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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
223/274

第223話



 戦艦プラム内に設けられたゲストルーム。銀河帝国における価値基準においても十分に豪華、そして快適に造られているそこで、ソドは部屋の中をうろうろと歩き回る副官の姿をソファにくつろぎながら何気なく目で追っていた。


「大丈夫そうですよ、提督。盗聴器の類や、情報を外へ流すようなシステムはなさそうです。BISHOPについてはわかりませんが、口頭での会話なら問題ないでしょう」


 歩き始めてから2時間近くも経った頃、ソナーマンである副官がようやく納得した様子でそう言った。


「そうか。ご苦労だったな……和平案の方はどうなった」


 机に置かれた飲み物を手にするソド。非常に良い香りの紅茶で、部屋の豪奢な作りもあり、意識しなければここが戦艦の中だという事実を忘れそうだった。


「えぇ。想定通りの形で進められそうです。ちゃんと2枚用意しましたよ」


 副官がにやりとした笑みと共に答える。ソドはそれに満足して頷くと、ふうとひとつ息を吐いた。

 ソドはRSアライアンスとの限定和平案を、施設に関する証拠が見つかった場合と、そうでなかった場合の2通りを用意しておいた。どちらの案も自分たちの身を守る為のものではあったが、同時にRSの方にも利益があるように調整してあった。今後の成り行き次第でどちらを提出するかを決め、片方はなかった事になる。


「向こうは、あまりこういった交渉事に慣れていないような感じでしたね。恐らくですが、このようなやり方を卑怯だと考えている節があります。戦歴を考えると疑問ですが」


 交渉時の事を思い出しているのだろう。副官がぼんやりとした様子で言った。


「考え方の相違というやつだ。アウタースペースではもっと違う形での戦争が主なのだろう。実際、彼らに中央における戦いの経験はほとんどないようだからな」


 敵についての情報を頭に思い浮かべ、ソドが答えた。副官は「なるほど」とそれに相槌を打つと、ソドの対面へと腰掛けた。


「しかし、本気ですか? 裏切りですよ?」


 不安そうに発する副官。それにソドは皮肉を込めた笑みを浮かべた。


「上がやった事を、我々に対する裏切り以外の何と表現すれば良いのか俺にはわからんよ…………ただ、そうだな。あちらの提督へ伝えた答えと同じものを返そう。半分は本気だ」


「半分、ですか。全部ではないんですね」


「あぁ、そうだ。半分だ。個人的には全部と言ってやりたい所だが、立場的にそうするわけにもいかん。彼らが調べているという証拠が見つからなかった場合、我々は元の鞘に収まる必要がある」


「…………戻れますか?」


「戻れるさ。俺以外はな」


 ソドは吐き捨てるようにそう言うと、ソファの上に足を投げ出して横になった。疲れたとか面倒だとかではなく、重い荷がおりたような気分だった。

 今後の流れがどうなろうと、ソドは自分の地位がはく奪されるだろう事は間違いなく、そして高い確率で解雇される事になるだろうと確信していた。それどころか何らかの形で暗殺される危険性さえも考えており、あまり良い未来が待っているようには思えなかった。

 しかし、それでも彼は現状にとても満足していた。このまま行けば部下達を捨て駒として扱う必要もなく、彼らの安全と名誉を守る事が出来そうだった。証拠が見つかれば義をもって反旗を翻した英雄に。見つからなければ、ただ無能な提督に翻弄されたという経歴が付くだけで、前と全く同じ生活に戻る事が出来る。


「うむ。悪くない」


 ソドはそう呟くと、ひとり満足そうに頷いた。




「…………うーん、なんかこう、実感がわかねぇな。上手くいきすぎじゃね?」


 戦艦プラムの艦橋にて、太朗が眉間にしわを寄せながら言った。それに隣に立ったマールが「そうよね」と続ける。


「ベラも信じられないって言ってたし、ちょっとね…………ねぇあんた、いったい何を見せたのよ。施設については前々から発表してた事なわけだし、ソド提督が急に心変わりする何かがあったわけ?」


 マールの質問に、うーんと唸り声を上げる太朗。


「わかんねぇけど、向こうは向こうで心当たりがある風の反応だったな。ソナーマンが何人いるか教えてやるぜ、的な事を言ってたけど。小梅は、最初っからこうなるとわかってたん?」


 会談の際の発言を思い出しつつ、太朗。それに黙って控えていた小梅が「いいえ」と否定した。


「正直、ここまで簡単に行くとは想定外でしたね、ミスター・テイロー。彼の経歴や要救助者に対するこれまでの振る舞い等から、それらを救えるだろう選択肢を与えれば考慮するはず、といった程度の認識でおりました」


