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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
226/274

第226話



「ほぅ。ソドは長期戦を選択したのね。あれだけ急ぐようにと念を押したのに…………でもまぁ、この損害じゃあ仕方ないのかしら。大型艦無し。空母無し。特務艦も無し。例の実弾兵器はそれなりに脅威だが、対処できない程じゃない。事前想定通りに脅威度が高かったのは、艦隊運用能力と」


 マーセナリーズのエッタは、主力艦隊旗艦の中に移設された自身の部屋で、部下から送られてきた戦況報告書を見てつまらなそうに呟いた。

 報告書には、ソド提督率いる先遣隊がRS連合艦隊と正面からぶつかり合い、かなり大きな損害を出した旨が記述されていた。エッタはこの損害に当初は顔をしかめたものの、相手にもかなりの打撃を与えたという事実を知ると満足した。

 それに報告はイレギュラーを予感させる注意点等は特になく、艦隊運用、すなわち戦術的な脅威のみが危険だとされていた。これはエッタからすれば願ったり叶ったりであり、何の問題もなかった。数で押しつぶしてしまえば戦術も何もないからだ。


「問題は、これが虚偽の報告ではないかどうかね。200をやられて150を落したなら、捨て駒にしてはまぁまぁよね…………部下を大切にするのはソドの悪いクセだわ。ほら、起きなさい。いつまでそうしてるつもり?」


 エッタはうんざりした調子でそう発すると、彼女と同じように生まれたままの姿でベッドに横になっている女の顔を、優しく、そして扇情的に撫でた。エッタはこの女をしばらくは失った妹の代わりにするつもりであり、掃いて捨てる程いるその他の女とは違う扱いをしていた。


「あぁ、ミス・エッタ…………失礼を。お姉様。ご機嫌はいかがですか?」


 寝ぼけ眼をこすりながら、女がエッタの手の平へと顔を擦りつけてきた。エッタは「まぁまぁよ」とそれに答えると、「調べて欲しい事があるの」と彼女を起き上がるように促した。


「報告書7番の真偽を確かめたいのよ。貴女にはもう権限を付与してあるから、中枢サーバーにアクセスできるはずよ」


 エッタはソナーマンである女にそう告げると、数歩歩いて全身鏡の前に立った。彼女は現在の体型を3次元的に表示するそれを見ながら、様々なポーズで自分のプロポーションが衰えていない事を確認した。


「お姉様。まだそれなりの距離がありますから、正確には見えないと思うのですが」


 ベッドから起き上がった女が、脱ぎ捨てられていた服を手にしながらすまなそうに言った。エッタは女に聞こえないよう小さく舌打ちをすると、表情を明るいものへ変えてから振り向き、「それでも構わないわ」と努めて明るく返した。


「正確に見る必要はないのよ、テッタ。大体でいいの。ただ、ソド提督が自軍の損害を過小に報告していたり、相手へ与えた損害を過剰に見積もっていたり、そんな事をしていないかを確認したいだけなの」


 エッタはテッタと呼んだ女にそう言って近付くと、心中では頭の悪い女だと毒づきながらも、優しく女の髪を撫でてやった。新たに電磁波受容体素子を埋め込まれた髪は、その副作用から真っ白に染まっていた。


「はい、お姉様。やってみます」


 女はうっとりとした表情で独り言のようにそう呟くと、手を組んでから目を閉じた。エッタはようやくやる気になったらしい女に心の中だけでため息を吐くと、肌の手入れでもしつつ結果を待つ事にした。


「んー、今日はどれにしようかしら。ルノラ社のはいまいちだったし、コ・ルナ社のを試してみようかしら」


 エッタは銀河中の様々な場所から取り寄せた、ずらりと並ぶアンチエイジング用経口薬を眺め見た。どれもそれら地方地方で有名な評判の良い薬で、莫大な金がかかる点を除けば素晴らしい商品だった。薬にはエッタのDNAに合わせた細胞修復用のナノマシンが含まれており、それらは全てオーダーメイドで作成されていた。


