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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
227/274

第227話




 雨という自然現象を体験した事のある銀河帝国市民というのは、少ない。

 宇宙ステーションを主な生活の場とする彼らには、天候という概念が希薄で、気温の変化でさえも、例えば工場に勤める者が暑さを感じる事が稀にあるといった程度である。

 そんな彼らに雨という現象を説明しなければならなくなった時、今現在RSアライアンスの戦術スクリーンに映し出されている映像はとても役に立ちそうだった。ビームと水とを入れ替えれば良いのだから。


「いや、ちょ、無理無理! 弾幕ってレベルじゃねぇぞ! 計算おっつかねぇよ!」


 艦橋はシートの上で身をこわばらせ、叫ぶ太朗。1000隻超から生み出される暴力の雨は、激しい嵐となってRS艦隊の船へと押し寄せた。毎秒100発を超える、加速された粒子の塊。


「そ、そんな事言って、本当は平気なんでしょ? ほら、ちゃんと弾道経路の計算はできてるじゃない。被害も軽微よ?」


 マールがそう言って、太朗の方へ引きつった顔を向けてきた。おそらく余裕の笑顔でも作ろうとしたのだろうが、それは明らかに失敗していた。


「全然平気じゃねぇっす! つかこの状況の何をどう見たら平気だって思えんすかね!」


 味方艦隊へと飛来する主な敵からの弾道は、そのほとんどを太朗がひとりで計算して捌いていた。複数人による計算はどうしても被ってしまう部分が多々出る為、そうした方が効率的だと判断したからだった。

 しかし太朗は今、それを少しだけ後悔していた。こうもやたらめったら撃って来るとは想定していなかった。


「これでは戦術も何もあったものではありませんね、ミスター・テイロー。ちなみに、既にシールド艦2隻からアラートが発せられています。行動するなら急ぐべきかもしれませんよ」


 小梅が涼しい声で言った。しかしその声色とは対照的に、彼女の両腕はAIにしかできない目もくらむような速さで動き続けていた。シールドを機械式に制御する事で、空いたBISHOPのキャパシティを他の作業に割り当てる事ができた。


「はや! まだ戦闘開始から15分しか経ってねぇぞ!」


「テイロー、敵がワープジャマーを起動したわ! 妨害強度22、バッテリー出力の少ない船は自力じゃ逃げられなくなるわよ!」


「り、了解。つーか22って何だよ。妨害強度ってふた桁いく事あんのかよ……」


「第3艦隊、シールド艦が抜かれたようですよ、ミスター・テイロー。敵は明らかにこちらを仕留めに来ていますね。様子を見る気など全くないようです」


「もう? まじで? 墜ちた?」


「いえ、僚艦と交互に前面へ立つ事でうまく後退しているようです。判定は中破。さすがはミス・ベラと言った所ではありますが、それも長くは持たないでしょう」


「あの大質量艦からの砲撃か……くそっ、なんだよあれ。あんなんもう要塞じゃねぇかよ」


 戦術スクリーンの中でひときわ目立つ、大きな赤マーカーを張られた敵艦。それを見て太朗が頬を引きつらせた。


 その直方体に近い形の戦艦は、非常に有名な艦種だった。太朗が最初のオーバーライドで手に入れた軍事知識の中にもそれは記載されており、ド・イルド・サマサという名で呼ばれていた。

 偉大なるサマサの名を持つその巨大な船は50年程前にギガンテック社サマサ星系造船所で建造され、やがて大企業がこぞって購入するベストセラーとなった。防御に長けたその船は難攻不落で、その上で長距離砲撃が可能な大口径砲を搭載していた。それはいくつもの戦場で華々しい活躍をみせ、気付けば銀河帝国の艦種判別にも影響を与える程になっていた。


「ド・イルド・サマサ、マーク2か。マーク1より大型化してっから、超"ド"級艦なのは間違いないわな。未来のドレッドノートってとこだな」


 苦々しい顔で太朗が呟く。完全に筋違いではあるが、それでも製造元のギガンテックを恨めしく思った。


「B地区作戦の事を考えれば、良かったって言えるのかしら?」


 マールが難しい顔で首を傾げた。太朗はどちらともつかなかったので、「空母じゃなかっただけマシだな」と返した。情報によるとマーセナリーズは大型空母を保有しているはずで、それが来ていたら非常にまずい事になっていた。


