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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
213/274

第213話


 空間予約時に慣性系の引き付けが起こった。

 出発より丸一日が過ぎた頃。第二艦橋のクルーからそれを伝えられた時、太朗は来るべき時が来たことを知った。

 ドライブ粒子は付近に存在する最も質量の大きい物質の慣性に引き寄せられる性質がある為、すなわちオーバードライブの到着予定地として算出した座標付近に何かがあるという事になる。


「どうする、テイロー。広域スキャンをかける?」


 緊張した様子のマール。太朗は数秒の間を思考に費やすと、「いや」と首を振った。


「上手く行けば奇襲が出来るかもしんねぇからな。位置がばれるスキャンはやめとこう……エッタ、何かいそうな気配はあるか?」


 太朗が運よくエッタの起床時間中である事に感謝しつつそう尋ねると、エッタはしばし首を傾げて中空を見つめた。


「たくさんの波が、そこら中に流れてる。数はわからない」


 エッタがぼそぼそと答えた。太朗は「なるほど」とそれに頷くと、相手艦隊の予想進路を後ろから追いかける形に移動するよう艦隊に指示を出した。この寂れたザイード宙域に艦隊以外の粒子発生源があるとは思えない。


「各種モジュールチェック」


「システムオールグリーンよ、テイロー」


「艦隊情報リンクシステム。及びフィードバックは?」


「問題ありません、ミスター・テイロー。全てグリーンを返してきております」


 太朗はふたりからの返答に満足すると、一度大きく息を吸ってからゆっくりと吐き出した。彼はゴーグルモニターを固定するベルトをしっかりと絞め直すと、周囲に危険な何かがないかどうかを目視で確認した。重力制御にでも異常が出れば、ただの水でも十分に人を殺す事が出来る。


  ――"船体モード:変更 戦時"――


 高価な衝撃吸収機能ショックアブソーバーのついたシートが少しだけ高く持ち上がり、しばらく機能チェックの為に揺り籠のようにゆらゆらと揺れてからやがて静止する。身体を何重にも固定するシートベルトがきつく巻き上げられ、頸椎を固定する為の衝撃硬化性軟体付きアームが首を包み込んだ。


  ――"武装システム スタンバイ"――

  ――"全砲門 安全装置解除"――

  ――"サブシステム:リンケージ 第2艦橋"――


「全艦隊へ。作戦内容は前もって通達しておいた通り。徹底的に嫌がらせに徹するぞ」


 太朗は短くそう通達すると、相手艦隊の背後を取るべくオーバードライブを開始した。時間のかかる座標計算も太朗の能力により瞬時に終了し、周囲はすぐさま青いもやで包まれ始めた。


「平常心だ、平常心。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」


 やがて青いもやの中を不思議な浮遊感と共に駆け抜けると、船は49の僚艦と共に予定通りの場所へと到着した。


「…………え? ちょっ、小梅!! シールド!!」


 弾かれたように叫ぶ太朗。それに「もうやっておりますよ」と冷静な小梅。ゴーグルモニタに映る船外の光景を疑似的に再現したシミュレーターの映像には、驚く事にこちらへと飛来する無数の高エネルギー反応が表示されていた。


「ちょっと、テイロー! おもいっきりバレてるじゃないの!」


 叫ぶマール。次いで振動する船体。幸いにもシールドを貫通したビームはないようだったが、太朗は相手がただのごろつきの集団でない事を改めて実感した。


「初弾命中とは恐れ入りますね、ミスター・テイロー。相手方は素晴らしい練度をお持ちのようです」


「残念ながら敵だけどな! くそっ、やっぱファントムさんの言う通りか?」


 ファントムが工作活動へと赴く前に、太朗は彼からマーセナリーズがソナーマンを始めとしたブーステッドマンを使用している可能性が高い事を聞かされていた。先ほどの攻撃は明らかに戦艦クラスによる砲のもので、鈍重な戦艦がこちらの空間予約に反応してから迎撃態勢を整えたとは思えなかった。


「"さすが戦艦テクノブレイクだ。なんともないぜ"」

「"兄貴、そいつは死亡フラグだ"」


 通信機より聞こえてくるスガ兄弟の声。太朗はスキンヘッドの強面ふたりの姿を思い出して苦笑すると、その落ち着いた声色に熟練の余裕を感じた。


「よし、全艦索敵と並行して砲撃開始! 目的は足止めだから、間違っても突出しないように!」


 太朗はそう叫ぶと、射撃対象のロックオンと並行して第2艦橋への射撃命令を飛ばした。すぐさまプラムの左右に備え付けられた副砲が回転し、ロックオンした敵へと狙いをつけ始める。ロックオンした座標はリンケージシステムにより各艦へと伝えられ、マールがそれぞれの担当を適切と思われる形で割り振った。


