第232話
投稿遅くなってしまい、申し訳ありません。
人生なかなか思うようにいかないものですorz
電子戦機による継続的な襲撃は、RS艦隊に大きな打撃を与えていた。
たかだか数機による奇襲など、本来であれば大した戦果も挙げられないケースがほとんどだろう。しかし後先考えずに放たれる捨て身の一撃は、少なくとも同サイズの船を道連れにする程度には強力だった。
「敵小隊沈黙。味方巡洋艦、RS-44、同48からの連絡が途絶えました。ビーコン反応あり。通信システムがロストしたものと思われます、ミスター・テイロー」
通常艦と、それより遥かに高価な電子戦機の相討ち。それも電子的に継戦能力が損失するだけの通常艦と、対して乗組員もろとも物理的にやられていく電子戦機。一般的に考えれば、電子戦機を用いた側の敗北と考える事も出来る。
「生命維持装置関係が無事だといいんだけどな…………脱出してる様子は見える?」
「否定です、ミスター・テイロー。回収機を向かわせる必要がありそうですね」
「くそっ、間に合ってくれよ……つーか、これで何隻目だっけ?」
「62隻です、ミスター・テイロー」
「ろくじゅっ…………聞かなかった事にしよう」
しかしながら残念なのは、船1隻に対する重みが双方で異なる事だった。船や乗組員の価値という絶対値ではなく、艦隊の戦力に対する比率で考えると、これは明らかにRS艦隊サイドの分が悪かった。
「時に、ミスター・テイロー。良いニュースと悪いニュースがあるのですが、どちらからにしますか?」
先程より戦艦プラムの艦橋で太朗の相手をしてくれていた小梅が、ふと気付いたように言った。マールは現在仮眠をとっており、エッタは完全に夢の世界へと行っているため、珍しく艦橋はふたりきりだった。
「艦隊戦力の3割が削られた事以上に悪いニュースがあるとは思えねぇからな。何聞いても驚かねぇよ。悪い方が先で」
艦長シートの上で、苦い顔をしながらぼやく太朗。目の端に映るレーダースクリーンには、オーバードライブを終えた自軍の艦艇が次々に到着している表示が更新されていた。
「了解しました、ミスター・テイロー。今しがた、定点観測チームが敵の増援部隊を確認したようです。分離した艦隊とは別物です。観測チームから"社長、ガンバ"とのメッセージが添えられています」
「おほっ、まじか。ディーンさんが頭押さえといてくれてたやつかな。ガンバって、これまた軽い調子だけど……どんくらい? 1個艦隊? 2個艦隊?」
「10個艦隊。およそ500隻だそうです」
「1個軍団来てんじゃねぇかよ! 軽過ぎんだろ観測チーム! こいつらぜってぇ草生やしてんだろ!」
「なお、増援の中に正規空母の姿が確認されたようです。帝国中央に軍を残す気はないようですので、おそらく周囲と期限付きの不可侵条約でも結んだのでしょう」
「おおう、どんだけ金持ってんだ傭兵屋さん。ワインド危機でさぞかし儲けたんだろなぁ…………俺らもだけど。しかし空母打撃艦隊か。しょうがねぇ、俺も奥の手を使うしかねぇな」
「サイドテーブルの引き出しを何度開け閉めしても、そこにタイムマシーンはありませんよ、ミスター・テイロー。正直見ていて非常に不気味です」
「いやいや、絶対あるって。試してみる価値はあるって…………ちなみに良い方のニュースは?」
「はい、経理課の係長にお子様が生まれたとの事です。元気な男の子だそうですよ」
「おぉっ、おめでたい! けどそのニュース今じゃなくていいじゃん! 今じゃなくていいじゃんっ!」
シートから崩れるように落ちる太朗。彼は床でじたばた暴れると、やがてぐったりと四肢を伸ばして動きを止めた。
「ちなみに、悪いニュースなら他にもあるぜ。議会が戦争継続に及び腰になってるとよ。多分、会戦敗退後のゲリラ戦は無理だな」
天井を見つめながら呟く太朗。しばらくすると小梅が歩み来て、太朗の傍で足を止めた。
「そのようで。しかし敵の狙いがあの施設である以上、そもそも領土へ追ってすら来ない可能性が高いと推測されます。想定済みでは?」
「まぁな。でも完全に追い詰められた気がするぜ。次の会戦が事実上の決戦だ」
「えぇ、ミスター・テイロー。それも想定済みでは?」
「いやいや、そうだけどさぁ。でも改めてそうだと認識すると、結構ショックなもんなんだぜ。しかもそれが――」
太朗は「ふっ」と息を吐きながらネックスプリングで起き上がろうとして失敗すると、痛めた頭をさすりながら普通に立ち上がった。
「今にも始まりそうってんだから、なおさらな」
レーダースクリーンへ、小さな笑みと共に親指を向ける太朗。小梅の目線がそちらを向き、RS艦隊のいるデルタ地点を捉える。最後のドライブを終えた巡洋艦がのろのろと艦隊に合流し、施設への道の最後の壁となるべくその向きを変えた。
「決めるのであれば、跳ね起きも成功させて下さい、ミスター・テイロー。ちなみにですが、本当の良いニュースは別にあります。オペレーションデルタジャングルの実施予定時刻と現在時刻が、ほぼリンクしている点です」
