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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
229/274

第229話

「ふたつ…………ううん、違うわ。みっつ。別々の方向に、動いてる」


 目を閉じたままのエッタが、ぼんやりと呟いた。それに太朗は「みっつか」と小さく呟くと、苦々しい気持ちで一杯になった。


「片方は迂回路の一番近い所を来るわよね。もうひとつはどこへ向かったのかしら」


 太朗の手元を覗き込むようにしてマールが言った。太朗は周辺地図の映し出されている携帯端末を睨みつけると、「わかんねぇな」と彼女に答えた。それに頬を膨らませるマール。


「んもう、頼りないわね。ちょっとは考えなさいよ」


「や、や、そうじゃなくて。エッタがみっつって判断すんのにちょっと迷ってたろ?」


「それがどうしたのよ…………あっ、もしかしてステルス艦?」


「じゃねぇかなぁ。向こうはソナーマンが一杯いるわけで、お互いの連絡はばっちりってやつだ。俺だったらそうするな」


「となると、夜間に来られるとまずい事になるわね。エッタなしだと、奇襲でもされたら大変な事になるわ」


「そうなるな。ちょっと作戦を変更する必要があんぞ」


 太朗はそう言って腕まくりをすると、戦術スクリーンへ艦隊の予定進路を描き出した。横目にあくびをかみ殺すエッタの姿が目に入り、背筋に寒いものが走った。


「向こうがエッタについてどれだけ知ってるかはわかんねぇけど、最悪を想定していこう。俺達はこのルートを通って常時遊撃しつつの後退をするつもりだったけど――」


 施設の所在地に向け、一本の線を引く太朗。それは太朗達の考えたデルタの密林作戦を行うのに必要な、時と時間、そして場所を合致させる為の最も合理的なルートだった。


「ルートを変更しないと駄目ね。夜間は出来るだけ戦闘を避ける事になるから、デルタ地点への到達予定時刻がかなり早まるわ」


 マールが中空で手を動かすと、太朗の引いた線の上に大きなバツ印が表示された。彼女は「何割増し?」と太朗に尋ね、太朗がそれに「5で」と答える。すると目的地は同じだがルートの異なる線が無数、スクリーン上に追加で現れた。


「ベラさんに相談したいトコだけど、忙しくてそれどころじゃねぇよな…………うーん、どうしたもんかな」


 現在RSの主力艦隊は敵追撃部隊との迎撃戦を繰り広げており、ベラはそれこそ休む暇もない程の忙しさなはずだった。敵からすればただ逃げるだけの相手を追うのは容易な事で、RS側はそれをさせまいと妨害する必要がある。しかし必要以上にやり合えば数の差で不利になる事はわかっており、時間は稼げるが大きな損害は負わずに済む戦いという、非常に難しい作戦行動が求められていた。


「作戦司令部はそっちだって怒られるわよ。単純計算だとここのルートって事になるんでしょうけど、どうなのかしら。自信がないわ」


「自信ないって、そんなもん俺だってねぇよ。でも決めなきゃならんわけで」


「まぁ、そうよね……一番まずいのは、遅く着き過ぎちゃう事よね。それを踏まえるとこっちのルートの方が良いのかしら」


「………………いや、逆だな。遅い分にはどうにでもなる。でも早くついちまうと、作戦自体が失敗しちまうからな」


 迷った末に発した太朗の言葉に、マールが大きく目を見開いた。


「あんた…………アランを見捨てるつもり? もう中止なんてできないのよ?」


 非難めいた視線。太朗は胸に突き刺さるそれをぐっと我慢すると、「そうならないよう全力は尽くすけど」と前置きをして続ける。


「状況が状況だから、場合によってはそうせざるを得ないだろ。アランだって作戦立案者のひとりだぞ? 当然そうなる可能性があるってわかって引き受けたんだよ」


「アランも? ちょっと待って。そんなの聞いてないわよ。最悪の時は救助を優先する手はずになってるって…………」


「あー、なにカッコつけてんだあいつは。あの作戦で救助なんて事実上不可能だろ。逃げてこられても困るし。まぁ、出来るだけぴったり目指して、最悪遅目にいく方向で行くしかねぇよ。ルートで言うとこのあたりだな」


「何よあいつ……ちゃんと仕事は出来るし、馬鹿だけど結構いい奴だなって思ってたのに……会社だってこれからじゃない…………あいつ家族っているのかしら。いない場合って、相続は自治体? もしかして会社?」