「名うてのHAD乗りが多数おりますからね。それを警戒したのでしょう、ミスター・テイロー。HADは対爆撃機に有用ですから。それよりそろそろ本当にまずい事になりそうですよ」


 ひとりだけヘッドギアをつけていない小梅が、中空をみつめながら言った。太朗は恐らく彼女が見ているのだろう損害報告書をバイザーに表示させると、「そうみたいだな」と低い声で言った。


「そろそろ……つっても、まだ15分しか経ってねぇけど。まぁ、潮時だろな。マール、各艦隊の準備は?」


「大丈夫よ。むしろ早くしろってせっついてきてるわ」


「オーケイ。そんじゃいくとすっか…………全艦隊、B地区作戦を発動せよ! 繰り返す。B地区作戦を発動せよ!」


 ヘッドギアへ内蔵されたマイクへ向かい、太朗が叫ぶ。すると艦橋には余韻のような静けさが訪れ、そのしばらく後に低い振動音が部屋を揺らす事になった。


「切り離し…………成功よ。砲撃のタイミングに合わせたから、かなり自然に見えるはず」


 何か手応えを感じたのだろう、マールが小さく手を握りこんだ。


「よし。そんじゃあ――」


 太朗はマールの方を見て頷くと、ヘッドギアを外し、そして軽い調子で言った。


「逃げよか」




「敵艦隊、旗艦に小規模な爆発を確認。その他いくつかの主力艦艇にも被害が発生した模様。ドライブ粒子の活動が活発になっている事から、恐らく敵は撤退を決めたものと思われます」


 20人程が詰めるマーセナリーズ主力艦隊旗艦の指揮所に、喜色を孕んだ報告員の声が響く。中央のシートに座るエッタはそれを聞くと、その内容の不快さに顔を歪ませた。


「まだ駆逐艦がたった3つ墜ちただけじゃない。とんだ腰抜けね」


 戦闘はまだ始まったばかりで、敵の撤退は拍子抜けだった。噂に聞く実弾兵器もソド提督からの報告通り大した事はなく、大型艦を小型艦で取り囲む事で簡単に焼却する事が出来た。


「映像は…………何かしら。家具? 居住ブロックをやったのかしら」


 ズームアップされた敵旗艦の周囲には、破壊された家具や生活用品と思われる細々とした浮遊物が映し出されていた。しかし居住ブロックは重要防御区画(バイタルパート)ではなく、そこが破壊されたからといって戦闘の継続が困難になるとは思えなかった。


「…………まぁいいわ。すぐに追撃なさい」


 いくらか引っかかる所があったものの、エッタはそう言ってジャンプの指示を出した。以前であればヨッタに相談した所なのだが、残念な事に彼女は既に失われていた。


「了解しました、ミス・エッタ。準備の完了した艦隊のペア単位でオーバードライブを実行します」


 臨時の副官である男が声を上げた。エッタは男の方をちらりと見ると、その戸惑いがちなBISHOP通信の流れから、何か不満なり不安なりがあるのだろうと読み取れた。


「何かあるのならはっきりと――」

「敵全艦隊、集団ジャンプを実行。開始終了誤差8500ミリ秒。ドライブ先の特定は既に終了しています。敵はジャンプ先の座標を維持。待ち伏せかと思われます」


 エッタが怒りに任せた声を出そうとした所、報告員の声がそれを遮った。彼女は報告の内容をしばし吟味すると、予定を変更する事にした。


「たった8秒でワープ終了とは恐れ入るわね。向こうはこの手の引き撃ちが得意に違いないわ…………サマサを先に行かせなさい。偵察部隊の次にすぐよ」


 下手な順次ワープは各個撃破の恐れがあり、それが敗北につながるとは思えないが、それでも相手の思い通りになるのは癪だった。そしてエッタは部下の了解の声を聞き流すと、しばしの間を無言でじっと待った。


