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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
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第219話



 株式会社マーセナリーズ統括メンバーのひとりである男は、沈黙のままに派遣艦隊旗艦の艦橋へと訪れた。それはあまり気乗りのしない報告の為だったが、興味深い面が無いわけでもなかった。

 報告をする事で、相手がどんな反応を示すかが見てみたかったからだ。


「お前の妹が戦死したそうだ」


 男は会社の頂点に君臨する女の前に立つと、出し抜けにそう言い放った。


「ふぅん。確かな情報なの?」


 ほとんど半裸に近い格好をした代表取締役が、つまらなそうに言った。男はいくらか期待外れに終わった反応に落胆しながらも、「どうだろうな」ととぼけた顔をして言った。


「打撃艦隊群の責任者はソドだ。誤情報である可能性は……まぁ、無くはないが、あまり期待できないだろうな」


 マーセナリーズの主たる業務は人材派遣業であり、それも臨時戦闘員の派遣が最も大きな分野だった。そんな武闘派企業の警備部代表を何年も務めているソドは、誰もが認める優秀な指揮官だった。彼は慎重であり、重要な情報の取り扱いでミスをするような人間ではなかった。


「そう。気に入ってたのに残念ね…………まあいいわ」


 マーセナリーズのトップであるエッタはそう言うと、柔らかな高級シートの上で大きく伸びをした。


「どうせ、代わりはいくらでもいるもの」


 エッタはそう言って小さく笑うと、男に退出を促すべく手をあおいだ。男は気に食わない女がいつもと変わらないでいる事にいくらか失望しながらも、外へ出ようと踵を返した。


「待ちなさい」


 呼び止める声。何だろうかと振り返る男。その瞬間、全身に鳥肌が立つ。

 座っていたはずの女が、いつの間にか自分のすぐ後ろにいたからだ。


「一部、戦術を見直すわ。株主一定数の承認が必要だから、これにサインをしておいて頂戴」


 女が、男の胸にパルスチップを押し付けてくる。男は「あぁ」といくらかうわずった声でそれを受け取ると、逃げるように艦橋を後にした。


「………………」


 戦艦内部の廊下を、無言で、足早に進んでいく男。曲がり角を折れた彼は艦橋への入口が見えなくなったのを確認すると、一度立ち止まり、ひとつ大きく深呼吸をした。


「大丈夫だ。落ち着け。ばれているはずがない」


 男はほとんど口の中だけでそう呟くと、廊下の壁に寄り掛かった。


「ナラザの連中はアウトサイダーだ。いくらあの女とはいえ…………」


 嫌な予感を覚えた男は、先ほど受け取ったチップをまじまじと見つめた。彼は心の中でひとつ覚悟を決めると、それを額に押し付けた。


「………………」


 男はしばらくの時間をかけてチップの中身を読んでいくと、安堵の息と共にその場に座り込んだ。それは立場上あまり好ましい事ではなかったが、彼はそこが監視カメラの範囲外である事を知っており、それに今は見られた所で気にするものかという気分でもあった。


「冷や冷やさせてくれる…………なるほど。確かに代わりはいくらでもいるが、頭に来ていないわけではないという事か」


 男はチップの中に記されていた戦術の変更箇所を確認すると、そう吐き捨てるように言った。

 戦術項目の中に存在する、自軍許容損害比率。当初はこれが50%とされていたが、今は100%となっていた。




「そろそろ、かねぇ」


 通信に特化された赤い人型兵器の中で、今、武力的に言えばRSアライアンスの中で最も力を持つ女が呟いた。


「"あいつの報告が正しいとすると、そうなるだろうな…………なあベラ。本当にHADで出るのか? 今までは大人しく船の上でくつろいでたじゃねぇか"」


 太朗の事を「あいつ」と称したスコールが、姉へ通信機越しにそう言った。ベラは狭い機内で少し身じろぎをすると、「こっちの方が落ち着くよ」と返す。


「それに坊やの報告からすれば、向こうに空母はいないって話じゃないか。それなら船よりこっちの方が安全さね。敵は馬鹿でかい主砲でわざわざHADを狙うような阿呆じゃないよ」


 ベラは太朗から送られてきた戦闘報告データを確認し、相手が手練れであるという事を読み取っていた。戦果的には太朗達が最終的に一本取ったようだったが、それを除けば戦術的に敗北してもおかしくない戦いのようだった。

