第228話
「ぐふ……ぐふふふふ…………完璧に決まったな」
艦長席たるシートの上で、太朗はバイザーに映るレーダースクリーンを見ながらほくそ笑んだ。
「これで約4割近くの削減になったのかしら。ほとんど損害なしで400隻をどうにかできたってのはいいけど、費用対効果で考えると微妙ね。もう二度とやりたくないわ」
マールがほっとした表情で言った。太朗もそれに同感だったので、「だな」と親指を立てて見せた。
確かに彼女の言う通り、作戦にかかる費用は莫大な額になっていた。思っていたよりも遠くに、それも大質量の物質をドライブさせる必要があった為、固定化されたドライブ粒子を周辺宙域から根こそぎ買い漁る事態となっていた。時間と共に自然と増えていくドライブ粒子だが、人為的に持ち運べるようにするにはかなりのコストがかかるものだった。
しかしそれでも、自軍の合計数を超えるような数を戦闘不能に出来たというのは大きな成果だった。アルジモフ博士の計算によれば、再び艦隊がドライブ出来るようになる程度まで粒子が自然増加するには、最低でも2、3週間はかかるだろうとの結論も出ている。
「博士の調査も悪く無い感じで進んでるって話だし、そもそも向こうはいつ調査結果が出るかもわかんねぇわけだからな。追いつくのを待ってるわけにもいかねぇだろ」
得意気な顔をした太朗が言った。彼は横で満足そうに頷くマールをちらりと見ると、次いで先ほどより妙におとなしくしている小梅の方を見やった
「……………………ミスター・テイロー、小梅に何か御用ですか?」
義体の首を傾げ、少し大げさにきょとんとした表情を見せてくる小梅。そんな小梅に太朗は不安に襲われた。
「…………経験からすっと、おめぇが無言な時は大抵ろくな事が起きねぇんだよ」
「おやおや、ミスター・テイロー。人生に飽きたのであれば、そう仰っていただければ良かったのに。小梅は全力でサポートいたしますよ」
「あはは、さすがにまだ飽きる程は…………それって遠回しに死ねって言ってません?」
「いえいえ、まさかまさか。ところで話は変わりますが、最近この義体に新たな機能を追加したのですよ、ミスター・テイロー。どんな機能なのか聞きたくありませんか? 聞きたいですよね?」
「や、聞きたくないし、左手にドリルをアタッチメントされてれば見るだけでわかるっつーか。あとそれ、多分話変わってないよね」
「いいえ、否定ですよ、ミスター・テイロー。両手のアタッチメント機能は購入時からの標準装備です。新機能たるは、ついにこのドリルの回転方向を逆にする事が可能になった点です。凄くありませんか?」
「どうっでもいいわ! 心の底からどうっでもいいわ!」
ぎゃーぎゃーとわめくふたり。そんなふたりを見て、マールが深いため息を吐いた。
「まだ戦いは終わってないし、数が逆転したわけでもないのよ、提督さん」
「こいつ、最近まじで人間じみてきてんな…………あい、わかってるよマール。でもこのまま多段式にB地区でばらばらにしてけば、向こうはにっちもさっちもいかなくなんだろ。余裕じゃね?」
「そう簡単にいくかしら。私は小梅の懸念に賛成よ」
肩をすくめ、口をとがらせて見せるマール。太朗が「小梅の懸念?」と疑問を発すると、彼女は黙ってBISHOP上でデータバンクへのアクセスログを見せてきた。
「マーセナリーズの過去の戦歴、か。今更こんなん見てどしたん?」
軽い調子の太朗。そんな彼へ、小梅が澄ました顔を向けてきた。
「正確には、ド・イルド・サマサ2の記録です、ミスター・テイロー。これは正規空母と並び、かの企業の主力艦とされておりますので、かなり記録があいまいとなっています。ミスター・ファントム及びナラザ会より可能な限りの情報が集められてはおりますが、やはり限界があります」
「まぁ、機密情報だろうしな。むしろ良くこんだけ集まったって感じだろ」
「同意です、ミスター・テイロー。しかしながらこの超弩級艦ですが、ただ砲や装甲に割けるキャパシティが大きくなったというわけではないでしょう」