「いや、まだ死んでないし、死ぬって決まったわけでもないから。すっごい怖いんでやめてくれませんかね」


 太朗はベラから作戦行動要請が来ていないかどうかをちらちらと確認しつつ、候補となったルートの絞り込みを続けた。戦艦プラムを筆頭とした強襲部隊は、敵がいよいよ危険なレベルの距離にまで迫った際に振り向きざまの一撃を加えるべく、予備兵力として温存されていた。


「にしても、まさかあれがこうも活躍すっとは思わなかったな…………」


 少し呆れた顔で呟く太朗の視線の先には、数分に一度だけ流れる巨大なビームの光。それはテクノボーイ――チェリーボーイの上に乗せられたテクノブレイクだ――から発せられたもので、追いすがる敵にアウトレンジから確実な打撃を与え続けていた。双方の被害は、時折ベラが仕掛ける散発的な牽制を除けば、そのほとんどがテクノボーイと戦艦サマサの砲撃によるものだった。


「気持ち悪い連中の寄せ集めだとか馬鹿にしてたけど、謝らなきゃだわ。一番の殊勲艦よね」


 少し前にあったやり取りを思い出しているのだろう、マールが苦い顔で言った。


 巨大掲示板からのノリで生まれたようなテクノブレイクとチェリーボーイを擁するブラックホーク商会は、ソド提督との会戦が終了した直後、ほとんど解散寸前の事態に陥っていた。理由は様々だが、最も大きいものが戦いの恐怖によるものだった。実際の所この2隻は一発たりとも有効打を浴びてはいなかったが、一部を除くほとんどが素人である彼らには大きく堪えたようだった。

 ライジングサンの交渉陣は貴重な戦力たる彼らを説得すべく、支払額の増額、傷痍手当や戦後の保障、名誉の約束といった様々な提案をしたが、反応は芳しくなかった。無職の者へ戦後の就職先の斡旋を提案した際などには、むしろ強烈な反発が起こった程だった。


「ここはひとつ、我らがミスター・テイローに一任してみてはいかがでしょうか。小梅が考えるに、彼らの行動原理を最も良く知る人物のひとりではないかと」


 そんな状況を打破する事になった、小梅のひと言。太朗はなんだか納得がいかないながらも泣きそうになっている交渉陣に促され、ブラックホーク商会との交渉に臨んだ。


「余計なお世話? 嘘つけって。働きたくねぇだけだろ。大丈夫、俺もだ…………ちなみにこんなんあるんだけどどうよ。原版のエロ動画を見て、詳しい感想をまとめるだけの仕事。中央から来る最新のやつだぜ。マスターアップ後にはネットワーク上でレビューとか書いたりとかだな。もちろん在宅でおけ。興味あるやつは撮影現場とかの案内も出来るぞ。給料は安めだけど、社会的にも認められた…………ん? 大丈夫大丈夫。2次元も一杯あっから」


 呆気にとられる交渉陣を余所に、そんな親しげな様子で交渉を進める太朗。


「やる気ある奴は警備部なりなんなりに入ってもらってもいいぜ。先生厳しいけど、それ用の学校もあるからな。実戦経験者だって言えば、学校じゃ間違いなくMMKな生活が送れるだろな。わかる? モててモててこまっちゃうのMMKだぞ。もちろん他の部署でもOK。人足りねぇから。うちは他の企業と違って人と顔を会わせる機会が多いから、そこだけは慣れてもらわないとかな。在宅希望者は別だけど。過去の経歴? 完全に不問で。あ、でも犯罪歴があるやつだけはちょっと相談な」


 何を言っているんだといった様子の交渉陣の表情。太朗は商会のメンバーにお前たちの味方だと言わんばかりの態度を見せ、交渉陣を横目にみつつ話を続ける。そんなやりとりを1時間程も続けた頃、やがて満足気な笑みを浮かべた太朗が、マールの元へとやってくる。


「粗方片付いたぜ。何人か頑固な奴がいたけど、最終的に小梅の体操服を賞品にするって言ったら折れたな。AIもののエロ動画を輸入するかどうかは市場調査確認してからって事になったけど。アンドロイドフェチって結構いるんだな。ちなみに戦後は俺達みんなで合コンな。適当に相手してやってくれよ」


