか、それとも緊張からか。頭痛のする頭を手で揉み解しながら太朗が言った。


「本当に、見えるんだわ…………こんなの反則よ! BISHOPの放射を読み取れるなんて、心の中を覗いてるようなものじゃない!」


 眉間に深い皺を寄せたマールが、憤懣やるかたないといった様子で叫んだ。太朗はマールの方を見るでもなく「んだな」とそれに同意すると、なぜBISHOPで脳を酷使すると鼻血が出るのだろうかと、自らのそれを手の甲で拭いながら疑問に思った。


「えぇ、えぇ、まさに反則ですね、ミス・マール。小梅も確かな怒りを覚えます。これはプライベートの侵害にあたります」


 戦闘による忙しいその手さばきとは裏腹に、涼しい顔で小梅が言った。するとそこへ太朗が驚いた顔を向ける。


「小梅もそういうの気にすんだな……や、AI的にプライベートってのはどうなんだ。必要なんか?」


「ふむ? つまるところ、私に脱げと? 今この場で裸になれと? そういう事ですか、ミスター・テイロー」


「あ、あれ。そうなるんか? あぁいえ、興味ないっす。ごめんなさい」


「私とて覗かれたくない心や行動のひとつやふたつ、当然ながら持ち合わせておりますよ、ミスター・テイロー。例えばこの戦艦プラムの強力なスキャナー機能を用いて、ミスター・テイロー、貴方のエロ……げふんげふん、本の隠し場所等をリアルタイムで把握している事とか」


「お前何やってんの!? むしろ俺のプライベートをなんとかしてくれよ! あとそれ、げふんげふんしてる意味ねぇから!」


 手元にあった手ぬぐいを小梅へ向かって投げつける太朗。それを見もせずにはたき落とす小梅。太朗は「ぬぐぐ」とどうでも良い悔しさを露わにしつつも、頭の中ではその実、忙しく弾頭群第二波の準備を進めていた。


「ねぇテイロー、どうするの。このまま続ければ確かに大きな効果があるでしょうけど、でもきっとあのでかぶつは残ったままよ? 防御はあれを守るのに集中してるみたいだし」


 マールが不安そうに発する。太朗はバイザーにでかぶつ、すなわち敵の超ド級艦を表示させると、はぁとため息をもらした。


「あれを何とかしないと、結局どうしようもねんだよなぁ。今んとこ弾頭への防御へ集中してくれてっけど、それがなくなったら一気に来るだろうし。1分に1隻落とされるとして、2時間もありゃ主力が全滅か? やってらんねぇな」


 太朗は未来の可能性のひとつをそう思案すると、ぶるりと震えた。それはどう考えても楽しいものではなかった。


「最悪プラムで肉弾戦を挑めば、相討ちくらいは…………あぁ、その動きも読まれて距離とられるか。どうしようもねぇな」


 お手上げだといった表情で肩を竦める太朗。不安そうなマールと無表情な小梅の視線が集まる。太朗は少し間を置くと、「つーことで」と前置きをして片眉を上げた。


「まずは、あれをなんとかすっべや。秘密兵器も届いたみたいだし」


 戦艦プラムの一般出入口を映すカメラ映像。そこに現れた宇宙服姿の人影を確認し、太朗はほくそ笑んだ。人影は小型のジェットパックを器用に操作すると、何の問題もなくプラムの中へと入って行く。その時宇宙服のバイザー越しに青く染められた頭髪がちらりと見え、きっと今も葉巻を咥えているんだろうなと太朗は予想した。


「アホみたいな経営して、アホみたいな事やって、アホみたいなあくどい事して、それでなんで大企業やってられんのかって思ったけど、やっぱBISHOP覗けるってすげぇな。考えてみりゃ何でもありだわ。聞くべき事を聞いたらすぐに暗殺すべきだってファントムさんが言ってたけど、ほんとそうかもな」


 全ての行動がBISHOPによって行われるこの時代、自己完結される思考を除けば、彼女に見えない心などないのだろうなと太朗は漠然と想像した。出来ない事などあるのだろうかと。


「でも、だから何だっつーんだ。思い知らせてやるぜ」


 太朗は全てを思うがままにする自分を想像するという楽しい作業をふいに中断すると、そう言って拳を握り込み、そして呟いた。


「化け物め」



 両陣営の頭が、期せずして同時に発した言葉。

 それはまさにその通りだったが、しかしながら大きく異なったのは、それを語った際のそれぞれの表情だった。


 ひとりは苦々しく。

 しかしもうひとりは、猛々しく。




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