「そりゃそうだわな。でもがっかりさせて悪いけど、図体の大きさとアレのサイズが比例すると夢見てるとしたら、ショックを受けないうちに考え直しといた方がいいぜ。ぐへへ」
「これはまた酷い下ネ…………見事な後ろ回し蹴りです、ミス・マール。しかしながら、となると当然船体サイズに比例し、その貨物積載量も桁外れになっているはずです。そこにはいったい何が積まれているのでしょうね?」
「くそっ、腎臓を狙うのはやめてくれマール…………何って、そりゃ弾薬だの何だのじゃねぇの。遠征に来てるわけだし」
「ビーム用の粒子加速器に弾薬の類はほとんど必要ありませんよ、ミスター・テイロー。この船とは違うのです。ちなみにですが、サマサ2に大がかりな空母機能は搭載されているのですか?」
「いや、なかったはず。モジュール船じゃねぇから、すぐに積めるもんでもないだろうし…………いやいや、ちょっと待てよ。まじで?」
嫌な予感がした太朗はがばりと起き上がると、蹴られた拍子に地面へと転がったバイザーを拾い上げ、急いでシートへと駆け戻った。
「プラムからRS3へ。ドライブ粒子の測定値はどうなってる? 変動域は?」
太朗がレーダーやスキャナーを多数積んだ測量船へそう問いかけると、数秒の間の後に返事が返ってきた。
「"こちらRS3。粒子濃度は依然として下降傾向です、テイロー提督"」
「そ、そっか。ならいいんだ…………あーっと、濃度の推移に異常値があったりしない? グラフが妙に乱高下してるとか安定しないとか」
「"いいえ、そのような兆候は今の所見られません…………ん? ちょっと見せてみろ…………あぁ、提督、少々お待ちを………………これはいつのものだ?"」
通信機先で何やらやり取りしているらしく、バイザーに映るRS3艦長のホログラフがあちらこちらへせわしなく顔の向きを変える。やがて何か結論が出たのだろうか、艦長がカメラの方へと向き直った。
「"今から約5分程前に、ドライブ粒子の低下速度が極端に低下した瞬間が、2度あります。時間にしておよそ170ミリ秒間。いずれも想定誤差範囲に収まりますが"」
それが何か、といった様子の艦長。それを聞いた太朗は顔をしかめると、すぐさま全艦隊へ通じる回線を開いた。
「ちくしょう! 向こうはやってくるぞ! 全力で撤退!」
通信機へ向かって叫ぶ太朗。
そして彼がそうした直後。それほど大した測定器を積んでいるわけでもないプラムですら容易に観測出来る程の濃密なドライブ粒子の存在が、敵超弩級艦の周辺から確認された。
「ふふ、慌ててるわね…………それにしても、数からすると最低でも大型のドライブシューターが500機といった所かしら。いったいどうやって集めたのかしらね。大型空母はいないという話だし、配送業ってそんなにシューターを使うものなの?」
マーセナリーズのエッタは遠目に見えるBISHOP通信の内容を眺め見て笑うと、誰へともなくそう尋ねた。オーバードライブを利用した運搬装置であるオーバードライブシューターは、空母に搭載されるジャンプ能力と同じであり、一般的に考えてかなり高価な機械だった。
「いえ、貨物を飛ばすのにシューターは向かないでしょう。連続マイクロドライブの急加速で中身が持ちません。向こうは有人惑星を所有しているとの事ですから、もしかすると1次資源の開発も行っているのかもしれませんね。資源運搬はシューターが最も利用される所です」
額の汗をぬぐいながら、明らかにほっとした様子の報告員が答えた。今回の危機はサマサ2に運び込まれていた大量のドライブ粒子を散布する事で難を逃れる事が出できたが、そうでなければ彼が責任を問われる可能性も十分に考えられた。ミス・エッタが誰に怒りの矛先を向けるかなど、誰にもわからなかった。
「それにしても多い気がするけれど…………まぁいいわ。それより、敵は情報通りなかなかに優秀みたいじゃない。タイミングで言うと粒子の散布前に撤退の命令が出てたわ。ソド提督はなかなか良い情報をもたらしてくれたわね」
エッタは満足してそう言うと、もはや勝利は時間の問題だろうとシートの上にゆったりとくつろいだ。