「気持ち悪っ! そんな所で引っかかってたの!? っていうか、小梅の体操服なんて一着しかないわよ?」


「や、人数分で刻んで分けるらしいぞ。ひとり手のひらサイズだな。誰が名前入りの所を手にするかで殴り合いの喧嘩になってたけど、大丈夫かな」


「なんなのよあの人達…………あんたもなんでそんな平然としてんのよ……」


 などというやり取りが行われたのが、数時間前。今やブラックホーク商会は士気高く、優秀な艦長であるスガ兄弟指示の元、多大な健闘をしていた。


「ちなみによ、このままジャンプ繰り返したら、あいつら粒子切れになったりしないかな」


 太朗が言葉の内容とは裏腹に、うんざりした様子で発する。それに「冗談」とマール。


「ちゃんと計算して、大丈夫だからあの量を残したんでしょ。今のままでいくと、最終的には200対400くらいになるのかしら。あんた、倍の数相手に勝てる?」


「無理無理。あのデカいやつをなんとかしないとだけど、多分ソナーマンが一杯乗ってるだろうからな。魚雷が届くとは思えねぇよ」


「そう…………はぁ。じゃあ、想定通りあれをやるしかないわね。嫌になるわ」


 深いため息を吐くマール。それに同意する太朗。陰鬱な空気の漂うふたりだけの艦橋に、エッタの小さな寝息が聞こえてくる。


「失礼します、ミスター・テイロー。頼まれていたものを用意しました。これが完成品なのかどうか、小梅には判断しかねますが」


 銀色のトレーを手にした小梅が艦橋入口より現れ、そう発する。太朗は「おっ」とそれに反応すると、マールと共に小梅の下へ歩み寄った。


「何よこれ。ホットゼリー? 私は遠慮しとくわ。あんまり好きじゃないのよ」


 マールがトレーの上に乗せられた物体を見た後、それを指で押して顔をしかめた。


「いんや。これは俺の故郷に伝わる、新年のお祝いに食う品だよ。名前は…………なんつったっけかな。とにかく、米を練ったもんだよ。サイレントキラーとしても有名で、毎年こいつが原因で何人もの人間が命を落としてたな。でもやめられない止まらない」


 太朗がそれを持ち上げ、醤油と似た味の調味料へつけてから口へ運ぶ。それは期待した程には伸びもしないし、食感も全体的にもそもそとしていたが、何となく形にはなっているような気がした。


「何よそれ。なんでそんな危険な物をお祝いで食べるのよ。それに、新年のお祝い? 年号が増えるのを祝うの? なんで?」


「なんでって…………そいやなんでだろうな。冬を無事に越せたからとかか?」


「冬? それはおかしいわ。惑星上の冬って、場所によって時期が違うはずだもの。夏が終わったばかりに新年が来る所もあるんじゃないの?」


「あれ? 言われてみればそうだな。何でだろ?」


 ビーム飛び交う戦場の中、そんなたわいもない会話をするふたり。目的地は段々と迫ってきており、やがて命を賭けねばならない時が訪れる事は重々承知していた。しかしだからこそ、その時までに心も身体も余裕を持たせておく必要があると感じていた。


「そろそろ第4チェックポイントに到着します、ミスター・テイロー。デルタ地点までは、およそ残り32時間20分。予定時刻より4時間程先行する形となりますので、どこかで時間を稼ぐ必要がありますね…………ところで、小梅にもひとつ頂いてよろしいでしょうか」


 小梅がトレーの上にあるそれをひょいと持ち上げてみせる。彼女は何も言えずに固まるふたりを余所に、それを口にしてみせた。


「なるほどなるほど。このような味なのですね。おや、おふたりとも、どういたしました? 消化こそ出来ませんが、食事の真似事でしたら可能ですよ。少し改造して…………うぅむ、これは困りました。喉の部位に"モチ"が張り付いてしまったようです」


 喉を押さえ、なんとか通そうとしているのか、首を前後左右に動かす小梅。太朗はそんな小梅の行動に、彼女が段々と人間じみてきている事を確信するのだった。

 そして、だからかもしれないが、彼が彼女の口にしたモチという単語に気付く事はなかった。




あけましておめでとうございます!

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[気になる点] 小梅さん実は全てを知っている?
[一言] やはり小梅さんがラスボスなのか?
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