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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第14章 バトルオブザイード
212/274

第212話



「敵第1、及び第2艦隊群がザイードへ侵入したようです、ミスター・テイロー。第3、第4艦隊群はそれぞれカラバD2星系、カリフォルニア星系にてこちらの遅延活動により停滞中。報告によれば第3、第4艦隊群は序盤の衝突に参加出来ない可能性が高いとの事です」


 端末へ目を落すでもなく、太朗の方へ視線を向けたままの小梅がそらんじる。太朗はその報告にぐっと拳を握りしめると、心の中でディーンやギガンテックの助力に感謝した。


「主力艦隊の足止めが出来なかったのはあれだけど、これでかなり楽になんな。3と4で8個艦隊だから、大体400隻か…………補助艦隊だけで俺らの総戦力と同じって、どういうこっちゃって話だけど」


 太朗がBISHOPで戦術スクリーン上に映る艦隊リストの大項目ふたつを削除すると、ホログラフ化されたマップ上の艦隊表示がごっそりと消え去った。しかしザイード入口付近を表す部分には、相変わらずひと固まりとなった巨大な赤い光点が明滅していた。


「第1……つまり敵の主力艦隊群が20個艦隊。第2群が12個艦隊だそうよ。10個艦隊以上あるから、軍団表記でもいいのかしら。やっぱり第2の方と先に戦闘になるわよね?」


 マールが太朗の方を振り返りながら言った。その顔には不安が現れていたが、どこか吹っ切れた様子も見て取れた。


「ファントムさんの情報からすれば、たぶんそうだろうな。第2は足の速い艦船で固めてるって話だから、真っ先に施設を目指してくるだろ。主力は万が一を考えて施設周辺を包囲するつもりじゃねぇかな」


「証拠を積んだ船に逃げられでもしたら困るものね。作戦は予定通り?」


「基本的には、だな。向こうの主力が想定より早く来ちゃったから、アレを導入するタイミングはちょっち早める必要があっかも……小梅、アランは何か言ってきてる?」


「いいえ、ミスター・テイロー。引き続き難航中との事ですよ。最悪の場合、導入は間に合わなくなるかもしれませんね」


「うげっ、まじかよ。俺達からすると、ほとんどアレ頼みなんだぞ?」


 いつもは戦艦プラムの第2艦橋に詰めているアランだったが、現在は別の場所で重要な作戦に従事していた。太朗達はその作戦にかなり賭けている所があり、太朗は胃のあたりがしくしくと痛むのを感じた。


「前例のない作戦ですから仕方がありませんよ、ミスター・テイロー。それより我々の第1の課題は、先行する敵の第2艦隊群を受け止める事です。そちらに集中するべきでしょう」


 小梅が澄ました顔で言った。緊張と焦りが生まれ始めていた太朗には、このいつもと変わらない小梅の様子が有り難かった。


「そうだな……ベラさん、そっちの準備はどうっすか?」


 通信機へ向かい、話かける。するとすぐにゴーグル内へベラの上半身が映し出された。


「"とりあえずは、と言った所かねぇ。仕方のない事だけど、義勇兵連中の動きがちょいと悪いよ。戦闘中の細かい指示は逆効果かもしれないね"」


「なるほど……了解。頼んますぜ司令官」


「"任せときな。義勇兵を除けば勝手知ったる連中さね。給料分以上の仕事をしてみせるよ、総司令官殿"」


 茶目っ気のある表情のベラと、それに苦笑を返す太朗。

 RS艦隊の総司令官は間違いなく太朗だが、主力艦隊の運用は全てベラに一任される事となっていた。彼女は日頃よりRSの主力艦隊を率いる身であり、そして彼女の持つ集団掌握制御のギフトは、太朗の力任せな並列処理による艦隊の運用よりもずっと信頼性が高かった。


「あっちもこっちもって余裕はねぇしな」


 太朗は戦術スクリーンに目を転じると、主力艦隊とは分けられた、自らが直接指揮を行う艦隊のマーキングを眺め見た。選抜された50隻による、戦艦プラムを旗艦とした攻撃艦隊アサルトフリート


「そんじゃまぁ、ちょいと突っつきに行ってくっか」


 太朗はそう言うと、しばし目を閉じて心を落ち着かせた。頭の中の大半は不安という文字が占めていたが、そのどこかには解放を待ち望んでいる獣のような何かがいるのも確かだった。


  ――"データリンク 確立"――

  ――"リンケージオーバードライブ スタンバイ"――


 太朗は震える手をもう片方の手で無理矢理押さえつけると、その獣が不安という文字を食べつくしてくれる事を願いながら、目を見開いた。


「アサルトフリート、前進。他人の家に土足で上がりこもうとするハレンチ野郎を引っぱたきにいくぞ!」


 叫ぶ太朗。各所より返る了解の声。プラムがそのスラスターから強い閃光を発し、戦艦特有のゆっくりとした加速で動き始める。それにスガ兄弟の操るチェリーボーイとテクノブレイクが続き、4隻の平たいシールド艦が左右を固めるように展開していく。その他の艦艇はそれぞれのシールド艦の背後に隠れるように4つの長い列を作り上げ、それはいつでも戦闘に入れる態勢だった。


  ――"リンケージオーバードライブ 起動"――


 艦隊の周囲が青い光で包まれ、それぞれが光の矢となって飛び去って行く。大質量ゆえに最後のジャンプとなったプラムはひときわ大きな青い矢を作り上げ、そして虚空へと消えていった。