「全艦隊斉射準備完了よ……ねぇ、主砲は撃たないの?」


 マールがちらりと視線を太朗へ向けながら言った。太朗はそれに小さく笑みを浮かべると、「ちょっと考えがあるんだ」と返した。


「斉射開始です、ミスター・テイロー。着弾予想まで残り8秒……7……6……」


 小梅の声に、ゴーグルモニターの中へと意識を戻す太朗。50の戦闘艦から発せられた数百本のビームが敵へと向かい、ぐんぐんとその距離を詰めていく。


「3……2……1……着弾。効果弾22。見てとれる損害はなし。シールド艦と思われる対象を3隻検出。戦艦クラスは10隻の模様…………おや?」


 戦果を読み上げていた小梅が、妙な声を上げて中空を見つめた。太朗は小梅にモニターが必要ない事を思い出すと、何が起こったのかとゴーグル内の情報を観察した。


「…………あれ? テクノブレイクが発砲してねぇな。トラブルか?」


 そう言って艦長であるエルダー・サ・スガへと連絡を取ろうとする太朗だったが、次の瞬間驚きに目を見開く。


「戦艦テクノブレイクより大容量のエネルギー反応を検出しました、ミスター・テイロー。恐らく超弩級艦クラスの砲と推測されます」


「いやいや…………え? まじで? 何積んじゃってんの!?」


 宇宙空間の微細な粒子や電磁波に反応してしまわないよう、ビームを守る青いフィールドの光。しかし他の船の発するそれとは明らかに違う巨大な光が宇宙空間を駆け抜け、そして敵艦隊の群れへと向かっていった。


「着弾まで残り2秒……1……着弾。敵巡洋艦撃沈、戦艦テクノブレイク大破」


「うおおっ、すげぇな。シールドぶち抜いてんぞ…………って、なんでだよ!!」


 太朗は突っ込みを入れつつ慌ててスクリーンを確認すると、確かに大破判定を受けているテクノブレイクのマーキングが確認出来た。


「えっと、大丈夫みたいよ、テイロー。砲撃の反動でモジュールの一部が離断したみたい。それで船体にレッドアラートが出たから、それで大破判定ね。すぐに修理出来るはずだわ…………多分だけど」


 呆れ顔のマールが言った。太朗はそれに頬を引きつらせると、盛大にため息を吐いた。


「もう、まじでやめてくれよ。向こうと違って戦艦1隻が貴重な戦力なんだからさぁ…………あー、主砲発射準備で」


 太朗は幾分気の抜けた声でそう発すると、これから必要となるだろう大量の演算処理に向けて意識を集中させた。それはいくらか気の遠くなる作業ではあったが、それをやる価値は十二分にありそうだった。




「よもや、この短時間でここへ到着するとは…………いったいどんな手品を使ったというんだ?」


 戦艦アスモルデの艦橋で、ソド提督はそう言って眉間に深いしわを寄せた。ビーコンでもあれば話は別だが、例え地図があったとしても、艦隊ジャンプには座標算定に相当の時間がかかるというのが常だった。

 しかし相手は間違いなく目の前におり、その事実はソド提督からすれば不可解でしかなかった。予定より20時間も早い敵との接触。ソドはしばらくその事についてを考え込んだが、残念ながら答えは出そうになかった。


「相手は輸送業が主な業種です。何かそういった術を持っているのかもしれません」


 ソドの副官が、同じように眉間に皺を寄せながら言った。ソドは「有り得るな」とそれに同意の言葉を返したが、それでも内心では納得していなかった。3割の短縮はあまりに早すぎた。


「追加の空間予約に注意しろ。もしかすると、ここらは連中の庭かもしれんぞ」


 現在戦っている相手は1個艦隊だけであり、そうであれば主力と思われる残り7つがどこかにいるはずだった。ソドはこの1個艦隊を偵察や足止めの為の遊撃隊であろうと予想しており、警戒すべきは本隊の方だった。