「出発前に、サマサへドライブ粒子の追加増槽を搭載するよう進言したのもソド提督ですしね。先制打撃に失敗した点には目をつぶれるのではないでしょうか」
気が緩んだのか、そう答える報告員。それにエッタが厳しい視線を向ける。
「そう。でも上長を評価するなんて、報告員風情が偉くなったものね」
冷たい声。しんと凍りつく艦橋。誰もが視線をどこか遠くへ向け、いつもは乱暴に扱っている装置でさえ丁寧に扱っているようだった。報告員は口を押えると、一歩二歩と後ずさった。
「ねぇ、貴方」
エッタが首を傾け、報告員の顔を覗き込んだ。報告員は漫画のようにごくりと喉を鳴らし、かすれた声で「はい」と返事をした。
「随分と帯域が狭いのね。見づらいわ。生まれつき?」
電磁波が彩る極彩色の世界。エッタの目に映る男の頭部から伸びるBISHOPの通信量は、常人と比べると非常に小さいものだった。
「え? は、はい。そうです。ただ、人並みの作業は行えます。訓練して連続した出力が出来るようになりましたので」
引きつった愛想笑いを浮かべる報告員。エッタは「ふぅん」と興味なさげな声を上げるが、脳内ではこの報告員の経歴をしっかりと閲覧していた。彼女は報告員に「動かないように」と声をかけると、艦橋に設置されたセンサーの情報を確認した。
「体重約62キロで、生体反応ありと。人間ね。いいわ、気に入ったわ。経歴的にも悪くないようだし、この戦いの間、副官として私の補佐をしなさい。働きによってはその後の処遇も考えるわ」
エッタは野望や欲望こそが人を動かす原動力であると考えており、その点においてこの報告員は及第点と言えそうだった。経歴にも強い上昇志向と書かれており、先程のソド提督をかばうような発言も、彼自身より遥か上の立場の人間にのみ口にする事を許される内容だった。それがつい口に出てしまったというのであれば、日頃からその立場を意識しているという事になる。
それともうひとつ、エッタにとって重要な事に、男はかなりの美形だった。
「突発での総力攻撃なんてしたから、人手が足りないのよ。どう? 受ける?」
返事がイエスである事はわかりきっていたが、一応確認をとるエッタ。男はしばらくぽかんとしていたが、やがて喜色を浮かべると、「イエス・マム!」と場違いな程に大きな声で答えた。
「そう。それじゃよろしくね…………まずは最初のお仕事よ。現状、サマサに積んだドライブ粒子で敵の遅延行動を阻止する事が出来たわ。でも問題があるわよね。わかる?」
エッタの問いに副官は襟元を整えると、咳払いをしてから口を開いた。
「はい、ミス・エッタ。粒子を散布するサマサ周辺にしかオーバードライブが出来ない為、簡単に言えば渋滞が発生しています。そこからさらに陣形を整えるとなると、かなりの時間的ロスが発生するのではないでしょうか」
「そうね。まずはそこ。他には?」
「えぇと、そうですね…………敵が今後もこれを継続的に行うとなると、散布可能なドライブ粒子を使い切ってしまう可能性があります。奥地で分断された場合、かなりの痛手になるかと」
「いいわよ。続けて」
「はっ。ジャンプの度に全ての艦艇へドライブ粒子を使用した場合と、始めから使用する対象を絞った場合とでは、同じ粒子の量でも運べる船の数に大きな差が出ます。必要な際に足りないというのが最も危険な状況ですので、いっその事、後続を別働隊として動かしてしまってはいかがでしょうか」
「どうせ運べる数が決まっているなら、先に分けてしまえって事ね。沢山の荷物を抱えても、目的地にたどり着けないのでは意味がないと…………そうね。悪く無さそうだわ」
エッタはにやりと笑うと、想像していたよりも優秀そうな新しい副官に満足した。
「ここは一本道の回廊というわけではない。多少遠回りでも別働隊を動かせば、相手は戦力を分散せざるを得なくなるわね。いいわ。その方向で調整して頂戴」
エッタは立ち上がると、もう一度まじまじと男の姿を見た。そしてたまには男相手も悪くないな、などと考え、夜はどういった趣向で愉しもうかと夢想し始めた。