「第1艦隊、リンケージオーバードライブの準備が整いました。秒読み開始します……5……4……3……2…………ドライブ開始」


 エッタの視界が青く染まり、まばゆい光が脳の奥を刺激してきた。ドライブ粒子の奔流を直接目視出来てしまう彼女は、この軽い頭痛を引き起こすオーバードライブが大嫌いだった。


「…………ドライブ終了。各艦異常なし。敵は遠方へと移動している模様。先行した船は既に戦闘を開始しています」


 粒子の瞬きが止み、艦橋の姿がぼんやりと見えてくる。エッタは眉間を軽くこすると、「そう」と部下へと返答した。


「私達も追うわよ。次のドライブポイントまではそれなりの距離があるはず。ここで仕留めるわ…………ちょっと待って。これは何?」


 レーダースクリーンに映っている不穏な影を見つけ、指差すエッタ。それは艦隊に比較的近い場所への大量の空間予約だった。


「わかりません、ミス・エッタ。偵察隊がワープアウトしてからずっとだそうです」


 まごついた様子の部下がおずおずと発した。エッタは「使えないわね」と不愉快さを訴えると、その不可思議な光景を眺め見た。膨大な量の空間予約は、すべり落ちる砂時計の粒ひとつひとつを思わせた。


「船でこの量は有り得ない。あったとしても、フリゲート級がいいところ。距離もある。質量兵器が届くには遠すぎるわ…………いったい何?」


 時間と共に量を増す、空間予約の表示。エッタは部下へ注意するように促すと、不気味なそれが行われている空域を大型ディスプレイへと映し出した。


「空間が歪んで見えるわ。もの凄い量ね…………誰か、こういった現象なり戦術なりに心当たりがある者は?」


 しんと静まり返る艦橋。部下の中には軍での士官教育を受けた事のある者もおり、それを考えるとさらに不気味さが募った。


「第6艦隊、第7艦隊、共にワープアウトしました。残り5分程で全艦隊の移動が完了する見込みです。現在全体の6割強が移動済みで…………あっ!」


 妙な声を上げる報告員。艦橋の視線が彼に集まり、次いで彼が見つめる大型スクリーンへと移る。


「…………鉄くず?」


 誰かが発した声。それは空間予約が行われていた領域を映すスクリーンに現れた、ひん曲がった鋼材の塊。すなわちまごう事なき鉄くずだった。


「あ、まただ……今度は何だ。廃船か?」

「どんどん来るぞ。岩のようなものもあるな」

「連中、なんだってこんなものを。箪笥のようなものまであるぞ」


 ざわざわと騒がしくなる艦橋。無言でスクリーンを睨みつけるエッタ。スクリーンに映る映像は段々と賑やかさを増していき、それはやがてスクラップの塊の様相を示し始めた。


「こんなゴミをわざわざ船に積んで、どうにかして……ドライブシューターか何かかしら。それで離れた場所へと投下する…………全く意味がわからないわね」


 単に相手を怖がらせる為にしては、それはあまりに大がかりだった。その行動に何の意味も見いだせず、エッタの中にもやもやとした不快感が増していった。


「重いわ…………姉様。あの塊は、すごく重いわ。どうやって飛ばしてるのかしら」


 今までじっと黙っていたソナーマンのテッタが、不思議そうに顔を傾げて言った。エッタは重い事など見ればわかると癇癪を起こしそうになったが、その前に別の声が彼女の意識をさらった。


「ミ、ミス・エッタ…………ご報告があります。重大な、ご報告が」


 驚愕に目を見開いたソナー員のひとりが、計器の方を見つめながらそう呟いた。エッタが短く「何?」と尋ねると、ソナー員はまるで音がしそうな程にぎこちなくエッタの方へと顔を向けてきた。


 そしてその答えを聞いた時、艦橋の人間は敵の狙いが何であるかを知る事となった。


「大量の質量がワープした影響で、周辺におけるドライブ粒子の量が著しく低下しています…………あれの空間予約が止めば別ですが、現状では後続がここへやって来るのは難しいと思われます」




みんなが集めた想い(ごみ)

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