「奇襲であれば、またミス・ヨッタが警告してくれますよ。それよりどうします。要請通り艦隊を分けますか?」


 副官がいくらか非難めいた顔で言った。ソドは「いや」とそれを否定すると、迎撃部隊を残して先を急ぐようにと記録されているヨッタからの命令文を削除した。


「戦力を分散させるなど、愚の骨頂だ。行くのなら取り巻きを連れて勝手に行けと伝えろ」


 ソドは企業人として上からの命令には可能な限り従うつもりだったが、無駄死にをするつもりは毛頭なかった。彼からすればこの遊撃隊を出来るだけ早く蹴散らす事こそが、結果的に急ぐという事につながると思っていた。


「構いませんが、またどやされますよ?」


「知るか。これは私の艦隊群だ。あの女が直接指揮する1個艦隊を除いてな」


 ソドはそう言って話を切り上げると、BISHOPを通じて各艦隊に絶え間なく命令を送り続けた。艦隊は戦闘をしながら相手を包囲すべく球形状に広がっていっており、これはソドの最も得意とする戦法だった。


「敵方より高エネルギー反応、大口径ビームが来ます!」


 ソナー員が叫ぶ。ソドははっとその声に反応すると、素早く戦術スクリーンの方へと目を向けた。しばらくするとスクリーンに映る光線が味方の巡洋艦を捉え、その船体を見事に貫いていく。


「シールドを貫通している…………相手に大質量艦はいないはずだ。数の少ない戦艦を、わざわざ砲艦に仕立て上げたのか?」


 ソドはわけがわからないとそうぼやいたが、それでも注意はしなければならないと、恐らく防御をかなぐり捨てたのだろう敵戦艦の存在を心に留めた。


「敵艦隊、小破6、中破2。こちらは小破1と先ほどの撃沈が1。悪くないペースですが、向こうもなかなかやりますね」


 副官が感心したように言った。ソドはそれに頷くと、「こいつが頭だ」と敵艦を示すマークのひとつを指さした。


「戦艦プラム。相手の旗艦がわざわざ真っ先に来たわけだ…………練度もさることながら、士気は間違いなく高いだろう。実際に動きも良い」


 ソドは包囲から逃れようと、しかし相手に側面を見せるような真似はせずに、上手に横方向へとシフトしていく敵艦隊を見てそう賞賛した。


「だが、話に聞いていた程ではないな。ベラというギフテッドは本隊の方か」


 諜報班から送られてきた敵企業の過去の戦闘データでは、艦隊はもっと有機的で複雑な動きを見せていた。対して今向かい合っている相手は良くまとまってはいるものの、どちらかというと教科書に忠実な、いわば機械的な動きに見える。


「そうなると注意すべきは――」

「敵旗艦、10以上に分離! 同時に無数の空間予約が展開されました!」


 ソドはまさに今考えていた注意すべき事柄が現実に起こったのだろうかと、少しだけからだをびくりと震わせた。上層部から受けたレクチャーにあった、驚異の実弾兵器。


「空間予約の直線状に位置する艦隊は敵の質量兵器に注意しろ! シールドの割合をフィジカルへと回せ!」


 対ビームから対物理へとシールドを切り替える事により、恐らく被害がかなり増える事になるだろうが、それでも彼は実弾兵器に備える事の方を選んだ。敵からすれば現状で最良の足止め方法は戦艦をはじめとした大型艦を行動不能にさせる事であり、それには例の実弾兵器を使う事が適しているように思えた。まさかこの寂れた無法地帯に部下を残していくわけにもいかず、沈んだ戦艦への救助活動は非常に時間がかかるだろう事が想定されている。


「この距離だ。遠隔操作だとすれば、BISHOPの遅延も馬鹿にならんだろう。小型艦の砲撃を集中させれば十分に…………いや、待て。空間予約だと?」


 ソドはやや離れた位置に固定された空間予約の表示を見つめると、何かが違うと真顔で考え込んだ。そして考えられる可能性の中で最も最悪なものを頭の中に思い描くと、馬鹿馬鹿しいとばかりにほんの小さく笑った。


「まさかな……そんな情報はなかった。企業規模からしてありえん。運用できるはずが――」


 自分の考えを否定するかのように呟く。しかし予約された空間から現れたそれは、残念ながら彼の想像通りの代物だった。


「なんてこった…………なんてこった! 連中は空母を持っていやがる!!」


 ソドは不甲斐ない自社の諜報班へ向けて心の中で1ダース程の罵声を浴びせながらそう叫ぶと、全ての艦艇に対空防御態勢を指示し、そして望遠カメラに映し出された球形艦載機の群れを睨みつけた。

 耳のような突起物のついたその特徴的な艦載機は、平時であれば可愛らしいと思えなくもない丸い独特のデザインをしていた。

 しかし今の彼には、それが悪魔の姿にしか見えなかった。




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