第220話
「大口径砲による狙撃か…………空母と言いこれと言い、良くもまあやってくれる」
艦隊のすぐ傍を通り過ぎて行った青い光。マーセナリーズ派遣艦隊旗艦の艦橋にて、それを見たソドが呆れ半分に呟いた。
「こういった事態を事前に想定していた、という事ですかね?」
副官がむっつりとした顔で言った。ソドは「まさか」と苦笑いでそれを否定すると、シートから立ち上がって窓の奥を覗き込んだ。
「先の接触で、あの大砲はたったの一度しか使われていない。恐らく使わなかったのではなく、使えなかったのだろう。あれでは砲の大きさに対して船の質量が小さすぎるからな」
ソドはそう言うと、「そうでなければもっと使ったはずだ」と続けた。
「確かに観測班もそのような結論を出しているようですが、しかし――」
副官がソドの傍へと歩み寄り、同じように窓の向こうを覗き見てくる。すると先ほどと同じ青い光の筋が前方より現れ、艦隊の中を後方へと抜けて通り過ぎて行った。艦隊は防御の為に前面装甲を進行方向の逆へ向け、すなわち後ろへと向かって進んでいた。
「こうやって連射されているという事実もありますがね。前線では使えない、何か特殊なシステムが必要だといった所でしょうか。しかしこれで実際に巡航速度を半分にされていると考えると、実に効果的な足止めですね」
船の限られた出力、すなわち現実的に積載可能な重量に制限がある以上、どうしてもその範疇で装備なり消耗品なりを工面しなくてはならない。全方位に向けて分厚い装甲板を張り付ける事など不可能であり、それはもっぱら前面へと集中していた。戦闘艦が球体という安定した形ではなく、立方体という利便性のある形でもなく、全体として長細い形をしているのもそれが理由だった。少ない投影面積に最大装甲を施す事が出来る。
ありていに言えば、宇宙船は前へ向かって進むように建造されているものだった。従って、後方への移動はどうしても速度が落ちる。
「補給が望めん以上、タンクを破壊されれば終わりだからな。死んでもケツは向けられんよ……まぁ、我慢比べといった所か」
ソドは手の甲を軽くこすると、浮かび上がった現在時刻を確認した。作戦本部の立てた予定よりも大幅に遅れてはいるが、彼自身の考える最悪の想定にはまだ達していなかった。
「おや、連中が動くようですよ」
副官が上の方を見上げながら言った。ソドは「連中」という単語から、動いたのがヨッタの指揮していた独立部隊である事を察すると、苛立たしげに唸り声を上げた。
「あの馬鹿どもは脳なしか? 先の見事な一斉ワープを見せつけられておいて、いったい何をどうすれば敵を捕捉出来るなどという考えに至ったんだ。ましてここは敵の庭だぞ」
「まったくですね。止めますか?」
「いや……だが、警告だけでも入れておいてやれ。指揮系統が違う以上、強制は出来んがな」
敵は相当の訓練を積み重ねたベテラン揃いか、それともよほど高性能なリンクスタビライザーでも積んでいるのか、恐ろしく正確な艦隊同時オーバードライブを実践していた。遠方にいる敵へ向けて強襲を仕掛けようとしても、恐らく簡単に逃げられてしまうだろうとソドは考えていた。
「500に対して50で突っ込んでくるような相手に、これまた同数で襲撃を仕掛けると。これは勇気と呼んで良いのですかね?」
副官が苦い顔で言った。ソドは「どうだかな」と答えをはぐらかしたが、実際の所、彼はそれが勇気などとはかけ離れた行為である事を知っていた。ヨッタ子飼いの部隊が、かなりの数の麻薬中毒者で溢れている事を知っていたからだ。
「一応、見ておきますか?」
いくらかうんざりした様子の副官。ソドはそれに頷くと、「仕方あるまい」と肩を竦めた。
「あまり関わりたくはない連中だが、後で見捨てたなどと騒がれても困る」
