第222話
「ようこそ戦艦プラムへ、ソド提督」
憮然とした表情の太朗が、特使ふたりを出迎えたプラム内のドッキングロビーで言った。傍にはマールと小梅、それに敵の侵入に備えて配備されているベラ子飼いの陸戦部隊が控えており、彼らは一様に眉を顰めていた。
「"心配すんなって。無防備なのは明らかだし、向こうにそうする理由もねぇから"」
太朗はファントム不在による不安で緊張している皆にそう言って励ますと、相手方をよくよく観察した。短く刈り込まれている白く染まった髪に、がっちりとした体躯。微動だにしない姿勢とは対照的に、目だけは非常に良く動いており、周囲のあらゆる情報を逃すまいとする猛禽類のそれをおもわせた。
「歓迎の言葉、及び君の英断に感謝する、テイロー提督」
ソドはそう言うと、銀河帝国で一般的に使われている、人差し指と中指を揃えて額に添える形の敬礼をした。太朗はその洗練された動きに負けまいと、頭の横に手をかざす、地球から持ち出した古くからの型で答礼した。
「変わった形の敬礼だな。しかし悪くはない。目を伏せるという行為が様式化したものか、それとも無手を示す為のものかな」
「いえ、残念ですがどっちもはずれです。確か帽子のつばを掴む挨拶が元だったと記憶してますね。諸説あった気もしますけど」
ふたりは一歩踏み出して握手をすると、そんなたわいのない話をした。太朗は副官とも同様に握手をすると、そのあまりの若さに驚きつつも――まるで中学生かそこらに見える!――社交辞令的な挨拶を終わらせ、プラム内部の廊下を先導して進んで行った。
「しかし旗艦である戦艦を会場とするのは驚いたな。我々は目視出来る対象から様々な情報を推察する訓練を受けているが、これは君らの不利になるのでは?」
太朗のやや後ろを歩くソドが、堂々とした様子で言った。太朗は「かもしれないっすね」と答えを濁したが、実際は心配などしていなかった。
そもそもプラムは一般的な戦艦に比べると明らかに異質であり、マールを中心とした技術チームによる改造の手が入っていない箇所など存在していなかった。太朗からすれば、むしろ訓練通りに観察して間違った情報を持ち帰ってくれないだろうか、という期待すらあった。
「非武装のお二人だけで来たそちらの誠意に対する、こっちの返答だとでも思っていただければ…………うちらに捕まるとか殺されるとか、そういう考えはなかったんすか? まだ法的にはばりばり交戦中っすよ」
太朗の質問に、ソドは鼻を鳴らしてから答えた。
「全く想定していないわけではないが、君らは立場的にそれが難しいはずだな。中央の人間の、アウタースペーサーに対する偏見は強い。法や慣例からして正しい事をしていたとしても、その是非が判断できるのは専門家だけだ。一般の市民は気にもせんよ。市民は感情で動き、君らはそれを気にする必要がある。一般大衆を味方につけるというのは、そういう事だ」
淀みなく、すらすらと発するソド。太朗は語られた内容から小梅の予想が正しかったようだと判断すると、立ち止まり、顔を後ろへ向けた。
「仰る通りで……でも、何が起こるかわからないのがアウタースペースですぜ。憶えておくと色々捗るかもっすね」
太朗はそう言って大袈裟にお辞儀をしてみせると、ソドを扉の空いた部屋の中へと促した。ソドは視線を部屋の中へ向けると、何かを探すように周囲を見回し始めた。
「ここは、話し合いの場としては不釣り合いのように見えるな」
部屋の前で立ち止まり、腕を組むソド。彼は太朗も良く知る口の前へ人差し指を持っていく、いわゆる黙るようにの仕草を見せると、太朗へ紙切れを差し出してきた。太朗は紙という、銀河帝国ではもはや一般的ではない珍しいそれを手にすると、書かれていた短い内容に目を通した。
「…………なるほど。確かにまぁ、大艦隊の提督ともなれば、狭っ苦しいホテルの一室みたいな部屋じゃあお気に召しませんわな。一応、ちゃんと話し合う気はあるって事っすか」
太朗はひとつ咳払いをすると、BISHOPで部屋のドアを閉め、別の場所へ向けて歩き出した。部屋は応接兼会議用に作られた十分な広さのある、そして情報を集めるシステムも完備した完璧なものだったが、紙片に書かれたソドからの要求に応える事だけは出来なかった。
「ちょいと遠いですけど、いい場所があるんで。そこにしましょうか」
太朗は複雑な迷路のようになった戦艦内部の通路を抜けると、勝手知ったるいつもの場所へと繋がる高速移動レーンへと到着した。先頭を行くふたり以外が揃って不信そうな顔つきを見せる中、一同は分厚い隔壁に守られた一室へと到着した。
「ここなら、まず間違いなく大丈夫っすよ。というか、ここで駄目なら他も無理っすね」
太朗は無意識のままに自分のシートへ向かおうとしたが、考え直して向きを変えた。艦長用のシートは他よりも目線が高くなっており、同等の立場の者同士が話し合うには不適切に思えた。
「艦橋か……確かにここなら問題ないだろう。わがままを言ってすまんな」