「お姉様、私、今日は調子が良いみたい。はっきり見えました」


 エッタがいくつもの薬を喉へ流し込んでいると、テッタのそんな声が聞こえてきた。エッタはまるでご褒美を待つ犬のようだと小さく笑うと、立ち上がり、テッタを軽く抱きしめてやった。


「教えて頂戴。どんな具合だったの? 何か確証が得られる絵があった?」


「ソド提督から送られてきた画像と、ほとんど一致してます。戦闘のあった宙域には沢山のデブリが浮いてて、大きい物から小さいものまで、見れる範囲でそのままです。慣性で動いてはいますけど」


「あら、そう。凄いわね。そこまで見えるの?」


「はい。それぞれが何かはわかりませんけど、質量で確認が取れました」


「へぇ……正直驚いたわ。貴女、優秀なのね」


 エッタはどういった結果が出ようとそう答えてやるつもりだったが、本心としても驚いていた。まだ戦場からは離れている上に、ただの電子的なスキャン情報を絵柄にするだけでなく、彼女はその重さまでもを解析したと言っている。それが本当であれば、かなり珍しい形でドライブ粒子の自然放射を受け取っている事になる。少なくともエッタは、今までにそういったソナーマンを目にした事はなかった。


「うーん、もったいない事をしたかしら」


 自然に漏れ出た声。それにテッタが不思議そうに首を傾げる。エッタは「なんでもないわ」と笑って誤魔化すと、テッタが何かを言う前にその口をキスで塞いだ。


(夢を見てれば良いのよ。貴女にはその権利があるわ)


 エッタはテッタの口を吸いながら、心の中でそう思い薄く笑った。

 テッタは即席の強化ソナーマンであり、一般的には失敗作とされる存在だった。ソナーマンをさらに強化する施術というのはコールマンでさえほとんど成功した試しがなく、そのほぼ全てが刹那的な能力の開花に過ぎなかった。

 そういった者達は、ほとんど例外なく、ほんの数週間しか生きられなかった。


「さ、続きを楽しみましょう。報告書が本当なら、明日の戦いまでは自由だわ」


 エッタはそう言うと、テッタがせっかく着かけていた服を再びはぎ取った。

 エッタからすれば、テッタは少なくともこの戦いの間さえ生きていれば、それで十分だった。




「ねぇ、ほんと大丈夫? 顔色悪いわよ?」


 戦闘用のヘッドギアを装備した太朗の視界に、マールの心配そうな顔が大きく映る。太朗は平気だとそれに答えたかったが、残念ながらそんな余裕はなかった。


 ――"作戦:デルタの密林 スタンバイ"――

 ――"デルタ関数:要補正 誤差0.00121"――

 ――"中継機遅延調整:4……3……2…………誤差補正"――


 ――"作戦:B地区 スタンバイ"――

 ――"エラーチェック:物理損失4%"――

 ――"侵入経路補正:物理損失11%"――


 太朗の頭の中でめまぐるしく表示が更新されるBISHOPの文字列。彼は莫大な量のそれを自らの超並列演算能力で処理していくと、やがて目頭を押さえ、大きく息を吐き出した。


「…………よし、なんとか行けそうだ。小梅、中継機の遅延が馬鹿になんねぇんだけど、これ小梅の直接制御にしてもいいか」


「了解です、ミスター・テイロー。お任せ下さい」


「うぃ、頼んだぜ。マール、スキャン結果と座標位置がずれてんだ。補正できっか?」


「ちょっと待ってね。大質量をオーバードライブさせたから、それによる粒子の慣性引き付けかも。再計算してみるわね…………できたわ。どう?」


「ん、いい感じだな。これハードウェアで実装できたりする?」


「今から? 冗談は…………あぁ、もう。わかったわよ」


 かなり高い確率ではじき出された会戦までの時間は、残り10時間と少し。既に広域スキャンにはそれらしき敵影が映し出されており、艦隊を構成するあらゆる人間の間に緊張感が広がっていた。