ソドはそう言うと、副官の為に船のシステムを一部開放した。それはヨッタのものに比べれば実に些細ではあるものの、それでも間違いなくソナーマンの為に作られたスキャンシステムそのものだった。副官は一般的なソナーマンとしての能力を持っており、先遣隊は総じて2つの艦隊に1人のソナーマンを備えていた。
「…………やはり敵は逃げ出したようです。ですが、何でしょう。大量のデブリが浮遊しています。機雷か何かでしょうか?」
副官がぼんやりとした表情で、中空を見つめたまま呟いた。ソドはデブリという単語に片眉を吊り上げたが、大量にばら撒ける類のものではないはずだと考え、安堵した。
「相手が相手だ。今更有り得ないなどと言うつもりはないが、機雷原の中に自らの身を置いていたというのか? 正気を疑う話だな」
「わかりませんが、相当な量ですね。かなり小さな反応なので、もやの様に見えますが…………申し訳ありません。自分の力ではこれが限界ですね」
副官が額の汗をぬぐい、そう言って大きく息を吐いた。ソドは「十分だ」と彼を慰めると、今まで考えていた今後の方針についてを変更する必要性を感じた。
敵は大量の機雷――もしくはそれに相当する何か――を準備し、補給、運用する術を持っている。相手は狡猾で、船の多さ以外でこちらが上回る決定的な何かを見つけられそうにはなかった。
「もう少し正確な地図を事前に作成出来ていれば、そもそもこのような事態は避けられただろう…………原因は何もかも、たった一つだな。準備不足だ」
敵艦隊が逃げ去った先は、ソドの持つ地図上では単なる星間空間とされていた。ドライブ粒子の揺らぎが作り出す蜘蛛の巣状の道は、そこには伸びていないはずだった。しかし現に敵はそこをジャンプしており、地図の方が間違っているのは明らかだった。
(上は何を焦ったんだ。調査隊を先行させるだけで防げた事態のはずだ)
副官がいる手前、ソドは疑問を頭にだけ浮かべた。戦争とは準備が8割であり、それは太古の昔から変わらない常識であり、そして事実だった。
「ヨッタの部隊は引き返すようですね…………っと、これは酷い」
再び遠方への詳細スキャンを行っていたらしい副官が、顔を顰めてそう言った。副官はソドの「続けろ」の言葉に従い、再び口を開いた。
「転回動作をしていない船が6隻。明らかに動作に遅れを見せているのが、約10。もたついている多くの船は、まぁ、恐らく機雷を避けているのでしょう。単に混乱に陥っているだけというわけでないのなら、大損害ですね」
「………………………」
「動きの遅い船に対し、敵の狙撃も開始されたようです。電子戦機が多数いますから、なんとかジャミングで逸らしているようですが……長時間をそうするわけにもいきませんから、せいぜい要救助者の救援で精一杯といった所でしょうか」
「完全に、してやられたわけか。我々への砲撃が止んだと喜んでいる場合でも無さそうだな…………それにしても、いったい敵は何を撒いたんだ。大量にばら撒ける対艦用の機雷など聞いた事がない。何らかの新兵器か?」
ソドは敵がギガンテック社や帝国海軍との繋がりがあるという事実を思い出し、そう口にした。実際に帝国海軍の一部は実弾を用いた新兵器の運用を開始したという事実があり、それは敵の旗艦が実弾兵器を使用している事と無関係だとは思えなかった。
「我々の情報部もそんな情報は掴んでいないようですが、そもそも空母の存在を確認出来なかった連中です。有り得るかもしれませんね…………何が起こったのか確認をとってみます」
副官が通信機を手にし、そう言った。ソドは無言で頷くと、もはや何とも頼りない存在となってしまった地図をスクリーンへと映し出した。戦争当初こそはこのような何もない地方の地図を良くも用意したものだと上を賞賛したが、今はそんな気持ちはどこかへ吹っ飛んでいってしまっていた。
「長い回廊だ…………これを抜ければ目的地のすぐ傍に出る。ここを耐え抜きさえすれば……」