小梅がどこか遠くを見つめながら言った。それに太朗は、ただ「わかってるよ」とだけ答えると、仮眠中のマールを起こすべくアラート関数をBISHOPで起動した。
「リンケージ、依然80%強を維持。ドライブアウト予定時刻まで、残り2分33秒。サマサ及び先行突入艦隊の到着後、およそ1分で本艦含めた本隊の突入です」
わずか数十時間前にマーセナリーズ最高司令官の副官となったばかりの男が、携帯端末を横目に発する。戦闘用とはほど遠い造りの艦長席でくつろぐエッタは、手を上げる事でそれに応えた。
「ソド提督との連絡はまだつかないの?」
不機嫌そうなエッタの声。それに背筋を伸ばした副官が「残念ながら」と答える。
「更新頻度が徐々に下がっていきましたので、恐らくこちらから遠ざかるルートを移動しているものと思われます。敵の退路を断っているのではないでしょうか」
副官の報告に、なるほどと笑みを見せるエッタ。
「悪くないわね。この戦争は生き残りが少なければ少ないほど、都合が良いわ…………さぁ、そろそろね。楽しみましょう。数時間の後に分割した艦隊が合流、その後の数時間で増援部隊の到着ね。焦らず、のんびりやれば良いのよ」
エッタはそう言うと水の入ったカップを手にし、いくつかの錠剤を喉へ流し込んだ。それは副作用の強い薬だったが、構う事はなかった。彼女は次が最後の衝突になるだろうと考えていた。
「あぁ…………良い気持ち。視界がクリアになるわ」
極彩色に染まる視界。船内のあらゆる場所にBISHOPの通信を示す流れが渦巻き、エッタに必要不必要問わず近い未来の情報を押し付けてくる。いつもはわずらわしいと感じるそれらだが、しかし今は心地が良かった。どんな情報もすらすらと読み解く事が出来たからだ。
「ドライブアウトまで、残り10秒。9……8……」
近いような遠いような、副官の声がぼうっとしたエッタの耳へと届く。彼女はBISHOPと違い、今現在の情報しか伝える事の出来ない音声という情報通信媒体に、強いもどかしさを感じた。
「3……2……1……ドライブアウト」
船外に見えていた粒子の奔流が収まり、静けさが訪れる。エッタはドライブアウト後に必要な各種索敵や何かを船員達がこなすのを、意識の片隅で確認した。
「正面方向に集結済みの敵艦隊。大型天体なし。なお、光学センサーが比較的近い位置にある大量のデブリを捉えました。小デブリ帯でしょうか……場所を考えると、戦闘後の残骸というのは考え難い気がしますが」
副官が不安そうに呟く。エッタは「ほぅ」と感嘆の息を吐くと、素早くレーダーの索敵結果リストを確認する。リスト上には10万以上のデブリを示す表記。その中の一部は、かなりやっかいな場所にあった。
「…………なるほど。ドライブアウトの邪魔にならない、ギリギリの距離ね。良く計算されてるわ。5千かそこらかしら」
エッタはどこか他人事のようにそう賞賛すると、口元に笑みを浮かべた。
「つまり、一杯食わされたってわけね」
エッタは考え得る可能性をいくつか思い浮かべると、最も可能性の高いそれを確信した。すなわち、自分の能力が相手に知られているという事。
「ふふ、まぁいいわ。これでようやくおもしろくなった。そう言えるのかも」
エッタはギリギリの緊張感というのが好きだった。会社の経営も博打的な方針を採るのを好んだし、それのほとんどを成功させてきた。時には失敗する事もあったが、そうした敗北は勝利の味をさらに良いものにするためのスパイスだと思っていた。
「戦争を楽しむのは馬鹿な事だとあの娘は言ってたけど、私はそうは思わないわ。楽しもうがそうでなかろうが、やる事は一緒だもの。楽しまなければ損なだけ」
エッタはそう独り言を呟くと、視線を横へ向け、不安そうに立ち尽くす臨時の妹へと向けた。
「さぁ、テッタ。こっちへいらっしゃい。貴女の力が必要なのよ…………そう、もっと頭を寄せて」
エッタは笑顔で駆け寄ってくるテッタを抱き寄せると、彼女のBISHOP通信が良く見えるように頭の位置を調整した。
「これからとても沢山のデブリがこちらへ向かってくるわ。私達目掛けてね。貴女にはそれらを捕捉して、どんどん座標を割り出して欲しいのよ。難しい事をする必要はないわ。ただそれだけでいいの」
エッタはそう言うと、気付け替わりだと軽く口付けをし、喜色を浮かべるテッタに笑顔を見せた。
「向こうは大量の弾頭をBISHOPで操作する。私はそれを読み取り、迎撃する。実にシンプルね。素晴らしいわ。お互いがお互いの能力を知っていて、工夫や奇策の余地がない、実に単純な力比べ。未来を読み合って、より先を見た方の勝ち。あぁ、素敵だわ! 勝負というのは、こうでないと!」
得も言われぬ興奮を感じ、身体をよじるエッタ。彼女は絶頂さえも迎えかねない程の快感を貪ると、今まで浮かべていた笑みを唐突に消した。
「さぁ、来なさい。身の程を思い知らせてやるわ」