「予防医学がもうちっと発展してくれてると、個人的にはえらく助かったんだけどな」


 太朗がきりきりと痛む腹部を抑えながらぼやく。メディカルマシンを筆頭とした高度な医療は、それこそ頭部が無事であれば何でも治すといった程の効力を発揮してくれるが、残念ながらそれを使えるのは今ではなかった。培養液に浸かりながら戦う事は出来ない。


「胃に空いた穴の数なんて、管理職にとっては勲章みたいなもんよ。穴ひとつで100人救えると思って頑張んなさい」


 マールが艦橋の外へ向かいながら言った。太朗は「へいへい」とそれに渋い顔をしてみせると、再びBISHOPの操作に集中し、納得のいくまで再計算を繰り返した。ここまで慎重になるのは、ゴーストシップで最後のオーバードライブを敢行した時以来だった。


「一度きりだ……チャンスは一度きり。泣いても笑っても、一度きりだ」


 太朗は中空を睨みつけてそう言うと、ふと大きく震えている自分の左手に気付き、それを逆の手で無理矢理抑え込んだ。胃の痛みは吐き気にとって代わり、いつも通りに朝食を採ってしまった事を後悔した。


「敵艦隊、大規模な空間予約を実行。恐らく最後のオーバードライブです、ミスター・テイロー。ほぼ予想時刻通りのようです」


 小梅の声が静かな艦橋に響く。太朗はそれにはっと顔を上げると、小梅の方へと顔を向け、その言葉が本当だろうかと無言の確認をした。


「突入経路はエリアCからエリアBへ向けて…………失礼、C地区からB地区へ向けてであり、数は事前予想通りの約1000隻。標準構成の20個艦隊ですから、おおよそソド提督からの情報提供のままとなります」


 太朗の方へ小さな笑みを向けて来る小梅。太朗はそれに頷くと、拳を強く握りこんだ。


「行ける…………行けるぞ! あ、ちなみにB地区の言い方とか今はどうでもいいから」


「あえて妨害をしない事で、正確な到着時刻を事前に割り出す。なかなか鮮やかに決まりましたね。しかし大量のワインドもいるというのに、よくもまあ最高巡航速度でビーチクまでたどり着けたものです」


「へっ、どうせ損害だのなんだのは無視して来たんだろ。あっちは船や人を置き去りにしてでも急ぐような、どうしようもねぇ冷酷な野郎がトップみてぇだからな…………ところでB地区のイントネーションおかしくね?」


「女のくせにこの小梅の乳首を求めるなど、きっと敵はクレイジーサイコレズ野郎に違いありません。同性愛を否定するつもりはありませんが、小梅のそれを狙うとあらば話は別です。奴らは小梅が母乳を出すとでも思っているのでしょうか」


「もう乳首って言っちゃってるよ。つーかお前のかよ。でもお前、乳首ついてなくね? 哺乳類じゃなくね?」


「思い知らせてやろうではありませんか、ミスター・テイロー。何時、何処へ、どんな構成の船が、いったいどんな目的でやってくるか、それら全てを把握されているという事の恐ろしさを。今こそ神の鉄槌を食らわせる時です! 総員第1種戦闘配備! 各員、計画通り作戦を遂行せよ!」


「あ、あぁ。そうだな…………うん、そうなんだけど、その号令かけるの俺の役目なんじゃないかな」


 ぼやく太朗。しかし途端に慌ただしくなったRS艦隊の通信網。太朗は何かやりきれない理不尽さを感じながらも、小梅の言う通りにした。


「戦闘開始! 全艦隊前へ! 奴ら童貞に、処女は母乳を出さないという世の真理を教育してやるのです!」


「それもお前が言うのかよ! それとその格好良い事言ってやったみたいな顔止めろ! 全然格好良くねぇから! っていうかAIで処女ってどういう…………あぁもう、突っ込むのもめんどくせぇ!」


 艦隊は命令に従い、計画された通りの場所へ向けて、ゆっくりと加速し始めた。


 そしてそのわずか10時間後。

 最初の砲撃を知らせる青い光が、銀河の片隅で力強く輝いた。




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