ソドはそう言うと、太朗の促すままにシートへ腰を下ろした。マールと小梅、そしてソドの副官も同じように、普段は予備として床下へ収納されているシートへ落ち着くと、いくらかの緊張感を孕んだ沈黙が訪れる事になった。
「わざわざBISHOP通信が閉鎖可能な場所をご指名って事は、やっぱりそういう事っすか?」
沈黙を破り、太朗が発言した。ソドはちらりと周囲を確認した後、口を開く決意をしたようだった。
「その質問には答えられん。だが、否定は出来ないな」
「なるほど。やっぱファントムさんの言ってた通りか…………BISHOPの内容を覗けるって、どんな気分なんすかね。この距離でも見れるもんなんすか?」
「さぁな。無いとは思うが、念のためだ。停戦交渉に関する合意書はこのチップに入っている。サインをした方が君らの立場は良くなるだろう」
1枚のチップを差し出して来るソド。太朗は「あら?」と疑問符を浮かべつつ、それを受け取った。
「最後まで交渉するポーズだけで終わらせるつもりだと思ってましたけど、大丈夫なんすか。これにサインしちゃうと、最終的にそっち側から破棄する形になっちゃいますぜ?」
「どちらにせよあまり変わらんよ。交渉が成ろうが決裂しようが、本気だったのかと責められるのは同じだ。ならば少しでもそのつもりがあるように見せた方がいい。お互いが得をするのであれば、それに越した事はないだろう?」
「さいですか……んじゃ、マール。副官さんとこれの詳細を煮詰めてきて」
太朗はソドから受け取ったチップをマールへ手渡すと、護衛と共に副官をつれて出て行く彼女を見送った。
「…………さて、そんじゃ停戦まわりはあっちに任せるとして、聞きます。どこまで本気っすか?」
身体の動きや、表情の変化。太朗はソドのそういったものに注意をはらいつつ訪ねた。
「半分は本気だ……だが、そう言ったところで君は信じられるのか?」
「あぁいや、そう言われると微妙っすね。ただ、信じてもらう以上は信じざるを得ないというか、そんな感じで。その半分に期待したいっすね」
「そうか。結構だ」
「あいあい。そんじゃ関連資料の閲覧権限を解放するんで、とんと見てやって下さいな。質問はいつでもどうぞ」
太朗はプラムのデータバンクにある例の施設に関する情報をゲストアカウントに対して公開に設定すると、小梅へ何か飲み物を用意するように頼んだ。資料の数は多く、長丁場になりそうだった。
「いくつか、質問をしたい。この船……プラムといったか。これのBISHOP制御機構を作ったのはどの企業だ。通信帯域の広さ、応答速度、どれをとっても異常だ。ギガンテックの物か?」
ソドが施設情報の閲覧に入ってから1時間程が経過した頃、彼は頭痛のする頭を抑えながら、敵艦隊提督である太朗の方を向いて言った。
「あー、そこに食いつきますか。残念っすけど、施設に関する質問以外はなしで。違うと否定はしときますけど」
飄々とした様子の太朗が笑顔を見せながら答えた。ソドは「そうか」と言って疲れの溜まった目頭を指で揉み解すと、柔らかいシートへ大きく体を預けた。
「そうなると、そこにいるアンドロイドについても駄目というわけか」
小梅の方へちらりと目を向けるソド。それに気付いたらしい小梅は丁寧にお辞儀をすると、「スリーサイズは秘密でございます、アドミラル・ソド」と答えた。
「…………ふむ。銀河は広いな」
ソドは自分の上司であるエッタやヨッタが、銀河でも特別に変わった存在だと思っていた。例え噂話程度の情報を加味したとしても、あんな人間の存在など聞いた事がないし、ましてや目にした事などもちろんなかった。強いて言えばファントムがそんな都市伝説めいた存在だったが、彼の場合は既存の技術や常識の発展上にある存在のように思えた。
しかしこの船の常識外れなBISHOP制御装置や、目の前にいる高性能AI。そして膨大なデータをあっという間に処理し、望めばあらゆる形に表現を変えて提供してくるこの若い提督の存在は、明らかにエッタやヨッタと同様の、異質な存在だった。彼は銀河に対する自分の認識がどうにも甘かったようだと、強く反省する事にした。
「……よし。では、話をこの施設についてに変えよう。テイロー提督。君の能力について、周囲はどれだけ知っている。公表した、ないしは外部に漏れたという事はあるか?」
姿勢を正し、太朗の方を見やるソド。それに太朗が「何の話っすか」と眉をひそめる。
「君は、高速演算か、それとも多重演算か。どういった形かはわからないが、情報処理のギフトを持っているだろう。君は何気なくやってみせだけかもしれないが、同一の風景を写した複数の動画があり、これを別角度から自由に見たいと言われても、普通はすぐに用意出来るものではないよ」
「そんなもんすかね…………BISHOP制御機器と同じく、プラムに積まれたコンピュータはかなりの性能がありますぜ?」
