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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第13章 メガコープ
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第206話

「ヨー・ラ・ザント支店が撤退か。あのあたりの宙域はワインドの勢力圏らしいし、仕方がないか…………それにしても、近頃のニュースはどれもこれもワインドワインド一色だな。他に何かないのか?」


 銀河帝国最大の企業であるギガンテック社の課長であるオルテガ・ニーヴンは、本社のオフィスでやわらかいチェアにふんぞり返り、暇そうに携帯端末の社内報を読んでいた。


「情報レベルを引き下げればいくらでも問題は起きておりますよ、ミスター・オルテガ。必要なら用意いたしますが?」


 オルテガの後ろに控えている彼の秘書が少しからかうような口調で言った。それに「やめてくれ」とかぶりを振るオルテガ。


「そういうのは係長以下、現場に任せるよ。というより、レベル3以下のほとんどはウチが直接手を下す必要のあるような案件じゃないだろう。優しい俺様としては、他社の仕事を奪うような行動は忍びないね」


 オルテガは秘書にそう返すと、再び社内報の続きを読み始めた。社内規定で決められた情報の重要度がレベル4を超えるものだけが選別されたそれは、ほとんどの見出しがワインドによる脅威で埋め尽くされていた。


「しかしそうは仰いますが、本日予定している会談の内容はレベル3の案件だと記憶しております。何か理由がおありですか?」


「ん? あぁ、あれな。あれは先方さんがタカサキ家の令嬢だ。タカサキ自体はアルファ方面宙域の小さな企業だが、まさか貴族を無視するわけにもいかんだろ。帝国のお偉方に睨まれるのは面倒だ。伯爵だぞ? 伯爵」


「そうですか……しかし先月融資をお断りした企業の方も、確かやんごとなき血筋の方だったと思いますが。先週のソフトウェア開発企業の方もそうですね」


「うーん、お前って物を忘れるって事がないわけ? 瞬間記憶能力者とか言ってたっけか?」


「別に珍しくもないでしょう。忘れっぽい秘書などをお望みですか?」


「あはは、そいつはさすがに御免だな」


 オルテガは秘書の軽口に笑い声を上げると、「ほらよ」と一枚のチップを彼女に投げ渡した。彼は彼女がチップの内容を読み取るのをしばし待つと、表情を真面目なものへと切り替えた。


「経営陣に帝国海軍大佐の妹がいて、本人も社の株式を保有してる。タカサキの血筋も合わせて、それ以上に理由がいるか?」


「いいえ…………十分です。しかし、なかなか興味深い経歴の企業ですね。おもしろいくらいにとんとん拍子で拡大しています」


「だろ? それを見てなんかあると思わん奴は今すぐ退職届にサインをするべきだな。ウチにはいらん。それより格的にはどういう扱いになるんだ? 伯爵の娘って事は、子爵扱いでいいんだっけか。ウチの課長は男爵扱いでいいんだよな?」


「えぇ、規定ですとそうなりますね。本日海軍大佐の方はいらっしゃらないんですよね?」


「来ない。つーか、丁重にお断りした。大佐だと俺じゃ対応できねぇしな。佐官は伯爵扱いだったはずだし、妹だと確か…………あーもう、めんどくせぇなこういうの」


 オルテガは苦い顔をして頭を掻き毟ると、手の甲に張られた電磁シートを指でこすった。それはすぐさま現在の時間を浮かび上がらせ、もう間も無く面会の時間である事を示していた。


「ほんじゃま、そろそろ行っとくか。先方さんはもう来てるみたいだしな」


 オルテガはそう言って立ち上がると、監視カメラから送られて来る映像をBISHOPで確認しながら会議室へ向けて歩き出した。



「うーん、なるほど。それは大変ですな」


 来訪者であるライジングサンの代表太朗とその付き添いであるサクラへ向け、彼らが現状置かれている状況のあらましを聞いたオルテガが言った。


「そこでなんとか御社の力を借りたいんですが、恥ずかしい話、交渉以前にそういった事が可能かどうかもわからない状況なんで」


 いくらか恐縮した様子の太朗が言った。オルテガは「いやいや」と明るい表情で手を振ると、今はあまり使われなくなった紙で作られた書類を指差した。


「それが本当であるとすれば、我が社としても実力行使に出る十分な口実となりますよ」


 オルテガの言葉を聞き、表情を明るくする太朗。しかしすぐに、悩ましい表情へと取って代わった。それを見てオルテガは、悪い反応ではないなと評価した。口実にはなれど理由にはならない事をすぐに悟ったらしい。


「ウチと御社とじゃ駆け引きも何もあったもんじゃないと思うんで、単刀直入にいきます。これがウチらの用意したカードなんですが、見てもらっていいですか?」


 ライジングサン代表の太朗はそう言ってチップを差し出してくる。オルテガは安全規定通りにそれを受け取ろうとする彼の秘書を手で制すると、素直にチップを受け取った。現状で彼らから危害を加えられる恐れがあるとは思えなかった。


「…………ほぅ、これは興味深いですね。対ワインド用の戦術装置ですか」


 オルテガはチップに入っていたワインドの行動を予測するという装置の説明を読み、とりあえず表面上では感嘆の息を吐いた。この手の装置の売り込みはしょっちゅうあり、そのほとんどはろくでもないまがい物に過ぎなかったが、それでも全てが全て使い物にならない役立たずの代物というわけでもなかった。極たまにでも当たりがあるのであれば、全ての相手に興味有り気な仕草を見せておく理由としては十分だった。