 ベラは太朗の指揮を一定量認めており、太朗側に致命的な欠陥があったせいだとは思わなかった。


「"なるほどな。それよりおじぃ……じじいからの報告はどうなってんだ。今はプロポーズの返事より、あいつからの報告の方が楽しみだって奴がわんさかいるんだぜ"」


 スコールがうんざりした様子で言った。ベラは「違いないね」とそれに笑ってみせると、「多分だけど」と前置きをして続けた。


「決戦までには間に合わないだろうね。少なくとも、連中の先遣隊とどんぱちやるまでには無理さ。敵の本隊がのんびりやって来てくれる事を願うばかりだよ」


 ベラは浮かべていた笑みを消し、不快そうに自分の長い髪を梳いた。スコールは「"そうか"」と落ち込んだ様子を見せると、咥えていた葉巻に荒っぽく火を付けた。


「"敵の先遣隊はこっちの2倍近くだ。中身もいい。頭もそれなりにキレるんだろう? 勝ち目はあるのか?"」


 スコールはそう言うと、通信機のカメラに向かって煙を吐き出してきた。ベラはモニタに映る弟の顔を軽く小突くと、「さあねえ」と惚けてみせた。


「こんな何もない所だからねぇ。小細工のしようがないさ。もっとも――」


 ベラは懐から特別な日に吸うと決めている葉巻を取り出すと、発火剤を擦ってそれに火をつけた。カツシカ星系で手に入れたという、太朗から贈られた一本いくらの代物。


「坊やが言いつけ通りに頑張ってくれていれば、それなりにおもしろい事にはなるだろうね…………ふふ、あの坊やの事さ。きっと期待以上にやってくれてるよ」


 ベラは親愛の情を込めてそう発すると、ゆっくりと紫煙をくゆらせた。煙がエアコンの吸入口へ吸い込まれていく様子は、艦隊の動きとどこか似ていると彼女は思った。




「なんだこれは…………なんという、圧倒的存在感。吾輩は今、きっと歴史に残る何かを目撃しているに違いない」


 戦艦プラムの艦橋。スクリーンに映る船を見た太朗が、感嘆の息と共に大袈裟に言った。


「肯定です、ミスター・テイロー。これはもはや、ひとつの芸術であると小梅は考察します。あぁ、かくも美しいものなのですね、"合体"というものは」


 太朗のすぐ脇に立った小梅が、「合体」という言葉を、歯切れよく、そして力強く強調しながら言った。彼女は太朗と同じようにスクリーンを見つめており、その顔には恍惚とした表情を浮かべていた。


 スクリーンに映っているのは、彼らいわく戦艦オレタチ。それは戦艦チェリーボーイとテクノブレイクを急場凌ぎに無理矢理合体させたもので、テクノブレイクを土台に、ひっくり返したチェリーボーイを上に重ねただけの異様な見た目となっていた。


「はっはっはっ、やはりお前にはわかるか、エキセントリックスーパーロボット小梅よ。合体の素晴らしさ。力強さ。そしてその美しさを!」


 太朗が肩に巻きつけたジャケットをマントのように翻した。小梅はそんな太朗に深々と一礼すると、そのままその場に跪いた。


「えぇ、もちろんです提督。私はこれを、超戦合体と名付けたいと思います」


「ふふ、なるほど。なんかむやみやたらに無慈悲な鉄槌を下したくなるような名前だな…………それより、至高合体というのはどうだ。シンプルにして至極。美しいだろう?」


「良いですね、ミスター・テイロー。究極合体の戦艦と戦わせたくなる名前です」


「"せいぜい童貞合体がいいとこよ! それよりそろそろ発射準備が終わるから、いい加減真面目にやんなさいよね。チェリーの質量が発射時の衝撃を受け止めてくれるから、たぶん離断なしで撃てるわよ。当然そっちの計算は済んでるんでしょうね"」


 通信機から流れるマールの声。太朗は「お、おう」とそれに返すと、先ほどまでに終了させておいた射撃計算値を再度確認した。


「童貞合体か……童貞が合体すると、それもう童貞じゃなくね?」


「"さいっっっていの下ネタね! いいから早く撃ちなさいよ!"」


 太朗は怒号を飛ばして来るマールに「へいへい」と軽く返すと、戦艦オレタチに接続された射撃管制システムを操作した。照準は遥か前方にいるはずの敵艦隊へ向けてであり、その正確な座標はエッタによって導き出されていた。


「よっし。そんじゃいくぞ。ビームの経路環境に変化は?」


「あります、ミスター・テイロー。自然放射の影響が0.002。方角33.4の55」


「了解。補正する……オーケイ。敵の座標は?」


「引き続き変化なし。背面航行による加速低下は予想範囲内」


「あいよ。ロックオンと同時に発射。通信誤差の補正よろぴこ。いくぜぇ」


 太朗は人差し指をゆっくりと天井へ向けると、それを船の正面へ向けて勢い良く振り下ろした。


「エターナルフォースブリザードキャノン、発射。アウトレンジで決めたいよね」


 太朗がその場で思いついた適当な名前でそう命じると、命令は瞬時にテクノブレイクへと伝えられ、それに搭載された砲が巨大なビームの光を撃ち放った。




ちょっとばかり短いですけどキリが良いので

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