「いや、それ専用の物でなければ、少なくともリアルタイムでというのは無理だ。君がやったんだ。もしくは、そこのお嬢さんがな……いずれにせよ、この能力を外部の人間が知っていた場合、君らは著しく不利になるな」
「…………一応聞いときますけど、なんでっすか?」
「君自身、気付いているはずだ。この力があれば、動画、写真、なんでもかまわんが、好きなだけデータのねつ造が出来るからだ。これは今確信した事だが、同じようにして我々のソナーマンが乗った船をジャミングしたな?」
「……………………」
「どんな形にせよ。いいか? どんな形にせよだ。君らが今後用意するのだろうデータは、まず間違いなく疑いの目で見られる事になる。もしそうだとすればだが、君らは今現在行われてるのだろう施設の調査について、君ら自身の調査メンバーを加えるべきではなかった。後日検証すれば正しいかそうでないかは証明できるだろうが、それまで君らのアライアンスは持たないだろう」
ソドはそう断言すると、じっと黙り込んだ太朗へ鋭い視線を向けた。太朗はソドを真っ直ぐに見据え返してきたが、やがてため息と共に肩を竦めた。
「正直に答えると、そこまで考えてなかったっすね。でも俺のギフトを知ってる人間はほとんどいませんから、いま目の前にいる誰かさんさえ処理しちゃえば、それで大丈夫だと思います」
「なるほど。道理だな」
「えぇ。ただ、わざわざ口にしないでそこら中に言いふらせば良かったのに、それをやらなかった提督を信じます。というか、ぶっちゃけませんか? 正直、さっきからありがたい忠告ばっかで心配になるんすよ。和平もそうだし、これもそうだし。何か提案があるんすよね?」
「………………」
ソドは片眉を上げ、この若者らしい正直な物言いをする青年をじっと見つめた。彼はしばらくそうした後に目を閉じると、先ほど見た様々な資料についてを思い出し、大きくため息をついた。
「提案か……そうだな。あるぞ…………」
弱々しい声のソド。彼は大きく息を吸い込むと、拳を握りこみ、シートについた肘置きをしたたかに殴りつけた。
「いいか! 連中と施設の関わりを絶対に証明してみせろ! そしてこんなクソみたいな戦いをさっさと終わらせるんだ!」
怒声を発するソド。びくりとして飛び上がる太朗。ソドはその場で立ち上がると、青い顔で硬直する敵軍提督の前で、自らの制服についた社章のワッペンを力任せにむしり取った。
「俺達をこんな反吐の塊のような事に巻き込みやがって! くそっ! 上がやったで済む話ではないぞ!」
ソドはワッペンを地面に叩きつけると、それを足で踏みつけ、シートへどさりと座り込んだ。
「…………え、えぇと……なんていうか、信じてもらえたって事、でしょうか?」
おずおずと太朗が声を発する。ソドはぎらりと視線を向けると、煮えたぎるマグマのような怒りを押さえつけながら口を開いた。
「うちの艦隊にソナーマンが何人いるか教えてやろうか? どいつもこいつも出身地がわからんという共通点もな……あぁ、そうだ。俺は君に感謝しなくちゃならんな。あの女を殺してくれてありがとうよ。そうでなけりゃ、今も能天気に目的地目指して進んでたんだろうさ」
ソドはそう吐き捨てると、しばらくじっと黙り込んだ。
彼はその長い人生において様々な事を経験してきたが、こんなにも頭に来る事はなかった。彼はそれが例えどんなにふざけたものであっても、インチキであっても、ペテンであっても、それでも戦争というのは必ずルールの中だけで行われるべきだと考えていた。
そしてそれは戦う理由も同じであり、銀河帝国の一般的な人間が皆そう考えているように、戦争とは命と財を賭けた神聖なスポーツであるべきだと考えていた。そんな彼にとって、今回の事はどうしようもない程の屈辱であり、まるで自分の人生が否定されたかのようだった。
「すまんな…………暴言についての謝罪は、後日改めてする」
少し落ち着いてきたソドはそう言って頭を下げると、立ち上がり、びしりと直立不動で敬礼をした。
「とりあえず、我々は艦隊を隠し、事の推移を見守る事とする。調査結果如何によって、手を貸すか、それとも再び君らに襲いかかるかが決まるだろう。悪いが結果を出せない場合は敵に回る事になる。何万もの部下の生活を守らなければならんからな……その場合は、徹底的にやる事になるだろう」
そう言って再び頭を下げるソド。それに太朗が「いやいやいや」と両手を振りながら、頭を上げるように促す。
「十分っす! 十分ありがたいっす! 頭上げてー……って、そんな大艦隊をどこに隠す気なんすか? ソナーマン一杯いるんすよね…………すぐにバレません?」
太朗が訝しげな表情でそう訪ねて来る。ソドはとんだ宝の持ち腐れもあったものだと思いつつ、答えを教えてやろうとした。しかし寸での所でそれを取りやめると、彼は小さく笑って答えた。
「良く考えろ。君になら出来るはずだ」
ちょっとしたお遊びです。よければついでの暇つぶしにどうぞ
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