 宇宙空間に浮かぶ約600隻の戦闘艦。ライジングサンからは第2艦隊群と呼ばれ、マーセナリーズでは単に打撃艦隊群と呼ばれる高速艦だけを集めた急造艦隊。慌てて作られた大所帯の艦隊など、普通であればまとまった行動を取る事すら出来ない事が多い。

 しかしマーセナリーズ傭兵派遣部長であるソド提督率いるこの艦隊は、一糸乱れぬ鮮やかな動きで艦隊行動をしていた。彼らの日常業務は、どこかの戦場へ戦闘要員として派遣され、そしてその場で十二分の働きをする事が求められている。即席の艦隊で戦う事などはしょっちゅうであり、むしろそういった形の方が多かった。前もって艦隊を用意出来るのであれば、大抵の場合は人だって揃えられる。


「提督、相手方に気付かれたようです。ミス・ヨッタがドライブ粒子の連続放射を確認したとの事です」


 打撃艦隊群旗艦、戦艦アスモルデの艦橋。そこで副官が放ったその言葉に、ソド提督は唸り声を上げた。


「相変わらず凄まじい能力だな。こんな遠方からも捉えられるものなのか」


 ソド提督は彼の上司であるエッタとヨッタについての能力を知っており、それに恐れを抱いていた。年齢で言えば50を超えるソドはその真っ白に染まった髪を後ろに撫でつけると、彼女らが敵でない事をおおいに喜んだ。


「この宙域は基本的に無人です。敵艦隊の他にドライブ粒子を放出する存在がない点が大きいのでは?」


「そうかもしれんな。だが、わざわざ馬鹿でかい観測船を用意しなくて済むというのは有り難い。あれらは戦いになれば邪魔でしかないし、足も遅い」


 ソド提督はちらりと戦術スクリーンを見ると、彼の艦隊が満足の行く動きをしている事を確認した。それぞれ順序立って連続ワープを繰り返しており、ほぼ全力で急いでいるにも関わらず、その中で故障や何かで脱落したのはたった2隻だけだった。


「しかし、良くこれだけ精巧な地図を用意する事が出来ましたね。敵さんの話も、もしかするとまんざら嘘だらけというわけではないかもしれませんね」


 副官がソドを覗き込むようにしながら言った。ソドはそんな副官を横目でちらりと見ると、「やめておけ」とかぶりを振った。


「俺がこの地位まで上り詰める事が出来た理由を教えてやろう。それは上の事を詮索してこなかったからだ。余所へ行くのなら話は別だが、ここにいるのであればそうした方がいい。あれは人の心を読むぞ」


 ソドは怪訝そうな表情を作る副官を尻目に、窓型の戦術スクリーンの方へと歩み寄った。外の景色をリアルタイムで映すそれには、そこに見える艦隊や星々についての情報が注釈表示されていた。


「距離からすると、2、3日中には会戦するな…………どう思う。連中はやはり主力を向けてくるか?」


 彼の上司であるエッタの話では、敵は必ず主力を差し向けてくるという話だった。今までに彼女がそうした予想を外した事はなかったし、彼もそれを信じていた。


「それはそうでしょう。こちらは600で、向こうは400。相手に全力で来る以外の選択肢があるとは思えませんね」


 副官があっさりと言った。ソドはそれに曖昧に頷くと、出発以来何度も繰り返してきた質問をもう一度する事にした。


「全艦艇、緊急脱出装置は正常に稼働しているな?」


 ソドの質問に、副官はいくらかうんざりとした様子で頷いた。


「えぇ。2重3重のチェックをさせています。どれも問題無いと出ていますよ…………その、提督は我々が負けるとお思いなのですか?」


 副官の問いに、艦橋にいる人間全員が耳を傾けたのをソドは感じた。小さなざわめきが消え、静けさが漂う。


「いや、そうではない。万全の状態であれば、我々が勝つだろう。相手は指揮官も兵も優秀だが、それは我々も同じだ。であれば、後は数が物を言う」


 ソドはそう断言すると、話は終わりだとばかりに艦橋の外へと向かった。彼自身嘘を言ったつもりはないし、その通りのはずだった。


「…………そう、万全の状態であればな」


 ひとり廊下でそう呟くと、ソドは立ち止まってため息を吐いた。

 彼は上の人間を詮索するような真似は一切してこなかったが、今回の戦争がいつものそれとは明らかに違う事はわかっていた。上はとにかく急げの一点張りであり、補給や援軍についての説明は何もなかった。

 当初はそれらが必要ない程に楽な戦いなのだろうと楽観視していたが、相手を調べるにつれてそうではない事がわかってきた。相手企業は軍事会社ではないものの、非常に手練れ揃いであり、何よりひとつにまとまっていた。士気の高い兵は例え装備の面で劣っていたとしても侮れる相手ではなく、注意しなければならなかった。


「我々の企業が勝つだろう。だが、我々の艦隊はどうだ? これではただの捨て駒ではないのか?」


 ソドは出発以来感じ続けてきた懸念を口にすると、あわてて周囲を見回した。それは誰かに聞かれて良いような内容ではなかった。


「アウタースペースか…………我々は、なぜこんな場所まで来てるんだろうな」


 大部分の銀河帝国市民と同じように、ソドはアウタースペースの事について良く知らなかった。無法地帯であるという漠然とした認識しかなく、戦時下における各種人道的な法が守られるのかどうかすらわからなかった。敵は悪名高い、いわゆるアウトローコープであり、もしかすると脱出ポッドを平気で撃ち抜いてくるような相手なのかもしれない。


「恐ろしい場所だ」


 600隻を率いる司令官はそう呟くと、もう一度大きくため息をつき、せめて相手司令官が慈悲深い人間であればと願った。




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