「現状のワインド相手に、十分な効果を実証してます。必要であれば、こちらはあらゆる形での実証データを提出できます」


 太朗がはっきりと言った。オルテガは「なるほどなるほど」とそれに相槌を打つと、脳内での興味レベルをひとつ上に上方修正した。ここまではっきりと言うのであれば、少なくとも何の根拠もない虚言という線は消せそうだった。


「アルファ方面宙域はワインドの活動が活発ですからね。ヨー・ラ・ザントあたりと比べれば随分と平和でしょうけど、実証データを作るには十分でしょう。ところでひとついいですかね?」


「はい、なんでしょう」


「これ、なんで量産してないんですかね。作成した当時から量産しておけば、今頃は莫大な財産を築けたでしょう。艦隊のひとつやふたつは増産できていたはずです。なぜ出し惜しみを?」


「それは……」


 言葉を詰まらせる太朗。彼は少し悩むそぶりを見せた後、自らの考えを語り始めた。


「なるほど。ウィルスと耐性菌の関係ですか……わかり易い例えですね」


 太朗の説明を聞いたオルテガがそう答えた。彼は内心ではうさんくさいと感じていたが、調べて見る価値がありそうには思えた。太朗の言う通り現状での限定された生産販売を帝国軍の情報部が実際に行っているとなると、とても無視出来る事柄には思えない。


(こいつは、ひょっとするかもしれんな)


 ワインドに対する無制限の装置使用が新型を生み出すかもしれないという懸念は言われてみればもっともだし、持ち込み先がギガンテックであるという点がそれを裏付けているようにも思えた。いつか装置が効かなくなる相手が出て来るのであれば、それが生まれる前に徹底的に叩いてしまえば良いのだ。太朗はまだそこまで語ってはいなかったが、銀河最大の企業であれば短期間に最大量の装置生産が出来ると考えているのだろうとオルテガは予想した。


「実に結構です。後々軍の方に確認を取らせてもらいますが、構いませんね?」


 少しだけ表情を引き締め、片眉を上げるオルテガ。それに太朗が「はい」と事もなく答えた。


「あぁ、でも情報部だからアクセスが難しいかもですけど。紹介しますか?」


「いえいえ、そのあたりはお構いなく。どの部署だろうと、うちが関われない所はありませんからね。軍とは仲良くさせてもらっています」


 オルテガは極めて冷静にそう答えたが、内心では期待が膨れ上がるのを感じた。もちろん後で本当に確認を取るつもりではいたが、こうまで動じないとなると本当であるとしか思えなかった。

 彼は先程は読み飛ばした戦術装置の仕様についてをBISHOPでもう一度しっかりと読み直すと、小躍りしそうになる自分を抑えるのにやっきになった。書かれている性能を8割として見ても、それは世にある類似製品がおもちゃに見える程度にはとんでもない代物だった。

 もう10年近くも課長職におり、恐らく自分の限界はそこなのだろうと考え始めていた彼にとって、これはまたとないチャンスにしか思えなかった。いちアウタースペースの小さな遥か片田舎でどんな勢力争いが行われていようが実にどうでも良い事だったが、こうなると話は違ってくる。

 目の前に部長という文字がちらつき、オルテガはそれを振り払うために大きく一度咳払いをした。


「ん、失礼。今案件は弊社としても実に高い関心を持っていると考えてもらっていいですよ。ニーヴンの名において約束します。ただ――」


 オルテガは一度間を空けると、舞い上がった自分が再び沈んで行くのを感じた。


「何が何でもこの非人道的施設とマーセナリーズとの関係性を証明する必要がありますね。うちの警備部を動かすとなると、絶対に必要です。お話が本当だとすると、いくら金を積んでもマーセナリーズの動きを止める事は出来ないでしょうからね。あるいは全ての非人道的施設を保護した上で避難するといった形ですか。多分、RSアライアンスの全住民程度でしたらウチでやれますよ。確か数億人かそこらですよね?」


「えぇぇ!? あぁいや、はい。人数はそうですけど、この施設がどれだけあるのかがまだわかってないんです。それと色々あって、この宙域の支配権は確保しとかないといけなくて…………それに住人の気質的に強制移住も難しいと思います」


「なるほど。でしたら後ほど再侵攻するというのは? その場合証拠は隠滅されるでしょうが、装置の売り上げで弊社の力がなくとも取り返せるだけの力を蓄える事はできるでしょう」


「あー、それなら…………いや、やっぱ無理っすね。地理的な要因で、アルファ星系とザイード回廊を押さえられるとどうしようもなくなっちゃうんです。スターゲイト開拓団を率いていちから航路を復旧となると、たぶん何十年もかかりますよね。そうなると博士が寿命で死ぬだろうし」


「ふむ……そうなるとやはり、警備部を動かすしかないですね。その為には悪事の証拠が絶対に必要です。これはウチだからそうという話ではなく、どこの企業へ持ち込んでも同じ返答だと思いますよ。相手が中央の大企業でなければ話は楽だったんですがねぇ」


 オルテガは渋い顔をして上を見上げると、現状で出来る事がないかどうかを思案した。


「とりあえず、装置を担保にうちの融資を受けなさい。モジュール規格船ならば一個艦隊程度はそれで揃えられるでしょう。それと証拠発見の為に何か必要なものがあれば遠慮なくどんどん言って下さい。可能な限りお手伝いしますよ」


 オルテガはそう言って立ち上がると、太朗へ向けて手を差し出した。太朗はそれを両手で握り締めると、「ありがとうございます!」と深々と頭を下げた。





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