ソドは艦隊が現在航行しているドライブ粒子の希薄な空間を指でなぞり、ぐっと奥歯を噛みしめた。再びジャンプが可能な空間に到達するまでの長い時間を、空母の強襲や遠距離狙撃の脅威に晒され続けるというのは、物理的にも精神的にもかなり厳しいものがあった。
「提督。その…………」
通信機を手にした副官が、非常に困惑した様子でかぶりを振った。
「例の機雷の正体が判明しました。遠隔操作が可能な50センチ程の運動体で、内部に詰められたプラズマ膨張体がほんの小規模な爆発を起こすようです。主にエンジンやスラスタを損傷させる手段として使用されているようで、主だった兵装や装甲に損害はないそうです」
「ふむ。随分とニッチな兵器だな……対ドローン用といった所か。向こうが今まさに必要としている兵器である事は間違いないのだろうが、使い所があまりに限定され過ぎる。連中は平時からそんなものを量産していたのか?」
「いえ、それが、どうやら違うようです……運動体は、どうも兵器として生産されたわけではないようでして……」
「民生品の改良か……運動体とはあまりに曖昧な表現だが、元はいったい何だ」
「その……報告によると……いえ、映像も送られてきてはいるのですが……」
何か答えにくそうに口ごもる副官。それにソドが苛立たしさを含めて「質問に答えろ」ときっぱりと言った。瞬時に背筋を伸ばす副官。
「はっ、失礼しました! 敵が使用したのは、ディルドーです!」
不意に訪れた、長い沈黙。やがて正気を取り戻したソドが「聞き間違いか?」と発すると、それに副官が「いえ」と神妙な顔つきで答えた。
「ディルドーで間違いありません、提督。バイブ、コケシ、張形、呼び方は色々ありますが、いわゆる女性用の自慰製品です。敵の業務内容を考えれば、まぁ、納得は出来ますか。元々BISHOPによる遠隔操作が出来るように作られていたようです」
副官はそう言うと、ばつが悪そうに頬をかいた。ソドはどんな顔をすれば良いのかわからず、とりあえず大きなため息を吐いた。
「柔軟な発想だと褒めるべきなのか、それとも馬鹿にするなと怒るべきなのか、俺には判断がつかんな。連中の……その、何だ。それの生産力はどれほどのものがあるんだ?」
「少々お待ちを……資料によれば、年間生産で数千万本はくだらないようですね。兵器化にどの程度のコストや時間がかかるかはなんともですが、それでもかなりの数を保有していてもおかしくなさそうです」
「そうか…………わかった」
ソドは今一度大きく息を吐きだすと、「仕方が無い」と口にし、全軍に新たな指示を通達すべく通信機を手にした。
「艦隊群司令より全艦隊へ。進路を180度変更。転回の後、出力を艦隊巡航最大速度にせよ。狙撃については、気にするな」
全艦隊の旗艦へ向けた、直接通信による命令。ソドは短くそれだけを言うと、今度は艦内の普段はあまり使われない場所へと向けて連絡を取った。
「損害覚悟で、速度を優先ですか?」
副官がいくらか不服そうに言う。ソドは「いや」とそれに首を振ると、通信機へ手短に命令を出し、その後副官の方へ向き直った。
「決戦を前に、これ以上の損害は許容できん。連中の予測不能な攻撃に晒されるのも御免だ。敵の攻撃を止め、全速力で進み、敵の主力を叩く。ついでに、機雷原の中で取り残されてる連中も回収するとしよう。どんな形であるにせよ、友軍である事に変わりはないからな」
簡単な事だと言わんばかりのソド。それに副官が首を傾げる。
「そんな事が、可能なのですか?」
ソドとは対照的に、懐疑的な顔の副官。ソドはそんな彼に向かい、「どうという事はない」と前置きをしてから言い放った。
「停戦をすればいいだけの話だからな。敵味方問わず、あらゆる方面に対して派手に申告をしてやれ」
どうしてだろう。真面目な話を書いているはずなのに