 小さく首を傾げる小梅。その答えに、うんうんと頷くマール。


「そうよね。となると、テイローの言う通り、やっぱり私達の知らない何かで確信を得たんだわ。ソナーマンがどうこうって、他には何かないの? 録音は?」


「いやいや、向こうの覗き魔が怖いんで、会談は完全なオフレコよ。どうなっかわかんねぇからな。えーと、確か出身地がわかんねぇとも言ってたはずだけど」


「出身地がわからない…………それって、そのソナーマン達の事よね? 警備部のトップが人事情報にアクセス出来ないなんて、ちょっと考え難いんだけど。古巣の企業や故郷の企業なんかと戦争にでもなったらどうすんのよ」


「だよなぁ。そう考えっと、まぁ、ソド提督の言葉を信じるとしてっつー前提はつくけど、ほんとにわかんねぇって事なんだろうな……なんかそういう人達、すっげぇ心当たりあるんだけど」


 心底嫌そうな顔の太朗。それにマールが「あるわね」と同じ様な顔で答え、小梅もゆっくりと頷いた。


「ソナーマンがどういった形で作り上げられるかは不明ですが、少なくともミス・エッタがその条件に該当しています。ミスター・ファントムについても同様の発言をしていた事があり、これはそういう事なのかもしれませんね」


 いつもの無表情で、小梅が言った。それを聞いたふたりはしばし無言になり、やがて太朗が嫌々ながらに口を開いた。


「ソナーマン作るのって成功率めっちゃ低いんだよな…………自爆船もそうだけど、あいつらどんだけ人を殺してんだ」


 隠そうともしない嫌悪を込めて太朗が言った。戦争や何かといった、いわゆる仕方が無いとされる状況ではなく、単に自分達の利益の為の殺戮。太朗は強い怒りを覚えたが、同時にいたたまれない悲しさにも包まれた。


「そうね…………ねぇ、テイロー。私達、もしかしたらちょっと認識が間違ってたんじゃないかしら」


 真剣な表情のマールが、太朗の手を取って言った。彼女は視線をシートで眠るエッタの方へ向けると、長いまつ毛を伏せた。


「彼らが欲しかったのは、身元不明の兵士なんかじゃなくて、エッタみたいな…………その、そういう人間を作ろうとしてたんじゃないかしら。そっちが本命で――」


 太朗を掴むマールの手にぎゅっと力が入る。太朗はその手を強く握り返して言った。


「使い捨ての兵士たちは、その副産物かもな…………ふたりには話してなかったけど、いつかファントムさんが言ってたよ。施設の人間は、みんな強化人間候補だって」


 ファントムからナラザ会についてを聞かされた際、彼は確かにそのように言っていた。太朗はあくまでそれを予想のひとつだと捉えていたが、こうなると真実のように思えてならなかった。


「そう…………ねぇ、テイロー。私達、この戦争に勝つだけじゃ駄目だわ」


 太朗の手を離し、エッタの元へと歩み寄るマール。太朗も彼女の後からそちらへ向かうと、おそらく心も体もどこかおかしくなってしまっているのだろう眠り姫の顔を覗き込んだ。


「あぁ。これ以上、エッタみたいな子供達が生まれてこないようにしねぇとだな。俺はエッタの何を知ってるわけじゃねぇかもだし、多分エッタは否定してくれるんだろうけど、でも、やっぱこういうのは良くねぇよ。健全な幸せってやつじゃねぇよ」


 シートを掴む太朗の手に力が入り、指がクッションへとめり込んでいく。太朗はしばらくの間をそうすると、新たな決意と共に顔を上げた。


「小梅。俺が考えるに、結局全部の事柄はたったひとりに行き着くと思うんだ。俺達はそいつが何をしようとしてたのかを知って、もしそれがよろしくねぇ何かだったら、なんとかして潰さなきゃなんねぇと思う。間違ってるか?」


 振り向くでもなく、太朗が言った。それに小梅が「いいえ」といつもの声で答えた。


「貴方の考えに何か問題があるとは思いませんね、ミスター・テイロー。かつての私は自己を犠牲にしてまで他者を救うという行動を不可解だと認識しておりましたが、今はその限りではありません。今の小梅には、貴方の考えを理解し、そして正しいと思えるだけの、必要にして十分な経験というものが存在します。小梅は貴方についていきますよ」


 いつもより少しだけ柔らかい声。太朗は少しだけ顔を横に向けてひとつ頷くと、マールの方を見やり、同じようにして頷いた。


「マーセナリーズだかなんだかしんねぇが、あいつらは単なるおまけだ。小物にはさっさとご退場してもらう事にしようぜ」


 太朗は怒りや悲しみを胸中で凝縮すると、それを静かに燃える炎のように扱った。その炎は身体に活力を与え、脳を明晰にし、迷いというものを消してくれた。


「敵は、コールマンだ」


 力強く、太朗はそう発した。

 今ならどんな難しい事でも、簡単にやれそうな気がした。




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